ボイスロイドを買ったのでさっそく犯す   作:お兄さマスター

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わからせ

 

 

 頭を撫でられたりほっぺを揉まれたりと、かなり分かりやすくマスターからの好感度上昇を感じたあの夜から、数日が経過して。

 上機嫌なままお風呂掃除を終わらせて居間に戻ると、何やらマスターがパソコンの前で頭を抱えている姿を発見した。

 どうしたんだろう。株価でも暴落したか。

 とても機嫌を損ねてしまっている可能性もあるし、気をつけて探りにいかないと。

 僅かに緊張しつつ、こっそり後ろから近づいていく。

 

「あっ、きりたん! こっち来てくれ!」

 

 私の接近に気づいたマスターは、何やら焦った様子で手招きをしてきた。

 どうやら怒っているワケではなさそうで安心した。

 自分がまたやらかしてしまったのではないかと、下手したら捨てられてしまうのではないかと、マスターの不安げな顔を見るたびにそう考えてしまうのは、治さなければならない私の悪いクセだ。

 

「どうしました?」

「これ、このページの一番下……!」

 

 マスターが指差した箇所へ目を向けると、そこにはボイスロイドの販売ページが映し出されていた。

 彼が見ていたのは、おそらく私を買ったのと同じサイトだ。

 左上に大きなフォントで『ユーザー専用マーケット』と表示されている。

 これはボイスロイドを所持しているユーザー、ないし近々購入する契約を結んだ人間のみが利用できるサイトで、フリマアプリのような形式で売買がやり取りされている。

 そんな所で驚くような商品の発見などなさそうだが──

 

「……東北ずん子。……さ、三十万円?」

 

 その商品ページを目に入れた瞬間、私は尻餅をついてしまったのだった。

 

 

 

 

 私たちボイスロイドは高額商品だ。

 

 マスターが私を購入した時の値段を教えてくれたときは、驚くと同時に彼の生活がとても心配になってしまう程だった。

 裏取引での売買が横行しているとはいえ、ボイスロイドの価格自体は元値をそこそこ維持しており、未だにおいそれと手を出せる代物ではない。

 それこそ、一学生がボイスロイドを手に入れるなど夢のまた夢、と言っても過言ではないような価格帯なのだ。

 ボイスロイド界隈で唯一守られている秩序こそが、一般人が手を出せないその商品価格というわけである。

 

 だが、マスターが()()()()()()()()それには、まるで秩序が存在していなかった。

 確かに三十万円というのは決して安い値段ではない。

 車や家といった人間の生活に必要不可欠な物とは別の、趣味趣向を優先した買い物となると簡単に出せる額ではないだろう。

 しかしボイスロイドの元値を考えた場合は──とんでもない事になる。

 例えるなら原価割れだ。

 三十万で東北ずん子を出品したこのユーザーに入る利益は皆無に近い。

 ボイスロイド用の特殊な配送方法やサイト利用の手数料を考えると、こんな値段で出品するなんて怖くて出来ないはずだ。

 

 完全にワケありなそれを、他のユーザーに手を付けられる前にマスターは購入された。

 本体が届いて受け取り評価をしてから引き落としになり、場合によっては送り返すこともできるため、詐欺商品が届いても通報して返却するだけだから別に問題はないと、そんな事を言いながら。

 

 ……いや、いやいやいや。

 返品だって無料じゃないし、なによりそんな簡単に三十万円を払っちゃうなんて、どうしてしまったんですかマスター。

 彼はお金にうるさいという程ではないけど、金銭の管理はしっかりしている人だ。

 最近は自分の買いたいものまで我慢して資金貯めを頑張っていたのに。

 なのにあんな、あっさり。

 

 私がたった一言。

 ずんねえさまと、そう呟いた直後に、彼は購入のボタンを押してしまった。

 

「……よしっ、いこう」

 

 あまりにも困惑しすぎてて、喜びなどの他の感情が一切沸いてこず、このままでは話にならない。

 どうしても今すぐ、彼の真意を問いたださねば。

 そう考えた私は意を決し、バスタオル一枚のみを身に付けて、マスターが入浴中のお風呂場へ突撃するのであった。

 

「──マスター、失礼します」

「っ!?」

 

 扉を開けておずおずと室内へ入ると、バスチェアに座っていたマスターの肩がビクっと跳ねた。

 シャワーで洗い流した様子から見るに、ちょうど髪を洗い終わったところだったようだ。

 都合がいい。

 まだ体を洗っていないなら私が背中流しを請け負って、やりながらそれとなく質問をしよう。

 

「な、なっ、なんで入ってきてんだ!? ちょ、落ち着け、すぐ出るから、居間で待ってろって!」

「……お話があります」

「いやっ、だから風呂を出てから──」

 

