黒々と白   作:げに味わい深きレモン

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 非科学に頼るのはときに正解だ。


クラシック級
08__新年


「アケましテおメデとうごザいまス、トレーナーさン」

 

 

「あけましておめでとう、クロクロ」

 

 

 一月二日。年明けの静かな空気がトレセン学園を包んでいる。勤勉な生徒が構わずに走り込みしている遠い足音と、普段なら絶対に聞こえないであろう廊下を歩く誰かの足音。いるのは彼女らだけではないが、それでも普段よりもガラガラの学園。

 

 

「静かだねぇ……」

 

 

 トレーナーは思わずつぶやいた。家族親戚一同が集う実家では考えられない、静かな正月。安心できるようで、何か変な感じもする。

 

 

「ゴ家族や親戚の方々ハ、よかッタんですカ?」

 

 

 クロクロがトレーナーに聞いた。トレーナーは笑い混じりに答える。

 

 

「今の私はトレーナーだよ?担当ウマ娘の方が大事に決まってるでしょ?」

 

 

 ……それでいいのだろうか。クロクロは思った。親族よりも赤の他人である自分の方が大事だと言い切ってしまっている。なんだか、むず痒い感じがする。

 

 

「クロクロ、私がいない間、何か変わったこととかあった?」

 

 

 唐突にトレーナーが聞いてきた。クロクロは咄嗟に何もなかった、と答えようとしてから、ニヴイスのことを思い出した。

 

 

「数日前、アルブムニヴイスと並走ヲしマシた。アルブムニヴイスの走り方をジっくリ観察デきまシタ」

 

 

「並走?!ホントに?!」

 

 

 勢いよく身を乗り出したトレーナーに気圧され、クロクロは半歩後ずさった。そんなに大声で確認するようなことだったろうか。トレーナーの両目がみるみるうちに潤んでいく。

 

 

「よかった……本当によかった……クロクロに並走の相手ができるなんて……!」

 

 

 もしかしてこのヒト、すごく失礼なことを考えていやしまいか。しかし、否定しきれないのも事実だ。実際、学園に入ってから並走をできる相手なんていなかったのだ。だが、ここまで大げさだとクロクロも少しムカッとくる。

 

 泣き崩れそうなところまできているトレーナーの頬を両手でつまむ。そのまま抗議の意味を込めてぐにぐにとこねくり回すと、さすがにトレーナーも泣き止み、クロクロの気がすむまでされるがままにされていた。

 

 数分後、トレーナーの頬が真っ赤になってからようやくクロクロはその手を離した。ごめんごめん、と軽く謝るトレーナーに、早く今日の本題について話すよう促す。

 

 

「そうそう、今日はレースの計画を一緒に立てようと思って……たんだけど」

 

 

 トレーナーは椅子から立ち上がった。

 

 

「クロクロ、初詣まだ行ってないよね?まずは、一年の安全と活躍を祈りに行こう」

 

 

ーーーーー

 賽銭箱の中を5円玉が二枚転がる。ご縁と、見通し、そして一着に(しろまる)とかけて10円。よくある願掛けだ。

 二礼、二拍手、一礼。お祈りしたのはクロクロの安全と勝利。

 初詣に訪れたのはウマ娘へのご利益で有名な神社で、多くの現役のウマ娘やその親族、トレーナー達が行列を成していた。

 

 

「いやぁしかし、すごい人だかりだねえ」

 

 

 トレーナーはしっかりと着込んできたのを後悔した。人混みのせいで思ったよりも暑い。真冬だというのに、服の下では汗をかいている。今コートを脱げば、ほかほかと湯気が上がることだろう。きっちりと巻いたマフラーの首元を少しだけ緩める。北風がその僅かな隙間から入り込み、トレーナーは身震いした。

 クロクロはトレーナーの様子を気に留めず、興味深げにあたりをみまわしている。

 

 食べ物の露店や小さなお社、神主様と思しき男性と、ヒトとウマ娘の両方がいる巫女さんたち。お祓いを受けていたり、絵馬を書いていたらするウマ娘たち。様々に移って行ったクロクロの目が、ある一点にとまった。

 

