Nighthawk 作:憑き燈
もう少し休憩したいという次女を置いて1人で1階のリビングに降りると、ちょうど皆が勉強道具を片付けている最中だった。僕は上杉を呼びつけて非常にざっくりとした事情説明をしたのだが、次女に勉強をさせたと言ったら驚かれた。僕も驚いている。
そうこうしているうちに、多少なりともいつもの覇気を取り戻した次女が来たので、今度は2人で四女を呼びつけて誤解を解く。怒っていた次女に僕が悪ふざけをかまして更に怒られたという説明でなんとか納得してもらえた。
そして、今度はこの場にいる全員で僕と上杉がどこで寝るのかという話をすることになった。
客人をソファで寝かせられないからと、姉妹のうち誰かの部屋のベッドを使うという話になりかけたのだが、予見できないトラブルを回避するために断固反対した。上杉には
「ありがとう!久しぶりにまともに寝られるよ!」
「そ、そう......良かったわね......」
次女にドン引きされたな。あの日以来ずっと求め続けた睡眠薬が手に入り、まるで違法薬物でも摂取したかのようなハイテンションになってしまった。まぁ、処方薬を処方された本人以外に譲渡する時点で違法*1なわけだが。
やっと眠れる。出来れば明日が来ないでほしい。次女の件に関してはさっき上杉に丸投げしておいたので、明日は僕の仕事がなくなっていればいいな。そういえば、長女が明日について何か言っていたような......
「おい、いい加減起きろ」
「もうお昼ですよ?」
声が聞こえる。誰だろう。僕は起きなければいけないらしい。時間は昼......起きるってどんな動作だったっけ?ここはどこだっただろうか。わからない。思い出せない。
「......」
「アンタ、人の家のソファでいつまで寝てんのよ!」
うるさい。もう少し声を抑えてほしい。頭に響く。それにしても聞き覚えのある声だ。まるで例の次女のような......次女?
「......え?何?どういう状況?」
「お前......あれだけ寝てまだ寝ぼけてるのか?」
「普段からあまり眠れていないというので朝は起こさないでおきましたが、流石に寝すぎです」
目の前には上杉、五女、それから先程声がしたはずの次女は......
「一花から伝言預かってるんだけど。アンタが起きないからいつまで経っても図書館行けないじゃない」
ソファの反対側にいた。
「図書館?」
「まさか昨日の約束忘れてないでしょうね?一応"今日だけ"はコイツの授業に付き合ってやるんだから」
あー、そういえばそんなこと言ったような。兄貴の連絡先を餌にしたんだっけ?
「そっか。それで、伝言って?」
「12時半に病院を予約してあげたからって言ってたけど......アンタ、本気であそこに行くつもりなの?」
病院?そもそもどんな話の流れだったっけ......
「えーっと、それって僕が受診するの?というかどこの病院?今日は日曜日だから外来なんて閉まってるんじゃ......」
「はぁ?なんでアンタが何も知らないのよ!それともまだ寝ぼけてるわけ?」
「いや、そんなこと言われても......昨日長女からは翌日の予定があるかどうかをきかれただけだし。というか12時半って、場所によってはそろそろ出発しないと間に合わないのでは......?」
「ここから病院までだと、おそらく後10分以内に出ないといけませんね」
「なぁ、さっきから何の話をしているんだ?」
「正直僕もよくわかってないんだけど......」
「とりあえずアンタは顔洗ってなるべく早く支度してきなさい。もうこうなったら私が直接病院まで送ってあげるわ」
「お、おい二乃。お前今日は勉強するって......」
「仕方ないじゃない!文句なら一花に言っといてよね」
「上杉、なんかごめん......」
項垂れているけど、次女が授業に参加するように誘導したのは僕なので、実質±0ってことで......
