ルドルフのトレーナーだったオレは、自分のミスでオレは生き残りルドルフは死んだ。
彼女にもらった命を全うしたオレは、気づくと私になっていた。

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実によくある、なんでもない出来事。


陽炎のような日々

 私がまだオレだった頃。

 オレは一人のウマ娘のトレーナーだった。

 一目見たときから他の追随を許さない、そのウマ娘の風格はまさに皇帝の名を冠するに値するものであったと覚えている。今思い返してもなぜ彼女が当時のオレをトレーナーに選んだのかわからない。

 彼女の才能は本物だった。

 当時のオレの指導は彼女にどれほど影響を与えたかはわからない。でも、彼女は勝ちづつけた。

 一冠、二冠、三冠

 三度までなら偶然やまぐれであると断じる輩がいてもおかしくない。しかし、彼女は七度の勝利を収めた。

 それは疑いようのない彼女の実力だった。彼女の実力は国内で最高峰であることは間違いなかった。

 ならば世界ではどうだろうか。

 誰もがそう思った。そしてその好奇心を押さえきれなかったのは間違いなく当時のオレだった。

 あまり乗り気ではなかった彼女と幾度ものミーティングを重ねてこぎ着けた海外遠征。

 オレは本当に浮かれていた。

 

「フランス、ドバイ、アメリカ。ルドルフならどこに行きたい?」

「そうだな」

 

 浮かれていた当時のオレの言葉にルドルフは真摯に答えてくれる。

 本当に愚かだった。遠くばかりを見ていたオレは目の前を見ていなかった。

 

「あぶない」

 

 切迫した声と共に背中を突き飛ばされた。

 突き飛ばされた衝撃で体が何度も跳ねて転ぶ。凄まじい痛み。でも、それ以上に印象的だったのが背後から聞こえるけたたましいブレーキ音と何かが潰れるような音。

 何が起こったのか確認しようと後ろを振り向く。

 

「あぁ……ああ……」

 

 声にならない声。直ぐに理解する。自分の行動が彼女を壊した。

 

「君が助かってよかった」

 

 それが彼女の言葉だった。愚かな男の軽率な行動で、名バは走れなくなった。

 当時のオレはさんざん詰られ、侮辱され立ち行きがいかないくらいまで追い込まれることもあったが、彼女からもらったこの命だけは投げ出すことなくトレーナーとして人生を全うした。

 晩年には「伝説のトレーナー」等と謳うものもいたが当時のオレは納得しなかった。与えられるとすれば「ウマ娘殺し」だろう。

 その気持ちを全て飲み込んで人生を全うした時は救われた気がした。やっと終われたのだと。

 

 

 

 

 

そして目が覚めるとオレは私になっていた。

 

『ミラージュヘイズ』

 

 オレ、いや私に与えられた名前だった。

 そしてターフの上に皇帝はいなかった。

 前世で見知ったトレセン学園のスタッフに彼女の名前を聞いても知らないの一点張り。私は絶望した。ここに彼女はいないのだと。

 同時に決意した。

 歴史が違えども彼女がいた証を残さねばならないと。地獄のような日々から救われたオレに与えられる最後の罰だと私は考えた。

 死力を尽くし、私はトレーニングに取り組んだ。まぐれのように拾ったGI一勝。

 取れたときは嬉しさよりもあと六度乗り越えねばならぬプレッシャーが強かった。

 

 無敗の三冠バ

 

 気づけばそう呼ばれていた。どうやって取ったかは覚えてはいない。

 この頃からは、夜も眠れず緊張すると直ぐにトイレで吐くようにもなった。しかし、足のキレや加速力はそれに比べて恐ろしく研ぎ澄まされていった。

 

 しかし、ジャパンカップにて初めて土を着けた。雨でぬかるんだ地面に足をとられたのだ。

 私は失敗した。でも、同時に安心もした。これで、もう終われると。無敗神話などない。

 どんなに強いウマ娘でも負けることはある。

 そして、私は彼女のようにはなれなかった。結局は負け犬だったのだと認め走ることを止めようとした。

 

 しかし、周りはそれをよしとしなかった。

『ただの一度の負けがなんだ』と。

『これから勝てばいい』のだと。

 誰も私を詰らなかった。失望しなかった。いっそ世界中の全員から嫌われていればスッキリと辞められたのかもしれない。

 でも、そうではなかった。

 きっとやってくれるだろうと期待した目はかつてのオレのようで。ひどく心苦しかった

 私は、また走り始めた。

 彼女のためではなく、誰かのために。私を信じるものがたったひとりでもいるなら、その人を裏切るなど私には出来なかった。

 足は重い。息は苦しい。眠れない。直ぐに頭は痛くなり吐き気がする。

 でも、誰もがキラキラとした目で私を見てくる。

 私は私の気持ちに嘘をつき続けた。

 

