Nighthawk   作:憑き燈

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ここら辺、アニメ版の時系列にした上で改変してます。

書きかけで放置していたのを数ヶ月ごとに加筆修正して出来上がったので、ところどころ"断面"が見えるかもしれません。自分でも何を考えていたのか覚えていないので。


第18話:密室の攻防

 

 

 

 

 

 

 

上杉が謎の説得を行ったことにより、何故か僕までここに泊まる羽目になった。

 

いや、明らかに僕は要らんでしょ......

 

さっきからずっと次女が睨みつけてくるし、五女はどこかに行って、他の姉妹とはまともにコミュニケーションをとった記憶がない。端的に言えば非常に気まずい。

 

僕は一度逃げるように風呂を借りに行ったが、帰ってきてからも状況が好転しない。むしろ、今入れ替わりで上杉が風呂に入っていることで完全に悪化した。

 

あ、次女からの圧が消えた。どこ行った?

 

「ねぇ、本堂君」

 

長女が話しかけてきた。

 

「何?」

 

「五月ちゃんのこと、どう思ってるの?」

 

「どうって、どういう意味?」

 

「ほら、狙ってるーとか、逆に嫌いとか」

 

「あぁ、そういう。何かを思ってあんなことを言ったわけじゃないよ。上杉への協力と、自己満足。ただそれだけのことだから」

 

「それにしては、随分と感情がこもっていた気がするけどなー?」

 

「それは多分......嫉妬、かな」

 

「嫉妬?」

 

「助けを求めようと思えば求められる状態なのに、それをしないという選択肢がとれることに対する嫉妬だよ。僕には助けを求める相手がいないから」

 

「それは、フータロー君のこと?」

 

「別に誰でもいいと思うよ。現状、上杉が一番助けを求めやすい位置にいるのは間違いないだろうけど」

 

「君はフータロー君に助けてって言ったの?」

 

「言ってどうするの?確かにあいつは秀才だけど、僕のこの状態をどうにかできるわけではないでしょ」

 

「そっか。じゃあ、おねーさんに助けを求めてみる?」

 

「......仮にそうしたとして、一体どうなるの?」

 

「私自身が直接何かできるわけじゃないけど、力にはなれると思うよ?明日、時間は大丈夫?」

 

「特に予定はないけど」

 

「じゃあ、今日はこのままこの家でゆっくり休んでよ」

 

「......?」

 

一体なんなんだろうか。

 

 

 

 

 

上杉が戻ってきた。なんか様子が変だ。

 

「ま、またせたな。試験勉強の続きやるぞー。本堂も引き続きよろしく頼む」

 

「......あぁ、うん」

 

なんかよくわからないけど、大丈夫なのかな?僕は一体何をすればいいんだろうか?

 

「あ、その前にアンタ。ちょっと私の部屋に来て」

 

「......え?」

 

「二乃、どうしたの?」

 

「なんでもないわよ。ほら、アンタは早くこっち。あ、一花、この前言ってたやつ勝手に借りていくから」

 

「え、あぁ、うん。それは別にいいけど」

 

「......もしかして僕、刺される?」

 

「あー、多分大丈夫だと思うよ?」

 

「何やってんのよ。早くしなさい」

 

次女に言われるがままに階段を上がって部屋の前へ。

 

「一旦そこで待ってて。一花の部屋で探し物があるから」

 

上杉から聞いた話だと、長女の部屋って探し物して見つかるような部屋ではなかったような......

 

しばらくして、次女が出てきた。手に持っているのは......ピアスガン?

