××××××××皐月のようにはいかないぞ、東京の直線はどう影響するか!さあ中団から間を割って×××××××、××××××も外から来ている!しかしまだ××××粘っている残り200!粘る!粘る!並ぶか、並ぶか、並ぶか、いや並ばない!並ばない!
××××だ!××××だ!××××××××、後続を引き剥がして、ゴール!!!
驚異的な粘りを見せました××××××××、500メートル余りの直線も見事に逃げ切って勝利!××××××××、皐月賞に続き日本ダービー制覇、二冠達成です!!
5月の最終日曜日、東京レース場。
控室のドアをノックすると、くぐもった返事が聞こえた。クロクロはアルミのノブを回し、部屋の扉を開ける。
「よう、クロクロ。まさか控室にまで来てくれるとは思ってなかったぜ」
勝負服姿のアルブムニヴイスが、普段と変わらぬ様子でクロクロを迎え入れた。
「……思ッたよリ、リラックスしテル。モう少し、ピリピリしテるのカト思ってタ」
ニヴイスの姿を見て、クロクロは言った。ニヴイスはふん、と鼻を鳴らす。
「多少抜いてるぐらいが、1番速く走れるんだよ。楽しむのは大事だろ?」
それにはクロクロも同意する。深く頷いた。
楽しく走るのは大事だ。どれだけのポテンシャルがあったとしても、走るのが面黒いならその分脚は鈍るだろう。
「調子ハ、どウ?」
「もちろん、絶好調だぜ。その上条件も良くて、おまけにゲン担ぎまでできた」
「ゲン担ぎ?」
クロクロは首を傾げた。
「ああ、笑う角には福きたるって言うだろ?いつも笑顔のやつが応援に来てくれてんなら、多分とんでもねぇ福がくるんだろうさ。例えば、東京優駿の一着とか、な」
アルブムニヴイスはニッと笑ってみせる。クロクロは普段、とくに幸運というわけではないのだが、言われて悪い気はしない。
勝負服姿のアルブムニヴイスを近くで見るのは初めてだ。前を開けたパーカー、シャツ、ショートパンツにシューズまで、微妙に色合いは違えど全て白で統一されている。それもそのはず、その名の由来となった単語、albumもniveusもラテン語で白の意味であり、本人も芦毛。白を基調とした衣装になるのは当然である。
album、英語で読めばアルバムとなる部分から、写真や切手、レコードらしい意匠も見て取れる。
「そうだ、コレ食うか?」
そう言ってニヴイスが見せてきたのは、キャラメルの箱だ。直前まで食べていたらしい。
一粒1ハロン、というキャッチコピーで有名なキャラメルだが、つまり2400m走るなら12粒食べなければならない。一箱8つ入りなので、ちょうど一箱と半分だ。テーブルの上には空箱が一つとまとめられた銀紙が10枚。
ニヴイスは銀紙に包まれたキャラメルをふたつ、箱から取り出した。
ひとつの包装をガサガサと剥がして、中身を自らの口に放り込むと、もうひとつの包みをクロクロに差し出す。
「ほら、やる」
「……いイの?」
クロクロは戸惑いながら、キャラメルを受け取った。それは、大事なルーティンではないのか。もう一つ出して食べるのかと思えば、ニヴイスはキャラメルの箱を閉じてしまった。
「おう。最後の1ハロンは、お前に預ける。ちゃんと応援してくれよ?」
ぱちり、とウインクまで決めてくる。ファンサービス的な面でも、やはり彼女には敵わない。口に含んだキャラメルは、青臭くてほのかに甘い、にんじんの味がした。
ドアがノックされた。係員がニヴイスのことを呼んでいる。
「もう時間か、行かねえと」
アルブムニヴイスはソファから立ち上がった。ニヴイスのトレーナーがドアを開ける。係員の誘導に従い出口へ向かうニヴイスに、クロクロは続いた。さらにその後ろからニヴイスのトレーナーもついてくる。
他のウマ娘もいて、そのトレーナーもいて、外からの歓声も聞こえるはずなのに、妙に静かな心持ちだった。レースに向け集中力を練り始めたニヴイスの気に呑まれてしまったのかもしれない。
ニヴイスのトレーナーは何も言わない。伝えるべきは全て伝えて、あとは見守るだけ、ということだろうか。ただ一度、振り向いたニヴイスに力強く頷いただけだった。
