蟷螂の斧   作:Mamama

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俺は当時の第8十刃をぶっ殺して、十刃の位置に辿りついた。殺した相手の名前なんざもう覚えていない。覚えていないということは、結局その程度の存在だったということだろう。

十刃になったからと言って俺の生活が著しく変化したわけではない。七面倒くさい集会に出る以外は、取り立て今までと変化があるわけではなかった。

 

ただ―――

 

『十刃にはそれぞれ司る死の形がある。ノイトラ、君が司る死の形は―――絶望だ』

「……チッ」

 

 藍染から告げられた言葉が自然に脳裏に蘇ってきて、俺は舌打ちする。

藍染は気に食わない。超然とした態度も、全てを見透かしたような目も、何もかも。

 

司る死の形は絶望ときた。そんなものは単なる下らない言葉遊びの範疇だが、妙にそれが気にかかる。

その絶望とは俺と相対する敵の絶望か?

或いは―――。

 

「駄目だな、こりゃ」

 

自分に割り振りがされた宮で適当に寝そべっていたが、そんな気分でもなくなった。身体を動かしたい。

 

「ノイトラ、どこへ?」

「ちっと身体を動かしてくるだけだ。態々付いてくんなよ」

「いや、それは……分かった」

 

 テスラは俺の従属官になった。俺が指名したわけではない。勝手に従属官になったのだ。

俺にはコイツの思考回路がイマイチ分からない。俺についてきて、コイツの益などないだろうに。

他の有象無象を置くよりかはマシだから放置していたのだが、最近テスラは俺の行動に口出しをするようになってきた。以前からその傾向はあったのだが、最近はそれがより顕著になり鬱陶しく感じるようになった。

 

「テスラ、お前なんで俺の従属官になったんだ?」

「は? いや、なんでと言われてもな……」

 

 ただの数字持ちの中では戦闘力も高く、他に行けば重宝されるだろうに何故俺の従属官なんぞになるのか。

 

「……いや、なんでもねえ」

 

斬魄刀を背負いテスラを後目に宮を出る。

虚夜宮の広々とした廊下にはちらほらと下働きの破面共が見えるが、俺の姿を確認するなりこそこそと逃げていく。連中など手を掛ける価値もないというのに必死なものだ。

 

多くの足音が遠ざかっていくそんな中、反対に俺に近づく足音が一つ。

背後から近づくそれに嫌な予感がした。俺に好き好んで近づきたい破面なんていやしない。例外は俺と同格の十刃だ。そして十刃の中で俺に近づいてきそうなヤツといえば。

 

「ノイトラ」

「……ネリエルか」

 

 嫌な予感は当たった。ただでさえ良くなかった気分が更に急降下する。

 

「随分な挨拶ね。別に歓迎を希望していたわけじゃないけど、舌打ちは如何なものかしら」

 

 俺の態度が気に食わなかったのか、ネリエルは不愉快そうな顔で指摘する。ネリエルだって俺と話して愉快な気分にはならないだろうに、何かと俺につき纏う。目下のところ、藍染と同じくらいか、もしくはそれ以上に気に食わない相手がネリエルだ。

 

「だったら近づくんじゃねえよ。俺は行くぜ」

「藍染様からの命令があるわ」

「あァ?」

「敵性コロニーの調査。私と貴方に振られた仕事よ」

「……へぇ、そいつはまぁ」

 

 きっと俺は笑っているのだろう。先ほどよりかは気分が高揚してきた。仮想敵相手の素振りよりかは有意義な時間を過ごせるだろう。

 

「もう一度言っておくけど、調査よ。私の方が立場は上。指示には従ってもらうわ」

 

 俺の態度に何かを感じたのか、ネリエルは口酸っぱく繰り返す。

 それが殲滅任務とどう違うのか、俺には分からない。敵性とまで理解しているなら潰す以上のことが必要なのか。俺の問いにネリエルは渋い顔を見せた。

 

「それなりの霊圧が確認されたらしいわ。一応最上級の虚の確認をしてくるように。藍染様はそう仰られていたわ」

「あァ? そんな虚が今更都合良く在野にいるかよ。いなかった場合は?」

「交渉し、傘下に加えるようにと」

「馬鹿らしい。この後に及んで反乱勢力名乗ってる連中が今更交渉に応じるかよ。で、その交渉にも失敗した場合は?」

 

 ネリエルはまたしても渋い顔を作った。それが明確な答えだった。

 

 

 

 酷い場所だ。血に塗れ、肉塊が至るところに転がっている。まぁ、この光景を作ったのは俺なワケなんだが。

 