「そういうことでしたら、私が送ります。本堂君を送り届けたらなるべく急いで図書館に向かいますので」
「うん。次女はただサボりたいだけだろうし、君の方が適任かもね......」
次女、そんなに睨むなよ。大人しく上杉の授業を受けてろ。
五女に連れられてやってきたのは想像よりも大きな病院だった。道中に聞いたのだが、どうやら彼女達の父親がここの院長らしい。長女はおそらく僕のことを父親に相談したのだろう。大半の病院は日曜日に外来診療なんてやってないだろうと不思議に思っていたけれど、恐らく無理矢理ねじ込んでくれたんだろうな。
「本堂君」
「なんとか間に合ったね。送ってくれてありがとう」
「一花から話を聞きました。私が上杉君を頼ったのですから、あなたももっと他人を頼るべきです。私にできることは限られていますが、辛いときは相談相手くらいにはなりますから......」
「だから簡単に死のうとするな、なんて言わないでよね。上杉が間にいるってだけで、僕と君達は赤の他人同士。互いにこれ以上関心を持たず、何かあっても心が痛まない程度の距離を保っていこうよ」
「......それ、本気で言っているのですか?」
「手始めに、今しがた君と長女にできた借りは返さないことを宣言しておくよ。二度と僕に貸しを作ろうなんて思ってほしくないから」
「私は......あなたに貸しを作ろうなどと思ったことは一度もありません。一花もきっと同じです。なぜそこまで他人と関わることを恐れるのですか?」
「今の僕と関わっても何のメリットもない。況してや君達は以前の僕を知らない。それなのに、わざわざ関わりを持とうとするのはおかしいでしょ?僕は君達が何を考えているのかさっぱりわからないけど、これ以上僕に何かを期待しないでくれ」
「人間関係というのは、損得だけで成立するものではありませんよ?」
「そうだね。上杉のように、既に僕からメリットを得られなくなった場合でも切り捨てずに関わってこようとする人間はいる。ただ、それは過去の蓄積があってこそ。ま、そろそろ限界だと思うから、この先君達とは間接的な関わりさえなくなるわけだ」
「あなたは......あなたはそれで満足ですか?」
「さぁ?ある意味自業自得って感じだけど、僕はもう自分で生き方を選べるような段階にいないからね。一度死んでるわけだし。じゃ、そろそろ行くよ」
「君は
「確かに同じ医者ならおじさんや兄貴と知り合いでもおかしくはないか」
「......?」
「三五月総合病院の三五月先生とは親戚になります。おそらくあなたが最初に思い浮かべたであろう彼の子息の三五月珊瑚とは浅からぬ縁がありましてね。昔はよく本当の兄弟のようだなどと言われたものです」
「なるほど。確かによく似ている」
「名乗るのが遅れました。本堂翡翠です」
「こちらもまだ名乗っていなかったね。院長の中野マルオだ。......本堂君。いきなりこんなことを尋ねるのは失礼かもしれないが、御両親は御存命だろうか」
「2人とも亡くなっていますが......うちの両親のこともご存知で?」
「君の御父上、本堂先生には大学時代に一般教養の数学の講義で酷い目に遭わされた記憶がある」
「あぁ、なるほど。きっと単位落としたら即座に留年が確定するような医学部生相手にも容赦なかったんでしょうね。僕の記憶にある限りでもかなりイカれた人間だったので」
「三五月先生の子に似ていたのは確かだが、君の方には本堂先生の面影がある。まさか本堂先生と三五月先生が親戚同士だったとは思いもしなかったが」
「うちの家とあっちの家は基本的に仲が悪いんでね。あなたが今その情報を知れたのは奇跡ですよ。どうです?奇跡をその手にした気分は」
「特に何も思わないね。それよりも、そろそろ本題に入ろう。僕は今昼休憩の時間を削ってここにいる」
「......なんかすみませんね。中野一花さんから紹介されて来たんですが、どの程度話が伝わっているのか確認しても?」
「娘からは君が不眠と精神的な不調に悩まされていると聞いている。今話している限りではそこまで酷い様子ではなさそうだが、少し顔色が悪い。ちゃんと食事はとっているかい?」
「聞かなかったことにしていただく前提で話しますが、昨日は脱法的に睡眠薬を手に入れたので、今少し調子が良いのはそのおかげです。やっとまともに眠れたので。食事に関しては、食欲がないのでたまにしかとっていないですね」
流石に「あなたの娘から睡眠薬を貰いました」とは言えない。ちなみに食欲がないけどそろそろ何か食べなきゃ死ぬってときはアルコールで食欲を増進させている。これは言う必要性がないので黙っておく。アルコールが禁忌になっている薬は大体把握しているから問題ない。
「時間さえあれば君と娘の交友関係について詳しく問い質したいところだが......」
「心配なさらずとも、頻繁にそんなことをやっているわけではありませんよ。昨日が2回目です。正直こっちもなりふり構っていられないんでね。できれば今日正式に処方していただけると助かるんですが」
「......なるほど。とりあえず、当座凌ぎに僕のような内科医でも扱える程度の睡眠薬と、食欲亢進作用のある薬を処方しておこう。薬を飲み切ってもまだ症状が続くようなら、次はここの精神科に紹介してあげよう」
「お手数をおかけします」
「処方箋を持って来させるから、しばらくこの部屋で待っていてくれたまえ。それじゃあ、お大事に」
「あ、最後に2つだけ。このことは三五月先生には内密にお願いしたいのと......貴方から見て、父はどのような人間でしたか?」
「......そうだね。とても厳しい先生だったことは間違いないが、講義ではいつも楽しそうに話していた。残念ながら、僕は内容の半分も理解することが出来なかったが」
一般教養の講義で一体何を話していたんだあの男は......