模擬戦だの訓練だのまどろっこしいことは言わない。殺す。
踏み込んだ一撃はガンテンバインの頭部に吸い込まれ―――その直前でガンテンバインは消えた。
響転だ。横に気配を感じ、切り返す。直撃すれば真っ二つに出来るほどの威力のそれはまたもや態勢を低くしたガンテンバインに避けられる。
「初っ端から殺す気とはいい度胸じゃねえか!」
「チッ!」
ガンテンバインはそのまま踏み込み、正拳突きを放つ。至近距離では長物の利点を生かせない。
一度後退し、拳は柄で引き気味に受け止める。
衝撃。斬魄刀を持った手が痺れそうになるほどの威力に俺は少し笑った。
「ハッ! なんだよ。そんなこと言っておきながらテメエだって全力じゃねえか」
「なんだ? 手加減でもしてほしかったか?」
挑発するように笑うガンテンバインに頭を振る。
「まさか」
寧ろその逆。下手な手加減でもしようものなら最大威力の虚閃の一発でもお見舞いしてやろうと思っていたほどだ。
「オラ、来いよ。十刃サマがこんな温い攻めなわけねえだろ」
「フ、良いだろう。先達者の技巧を見せてやる」
言葉が終わるや否やまたしても消えるようにガンテンバインは俺の視界から消えた。
「舐めんな!」
響転の速さはある。だが練度については大きな差があるわけじゃない。
目で追える。身体は反応出来る。なら勝算はある。
弾き、躱し、留めなく繰り出される正拳の合間に一撃を差し込む。そんなやり取りを数度した後で、ガンテンバインは一度距離を取った。
「やるじゃねえか。予想以上だ。獣染みた動きでありながら上手さもある」
「上から語ってんじゃねえよ」
「……腕前は認めるがその態度はいただけねえ。不用意に敵を作ってどうするよ。お前はもうちょい立ち回りを覚えろ。……だが、やはり分かんねえな。単なる戦闘狂かと思いきやそれだけじゃねえみたいだ」
「お前に俺の何が分かるってんだ」
「さあな。だが立ち会ってみて少しは分かることもある」
ガンテンバインは俺を見た。
「お前、別に戦いが好きなわけじゃねえだろ? いや、好きか嫌いかで言えば好きだろうが、そんな単純な話でもなさそうだ」
「えッ」
それは俺ではなく、近くで戦いを見守っていたテスラのものだった。
「……こっち見てんじゃねえよ」
「わ、悪い。でも、そうなのか?」
「知るか」
俺とテスラがそんな間抜けなやり取りをしている間、ガンテンバインは思案気な表情を浮かべて顎を撫でる。
「テメエも知ったように好き勝手言ってんじゃねえよ」
「だが、合っているだろう。純粋に闘いが好きだってんならそんなつまらなそうな顔はしていないはずだ」
「……俺は」
分からない。
そんな俺を見たガンテンバインは溜息をついた。
「俺はなんでも分かるわけじゃねえ。答えはお前自身が見つけるしかねえ。だから最初の問いをもう一度させてもらう。……ノイトラ。お前はなんの為に戦う?」
なんの為に? それは勿論強くなるためだ。
有象無象の雑魚共を叩き潰して……。
いや、違う。それは強くなることは目的ではなく手段だ。
なら、どうする。俺は強くなって何がしたい。これほどまでに戦いを渇望するのはなんの為だ。
強さの果てに、俺に待ち受けるのはなんだ。
「……」
「模擬戦とはいえ戦いの最中に聞くようなことじゃなかったかもな。悪い。……続きと行くぜ」
再び構え、強引に戦意を高めていく。
……そうだ。集中しろ。今はただ、目の前の敵を。
響転。またしても消えるように移動するガンテンバイン。
―――正面、いや……。
フェイントだ。そう判断したのは根拠があってのことではない。直感だ。
向かい打つ態勢を取りつつも左右を警戒。微かに捉えた影に向かって斬魄刀を振り下ろす。
「良く反応した!」
ガンテンバインは俺の一撃を受け流した。
流した衝撃を利用し、くるりと回転しながら蹴りを繰り出す。だが、正拳に比べるとその精度は些か落ちる。俺は斬魄刀を手放し、それを両手で受け止め足を掴むことに成功する。
「そりゃ悪手だぜ!」
そのまま地面に叩きつけようとした俺の動きに合わせ、遠心力を利用したガンテンバインは俺の手から離れ、空中で態勢を立て直しつつ上空から拳を見舞う。
防御は―――間に合わない。