「酷ェもんだよなぁ。配下の連中は頑張って抵抗してたってのに頭目は一人で逃げちまうんだから」

「白々しい台詞を吐かないで欲しいわ。嬉嬉として殺してたのは貴方でしょう」

「そいつは悪いな。まさか第3十刃サマが敵前逃亡を許すとは思わなかったからよ」

 

 接敵直後に逃走を図った相手を追う為に持ち場を離れたネリエルに、一人でその場に取り残された俺。直後に起こったのは戦いともいえない虐殺だ。相手は逃走に長けた能力でも持っていたのか、ネリエルが戻ってくるのには少し時間が掛かった。それは俺が血の海を築くには十分な時間だった。

 

「それに俺だって嬉嬉として殺してたわけじゃねえ。コイツ等の首にそんな価値はありゃしねえ。どいつもこいつもギリアン級だ」

「実力が足りないから殺したの?」

「無抵抗にやられろってか?」

「そうは言わないわ。でも、貴方の実力があれば殺さずとも鎮圧出来たでしょう?」

「出来るぜ。だが、それをしたからって何になる?」

「……」

 

 押し黙るネリエルに俺は酷くイラついた。

 

「ネリエル。お前が追った頭目とやらはどうしたよ。まさか逃がしたわけじゃねえだろ?」

「……殺したわ。交渉にも投降にも応じなかったし抵抗してきたから」

 

 その台詞に俺は笑ってしまった。

 

「だろうよ。で、お前の殺しは良い殺しで俺の殺しは悪い殺しか? それともお前の愉快な頭の中じゃ頭目をぶっ殺しておいてコイツ等が交渉に応じると思ったのか?」

「そうは言わないわ。……私達は兵士。剣を抜くこともあれば殺さなければいけない時もあるでしょう。十刃である以上、理解しているわ」

 

 俺達は膨大な屍の上に立っている。進化の為に他者を食らい、陥れて此処にいる。

俺もネリエルもだ。しらばっくれる真似をするようだったら流石に我慢出来なかったが、そこまでは堕ちていなかったらしい。

 

「お前が頭目をぶっ殺した以上、交渉は決裂。なら、後は殲滅だろうが。俺は何か間違ったことをしたか?」

「結果論よ。論点はそこではないわ。容易く刃を振るい、虐殺を行う貴方の精神性の如何を問うているの」

「それこそ馬鹿げた話だぜ。俺達は破面、戦う存在だ。敵がいて戦わねえ破面がどこにいる」

 

 話は平行線だ。互いの価値観が食い違っている以上、お互いが交わることはない。そして迎合出来るほど俺は大人でもない。

だから、こうなるってのは決まり切った話なんだ。

 

「……私達は破面になり理性を取り戻した。闘争本能だけの獣ではないのよ。なのに―――」

「―――ああ、成程。そういう事かァ」

 

 一目見た瞬間からネリエルが気に食わなかった。コイツとは相容れないと理解した。

女の分際で俺より上にいるからか? それもなくはない。

向こうも嫌ってる癖に何かと俺に構ってくるからか? それもあるだろう。

だが、それらの理由はきっと表面上のものだった。ここに来て、俺はようやくその本質に触れた気がした。

 

「ノイトラ? ……っ!」

 

 轟、と斬魄刀を振り下ろす。ネリエルの頭部を狙ったそれは斬魄刀に防がれる。だが不意打ちの威力を完全には相殺出来なかったようで、ネリエルは片膝を付いた。砂が舞い、その最中ネリエルは俺を敵意に満ちた目で睨みつける。

 

「……どういうこと? 今、私のことを殺しに来たわよね? 手が滑ったなんて言い訳は通用しないわよ?」

「俺は俺の意思で、お前を殺そうとした。安心しろよ」

「そう。とても、安心出来ない、わね!」

 

 硬質な音と共に斬魄刀がはじき返される。互いに距離が空く。一歩踏み込めば即座に交差する短い距離に。

 

「一度は許すわ。報告もしないであげる。でも、二度目はないわよ。それでも来るというのなら」

「来るというのなら?」

 

 ネリエルは斬魄刀の切っ先を俺に向けた。

 

「襲い掛かる火の粉くらい、払わないといけなくなる」

「上等―――!」

 

 ―――分かってるんだ。今の俺じゃお前に勝てない。第3十刃と第8十刃、大きく離れた数字は実力の差でもある。

それでも噛みつかずにはいられない。

未だ道半ば。今はただ、強さを追い求めるだけの獣だと認めてやる。

歩く道も分からぬ愚か者だと言われても受け入れてやる。

だが。歩く道程そのものの否定をさせはしない。

それが、今の俺にとっては全てなのだから。

 


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