「やっぱ俺、疲れてんだろうなぁ……」
「オイ、ちょっとぐらい話聞いてくれよ」
目の前の忌々しい悪魔が呆れたように呟く。勘弁してくれよ、俺もう脳みそがキャパオーバーでそろそろ動作不良起こしそうなんだけど。
キレそう。いやもうキレる。今日という今日はキレてやる。覚悟しろよ。
「だいたいさぁ……今日が濃すぎる1日なんだよ!こんな事なってたら俺は一体どうしろってんだよ!俺は何か、神か!?」
「ひぃっ……!?ごめんってば、悪かったよ……」
なんだこいつ。見た目によらず案外弱そうなやつだな。押したらなんかいけそうな気がする。はよ帰ってもらおう。
「そもそもお前の見た目が気に食わないんだよな、なんだよその羊の頭に人間の身体って。ちょっとひねくれた中学生の考えた悪役かよ。純粋な中二病の方がまだマシだぞ!えぇ!?オイ引きこもり!聞いてんのか!?」
「そんなキレんでも……」
「これでキレずにいられるかよ!かーっ!ペッ!」
「じゃあそんなにキレるなら話聞いてください!」
くそぅ。分かったよ、聞いてやろうじゃないの。でももしロクでもないこと言い出したらぶん殴ろうと思う。例えば、金魚は食べたら苦いだとか。
「よしわかった聞こうじゃないか」
「……原因はよくわからない。でも事実ってことだけは理解しておいてほしい。あ、ちなみにこれ羊じゃなくて山羊ね。よく間違われるから気をつけてくれたまえよ」
「え、知らんかった……」
衝撃の事実。知らなかった、そんなこと。
いやちょっと待てよ。山羊も羊って漢字入ってるし実質羊だから俺が正しいってことだよな?なーんだ、簡単な話じゃん。
「もうこの際それには何も言わないけど……。とりあえず結論から言うと、自分はここから出れません」
「え?」
「もっと詳しく言うと、なんか呪いと自爆の影響で魔力が化学反応を起こして思念体になっちまったみたいで……」
「うわっ、怖いっ。その見た目で呪いとか思念体とか言うな」
そもそも思念体ってなんだよ、言ってることがさっぱりわからん。言語明瞭、意味不明。言語不明瞭よりもことさらタチが悪い。
「さっきから見た目見た目ってうるさいぞ。じゃあこうすればいいか?」
そう言ったなり、羊……もとい、山羊の頭のてっぺんあたりが眩い光を発していく。それは徐々に全身を覆い、後光が差しているようにすら見える。悪魔のくせに生意気なやつめ、もうちょっと節度を弁えろ節度を。
光が収束すると、そこには"俺"が立っていた。冬紀の方ではなく、那月の方が。しかし差異はある。顔立ちはそっくりなものの髪は銀色ではなく黒色だし、瞳の色も赤ではなく金。どこのかも知らない白のセーラー服の上からモッズコートを羽織っていて、どこか黒猫を想起させるような気品がある。もし現実でこんな子が俺のベッドに腰掛けていたら心臓がバクバク鳴るだろうけど、今の俺は別の意味で心臓バックバクですよ。こわい。たすけて。
「これでどうじゃ?まったく!最近の人間ってのは人使い……いや悪魔使い?が荒いのう」
「うわぁ!急にキャラ変えるんじゃねぇ!」
「ワシはこれが素じゃ」
冗談はよしてくれ……。俺の2Pカラーみたいな見た目してるくせに俺より上品そうな見た目で、しかものじゃロリってなんだよ。属性の玉手箱かよ。いまこんな属性モリモリっ子はオタク受け悪いんだぞ。わかってんのかおい、わかってたら俺にもその気品のカケラをよこせ。
「あの、お名前伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんじゃその腰の低さは……」
「いえ、僕はこれが素です」
「嘘をつくな嘘を」
もうね、降参。降伏です。サレンダーしま〜す。勝てるわけないないからね。長いものには巻かれましょう。
「ワシは……そうじゃな……名は、バフォメット。サタナキアと呼ぶ者もおるがの」
「ふ〜ん……なんかどっかで聞いたことあるような……」
「じゃろ?じゃろ?まぁワシ有名じゃからな!」