衝撃が頭に走り、俺はそのまま鑪を踏む。
単なる拳の一発ではこうはならない。ぐわんぐわんと視界が揺れ、咄嗟に斬魄刀を掴んで杖代わりにする。
「糞が!」
「お前の鋼皮は確かに硬え。だが、それが分かってりゃダメージを与える方法はいくらでもあるんだぜ? 内臓まで硬いわけじゃねえからな」
「先輩面してんじゃねえよ。俺はテメエのそういうところも―――」
腰から続く鎖を握り、斬魄刀を頭上で回転させる。腹が立ってくる。自分の不甲斐なさにもガンテンバインの言葉一つ一つにも。
「―――気にくわねえんだよ!」
放ったそれは空しく宙を切り、俺の腹部に拳が突き刺さった。
「カハッ……!」
俺の身体は後方に吹き飛ばされ、岩に叩きつけられる。
一瞬、意識が飛んだ。鋼皮の硬さを考えれば岩に叩きつけられた衝撃は大したもんじゃない。ただ拳を打たれた腹部がじくじくとした痛みを訴えている。内臓にダメージがいったのか、口から僅かに血液が流れていく。
「そ、そこま―――」
「―――止めんなテスラァ!」
成り行きを見守っていたテスラは俺の叫びに身体を硬直させる。
瓦礫を退けて岩から這い出して立ち上がる。
「ノイトラ。だが……」
「これは、俺の戦いだ!」
「……それは。いや、しかし」
「オイオイ。降参しとけって。別に俺も命を取るつもりはねえし。結構効いただろ、今のは」
口の中の不快感を纏めて唾を吐く。
「効いただァ? この程度で俺が止まると思うな」
効いたさ。頭がぐらついて今にもぶっ倒れそうだ。だが、そんなものは関係ねえ。俺は、まだ負けちゃいねえ。足はまだ立つ。斬魄刀もまだ握れる。
「……しょうがねえ」
「ガンテンバイン様!」
咎めるように叫ぶテスラの声が遠くに聞こえる。視界が揺れる。平衡感覚が無くなって、千鳥足のように足も揺れる。
気が付くと、ガンテンバインは近くまで寄っていた。
「確認するぜ。良いんだな?」
「態々下らねえ確認してんじゃねえよ……!」
「そうかよ。……分かった」
そういって再び拳を握る。
そうだ。それで良い。
「……ノイトラ。お前が単なる粗忽者じゃねえのは分かった。お前はお前で、自分の道を探す求道者か」
「求道者? 俺がか? さっきから言ってるだろうが。分かったような口を利くんじゃねえってな!」
そうして再び戦端は開かれた。
ガンテンバインにとってノイトラ・ジルガという破面は率直に言って好感情を抱く人物ではなかった。
命令違反はごく当然のように行われ、卑怯な手段も有効であれば使う。
しかしそれは報告から来るノイトラに対する印象であり、実際にそれを目の当たりにしたわけではない。だからこそガンテンバインはノイトラに戦いを持ちかけたのだ。
一体何の為に戦うのか。その真意を問うために。
目標は達成された、どころか寧ろその在り方は難解さを増した。
単なる戦闘狂ではない。格下を一撃で殺し切る姿は殺戮を好む破綻者でもない。それでも戦場を望むならば、きっと戦場に答えを探しているのだ。
自身でも理解が追い付かない何かを戦場で探している。そんな印象を受けた。
故に難解だ。自分の力を誇示するだけの小物であれば、この戦いは単なる教育だ。
しかし事はそう単純ではない。玩具にはしゃぐだけの子供ではない事は分かった。
ならば、決着はどう持っていくのが正しいか。
「……これもまた神の試練か」
獣染みた咆哮を上げながら苛烈に攻め立てるノイトラをやり過ごし呟く。
ノイトラは強い。技巧は自身の方が上だという自負はあるが、純粋な身体能力であればノイトラの方が上だ。手加減して容易に勝てる相手ではない。
とはいえ。
「……限界か」
ノイトラの呼吸は荒く、意識が朦朧としていて視線は定まっていない。ガンテンバインも余裕綽々ではない。少なくない汗が流れ、相応に消耗している。
「ノイトラ。お前は強かったぜ。一人の破面として手合わせ出来たことを感謝する。この勝負は俺にとっても得難い価値があるものだった」
だから、もうそろそろ良いだろう。
そう語り掛けるが、反応はない。
ぼうっとした態度のまま、震える手で斬魄刀を掲げる。何かに祈りを捧げるように。
「お前、まさか……!」
「―――『祈れ』」
ぞわりとした悪寒を背に、その言葉を聞いた。