 

「部屋、入って」

 

何を考えているのかよくわからない。

 

「はいこれ。ピアスあけて」

 

「いや、えぇ......」

 

本当に何考えてるんだろうこの子。ピアスガンなんて医療機器がなぜ一般家庭にあるのかもわからないし、自分でやるならまだしも他人があけるのは医療行為になる。医師免許のない人間の医療行為は原則違法だ。

 

「あの子、泣いてたわよ」

 

「あの子......五女?」

 

「まだその呼び方なわけ?まぁそれはいいけど。本当はあの子を泣かせたアンタなんてぜっっったいに泊めたくないんだからね。これくらいやりなさいよ」

 

「だからって、なんでピアス?」

 

「アンタの耳のそれ、小さくなってるけど、ピアスあけた痕でしょ?」

 

「よくわかったね。中学のときに珊瑚の兄貴と一緒にあけたんだけど、最近ずっと放っておいたから、かなり塞がってるはずなのに」

 

今考えてみればあけた意味が全くわからないが、兄貴が先にセカンドピアスをプレゼントとして用意してくれていたから、当時は疑問に思うこともなかった。人助けを病的に嫌うくせに、贈り物には抵抗がないのは実に兄貴らしい。まぁ、向こうの父親のカードを盗んで買ったという、中学生には似つかわしくないほど高価なピアスだったが。

 

僕以上に飽き性の酷い兄貴は高校入学時につけなくなって、結局そのときのピアスは兄貴の分も含めて2組とも僕が持っている。かくいう僕も、徐々につける頻度が減って、最近はずっと放置していた。

 

「中学って......何も言われなかったの?」

 

「僕も兄貴も中学はほとんど不登校だったし」

 

高校と違って出席日数を気にしなくても卒業できるというシステムを最大限悪用した結果だ。浮いた膨大な時間はほとんど数学につぎ込んだ。

 

「へぇ~......ねぇ、やっぱり痛いの?」

 

「僕や兄貴は特になんともなかったよ。でも、ピアスホールが安定するまで時間かかるから、その間ちゃんと手入れしておかないと、痛くなる人もいるっぽいけど」

 

「そ、そう」

 

「まぁ、気を付けていれば大丈夫だと思うから、あけるならさっさとあけちゃうよ?」

 

「ちょっと待って!」

 

「え、なに?」

 

「い、いや、やっぱりなんでもないわ......ってか、アンタも人の身体に穴あけるんだから少しは躊躇しなさいよ!」

 

確かに、トポロジー的に考えれば同相じゃなくなってしまうわけか......いや、どんな配慮だよ。別にいいだろ。

 

「ピアスってそんな大げさなものじゃないと思うけど......」

 

「い、いいから、早くしなさいよ!」

 

「待てって言ったり早くって言ったり、一体どっち?」

 

「~っ!なんか私だけ痛い目みるのに腹立ってきた!アンタももう1回あけなさい!」

 

「えぇ......いや、それは別にいいけどさ」

 

「言ったわね?じゃあアンタがあけるときは私がやってあげるから、仕返しされたくなかったら絶対に痛くないようにあけなさいよ!」

 

「はいはい。もうわかったから、大人しく前向いてて」

 

 

 

「はい、終わったよ。痛みは?」

 

「ないけど、なんか変な感じ......じゃあ次はアンタの番ね」

 

「......本当に僕のもあける気なんだ」

 

「当たり前でしょ?」

 

「折角塞がってきてるのに......」

 

「何?塞ぎたかったの?」

 

そんな嫌がらせの材料を見つけたみたいな反応をされてもね......

 

五女が勝手に泣いただけでそんなに根に持たれるとは思ってなかった。

 

「いや、別にどうでもいいんだけど、単に手入れが面倒」

 

どうせまたつけなくなって塞がるんだから、手間だけ増えていいことが何もない。

 

「ふーん」

 

興味を失くすのなら、もう僕はピアスをあけなくてもいいのでは?