「やりました。勝ったのはミラージュヘイズ。奇跡のGI7勝です」

 

 勝った。彼女と同じ偉業を成せた。

 顔面は蒼白で目の下の隈はひどい。

 彼女が勝ったときの表情とはひどくかけ離れているが、それでも間違いなく私は勝った。

 その事実に私に期待してくれるすべての人が考えた。

 世界ならどうだろうか。

 もう、心身ともに限界だ。

 多分どうあっても勝てないだろう。私にはそんな確信があった。

 けれど、彼らは望むのだ。私が勝つと信じてやまない。

 その熱に折れ、私は世界に挑戦することにした。

 

「ミラージュヘイズさんですよね。ずっとあなたの走りを見ていました。あなたは私の憧れなんです」

 

 声をかけてきたのはまだ幼いウマ娘だった。

 でも、私は知っているそのウマ娘の名前を。

 

「シンボリ…ルドルフ…?」

 

 焦がれてやまなかったその名を口にすると、目の前のウマ娘は目を見開く。

 

「どうして、私の名前を」

 

 あなたに会いたかった。あなたを待っていた。あなたのことを片時も忘れたことはなかった。彼女に伝えたい言葉があふれる。

 

「見ていてくれてありがとう」

 

 言葉に出来たのはそれだけだった。

 

 

 それからすぐ私は海外に行くことなく引退した。

 

 トレーニング中に出来たささいなケガが原因だった。

 命に別状はないが、レースで走れていたことが奇跡だというのが医者の言葉だった。

 そこで私の気力は燃え尽きた。全てを遂げたのだ。もう思い残すことはなかった。

 

 惜しまれながら引退した私は、穏やかに毎日を過ごしていた。

 静かな場所に家を買い、草花を植えて、ぐるりと周囲を歩いて日々の景色の移り変わりを楽しむ。

 前世では考えられないような安らぎの日々。

 そして時折知り合いが訪ねては昔話に花を咲かすのが楽しみの1つになっていた

 

「これで5勝目、本当にあなたの走りは素晴らしいわ」

「ありがとう。でも、私はまだあなたが拓いた道を辿っているだけだ」

「私はただ追われるように走っていただけ。あなたのような優雅さなんて持ち合わせていなかった」

 

 じっと見つめる彼女の視線が眩しくて、思わず目をそらす。

 

「その鬼気迫る表情に私は見惚れていた。あなたはいつだって私の憧れだ」

 

 全身が熱くなるのを感じる。

 力んでいても耳や尻尾が軽く揺れてしまう自分が情けなくってさらに赤くなってしまう。

 何か話題を変えようと辺りを眺めていると小さな影が見えた。

 

「あれはなにかしら」

 

 私が指差す方を見て、ルドルフは答えた。

 

「トウカイテイオー、こんなところまで来ていたのか」

 

 オレでは見えないほどの遠い距離であっても、私であればおぼろげには捉えられる。

 

「あなたに似ているわ。とっても」

「そうだろうか」

「真っ直ぐに焦がれる背を追う様はあのときのあなたそのもの」

「それは私にとっては少しばかり面映ゆい記憶だが、言われてみれば確かにそうだ」

 

 私たちがやり取りをしている間にトウカイテイオーはどんどんと距離を詰めている。

 

「走る才能もあなたを感じる」

 

 2分と半分ほどではっきりと姿が見えた。

 

「あぁ、素晴らしいウマ娘になるのは間違いない」

 

 元気よく手を振る姿からテイオーの方が快活なのだろうと推測した。

 その瞬間にとある映像がフラッシュバックした。

 オレが彼女を殺した時の記憶。テイオーが走る道は直に十字路に入る。普段なら気に止めない、ミラーに目がいくと見えるのはトラックが走る姿。

 けれどテイオーは気づいていない。

 瞬きが終わる前にそれらを理解した。そして、私の体は無意識に動いていた。

 私の足は走れるのが奇跡だという。それは今後も生活する上での話だ。

 テイオーに見いだした皇帝の姿。彼女を救うためならば私の命など喜んで投げ出せる。

 私は体の限界を無視して駆け出した。

 突然、駆け出した私の姿に驚いたテイオーだったがその速度は落ちていない。

 なんとかしようと必死に声を出した。

 

「止まりなさい!」

 

 私は自分の行動の浅はかさを呪ってしまった。

 テイオーが私の言葉を聞き入れ、立ち止まったのは丁度十字路の真ん中であった。

 ウマ娘に驚きブレーキをかけるトラックと音に驚き、その場で立ち尽くすテイオー。

 私の言葉がなければ全ては何事もなくすんだかもしれない。私がそうさせたのだ。 

 もう二度と見たくない。

 その一心で私はテイオーの体を突き飛ばす。

 最後に目に映ったのはトラックに反射した私の笑顔だった。

 


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