 取り乱すマスターの背中に張り付き、ボトルの隣にあるボディ用のふわふわスポンジを手に取って、彼の耳元で囁く。

 

「お背中、よろしいですか」

 

 質問形式のセリフに反して、私の手はボディソープを浸み込ませたスポンジを彼の背中に押し当てており、有無を言わさないやり方だった。

 ズルい方法だというのは分かっている。

 マスターが本気で拒絶し、私を突き飛ばしでもしなければ、この場から逃げることはできないだろう。

 でも、こうしないといけなかった。

 居間で話を聞いていたら、お茶だとか今日はもう寝ようだとか、あらゆる手で話をはぐらかされそうだったから。

 姉妹機について『購入の選択肢はお前に委ねる』と言っておきながら、自分で即購入をしてしまって、それを追及されるのはマスターとて耳の痛い話だろう。

 しかし誤魔化されるわけにはいかない。

 仮にここで逆鱗に触れてしまい、電源を切られることになろうと、聞かなければならないと思ったのだ。

 

「なんで急に、こんな……?」

「いいですか」

「……わ、わかった。とりあえず、背中は任せる……」

 

 場面によってはカッコよさそうなセリフを言って、マスターは遂に観念してくれた。

 もしかしたらここまで上げてきたマスターからの好感度は、この奇怪な行動のせいで地に落ちてしまったかもしれない。

 強引に事を運ぼうとすれば当然、その可能性も上がってくる。

 当たり前のことだ。

 当然こと……なのだが、やっぱり彼に嫌われてしまうのは心に来るというか、まだ何も言われていないにもかかわらず、私の心臓部は緊張でオーバーヒート寸前になっていた。

 

「痛かったり、かゆいところがあったら……遠慮なく仰ってください」

 

 スポンジをよく揉んで、大量に泡を出してから背中を洗い始める。

 初めてマスターと一緒にお風呂へ入ったわけだが、まさかこんな穏やかではない気持ちで、この機会を迎えることになろうとは思いもしなかった。

 マスターは何を考えて、あんな値段が崩壊した東北ずん子本体を購入したのか。

 私の胸中ではその疑問が燻り続けている。

 

「力加減はいかがでしょうか」

「あ、あぁ……問題ない」

「では、続けますね」

「うむ……」

 

 動揺が続いてはいるものの、マスターも次第に落ち着きを取り戻し始めている。

 変な言葉遣いにはなっているけれど、それは一旦置いといて。

 単刀直入に。

 向こうから別の話題を振られる前に、こちらからあの事を質問しなければ。

 

「マスター」

「なんでしょうか」

「……どうして、アレを即購入されたのですか?」

 

 あまりにもストレートすぎる質問かもしれない。

 しかしこちらには心の余裕がない。

 繕えないのだ、今の私には。

 

「……まぁ、それだよな」

 

 納得したように小さく頷いたマスターは、顔を上げて目の前の鏡を見つめた。

 背後にいる私を見るためには、あそこに視線を移すしかない。

 

「マスターも商品説明欄はお読みになりましたよね。……あんなの、買う意味なんて無いじゃないですか」

「……そうかもな」

 

 私が彼に対して疑問を抱いたのは、なにも東北ずん子の値段の事だけではない。

 いや、むしろそんな事はどうでもいい。

 もっと大変な事実が、あの商品の説明欄には記載されていたのだ。

 

「パーツ欠品。重大な破損あり。……それと()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……公式の通販サイトでアレは、買う買わない以前の問題です。通報しないといけない出品ですよ、あれ」

 

 公式の通販サイトで改造品を流すなんて、ちょっと回りくどい自首みたいなものだ。

 公の場でやり取りされていい商品ではないし、出品したユーザーもアカウント規制をくらう類の案件だろう。

 それに、それを購入したマスターも、なんらかのペナルティを受ける可能性がある。

 改造品と知らずに買った、と弁明すればいくらかは情状酌量の余地も生まれるかもしれないが、そもそも概要欄に改造痕ありと明記されてしまっているため、やはり厳しい立場にあることは間違いない。

 

「……きりたん。サポート対象外の製品があの本社に回収されたらどうなるか、知ってるか?」

「それは……当然です。修理不可能な物は──廃棄、されます」

 

 私も廃棄寸前だったからよく知っている。

 以前のユーザーが付けさせようとしていた、あの違法アタッチメントをインストールされていたら、人格データが再構成不可能と判断されて、鉄くずになるところだった。

 ボイスロイドはどこまでいっても機械であり、人が購入して使用するアイテムだ。

 酷い例えを使うとすれば、はるか大昔の奴隷に近い扱いを受けている。

 人格があって、個々の考えも持っているが、必要なしと判断された場合は容赦なく切り捨てられる”モノ”。

 だが、それがボイスロイドだ。

 それが──常識なのだ。

 