 

「そういえば、アンタはどんなピアスしてたの?」

 

「......写真見る?」

 

スマホを取り出して、兄貴と撮った写真を探した。僕のスマホの写真フォルダには人間が写っているような写真はほとんどない。何年か前のものだが、すぐに見つかった。

 

「へぇー、これがアンタの言う“兄貴”ね。ちょっと格好いいかも......」

 

絶対にやめておいた方がいい......多分僕以上に恋愛、どころか他人と関わるのにすら向いてないから。

 

互いに数学の腕だけは信用していたけど、人間としては信頼しあっていなかった。僕も大概だけど、兄貴の方は人に力を貸すと死ぬ病を患っているようだ。過去の僕ですら見捨てられたし、今の僕には関わる価値すら見出さないだろう。

 

「で、こっちがアンタ......今とあんまり変わんないわね。ってか、なんで2人ともこんな仏頂面なのよ」

 

「僕も兄貴も、自撮りに限らず基本的に写真嫌いなんだよ。このときは、折角だから一応写真に残しておこうって話になったけど、どうにも2人とも乗り気じゃなくて、小一時間くらい悩んでようやく1枚だけ撮ったのがコレ」

 

「うわぁ......」

 

「引かないでくれる?っていうか、君が見たいのはピアスでしょ。ほら、これ」

 

ピアスの部分だけ、写真を拡大して見せる。

 

「綺麗な緑色ね。でも、結構高そう......」

 

「そりゃ高いよ。この緑のやつ、国産の翡翠だし。ちなみに兄貴のは血赤珊瑚。2人とも自分の名前にちなんだ宝石になってるから」

 

思いっきり金持ちの道楽である。僕の金でも兄貴の金でもないけど。

 

兄貴は多分ストレス解消とかが目的だったんじゃないかな。わざわざ僕をつきあわせたのがよくわかんないけど。まぁ、兄貴の分も含めて売り払えばそこそこの金になるし、2つともタダでもらったのだから文句は言えない。

 

「そんなにいいもの持ってるならつければいいじゃない」

 

「飽きるじゃん。誰に見せるわけでもないのにさ。最初は確かに面白かったけど、プレゼントしてくれた兄貴の方が先に飽きてたくらいだし」

 

「アンタのお兄さん、何者?」

 

「だから、僕の兄じゃないってば。親戚」

 

「あぁ、そうだったわね」

 

そういえば、呑気に雑談してる場合じゃないな。

 

「話を変えるけど、君、試験勉強する気はある?」

 

「あるわけないじゃない。知らないの?今度の試験でアイツに課されている条件」

 

「あぁ、それ知っちゃったんだ。もしかして、さっき上杉が風呂に入っている間に何かあったのかな?」

 

「さぁ?」

 

「......そうか。そういうことか。君の行動に合点がいった。つまり、君の目的は僕の足止めか」

 

この子、僕が教えること自体に関して上杉から戦力外通告されていることを知らなかったんだ。だからわざわざ僕を自分の部屋に呼びつけて、ピアスの話を持ち掛けて時間を浪費させようとした。自分が勉強しないだけでも済むはずなのに、確実にトドメを刺しにきてる。そんなに僕や上杉の心を折りたいか?相当恨まれてるなこれ。

 

「今更気付いても遅いんじゃない?あ、ちなみにこの部屋のドアはあと1時間くらい通らせないから。家に帰りたいって言うなら出してあげてもいいけど」

 

さっきからなぜかドアの前に陣取っていると思えば、それが目的か。

 

いや、これは遅いどころかむしろ......

 

「......1つ、交渉につきあってくれない?」

 

「交渉?命乞いの間違いかしら?」

 

悪魔みたいなこと言ってるぞコイツ。自殺しかけた人間に命乞いを要求するのはひどいブラックジョークだな。殺してくれるならそれでも構わないんだけど。

 

「この状況で、上杉1人の力で5人全員を赤点回避までもっていくのは無理だ。だから、君が赤点回避をしても、どのみち上杉はクビになる」

 

「......何が言いたいのよ」

 

「君の目的はもう達成が約束されているってことだ。だから、僕の手柄作りに少しでいいから協力してよ」

 

「手柄?なんで私がそんなものに協力しなきゃいけないわけ?」

 

