オレが走って現場にようやくたどり着いたのと、閃光と轟音が広がったのはほぼ同時だった。それが爆発だと認識できたのは、自分の身体が吹き飛ばされて起き上がった後だった。
あまりにも唐突に起きたことのせいで、頭が追いついてこなかった。あぁ、今日は宮本たちと一緒に来なくて良かったなぁ、なんてことを考えていた。
着いた瞬間にこれだ。怪異が起こした爆発なら悲惨。人間が起こした爆発ならもっと悲惨。どっちに転んでも事態は良い方に転ぶことがない。……いや、ウソをつくのはよそう。人間が起こした爆発の方が怪異もろとも吹き飛ばすからラクなのかもしれない。後処理は国の仕事だ。
「はぁ……」
思わずため息を吐く。今日も自分の無力さを思い知らされてしまった。もっと強くならなければ、人を守ることなんてできない。土御門の名にかけて、人に危害を加える怪異を見過ごすことなんてできない。
そう、オレの名前は土御門 晴。
かの高名な陰陽師であり、京を恐怖のどん底に陥れた鬼の頭領、酒呑童子の正体を看破して大江山征伐に大きな貢献をしたとして今でも伝説として多く語り継がれる安倍晴明の末裔。
オレは当代随一の能力者と囃し立てられているが、そんなことはないと思っている。攻撃能力じゃウチの清掃部……という名目で活動している対怪異部の宮本に一歩譲る。身体能力なら敷島に。頭脳なら後輩の朝香に。生命力なら藤谷先輩に、といった具合だ。オレが一番強いなんてありえない。世界は広いのだ。
中学から高校に上がったとき、怪異はオレ1人で倒し尽くすことができると本気で思っていた。思い上がりではない。本当に、心の底からそう信じていた。でも、入学初日でその思いは打ち砕かれることになる。その日の帰り道に現れた怪魔は今まで相手取っていたものより随分強く、手こずっだ挙句に追い詰められた。あわや負けるかもしれない。そんな時に藤谷先輩が駆けつけて鮮やかな手捌きで倒していた様子を、オレは呆然と見つめていた。
悔しかった。悲しかった。辛かった。ロクにヤツと渡り合えなかったのが、受け入れられなかった。自分を無敵だと思い込んでいた心は、ここでベキベキにへし折れた。思わず涙を流すオレに、藤谷先輩は困ったような笑みを浮かべてこう言った。
「キミは見込みがある。その制服はウチの高校だろう?どうだ、"清掃部"に入らないか?先輩たちが卒業してしまって私しか部員がいなくてね……。あぁ、"清掃部"ってのは表向きの名義さ。本来は怪異たちを打ち祓うのが私たちの仕事。まぁ、表向きだとしてもちゃんと学校の清掃もやるんだけどね?」
オレは強い意志を以てして、清掃部に入部した。部室は随分とボロい。そこは部員の増えた今でも変わらない。
宮本は怪異の共同討伐から。敷島は申し出されたタイマンを受けた結果。朝香は……よく覚えていない。なんか気が付いたらいた。犬のように着いてくる後輩だな、という認識だった。「え?先輩清掃部にいるんですか!?じゃあウチも入部します!」の一言で来た時は真面目に説教をしたものだ。そもそも清掃部は一般生徒に募集しているものではなく、紹介で入れる部活らしい。高級クラブとか懐石料理屋かと思って心底呆れた。
そんな個性的なメンバーに囲まれて、兎にも角にも見切り発車で出発したままオレはこの街を"清掃"しているわけだ。
閑話休題。回想終わり。目の前の事象に目を戻す。
眼前に広がるのは、隕石のクレーターを思わせるアスファルトの凹みが数ヵ所。それから、隅っこの方に人が何人も倒れて一か所に集められている。そしてメインである、頭と足が羊で身体が人間の、至る所に焦げ跡を残して倒れている怪異。あれは……バフォメットというやつか?見たところ生気はない……ように思われる。優先順位は1に市民、2に怪異だ。清掃服の狭い部室にも「まずは一般市民の安全を優先せよ」という標語が掛けられている。まぁ他にも「ドブネズミみたいに誰よりも温かく」とか、「カップラーメンは2分半」とかわけのわからないものも貼ってあるけど。
転がっている市民に駆け寄って手を取る。よかった、まだ脈はあるみたいだ。ほっとした。ここで人に死なれていたらオレは死んでも死にきれない。到着するのが遅かったという理由で人死にを出しては清掃部の、ひいては家名の恥だ。とりあえずこの人たちはその場に置いておこう。ヘタに起こしたりするとパニックを起こしかねない。ちなみに2回ぐらい経験がある。1回目は藤谷先輩に爆笑され、2回目は宮本に呆れられた。「アンタそれぐらい学びなさいよ」と。まさにその通りだ。深く反省したので3回目はない。どうだ宮本、オレは偉くなったろう。
脈を取った手をそっと元の場所に戻す。さて、これからが本題だ。バフォメットらしき怪異の調査。ここまで大型の、それも名の知れた悪魔なのだから、調査をするのは必然と言える。警察に引き渡すと処分されちゃうからね。できるだけ迅速にセコセコとやる。
にしても────。もはや見事なまでの爆破痕と焦げ跡。相当強い威力で爆破されたのだろうか。ということは、爆破系能力者という線が考えられる。もしくは、今世間を騒がせている対魔系過激派宗教の信徒の仕業か。彼らは怪異を滅することを主目的として活動しており、一般信徒には自爆用の携帯爆弾を持たせているらしい。噂話でしかないが、IEDを作る練習もさせているとか。どれだけ爆発にこだわるのかと呆れたくなる。しかし現状、それぐらいでしか能力を持たない一般市民が怪異に対抗することはほぼ不可能だということだ。忌々しい。こういう惨劇を見るたびに、オレたちの使命を実感させられる。最近怪異の起こす事件が減ったかと思えばまたこれだ。やつらは何か目的があるのだろうか?