「で、でも当たり前の事じゃないですか。不良品っていうのは、本来人の手に渡ってはいけないものなんですよ。廃棄は……当然です」

「そう、だな。当然のことだ、何も間違ってはいない」

 

 背中を洗う手は止まってしまっている。

 しかしマスターは構わず、言葉を続ける。

 

「もう一つだけ聞かせてくれ。きりたんにとって、姉妹機ってどういう存在なんだ?」

「……それは」

 

 難しい質問ではなかった。

 すでに私の中には答えがあるものだった。

 だから、このマスターには濁すことなく、思ったままの事を口にしようと思った。

 

「彼女は……お姉さまです」

 

 覚悟を決め、一拍置いてから語り始める。

 

「私は商品として売りに出される前、本社で人格形成用のシミュレーションを受けました。

 ()()()になるまで、姉妹三人で東北地方のどこかでひっそりと生活をする──そんな仮想体験を。

 あくまでシミュレーションです。現実の時間で換算すれば数時間程度の、なんてことないただのプログラムのダウンロードだったと思います」

 

 人間から見れば、スマホでアプリをダウンロードしている時の待ち時間程度のものなんだろう。

 しかし、私にとってはそれが、紛れもない自分自身の幼少期の思い出なのだ。

 

「それでも彼女は……ずんねえさまは、私のお姉さまなのです。ただの姉妹機で、ナンバリングが違うだけの別個体のボイスロイドですが──私の、お姉さまです」

 

 とても人間には理解できない話のはずだ。

 私にとっては十数年の人生でも、彼らにとっては数時間のプログラム構成に過ぎない。

 姉妹に対する思い入れも、人間から見れば自分と同じボイスロイドという存在に同情しているだけだと、そう思われてしまっても仕方がない。

 このマスターでさえも、そう考える事だろう。

 そんな現実を突きつけられるのが怖かったから、これまで姉妹の話題は自分からは出さないようにしていたのだ。

 

「……そっか。じゃあ、やっぱりアレは見過ごさなくて正解だったかもな」

「えっ?」

 

 彼の言っている事が理解できない。

 

「お姉ちゃんがこの世からいなくなる、なんて事実を見せつけられたら、下の家族からすれば気が気じゃなくなるだろ? 俺も一応ねえちゃんいるからさ、兄弟間の繋がりっつーか、姉に対する情みたいなものは分かってるつもりなんだけど」

 

 ……そんな、バカな。

 実際に人権を持って社会で生きているマスターのお姉様と、廃棄寸前の不良品扱いされている私の姉では、現実の倫理観を考慮するとなればまったくもって同等ではない。

 私の気持ちの問題ではない。

 現実に、出品されていたあの東北ずん子は、ただの不良品なのだ。

 彼のお姉様と同等に考えられてしまうなんて、そんな驕った立場にあってたまるものか。

 私たちは人間ではない。

 私たちは、ただの、商品なのに。

 

「あっ、ていうかさ、あんな値段でボイスロイドを買えるなら願ったり叶ったりだぜ? いやー、安く済んでよかったわぁ、うん」

 

 強がりだ。

 私はまたしても、彼にとんでもないレベルの気づかいをさせてしまった。

 あの東北ずん子の商品ページの説明欄を見た時、私が名残惜しそうに『ずんねえさま』などと口に出して言わなければ、こんな事にはならなかったのに。

 彼にあの場で買わせるつもりなんて、毛頭なかったというのに。

 

 だって、おかしいじゃないですか。

 誰が。

 いったいどんな人間が、怪しいお店で保証なしで、数万円程度で購入した外国の高級車に、期待なんてするっていうんですか?

 そのレベルですよ、この話は。

 買う前から使い物にならないだなんてことは分かりきっているのに。

 彼女にボイスロイドとしての仕事なんて不可能だと、とっくに理解している筈なのに。

 なのに。

 私の為に。

 彼女が廃棄されることを惜しんでしまった私なんかのために……お姉さまを。

 

 大金をはたいて不良品を──助けてしまった。

 そんなのもう、お人好しどころの話じゃないですよ。

 意志なんて汲み取る必要はないのに。

 ボイスロイドなんて道具として使い倒してしまえばいいのに。本当に、この人は。

 

 

 この人は……本当に、ばかだ。

 

 

「兄さま」

「えっ? ちょっ、おいきりたん!?」

 

 我慢できなくなって、私は彼を後ろから抱擁した。

 胸に手を回して、強く、深く抱きしめた。

 そして、ようやく理解した。

 理解させ(わからせ)られた。

 

「ありがとうございます……兄さま」

 

 きっと──彼には敵わないんだな、と。

 

 

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