妄想したので出しました。
頼りない魔石灯が夜の部屋を照らしている。
眼鏡をかけた金髪の乙女が、ペンを走らせていた。
ペン先をインクに着け、ただ無心であるようにあるがままを描き出しているようである。
ベッドと机、既に本棚を埋めつくしている本。
それらのみが、彼女の部屋を飾っている。
彼女のみに与えられている、所謂個室だ。
特別扱いというやつである。
彼女にとって【冒険者】とは単なるネタだ。
鍛冶を極めようと試し斬りを繰り返して【
自らと家族と、そして有象無象の冒険譚が彼女の作品に表れている。
そのために幾度も限界を超えてきたのだ。
彼女の父は、偉大な英雄であった。
母もまた、偉大な女性であった。
まんが、という文化は彼女にとって新たな天啓を与えたのである。
そして、彼女の執着、復讐をかき消した。
彼女の身にあるスキルは、既に変質している。
目元には隈が、それを隠すように似合わない眼鏡をかけている。
彼女がペンを走らせるのは英雄譚。
一人の少年が仲間とともに世界を救う、そんなお話だ。
「―――よし」
満足げにペンを置く。
カーテンで隠されている外からは光が漏れる。
徹夜で作業をしていたのだ。
創作意欲の赴くままにペンを走らせているのである。
その先にある
「んー」
そして伸びをして、席を立つ。
いい時間だと時計を確認、そして扉を開けた。
「アイズ」
「リ、リヴェリア」
にっこり笑顔のリヴェリアが仁王立ちしている。
いつからいたのか、リヴェリアは起きるのが早いのだ。
それに耳もいい。
声を聞き取っていたとでもいうのだろう、馬鹿な。
「徹夜はしなかったな?」
「うん!しっかり寝た」
「そうだな。うん、それはいいことだ。うんうん、いいことだな」
笑顔を崩さず、私の隣を通って奥に進んでいく。
ゆっくり、ゆっくり、そして机に到達した。
「原稿が完成しているな。何時間でやったんだ?」
「起きてからだから、二時間くらい?」
「ふむ、お前がそんな短時間でこれだけを描けるんだな」
リヴェリアは私のことをよく知っている。
一つの原稿にどれだけの時間をかけるのかも、よく知っている。
「今日は奇跡的に描けた!」
「そうか」
机に原稿を置いて、私の方に歩いてくる。
顔は依然として笑顔のままだ。
「徹夜、したな?」
「し、してな―――!!」
アイアンクロー。
もはや恒例となったそれはいまだに地獄といえる苦しみだ。
「い”だ”い”」
「当たり前だな」
これが、【剣姫】アイズヴァレンシュタインの一日の始まりである。
これは漫画家として新たな人生を歩む彼女の物語である。
彼女にとって全く乗り気でない遠征の帰り。
ダンジョンに原稿を持ち込むわけにもいかず、帰らなければ描けないのだ。
メモ帳に記した今回の遠征の出来事はいつも以上に奇天烈で、乗り気でなかった心がウキウキになっているのが感じられる。
ネタはさらに豊富になり、さらに私の作品に深みが増す。
そんな帰りの道中。
ミノタウロスの大量発生、つまりは
そこまではまだ平凡だ。
遠征という団体行動において
変わった出来事なのはここからである。
遠征というものはネタの宝庫だ。
モンスターのみならず、人間関係も見ることができる。
それにフィンたちの動き方も見ておきたい要素だ。
観察し、理解しなければならないのだ。
それら以上に衝撃的な出来事があった。
ミノタウロスの集団逃亡である。
その顔にしっかり恐怖の色を浮かべて逃げていった。
新発見である。
モンスターがモンスターから逃亡するならわかるが人間から逃亡するなんて。
初めての事例だ。
初めてで、興味深い。
まあ、考えるのは後だ。
フィンの指示が飛ぶ。
それに従って飛び出した。
追って、殺さなければ上層にいる新米冒険者に迷惑がかかるのだ。
隣を走るのは同じファミリアでツンデレのベートさん。
彼には創作の面では非常にお世話になっている。
まあ、酒癖は悪いので好感度は低いけど。
最後の一体。
五階層まで上り、今のところ死者はいないようだ。
それに計算が正しければあと一体である。
『ホワァァァァァァ!?』
「―――!」
人が追われている。
多分、いや確実にミノタウロスに追われているのだろう。
英雄譚にあるような窮地にある人を助ける構図、憧れていたのだっ!!
