「ちょっ! 待っ―――!」
「うるせえよ」
歯向かっておいて今更命乞いでもしようというのか。戦意は無いというように斬魄刀を放り捨てた破面だが、そんなことはお構いなしに脳天に一撃をくれてやる。
斬魄刀を抜いた時点で―――いや、掃討命令が出た段階でこいつ等の命運は既に決まっている。
ごきゃ、と頭蓋骨を破壊する手ごたえがあって一瞬遅れて湯水のように噴き出る血液。
びくん、と身体が震えたかと思うと無事な胴体だけが無様に砂漠に倒れ伏す。
少しだけ身体が痙攣して、直ぐに動かなくなった。耳障りな聞き苦しい声は聞こえない。頭を潰したんだから当然だ。
「チッ、雑魚が」
もう動かない肉塊に向かって吐き捨て、周りを見渡す。
死体死体死体。死体の山だ。頭が潰れたり上半身と下半身が泣き別れになったりした破面共の死体。先ほど潰したのが最後の一匹だったのか、もう動くものはない。
「ああ―――詰まんねえ」
溜息を吐く。今回もまたつまんねえ任務だった。疲労なんてないくせに疲れた気分に陥ってくる。斬魄刀に付いた血痕を振り払い、砂の大地に突き刺す。
苛々する。何かに苛立っていて、その原因は分かっていない。意味もなくイラつく自分にも苛々して、悪循環が発生している。
何もかもが馬鹿らしくなって適当に寝転んだ。死体の山の中だが、そんなものに頓着するほど細い神経はしていない。
砂漠のど真ん中で上を眺める。
夜だ。碌に光源の無い世界の夜空に三日月が煌々と輝いて、その周りには名前も知らない星々が瞬いている。見るヤツによっては趣のあるものかもしれないが―――生憎、そのようなものを楽しむほど情緒に溢れているわけではないのは自分でも分かっている。
だから、特に感想は出ない。ただの夜。時間を持て余して特別やることもないから月を眺めているだけだ。そこに感慨はなく、思うこともない。
じゃあなんで意味もなくこんなことをしているのかというと、平たく言ってしまえば暇つぶしだ。
それ以上でも以下でもない。
「……」
暫くそうしていた。無音の世界は意外と心地よく、そのまま眠気に身を任せたくなる。そんな静寂に斬り込むかのように砂を踏む足音が一つ。
誰かが近づいてきている。こんなもの態々探査神経で探らせるまでもない。敵だったらこんな死体だらけの物騒な場所に無警戒にのこのこ歩いてくるわけがない。
そうすると必然的に近づいてくるのは一人しかいない。上半身を持ち上げて音の方向に視線をやると、予想通りに視界の端に一人の破面が映った。右頬に水色の仮面紋が入った、男の破面。
ゆっくりと、しかし確かな足取りで近づいてきたソイツは近くまで近寄ると歩みを止める。
「残党は?」
念のため聞いておく。面倒だが、一応は任務だ。反乱分子の掃討なんていう、よくある任務。最初の頃は堂々とぶっ殺せるからアリかと思っていたが、どいつもこいつも歯ごたえが無さ過ぎる。そもそも反乱分子っていうのは大分誇張した表現だ。単なる雑魚が徒党を組んでいるだけの烏合の衆。
加減した一振りで死ぬような雑魚なんざいくら殺しても意味がない。単なる作業だ。二回目以降からやる気を失くして、適当に暴れた後は他の連中に残党狩りを命じてある。
今回もまた、そうだった。
「……打ち漏らしはない。全部、狩り切った」
硬い声色でソイツは言った。今更戦闘で緊張するほど柔じゃないだろう。大方、今回の任務に思うところでもあるのか。
「ハッ、そうかい。……そりゃそうだ。真っ先に逃げるような腰抜けがお前に敵うわきゃねえよな」
「ああ、そうだな。特に苦戦はしなかった」
コイツのことはそれなりに評価している。俺と勝負出来るほどの霊圧じゃねえが、少なくとも戦いもせずにビビって逃げた雑魚が敵うような相手じゃない。
そこで一度会話は止まった。ソイツは迷ったように、僅かな逡巡の後に口を開く。
「月を見ていたのか?」
と、そんなことをを聞いてきた。