「まぁ落ち着いて話を聞いてよ。僕は上杉の手伝いをするためにここに来たわけだから、何か少しでも手柄が欲しい。つまり、君が上杉の授業に参加するようになるか、君の点数が上がるかすれば、僕の役目は最低限果たせたことになるわけだ。あとはクビになっても上杉の自己責任。僕と上杉の友人関係を悪化させないためにも、君に協力してほしい」

 

よくもまぁこんな出鱈目なカバーストーリーを即座に口に出せるものだ。我ながら詐欺師じみていて気色悪い。

 

「だから、なんで私がわざわざ協力してあげないといけないのかってきいてるんだけど?」

 

「もちろんタダでとは言わない。報酬は、兄貴が身につけていた血赤珊瑚のピアスと、兄貴の連絡先」

 

連絡先といっても、あくまでも電話番号とメールアドレスだけで直接紹介するわけじゃないから、絶対に取り合ってもらえないだろうけど......

 

順番間違えて先に電話からかけようものなら一発アウト、即座に着信拒否だ。

 

ピアスに関しては......まぁ、必要経費だ。どうせ死ぬんだから、今更物欲も金銭欲もあったものじゃない。

 

「あ、アンタ、身内を売る気?!」

 

「兄貴のピアスの所有権はもう僕にあるし、今更誰に渡しても関係ない。それに、君はみてくれだけはいいから、もしかしたら上手くいくかもよ?」

 

それに、兄貴が身内だって?

 

笑わせないでほしい。あの人に身内はいない。自分自身以外は全員外側の人間だ。

 

「みてくれ“だけ”は余計よ!」

 

 

 

そうして、次女は悩み始めた。

 

酷い詐欺だな。

 

まぁ、それでも5人全員の赤点回避は厳しいだろうけど、それは僕がいてもいなくても変わらない。先ほどのカバーストーリーは一部真実だ。つまり、この交渉を無事に終えられれば、あとは上杉次第。どう転んでも本人の実力に応じた結果しか出ない。要するに、“赤点回避の可能性が潰えている”というのが嘘だ。嘘というか、僕には現状がわからないから、適当に言っただけだ。もしかすると、本当にもうダメかもしれないし、まだ可能性はあるかもしれない。しかも、上杉が失敗すればこの嘘はバレないし、成功してしまえば次女にとってみれば後の祭り。

 

なんで僕はこんなことやってるんだろうね。

 

『天才だと......言われたからだ』なんて言い放ったら完全に死亡フラグである。

 

天才じゃないけどね。あ、死ぬのは間違ってないか。

 

「ねぇ」

 

「ん?どうしたの?決まった?」

 

「確認したいんだけど、アンタが報酬をくれる条件って何?」

 

「......んー。全科目赤点回避、または上杉の授業に参加すること。かな」

 

「それって、中間試験までってことよね?」

 

「まぁ、万が一上杉がクビにならなかった場合はずっとだけど、その心配はいらないと思うから、気にしなくてもいいと思うよ?」

 

あんまりそこに触れてほしくないな。ボロが出る。

 

「はぁ?ずっと?!」

 

「だから、気にしなくていいって。全員赤点候補なんでしょ?それとも、上杉が優秀すぎて、全員が赤点回避しちゃう可能性を想定しているのかな?それって、上杉の能力と働きを認めているに等しいけど」

 

「誰がっ!......なんか怪しいわね」

 

マズイ、喋りすぎた。挑発に乗りやすそうと思ったけど、結構警戒してるな。

 

「全科目赤点回避で十分なんだけどな......」

 

論点をずらしまくるしかない。でも、これは多分押し切れない気がする。

 

「......じゃあ、アンタが授業しなさいよ。」

 

そうきたか......