 立ち止まったクロクロの視線を、トレーナーが追う。先にあったのは、社務所。お守りを売っていたりする施設だ。何か欲しいものでもあるのだろうか。

 

 

「お守りでも買おうか」

 

 

 社務所へ歩き出したトレーナーの後をクロクロもついていく。人が多いとはいえ、密度はそうでもない。人々はそこかしこに列を作っているだけなので移動は楽だ。

 

 

「色々ナお守リがありマすネ」

 

 

 実寸大から爪ほどの大きさの蹄鉄、小さな鈴に達磨、招き猫。『安走祈願』と刺繍された色とりどりのお守り。自分のイメージカラーのものを選ぶものらしいが、生憎と黒はない。やたらと白が減っているのは、芦毛であるアルブムニヴイスのファンが買っていったからか。

 

 小判やカエルを模した小物などを眺めていると、束ねられた帯状の紙束があることに気づいた。クロクロはそれをしげしげと眺める。どうやら厄除けのお札のようだ。古めかしい書体、筆で書かれているらしいのはこれまた『安走祈願』。

 なぜ気になるんだろう、と手に取ってよく見てみる。和紙の裏表のはっきりとした手触りがクロクロの細い指先に伝わってくる。印刷なのか、判を押したのかわからない縁取りの細かな模様。黒い文字からは、一枚一枚丁寧に手書きされているのか、まだ墨の匂いがするような気がした。

 

 

「クロクロ、それ欲しいの?」

 

 

 様子に気づいたトレーナーが、横からクロクロの手元を覗き込む。気になりはしたものの、欲しいかどうかと聞かれるとなんとも言えない。小さく唸ったクロクロをよそに、トレーナーは傍の説明書きを読み上げた。

 

 

「『安走祈願の御札。室町時代からウマ娘の足を護る伝統的な御札。怪我や病気を遠ざけ、安全に走れるようにする。身につけたり、身近な場所に貼ると良し。怪我をして治療中の部分や、怪我をしたくない部分に貼ってもよい。』……へえ、面白いね」

 

 

 身体に貼っても効果のあるお札とは。何枚も一束になっているのは、消耗品だからなのだろう。トレーナーはお札を一束手に取った。クロクロが今持っているのと合わせて二束、20枚。

 

 

「ほら、それちょうだい。お会計してくる」

 

 

「エッ……ワタシも出シまス」

 

 

 慌てて手提げポーチから財布を取り出そうとするクロクロをトレーナーが止める。

 

 

「いや、大丈夫。全部クロクロの分だから、トレーナーである私が出すよ。大人だしね」

 

 

 ふんぞりかえって胸を叩いてみせるトレーナーを見て、案外子供っぽいところもあるんだな、とクロクロは思った。自分よりも小さくて、非力なのに人生経験の差だけで胸を張ってみせるトレーナーが、なんだか可愛らしくてしょうがない。無性にその頭を撫でてみたいのをどうにか堪えて、クロクロはお札をトレーナーに手渡した。

 

 

ーーーーー

 

 

 初詣と、ついでに外で昼食を済ませた二人がトレーナー室まで戻ってきた。トレーナーは早速お札を一枚取り出すと、余っていたゴム磁石でホワイトボードに貼り付けた。それでいいのか、と呆れるクロクロをよそにまた一枚取り出すと自分のカバンに丁寧にしまい、もう一枚取り出しクロクロに差し出した。

 

 

「はいこれ、普段から持ち歩く用」

 

 

 クロクロはちょっと考えた後、お札をポーチの普段使わないポケットに折れないよう気をつけつつしまいこんだ。残った17枚はトレーナーが机の引き出しに入れてしまった。

 

 

「今しまっタ分は、ドウすルんでスか?」

 

 

「これはクロクロがレースの時に使おうと思ってね」

 

 

 そういえば貼っても効果があるのだったか。しばらく放置されていても効果を発揮してくれると良いのだが。

 

 さて、と一息入れて、トレーナーは回転椅子に腰掛けた。

 

 

「それじゃあ、今年のレースの計画を立てよう」

 

 

 トレーナーはクロクロに座るよう促したが、クロクロは首を横に振った。正直座っているより立っている方が楽なのだ。そういえばそうだったな、と、トレーナーはクロクロに微笑みかけた。