俺は知らなかったけどね。テキトー言っただけです。学校の怪異についての知識の授業とか寝てたし。テストもないし、対魔術の授業なんてみんな寝てるから起きとく意味無いと思うんですけどね。あれはもう睡眠のボーナスタイムよ。俺に少しでも能力があったなら真面目に受けたかもしれないけど、無能力の一般人があんな授業まともに受けても意味がない。怪異に会ったらどうしようにも対抗できないからもう、デッド・エンドよ。
しかしまぁ、随分軽い悪魔ですこと。ノリも軽いしチョロいして心配になる。ええんか?こんな悪魔抱えてて。悪魔どもの未来は暗いと思う。俺が魔王なら真っ先にクビしてると思う。まぁこれで能力が突出してるなら黙るけど。
「あ、忘れておった。本題じゃ本題」
「え、もう明日にしませんか?ちょっと処理しきれないんで」
「あほ!ここは夢ん中じゃから疲れるとかないわ!」
「あ、そういう……」
ごほん!と咳払いをして、もったいぶった口調で目の前にいるのじゃロリが口を開く。
「まず結論から言うと、ワシは外に出れん。このお主の『頭の中』だけの存在になったわけじゃ。これがさっき言った思念体、って意味じゃな」
「ふ〜ん」
「あ、こら!まともに聞いてないじゃろ!お主にも影響あるんじゃぞ!」
「俺の2Pカラーみたいな色してくるくせに偉そうなこと言いやがって……!」
「そんな事どうでもよかろう。それを言うならワシがオリジナルじゃからお主が2Pじゃな。やーい」
後で殺す。このクソガキ(?)は後で絶対に殺す。覚悟の準備をしておいてください。
「お?いいのかそんな口きいて?ここから出れないんですよね、バフォメットさん?」
「あ、そうじゃったそうじゃった。というわけで多分大丈夫じゃと思うけど、悪魔どもがお主を始末しにくるかもしれんの。それが伝えたかったんじゃ」
「……は!?!?!?じゃあ何か!?俺はこの歳で死……死ぬのか……?イヤだ……死にたくない……」
「かーっ、大袈裟なヤツじゃのー。そこでワシが直々に指南をしてやろうという算段じゃぞ?ワシだって不本意じゃけど、お主が死んだらどうなるかわからん。とりあえずもう少しその身体に慣れたら起きててもワシと会話できるハズじゃから、なんか困ったらワシを呼んでくれ」
まったくもー、といった風にバフォメットが放った言葉は、俺の頭の中でぐるぐると回り始めて止まる気配がなかった。俺のような無能力者が悪魔どもとどうやって戦うのか?そもそもなぜ悪魔に狙われるのな?意味がわからない。わかりたくない。
もう間違いなく最低最悪の年に違いない。1年分の不幸が1日してやってきたような気分。もっと分散させてくれ、この分配で考えたヤツはケーキを均等に切り分けられないタイプに違いない。パーティーで切り分け失敗して空気をめちゃくちゃ白けさせるやつだ。
「はぁ……」
「ため息を吐くと幸せが逃げるそうじゃぞ」
「もうとことん逃げられてますけど」
これからどうしよう。
恨めしげに目の前の悪魔に目をやると、すっかり板についたような様子でベッドに寝転がって、枕元に転がしてあったマンガを楽しそうに読んでいる。いいのかこれで。
「ところで、なんで俺が悪魔どもと戦う可能性が出てんの?」
「あぁそれはじゃな。まぁ要するにワシは向こう側……つまり悪魔の王国、人間で言うところの冥界?じゃと皇帝に直接謁見できる6柱の上級聖霊の1人じゃからの。それがいつまで経っても帰ってこない上に、2Pカラーみたいなやつが人間と仲良くしてたら裏切ったと思われるじゃろ」
「なるほど!わかりやすい!」
「じゃろ?まぁワシ上級聖霊じゃし?」
いや、なるほどではない。理屈は理解したが納得できないし、なによりも納得したくない。こういう悲しい結果で、終わり……ですね。
しかし一縷の希望はある。さっき『ワシがアシストしちゃる』的な事言ってたし、もしかしたらワンチャンどうにかなるかもしれない。マンガを大笑いしながら読んでいるこんなやつに指示を仰ぐのは癪だが、街中で暴れ回ってた時のこいつの力はホンモノだった。
ん?街中で暴れ回ってた時?あれ?よく考えたらコイツが全ての元凶なんじゃね?