白髪の少年、壁に追いやられて泣いている。
英雄譚の、始まりのページだ。
「大丈夫、でしたか?」
ミノタウロスを倒して、少年に手を差し伸べる。
血まみれになってしまったけれど、仕方ない。
「―――う」
「う?」
「うわぁァァァァァァ!?」
見事だという他ない逃げっぷりである。
まあ、失礼極まりないがこれもまた英雄譚では珍しくない光景だ。
恥ずかしすぎて逃げ去ってしまう、そんなワンシーンだった。
こんな感じなのかとネタ帳に書き込んだ後、後ろに笑いをかみ殺しているベートさんに言う。
「報告は任せました」
「ぷくく、っては?」
「よろしくお願いします」
ベートさんに仕事を
いや、何となくである。
ほんの興味というか、何となく気になるというか
直観に頼って走り出したのだ。
多分レベル1の少年の走る速度は存外に速かった。
しかし、レベル1の内に入るくらい。
追いつくのは、簡単な話であった。
「ぶぺらァ!?」
「捕まえた」
ふぅと息をつく私、そして地に頭をつく少年。
捕まえた時の衝撃で頭をぶつけてしまったようだ。
存外に速くてマジで走ったから仕方ないネ。
「ふぅ。それで、えっと」
捕まえたはいいが、何を話せばいいかわからない。
今も逃げようとしている兔を何とか引き止めつつ、考えた。
いや、うむ。
最初に言うべきことは決まっている。
「ミノタウロスを逃がしてしまって、ごめんなさい」
少年を危険に晒してしまったことへの謝罪。
やらかしたときは謝る、そう相場は決まっているものである。
「―――」
「どう、しました?」
憤慨しているのだろうか。
当たり前だ、
うつむき続けてしまう、私の顔を見ようとしてくれない。
私のファンだろうか、私の作品のファンだろうか、そんな考えが浮かんで消えた。
サインでもすればいいだろうか、そんな考えが浮かんだからだ。
「えっと―――」
困り果てる。
表情はうかがえない、だから怒っているかどうかすらわからない。
血塗れの顔を、見せたくないのだろうか。
「英雄譚、好きですか?」
何故だかそのことを聞いていた。
その顔に見覚えがあったのかなかったのか。
遠い縁を感じなかったのか感じなかったのか。
その姿に私は、手を差し伸べられずにはいられなかった。
「私の漫画、読んでくれましたか?」
二度目の頷き。
「なんで、顔を上げてくれないんですか?」
「血まみれで、みっともないから、です」
だろうな、と思った。
でもそれは仕方のないことだ。
弱いうちはまだ、仕方のないことなのだ。
「そう、ですか」
しかし、だ。
ファンの顔は見たいものである。
「えっ」
無理やり、顔を上げさせる。
「名前は?」
「ベル・クラネル、です」
「ベル、だね。ありがとう」
ベルの体を無理やり立たせる。
「送っていくから」
「へ?そんなの悪いですよ!」
「抜け出せるから好都合なの。やりたいこともあるし」
ファンとの交流、何より同じ英雄譚好きの同志との交流は創作の糧になる、と付け加えた。
するとベルは何とか納得してくれて、一緒にダンジョンから帰ることになる。
リヴェリアからの大目玉は気にせず、ベルとの語らいに夢中になった。
同列に語れる友達がティオナくらいだったから新鮮な気分だ。
いや、私以上に詳しくないだろうか。
よし決めた。
定期的に会おう。
一つに目覚めたらこんな感じになると思います。
昔もこんな感じだったみたいだから、多少はね?