「私、川咲さくらっていいます! 星きれいですよね」
少女の笑顔が太陽の光のように夜空を舞った――
暗闇の空に、暖かい日光を差し込んだようだった。
その眩い笑みはオレの空虚な気持ちを吹き飛ばしてしまうほどに輝いている。
「似ている……」
思わず声が漏れる。似ているんだ。
そう、麻奈に――
どんな場所でも太陽のように輝く笑顔は彼女を想起させる。
何故かは分からないが心臓が早鐘を打つように高鳴っていた。
「あの……どうかしましたか?」
「あ、いや……なんでもないよ」
オレが黙り込んでいるのを疑問に思ったのか首をかしげている。
そこで彼女の格好に疑問に思った。
少女は病院着を着ていた。明らかにこの場所では浮いている姿で不自然極まりない。
「その病院着は……」
「えっと、 この格好ですか。 ちょっと訳があって……」
少女は「あはは」と言って後頭部に手をあてて恥ずかしそうにする。
小学生……いや、中学生くらいだろうか。小柄で短い髪の毛がぴょこんとはねている可愛らしい子だった。
だけどその細い体の底から元気で生き生きとしたものが伝わってくる。
そのとき身が刻むような冷風が吹く。そうだ――
「ところで君は――さくらちゃんはなんでここに? 親御さんはどこに……」
夜の真冬に一人でこんなところにいるのが気になった。
特に冷えるこの時刻に出歩く人は限られてくるだろう。
すると少女は少し悲しげに目を伏せこちらの横に膝を抱え座る。
「実は病院から抜け出してきたんです。それ親に内緒で……」
「え……それって……」
横顔を覗き込んでみると寂しさが混じったような表情だった。
「私、心臓の病気なんです。それもかなり重い……」
「心臓の病気……?」
そう言うとさくらは口を静かに語り始めた。
急に心臓の病気になり、入院を要することや動きを制限して辛い思いをしていることを。
『普通』に生きることさえできなくなったことを。
「心臓移植が必要で、そのためにドナーを探しているんです」
「心臓移植……」
当たり前の日常が崩れ、急に生死を突き付けられる非日常を送らなければならなかった。
その年で襲われた不幸にどういう思いで生きてきたと考えるとオレは胸が締め付けられるものがあった。
「だから辛くて、黙って病院から抜け出してきたんです。駄目だと分かっていても……」
先ほどとは違い、さくらちゃんは太陽に影を差すような雰囲気を感じる。
「だからその姿で出てきたのか」
その気持ちが分かるかもしれない。オレもどこにもぶつけることができない寂しさを誤魔化すためにここにきたのだから。
「あの……」
手のひらを合わせてもじもじとこちらを見つめていたのに気づいた。
「あの……名前を聞いてもいいですか? まだ教えてもらってなかったなって……」
「そうだったな。オレは牧野航平。アイドルのマネージャーをやってるんだ」
そう言うとオレはポケットから名刺を取り出す。さくらはもらった名刺を食い入るように見つめていた。
「アイドルのマネージャーということはすごい人だったんですね!」
「いや、すごいのは麻奈だ。オレじゃないよ」
「まな……」と呟きさくらは頭にはてなマークを浮かべているようだった。
「長瀬麻奈。聞いたことはない? 星降る奇跡って言われるぐらい星見市で有名なんだけど」
腕を組んで考えているようだったけどピンとこなさそうだった。
「あはは……アイドルについてはあまり興味がなくて……」
オレはスマホを取り出し麻奈のライブ映像を見せた。さくらちゃんは目を輝かせ、オレは多くのファンに囲まれ歌う彼女の姿を見て鼻がツンとした。
見終わった後、さくらちゃんは感動したようで胸いっぱいの顔をしていた。
「感動しました! こんなすごい人のマネージャーをやっているんですね」
感嘆の声が上がり、少しだけ誇らしかった。だけど――
「感動か……その言葉を麻奈が目覚めたら伝えてやりたいよ」
「……目覚めたら?」
気づけば口が開いていた。麻奈が交通事故に合い意識が戻らないことを。逃げるように思い出の海岸に来たことも。
こんなことをさっき会った少女に言っても仕方がないというのに……。
「最近ずっと思ってたんだ。オレは麻奈のマネージャーでよかったのかと。もう少ししっかりしていれば 麻奈の事故だって回避できたんじゃないのかと」
マネージャーはアイドルを支えるのが仕事だ。今思い返してみれば負担を掛けていたんじゃないかと考えしまう。
「そんなことないですよ」
優しい声が澄んだ様に響いた。
「私は病気になって分かったことがあるんです」
柔らかな声でそう答えるさくらちゃんは優しい目でこちらを見つめていた。
「心臓の重い病気になって、心細くて、悲しくて、理不尽で、どうしようもない気持ちに苛まれていたんです」
そう話す少女は決して悲観したような様子ではなく明るさを感じるものだった。
「その時に支えてくれたのがお母さんやお父さんで。不安で仕方がなかった時に何回も「大丈夫だよ」と 背中を押して助けられました」
さくらちゃんは空を見上げて思いを馳せているようだった。
「麻奈さんも決してここまでの道のりは楽ではなかったはずです。でも牧野さんが支えていたからこそあんなにすごいアイドルになれたんだと思います」
「人は一人じゃ生きれませんから……」
そう静かに言葉をこぼすのはさくらちゃんが一番そのことを理解しているからだろう。
「……確かにそうだと思うよ」
人は一人じゃ生きれない。その言葉が自分の胸にスッと入ってくる。
共に考えて、悩み、二人三脚で乗り越えてきた。それが麻奈を支えることができたというのであれば、それでいい。
「ありがとう。少し胸が軽くなったよ」
「いえ! こちらこそ、お話を聞いてもらって心が軽くなりました!」
吹きすさぶ冷風がもう一度吹くが、心に太陽のような暖かなものが込み上げてきて気にはならなかった。
「ま、牧野さん! あれ!」
不意にさくらちゃんの興奮した声が上がる。
彼女が指をさした夜空に流星群が空を満ちていた。
「これは……」
消えては現れる流れ星に思わず心を奪われる。
「願い事し放題ですよ!! 早く早く!」
年相応にはしゃぐその姿を見て思わず笑みがこぼれる。
「そうだな、願い事しようかな」
オレが望むのはただ一つ。麻奈が一日でも早く意識を取り戻してくれることをただ祈った。
「さくらちゃんは何を――」
そのときトスンと少女の体がオレに力なく倒れてきた
「……?」
ふと顔を覗くと肩を上下に揺らし息苦しそうにしているさくらちゃんが目に飛び込んできた。
それと同時に月の光が雲の塊に遮られた――
次回はさくらの思いを描きます。