 

「......なんで?」

 

白々しいけど、聞き返すしかない。

 

「アンタが欲しいのは手柄だったわよね?じゃあ、私がアンタの授業を受けたとしても、それはアイツにとってみればアンタの手柄になるじゃない」

 

あーあ。この返しをされたらもうどうにもならない。正規の家庭教師じゃない僕が相手なら、中間試験さえ終われば授業を継続して受ける必要性がない。僕もその必要性を説明できない。

 

つまり、トラップは失敗した。中間試験をしのげた後を想定して張ってあげた罠だったけど、こうもあっさりと躱されるとはね。

 

さらにいえば、僕がまともに授業なんてできるわけがない。こうなれば、中間試験の赤点回避すら絶望的だ。かといって、僕に授業をする能力がないと知れば、次女は足止めが無駄足だったことを知り、この場で交渉自体が打ち切りになる。

 

詰んだ。

 

トラップとか余計なこと考えて欲張ったからだな。

 

なーにが天才だよ。なぁ?上杉。所詮こんなもんじゃないか。

 

「......ダメだ、降参。今の話は全部なし」

 

「まさかそれだけで済むとは思ってないわよね?どうやって私を騙そうとしていたか、白状しなさい!」

 

これ、素直に次女の勘違いを指摘したら、僕の必要性を説いてた上杉が騙したことになりかねなくないか?僕が全部泥を被るのであれば、黙る以外にない気がする。

 

おそらくもう嘘は通じない。次女、勘が鋭すぎる。

 

「嫌だといったら?」

 

「そうね......」

 

次女が徐にピアスガンを手に取った。非常に意地の悪い笑みが浮かんでいる。

 

「ピアス、とびっきり痛いところにあけてあげるわ」

 

「金輪際君には近づかない方がよさそうだね。僕は帰ることにするよ。そこのドア、家に帰るなら通してくれるんでしょ?」

 

「あら、そんなこと言ったかしら?」

 

完全にナメていた......詰みか?本当に詰みなのか?

 

「......このまま朝まで睨めっこする気?僕はそれでも構わないけど」

 

「夜更かしは乙女の肌にとって天敵よ。私は早めに寝るから、そのときはアンタを縛り上げて動けないようにしてから一緒の部屋で寝てあげるわ」

 

「君は乙女というよりもまるで女王様か何かだね。監禁罪って言葉はご存じ?」

 

声を張り上げて誰か呼ぶか?いや、リビングでまだ授業やってるのに邪魔するのは本末転倒か。

 

「へぇー。教えてくれたら睡眠薬あげようと思ってたんだけど、いらないみたいね」

 

「......とりあえず、リビングに戻ろうか。話はそこで」

 

「ダメ。ここで話して」

 

上杉と連携をとることすら禁じられるか。この子、一体どこまで勘づいている?

 

「現状、君の見立ては?」

 

「はぁ?」

 

ピアスガンを持った手が近づいてくる。次女、顔怖い......

 

「ちょっ!待って!冗談だってば!」

 

「軟骨にピアスあけると痛いらしいわよ?」

 

「わかった。話すからとりあえずそれ置いてくれる?」

 

これは詰みだね。

 

 

 

 

 

僕は次女に対して釈明を行うことになった。

 

「まぁ、半分くらいは勝手に勘違いした君が悪いよね。50:50ってことでどう?」

 

「いいわけないでしょ!アンタが100悪いんだから、謝りなさいよ!」

 

返す言葉もない。とりあえず土下座でもしておこう。

 

「ごめんなさい。謝るついでなんだけど、上杉の授業に参加してくれない?」

 

折角土下座の姿勢なんだから、そのまま頼み事もしてしまおう。これが効率化というやつです。

 

「...痛っ!痛いって!」

 

無言で頭を踏みつけられた。酷い。

 

コンコンとノックの音が響き、その直後にドアが開いた。

 

「二乃〜、上杉さんが様子を見てきてほしいって......」

 

「「あ......」」

 

「......お、お邪魔しました〜」

 

ドアが閉まる。

 