「あァ? ……まぁ、そうだがよ」
事実なので否定しない。確かに、月を見ていた。
……いや、見ていたというのは少しばかり語弊があるか。単に視界に入っていただけだ。
月はデカくて目立つ。だから、自然とそこに視線が行く。きっと、ただそれだけだ。
「それがどうした?」
「いや、もしかして趣味なのかと思ってな」
見当違いの言葉に僅かに苛立つ。
「……あァ? 俺がそんな女々しい趣味してると思ってるのか?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
破面が夜空を見上げた。そいつは頸を傾げて暫く上を眺めていた。
「良い、夜景だと俺は思った。俺に審美眼があるわけじゃないが、きっと美しい月というのはこんな月を言うのだろう」
俺と同じものを見ておいて浮かんだ感想はそれらしい。悪いが、その感性に理解を示すことは出来ない。
「……そうかよ。死体の山が転がっているのにお前も冷徹じゃあねえか」
煽るように言ってやる。ちょっと霊圧を解放してやったら連中は身体を強張らせてろくに動くことも出来なくなった。後のことは戦いでも虐殺でもない。刀を振り下ろすだけの単純作業。今となっちゃ霊子に帰るのを待つだけの肉塊だ。
波面は少しだけ苦しい顔を浮かべる。その意味を理解は出来ても共感は出来ない。
「それが任務だからだ。……個人的にはあまり気が進むものじゃないが……」
「真面目なこった。まァ、良い」
正直に言って、こんな雑魚共を態々殺しにかかる理由は俺にも分からない。
藍染サマに従わないだけ十把一絡げが徒党を組んで攻めてきたとしても障害にすらならないだろう。東仙あたりなら秩序の為、などと抜かしそうだが実に馬鹿々々しい。
俺達破面に秩序なんて概念が芽生えるはずがねえ。結局は獣でしかない俺達は食うか食われるか、ただそれだけだ。
或いは―――。
……まぁ、そんなものはどうでも良い。小難しいことを考えるのは趣味じゃないし、意味もない。
ともあれ、任務は終わった。だったらこんな場所からは退散するに限る。
血の臭いは別に嫌いじゃないが、流石にここまで濃密だと次第に鼻が不愉快になってくる。
立ち上がって、突き刺した斬魄刀を引き抜き肩に背負う。
「帰るぜ。後の報告は任せた」
「……ああ。分かった」
後ろから着いてくる一つの足音。静かで、確かな意思を感じさせる音。その音に最近慣れてきた。
前にはもっと破面がいたと思う。追随する足音がもっと聞こえていた気がした。
……ああ、そうだ。
もう、顔も憶えちゃいないが、媚び諂った雑魚共が何人かいた。
他の連中はもういない。何人かは俺が殺して、何人かは戦いの中で死んだ。
そんな中後ろを歩く破面だけは生き続けた。運が良かったってのもあるだろうが、他の連中に比べりゃまだ使える雑魚だってのもある。
少なくとも下心が透けて見えるおべっかを使うような雑魚よりはマシだ。態度は実直で気色の悪い態度を取ることもしない。細かい雑務もコイツが勝手にやってくれる。だからコイツに限っていえば煩わしさはあれど邪魔だとは思っちゃいない。
「―――……」
そういえば、と思い出す。一度足を止めて振り返った。
「どうした、ノイトラ?」
きょとんとした顔をする破面。
ノイトラ―――そう、俺の名前だ。ノイトラ・ジルガ。藍染によって破面化された、破面の一人。
「お前、名前は?」
俺の問いにその破面は何とも言えない妙な顔をした。
「……テスラ。テスラ・リンドクルツだ。一応、同時期に破面化した一人なんだが……」
悪いが自分より格下と分かっている有象無象の名前など覚えておく価値がない。
だが、この波面は少なくとも見どころはあるだろう。
「そうかよ。覚えておくぜ」
「寧ろ今まで覚えていなかったのか……?」
破面―――テスラのぼやきは無視した。
ただ、暫くその名前だけは憶えてやろうと思った。
コイツが死ぬ、その時までくらいは。