地下バ道出口から射し込む光が、出会った時より白くなった芦毛を輝かせる。あまりに眩しくて、クロクロは目を細めた。
「じゃ、行ってくる。また後でな!」
軽快に蹄鉄を鳴らして、白い少女は歩みを進める。
逆光に消えていくアルブムニヴイスを、クロクロはただ眺めていた。
ーーーーー
東京の芝を踏むのは、これで二度目だったか。時期も距離も違うが、前に走ったことはある。
天候は晴れ。気温23.7℃、湿度8%。共に想定通り。ターフは文句無しの良バ場だ。走るには最高の日だろう。
……いや、クロクロはそうは思わないかな。
そんな考えがふと浮かんできて、アルブムニヴイスは小さく苦笑した。
レース前に、レース相手ではないウマ娘のことが気になることなど、なかったのに。控室まで応援しに来てくれたのが、自分で思うより嬉しかったのかもしれない。
そのクロクロとの
理想。そうなるために。願望と対峙するために。
ゲート入りを指示される。2400、これまでで最長のレース。だがこれで逃げ切れないようなら、菊花賞など夢のまた夢である。
日本ダービーは目標だが、ゴールではない。ここで終わらせない。
一枠1番、最内枠に入る。運は此方に味方している。脚に曇りはない。負ける要素は無い。
背後の扉が閉じる。目を瞑り。息を吸う。
僅かに前傾。
タイミングは……
……今!!
鋭く吐き出した息すら置き去りに、最速でゲートを飛び出した。
アルブムニヴイスはここまで、連戦連勝を続けている。17人全員からマークされているのは火を見るより明らかだ。
なら、駆け引きをしてみよう。吐いていたウソをばらしてみよう。
『先頭アルブムニヴイス、スタートから飛ばしていきます!これはまさか……』
大逃げ。最初から大きくリードを取り、最後までそのまま押し切る。それは、
速度維持。持久。ペース配分。大きすぎる壁が、理想論を現実的に否定にかかる。
200m地点通過。ニヴイスと競り合うつもりだったらしい三人が位置を下げる。
2400m。1.5マイル。距離の壁が立ちはだかる、とでも言われることだろう。
400m地点通過。第一コーナーへ。アルブムニヴイスを追うのではなく、無視すべき展開だと後続が気づき出す。
あくまで次第に距離を伸ばしてきたマイラーである、という評価は未だ聞こえる。
800m地点通過。第二コーナー中頃で、位置取り争いは一旦終結する。
だから、そういう声をかき消すために。
1200m地点通過。向こう正面に入り、またバ群の中での位置取り争いがはじまった。
共通の敵がいたとしても、敵は敵。仲良く走る道理は無い。
掛かり気味な先行勢が位置をさらに下げるのは時間の問題で、それをかわした上でさらに大逃げするアルブムニヴイスを捕まえなければいけない。ペースメーカーのいない集団、抜け出すタイミングを計るのは非常に難しい。
正確な体内時計が、理想的なペースであることを教えてくれる。レースは折り返しを過ぎて、もうすぐ第三コーナー。
1600m地点通過。残り800m。コーナーで息を入れて、スパートに備える。後続もまた、逃げる芦毛を捕まえようと、死に物狂いで迫ってくることだろう。
東京レース場の最終コーナーは、他のコーナーに比べほんのわずかにきつい。そのわずかな差は、より強いGを走者にかける。
1800m地点通過。残り600m。内に傾けた身体で、バラバラのスペクトルを前へと合成していく。
後続がスパートを、あるいはその準備を始めたのが、肌と脚で感じられる。
差はあと5バ身。
残り525.9m。
光は重なり、白になった。
「いっくぜえぇぇ!!!」
背を押すチカラに脚力を加えて、ニヴイスは加速する。
一拍置いて、後続がスパートをかけた。
残り400m。長さ200m、高低差2mの坂。エネルギーを削る坂路を、慣性でもって突破していく。
序盤のロスが響いた先行勢は、既に後方にいる。
ロングスパートをかけた追い込み勢は、しかし捉えられるほど近くない。
混み合った中団は互いに譲らず、間を割って出るのは不可能だ。
だが、道はある。
「まだ……まだ終わらせない……」
バ群の外。大外から。アルブムニヴイスの背を睨み付け、上がってくるウマ娘が一人。