「ちょっと!待ちなさい四葉!」

 

そのとき、僕の頭の中で何かが閃いた。

 

四女を追おうとする次女の前に立ち塞がる。

 

「なっ!どきなさいよ!」

 

「さ、試験勉強しようか。さもなくば四女の誤解を更に煽って君と僕が()()()()()だって広めるから」

 

「はぁ?!何言ってるのよ!大体、そんなことしたらアンタだって!」

 

「ま、今更僕ごときの名誉なんて守っても仕方ないからね。言っておくけど、確実にダメージは君の方が大きいよ」

 

「......っ!」

 

なんとか形勢逆転できたかな?

 

次女が睨みつけてくるけど、顔が赤いせいであんまり迫力がない。あ、ついに涙目になった。

 

 

 

 

 

 

 

「......ねえ、ここわかんないんだけど?」

 

「単語や文法は自分で調べられるようになろうって言ったよね?君が左手に持っているそれは何?」

 

次女はとてつもなく不機嫌そうだが、現状なんとか勉強させることに成功している。

 

あの後すぐ次女から四女に「後でちゃんと説明するから皆には黙っておいて」という内容のメールを送らせた。勿論"説明"の内容は次女の出方次第である。一応二階からこっそり様子を窺ってみたが、四女は喋っていないだろう。

 

そして、考えた末に勉強させる科目は英語にした。

 

数学は真っ先に除外した。どうしても上杉相手に教えていた感覚が抜けなくて説明のレベルを合わせられる気がしないし、何で躓いているのかが本当にわからないからだ。次に国語を除外。古典はともかく現文を教えられる気がしない。理科に関しても同様に僕自身の理解が不十分な分野が含まれている。理解は出来ても覚えるのが苦手という意味で社会と英語は特にそういったことはないが、僕自身が他者に伝授できるような暗記法を持っていないという理由でほぼ暗記科目になる社会を除外。適度に暗記要素と文法パズルが混ざっている英語にせざるを得なかった。

 

幸いなことにうちの高校の英語のテストは単熟語を書かせる問題と最後の問題以外を選択形式にしているので、なんとかなるかもしれない。

 

残り4科目は一体どうしようか......やっぱりどうにかして上杉の授業を受けさせるしかないな。僕に出来ることは限られている。結局、今四女と顔を合わせると向こうが勉強どころじゃなくなってしまうだろうと思ってこの形にしてみたけど、早々に限界が来そうだ。というか、この脅しは今夜中しか使えないな。一晩中監視するわけにもいかないから、目を離した隙に誤解を解かれればそれまでだし。

 

......もうどうしようもないから後は上杉に丸投げしよう。僕は十分頑張った。

 

「ねえ、やっぱりわかんないんだけど!」

 

「......君、もうスマホ捨てたら?そんな高度なもの持っててもまともに使いこなせないんじゃ宝の持ち腐れでしょ」

 

「うるさいわね!アンタが勉強しろっていうから仕方なくやってあげてるんじゃない!早く教えなさいよ!」

 

「あー、はいはい。じゃあ今から言うワードで検索してみて」

 

こういうのって、本当は検索能力を磨くためにも全部自分でやった方がいいんだけどね。仕方ないから良いサイトを教えてあげようじゃないか。

 

僕は授業なんて真面目に受けるだけ時間の無駄だと思っている。他人に何かを教えてもらうよりも、自分で調べたり考えたりした方が圧倒的に速いからだ。うちは学者一家だが、学生時代に授業を真面目に聞いて過ごしたなんて話は誰からも聞いたことがない。みんな好奇心の塊で、先生はどうしても困ったときに質問を投げかけるために存在しているのだと教えられた。まずは自分の頭で考える。足りない知識があるなら調べる。そしてまた自分の頭で考える。どうしようもなく煮詰まったときにやっと他人を頼る。勉強をするというのは、そういうことだ。それでテストの点数をとれるかどうかは知ったことではないが。

