なんとか完結できるように善処します。
「あなた自分の姉のことを何も知らないのね!」
「あなたこそお姉ちゃんの何を知っているんですか!」
院内に突如響く声。
麻奈の病室の方から誰かが声を荒げ、言い争っていた。
「琴乃……ちゃん?」
一人は聞き覚えがある声。もう一人は誰だろうか?
そう思考を沈めながらも麻奈の病室に赴いた。
着いた頃には琴乃ちゃんはかなりヒートアップしていてその声にはかなりの怒気が含まれていた。
恐る恐る病室を覗くとそこには変わらず眠る麻奈。
「あなたのお姉さんはすごいアイドルなのよ。妹のあなたがそれを知らなくてどうするのよ!」
「知りません! アイドルのお姉ちゃんなんてどうでもいいんです!」
そしてそこには琴乃ちゃんと――。
「え?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
そこにはLizNoirの神崎莉央がいた。
アイドル界の新星で二人組のユニットであるLizNoir。
新人アイドルといえば麻奈の他にこのLizNoirの印象が強い。
類を見ない圧倒的なパフォーマンス力は誰もが魅入られてしまう。
秘めた情熱を感じさせる神崎莉央。
クールで清廉さを持つ井川葵。
紛れもなくこれからのアイドル業界を牽引することは間違いないだろう。
「でもなんで言い争ってるんだ!?」
おそらく麻奈のお見舞いに来たのだろう。
そして琴乃ちゃんと何故か対立している。
オレは全く状況が呑み込めなかった。
「私達、LizNoirと肩を並べるアイドルなんてそういないわ。分かってるの?」
「アイドルには全く興味ないので。そもそもLizNoirなんて聞いたことありません」
ああ言えばこう言う。
病室には劈くほどの怒号が響き渡り続ける。
「そもそも――」
莉央さんが扉前で立っていたオレに気づいて声が止まる。
琴乃ちゃんもこちらを見てあからさまな不快感を示した。
「貴方……確かどこかで……」
訝しげな視線がオレに刺さる。
「えーと、オレ……私は……こういうものです」
どもりながらも莉央さんに名刺を見せて渡す。
受け取った莉央さんは少し眉を上げた。
「ああ、星見プロのマネージャーね……」
莉央さんは腑に落ちたようで、流れるように名刺を内に納めた
「マネージャーだったらこの子に教えてあげたらどう? 長瀬麻奈は別格だということを」
莉央さんは唐突にそんなことを提案してきた。
「……」
そして琴乃ちゃんはオレを射殺さんとばかりの目を差してくる。
正直この場の空気が重すぎて逃げだしたくなる。
ただ、いい機会なのかもしれない。
麻奈はずっと妹のことを気にかけていた。
その妹はアイドルに対して良い印象を抱いていない。
例えこの先麻奈が目覚めたとしても、きっと姉妹の中は悪いままだろう。
「琴乃ちゃん。麻奈は誰よりもすごいアイドルなんだ」
オレはそう言ってポケットからスマホを取り出した。
麻奈は皆から愛されていた。そのことをこの場で伝えなきゃ駄目だ。
オレは琴乃ちゃんに麻奈のライブ映像を見せて説得しようと考えた。
スマホを操作するとそこから割れんばかりの歓声。そして麻奈の歌声が流れ出す。
「一度でもいいから歌を聞いてほしいんだ。そうすればきっと――」
オレがそう切り出す前にオレのスマホが琴乃ちゃんの手によって弾かれた。
飛んで行ったスマホを見つめオレは茫然としてしまう。
「そんなの分かってます……」
琴乃ちゃんが絞り出すように声を出した。
「そんなことずっと前から知っているんです!」
泣いていた。激情を帯びながらも悲しみが波のように伝わってくる。
オレは気づいた。琴乃ちゃんは明らかに苦しんでいることに。
おそらく行き場のない悲しみを怒りに変えているんだ。
オレは理解していなかった。誰よりも苦しんでいたのは妹である琴乃ちゃんとだということに……。
「私がどれだけ見ないふりをしても……耳には入ってくるんです……」
星降る奇跡と呼ばれた長瀬麻奈。星見市ではどこからともなくその名が轟いている。
「クラスメイトや先生だってお姉ちゃんのファンで……私の前ではいつもお姉ちゃんの話題で……」
麻奈は幅広い年齢層から愛されてた。あの歌声を聴けば老若男女だれだってファンになる。
琴乃ちゃんの周りでもそういうファンが多かったのだろう。
「私がお姉ちゃんのことを何も知らないと本当にそう思っているんですか?」
琴乃ちゃんは莉央さんのことを睨む。
「妹である私が知らないわけないじゃないですか!」
眼の端から零れる落ちるものを止めることなく哀しい叫びが病室にこだまする。
「……なら、何であなたは自分の姉のことを知らないなんて……」
莉央は純粋な疑問を問いかける。
「……アイドルになってほしくなかった。隣にいてほしかっただけなのに……」
「琴乃ちゃん……」
オレは漏れた呟きと共に思いを巡らせる。
姉妹の仲が悪くなったのは麻奈がアイドルになってから。麻奈は多忙を極め、家族との時間は取りづらくなってしまった。
琴乃ちゃんにとって星見プロも芸能界も、そしてオレも。すべてがお姉ちゃんを奪った憎い存在なのだろう。
「星降る奇跡なんていう称号は無価値なんです。ただ私の姉であってほしかった……それだけです……」
オレは何も口にできなかった。今の琴乃ちゃんにどの言葉も届かない。
沈痛な思いがただ心の中で渦巻く。
「……でもきっとお姉さんはあなたに――」
莉央さんは何かを伝えようとしたとき扉のほうから声がかかった。
「そこまでだ、莉央」
聞き慣れた低い声が届く。
オレは病室の入口に目を向けるとそこには――。
「妹さんはいっぱいっぱいなはずだ。それ以上追い詰めるな」
――そこには真剣な表情で佇む三枝さんがいた。