「……か」
「ん?なんじゃ?もっと大きな声で……」
「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「な、なんじゃあ急に!?」
「お前が全ての元凶なんじゃねぇか!お前があんなとこで暴れ回んなきゃ俺は今普通に生活できたものを!」
「痛い痛い!ギブ!ギブ!ベッドロックはやめるのじゃ!」
「そもそも呪いとかなんだよボケが!お前はとっとと冥界に帰れ!」
「呪いも本来はお主が死ぬような呪いをかけたつもりなんじゃけど!……ちょ、痛い痛い!マジでやめてほしいのじゃ!ワシが悪かったのじゃ!」
聞こえないフリをしてヘッドロックでギリギリと締め上げる。もう許さねぇ、従順になるまでやるからな今日は。どちらが上か思い知らせてやる。
……これどう見ても俺が女の子に暴力を振るってる悪者だわ。街中でこんなのいたら絶対誰か止めてる。でもこいつ呪いで俺を殺そうとしてたらしいし、俺の頭ん中のできごとだからもういいや。気が済むまでやってやる。悪魔と戦う時の予行演習だ。ヘッドロックごときで死ぬかは知らないけど痛いって言ってるし効くだろう。逆に効かなかったら対抗手段がない。
わかってる。単純にストレスをぶつけてるだけだと。でもこうしてないと、マジで現実で発狂しそうになるから辛い。起きたらこの腕力とかもグレードダウンしてるわけだし、今のうちにやっておこうという打算的な考えがあることも全部理解している。
「痛い痛……くない。あれ?終わり?」
「なんか自己嫌悪に陥ってきた……」
「安心せい。お主はワシが死なさん。死んでもどうにかしてやるのじゃ。悪魔の大将を舐めてもらっては困るのじゃ」
どうしてだろう。なぜか頼もしく見えるのは。これが悪魔の大将の貫禄というものか。そんなものはトイレに流してきたと思っていたのだが、なかなかどうして満ち満ち溢れている。これならどうにかなるかもしれない。いや、どうにかやってやる。俺だって死にたくない。だから生きる為の策を練るしかない。人間というのは小賢しい策を張り巡らせてここまで発展してきたんだ、今さらこんな怪異どもに負けてたまるか。
まずは戦い方を、と思ったところで周囲の風景がぼやけてきた。これは一体何だろうか。
「お、タイムリミットじゃな。とりあえずまだ少しの間はワシと会えるのが夢の中だけじゃから今日の夜も頼むぞ!」
「いや普通に寝かせてください」
「……死んでもいいなら寝てもよいぞ?」
「あ、なんか眠気なくなってきたかも!いやぁ楽しみ楽しみ!」
周囲の風景が水に絵の具を溶かすようにして薄くなってきたところで、俺の意識も薄れてきた。クソ、まだやんなきゃいけないことが山積みだっていうのに。この気分の悪さは溜め込んだ課題をやっている最中に寝落ちしてしまった時のような感じがある。
「その変わり身の早さだけは悪魔にも引けをとらんの……」
おい。お前今なんつった、と口を開こうとしたが言葉が出てこない。突っかかろうとしたのも虚しく、その言葉を最後に意識が途切れた。