 

「というわけで、ありえない選択肢を全部除外したら残ったやつが答え。簡単でしょ?」

 

「どこがよ!あーもう面倒くさい!」

 

「とりあえず君はわからないことを自分で調べてわかるようになってくれ」

 

「ねえ、休憩していいかしら?」

 

「じゃあ休憩がてらここからここまで単語覚えておいて。10分後テストね。こういうのはテスト形式が一番覚えやすいから」

 

「ちょっ、多っ!10分なんて無理よ!これじゃあ休憩にならないじゃない!」

 

「何も考えずに覚えるだけでいいんだから休憩でしょ。別に完璧に覚えろとは言わないからなるべく多く正解できるように頑張って。あ、ちなみに0問正解だったら......四女の誤解が広まっちゃうかもね」

 

「......っ!わかったわよ。やればいいんでしょ!やれば!」

 

先程から学校で指定された単語帳を眺めて、試験で使われそうな部分をピックアップしていた。暗記法と言っていいのかわからないが、唯一他人にも試せるやり方があったのを思い出した。テスト形式である。どんな形でもいいから短時間でなるべく多くの暗記事項を頭の中に詰め込んで、何も見ない状態でテストしていく。正解したものは除外して、覚えていなかったものだけを覚え直してもう一度テスト。これの繰り返しで、覚えられていないものがなくなるまでやる。最後に全範囲をもう一度テストして、完璧に覚えられていたら終了だ。テスト中に思い出さなきゃいけないことを思い出す訓練であると同時に、"覚えた気になる"ことを防げる。

 

この方法で重要なのは最初のテストの前にどれだけ多く覚えられるかだ。1回目の段階で大量に間違えると、その時点でやる気をなくす。僕は暗記事項数個ごとに目を閉じて目蓋の裏側に描くという方法をとるが、以前上杉にやらせたときはあまり効果を発揮しなかったので、これは伝えないでおくことにした。自分なりのやり方を見つけるしかない。

 

ちなみに、テスト形式と単語カードとの違いは紙に書くか書かないかと、1問ごとに正解を確認するかしないかだ。紙に書く。解ける問題から解く。他の問題を解いている最中に思い出したから前に戻る。そういう感覚も養えるのがテスト形式。上杉は隙間時間に出来ないからと批判的だったが。

 

おっと、そろそろ10分経つね。

 

 

 

 

 

 

 

「もう無理......」

 

「お疲れのところ悪いけど、一度リビングに戻った方がよさそうだね」

 

そろそろ向こうもお開きの時間だろう。

 

完璧とまではいかなかったけど、繰り返しで1時間くらいやらせたら半分程度は覚えられたようだ。途中で何度も鬼だの悪魔だのと罵られたが、そんなに難しいことをさせたつもりはないんだけどね。

 

そういえば、さっき四女が訪ねてきて以降この部屋に誰も来なかったな。多分何かを察した(誤解)四女が必死に皆をリビングに留めたのだろう。

 

「あ、そういえば......これ、兄貴の連絡先ね。睡眠薬と交換でどう? 成り行きで泊まることになっちゃったけど、ほとんど一晩中起きてる男が家にいるのって落ち着かないでしょ?」

 

次女のためを思うのなら、兄貴とは一切接触させないのが正解だ。けど、所詮は赤の他人なんだからどうなっても構わない。相手が価値のある報酬だと誤認しているうちに取引の材料として消費してしまおう。

 

「その前に四葉の誤解を解くの手伝いなさいよ......」

 

覇気がない。相当消耗しているようだ。

 

「んー、じゃあ睡眠薬はそれと交換で。兄貴の連絡先は明日上杉の授業を受けた後で渡そう」

 

「まだやるわけ?どうせ全科目赤点回避なんて無理よ」

 

「続けるかどうかは上杉の判断だから、僕の知ったことではないよ。とりあえずリビングに降りようか」

 

 

 

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