「に……が……すッ……かぁ!!!」
ドッ、と、重い音がした。芝と土を蹴り散らしながら、栗毛のウマ娘が食らい付いてくる。
目を、歯を剥き、前を行くウマ娘を追い抜かんとまた踏み込む。
絞り出すような、血を吐くような声は……アルブムニヴイスの闘争心に火を付けた。
「いいぜ……面白い……!」
残り300m。栗毛の彼女がジリジリと距離を縮めてくる。
「それでこそレースだ……!!」
残り280m。影を踏むか、微妙に届かないか。追いすがってくる。
「これがやりたくて走ってんだ……!!」
残り260m。足音が少しずつ大きくなる。
「あと少し……」
残り240m。もうほとんど振り向かずとも、栗毛が視界の端に見える。
「あと少しだけ……」
残り220m。荒い息づかいが聞こえる。
「チカラを!!!」
残り200m。彼女が真横に並び――――――
『ガんばレっ!!アルブムニヴイスっ!!!』
「……おう!!!」
一瞬の間と、轟音。
「?!」
大きく逃げて、差して。並びかけられて、差し返す。無茶苦茶だ。そんな走りができていいはずがない。
芦毛のウマ娘は独走する。白い尾を曳いて。風の壁を裂いて。
残り――――――
――――――0m。
ゆっくりと速度を落としていく。狭窄していた視野が次第にもとに戻ってくる。柔らかい芝を数歩歩いて、立ち止まった。
点灯した掲示板を見て、観客席を振り返る。少女を包み込んだのは、大歓声。新たに生まれた二冠ウマ娘への、惜しげもない賞賛の声。
呆けたような顔が、歓喜の色に染まっていった。
両手を握りしめて、抱えるように背を丸める。カラダが震える。
両の拳を天に突き上げ、吼えた。
「ぃよッしゃああぁぁぁぁ!!!!!」
東京優駿。その勝者の名は。
アルブムニヴイス。
ニヴイスコールの巻き起こる東京レース場、ゴール地点から少しだけ先。
「よう、お前!栗毛のお前だ!」
四つん這いになり、噎せ込むような呼吸を繰り返す彼女に、ニヴイスは声をかけた。
「いい走りだったな、楽しかったぜ!」
爽やかな笑顔とともに、右手を差し伸べる。彼女がいたからこそ、最高の走りができた。それは、一切裏のない、心からの賞賛。
だからこそ、栗毛の彼女は感情を隠さない。
「……ッツ!!」
差し出した手を、力一杯払いのけられる。
紫色の三白眼が、アルブムニヴイスを激しい敵意を込めて睨み付けた。
振るった手を固く握りしめ、ふらつく脚で一人立ち上がる。背を向け立ち去る彼女が拭ったのは、咳き込んだ口元か、潤んだ目元か。
叩かれてひりひりと痛む手の甲をなでながら、ニヴイスは栗毛のウマ娘の行方を目で追った。よろめきながら、ターフから出て行く彼女の後に、同じく無念を滲ませたウマ娘たちが続く。
ニヴイスはスタンドに向き直った。
ぐるりと見回して、すぐに目的の人物を見つける。レース前、最後の1ハロンを託した彼女は、どういうわけか見つけやすい。
まだすこし苦しい肺いっぱいに、息を吸い込む。
一番に彼女に。そして、他の観客たちに。
「応援、サンキューな!!」
ーーーーーー。
2022/5/22
誠に勝手ながら、『アクセルロケット』のキャラ名を別のものに差し替えることとしました。
最初のプロットにはいなかったキャラに設定を盛り付けていった結果、現在のままだとどうしても設定や展開上不都合が生じてしまい主に作者がモヤモヤしてしょうがなくなってしまうので、変更することにしました。
なおこれを書いている現在はまだ次の名前は決まっておりません。次話が投稿されるまでには本文中の名前や描写、一部設定を変更しておきます。お許しください。
2022/5/27
『アクセルロケット』の名前を『アルブムニヴイス』に変更させていただきました。同時に目の色を青から白に変更いたしました。修正漏れがあった場合誤字報告等で報告していただければ幸いです。
なお『アクセルロケット』から『アルブムニヴイス』に変更するにあたり勝負服のデザインも変更させていただきます。こちらも決まり次第修正させていただきますので、次話とともにお待ちください。
2022/06/08
勝負服についての描写を変更しました。