考えていても仕方がない。いずれわかること……だと思う。そんなことより、今はコイツの調査だ。写真を撮って記録に残さなきゃな、と思い、携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込む。そうだ、この写真を友達に送ってやろう。あの随分グイグイゴリ押しでオレと遊ぼうとするヤツに。
彼の名前は
あいつはどんな顔をするだろうか。はじめてオレから連絡が来たと思ったら怪異の死体だったら引くかもしれない。というかオレなら絶対に、確実に、100%引く。ただのサイコパスじゃんね。
やっぱ遊びの予定でも連絡しておくか、あいつは年中ヒマそうだし、なによりもフットワークがめちゃくちゃ軽いから多分いつでもオッケーだろう。クラスメイトに遊びに誘われて断っているところをほとんど見たことがないし。
カシャン、という間抜けな音を立ててポケットから携帯が滑り落ちる。
まぁいいか、これもう何年も使ってる型落ちだし買い替え時だろう。にしてもすごい飛んでいくな。30mぐらい滑っていくじゃん。
「はい、落としたよ」
自分以外の声がしたのに驚く。しかも随分とまぁ、無機質的で底冷えするような声だ。ともすれば他人を排除する意志すら感じさせるような。
そもそも、ここにはオレ以外いなかったハズだ。人の気配も感じなかったし、何よりも人が残っている方がおかしい。
警戒しながら顔を上げる。目の前に立っていたのは、全身がボロボロなのにどこか静謐な感じのする、銀髪の少女。それが、オレに落としたスマホを渡そうとしていた。
「……ありがとう。キミは……どうしてここに?」
わからない。なぜ彼女がボロボロなのか。なぜ彼女がウチの高校の、それも男子用の制服を着ているのか。なぜ彼女に、こうも興味を抱いているのかも。
「……名乗るほどの者でもないよ。じゃあね、また会おう」
そう言い残すと、彼女はフラフラとした足取りでその場を去ろうとする。そんな彼女を見て、自然と口が動いてしまう。
「また会うって……どういうこと?いや、今はそんなことはどうでもいいや。そんなボロボロで動くと危ない。ウチの学校で応急手当でもしていこう」
「その必要はない。初対面なのにそんなに構ってくれるなよ……土御門」
何も言えなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のように、彼女が視界から消えるまで呆然とするしかなかった。
どうしてオレの名前を知っているんだ?どうして他人をそこまで拒絶するんだ?どうしてそんなに圧をかけてくるんだ?聞きたいことは山ほどある。
「なんなんだよ、ホント……」
ちょっと待てよ?そういえばあの子が持ってたカバン、冬紀が着けてた飾りと一緒のやつじゃなかったか?くたびれ具合も似たような感じだった。これに関しては完全に思い込みかもしれないが。
一体全体どういうことだろう。あの子は冬紀と関係があるのか?もしそうなら、冬紀に聞けば分かるだろうが何故か嫌な予感がする。頭を回せ。お前の頭は帽子の台じゃないハズだぞ土御門。よっく考えろ。冬紀はカバンに3つ飾りを付けていたハズだ。土星のミニチュアと、馬のフィギュアと、近所にある神社の交通安全のお守り。しかしあの子が付けてたのは土星と馬だけだった。じゃあ冬紀のものではないのか?いや、あんな独特なセンスをしているのはあいつだけだ。
考えながらウロウロしているとふと足元に目がいく。本当に無意識の発見だった。バフォメットの近くに転がっていたのは交通事故守りと冬紀が気に入っていた変な配色の腕時計。お守りはあちこちが真っ黒になっていて、腕時計は半分以上吹き飛んでいる。
あぁ、クソ。何が対魔だ。友達1人守ることができないなんて。情けない。悔しい。腹立たしい。
足元に雫が滴り落ちる。泣いているのは、オレ?そこでようやく気付く。思っていたよりも、自分よことを気にしてくれる存在は大きいのだと。