 

 机の引き出しから大きな紙とペンを数本取り出すと、トレーナーは座ったばかりの椅子から立ち上がった。ホワイトボードに貼られたその紙は、今年のクラシック級レースを開催順にまとめた表のようだ。すでに二色のマーカーで何本か線が引かれている。青い線は長距離レース、赤い線は中距離レースか。

 

 

「年度内にGIIIに一勝、っていうのは前から言ってる通りだね。だから次は、一月十七日、京成杯に出走するよ」

 

 

 トレーナーは京成杯と書かれた枠の横に、黒いペンで星マークを書き込んだ。

 

 

「最低でもここを入着以上でないと、これ以上重賞レースに出走するのはほぼ不可能になる。だから、絶対に落とせない」

 

 

 クロクロはこくこくとうなづいた。これからある程度の成績を出さねば、というのはクロクロも学園から通達されている。二度と重賞レースに出れないなんて、そんなのはごめんだ。今度こそ、負けない。

 

 

「この京成杯に勝つ、少なくとも入着するための対策やトレーニングの話は前からしている通りだね。絶対に勝とう」

 

 

 トレーナーの声にも力がこもる。クロクロも力強くうなづいた。

 

 

「次に、ここに勝った後。しばらく、具体的には夏合宿が終わるまで、公式レースへの出走は一切ナシ。徹底的に強化する期間に入るよ」

 

 

 一月後半から八月の終わりまでが弧線で結ばれる。半年以上レースはお預けなことを知ったクロクロの耳が、しょんぼりと垂れる。

 

 

「落ち込む必要はないよ、お楽しみは後の方がいいでしょう?」

 

 

 クロクロの様子を見たトレーナーが、元気付けるようににっこりと笑いかけた。

 

 

「この強化期間の後。いよいよ、長距離レースへ出走。ファイナルズで長距離を走らせてもらえるような回数を走り、成績も残す。そうだね……GIIレースで二回以上三着以上に入着、またはGIのレースで一回以上三着以上に入着。それで準決勝にシードで出られるよ」

 

 

 GIか。クロクロは表の中の青い線の引かれた中からGII以上のレースを探す。

 

 

「菊花賞、アルゼンチン共和国杯、ステイヤーズステークス、有馬記念……で、しョウか?」

 

 

「今年中ならその四つだね。ファイナルズで長距離レースに出るなら出走回数を稼がなきゃいけないから、ファン数の足りなさそうな有馬記念以外の三つ。これ全部に出走するよ」

 

 

 有馬記念以外のレースの傍に黒丸が書き足された後、クロクロは首を傾げた。

 

 

「菊花賞ニはもット成績ガ良く無いト、出らレないノデは?」

 

 

 菊花賞の出走権は基本は応募者の中から成績順だ。ジュニアの成績もそれほど良くなく、クラシックに関しては半年間レースに出ないというのにどうやって菊花賞に出走するのか。

 

 

「菊花賞には優先出走枠がある。セントライト記念、または神戸新聞杯。この2つのGIIレースがトライアルになってて、このどちらかで三着以上だとほぼ確実に菊花賞に出走できるよ。長距離に慣れる、って意味で、より距離の長い神戸新聞杯に出走しよう」

 

 

 神戸新聞杯、たしか2400mだ。一応中距離に分類されているが、ほとんど長距離と言ってもいいレース。

 

「ただ、このレースがGI出走への切符ってことだから、それだけ周りのレベルも高いってことになるけど……」

 

 

 GIの前哨戦となるレースだ、相当にハイレベルな戦いとなることは想像に難くない。オマケに神戸新聞杯に出走する権利を得るためにさらにその他のレースで勝つ必要がある。険しい道であるが、しかし。

 

 

「勝たナきャ、アルブムニヴイスと戦エナい」

 

 

 そう、アルブムニヴイスは菊花賞に出走する可能性がとても高いのだ。

 ニヴイスは元々中距離路線のウマ娘だ。ジュニア級でこそマイルレースにばかり出走していたが、未勝利戦は中距離だった。本来は中距離の方が得意だというのはレース展開からも読み取れ、インタビューでも公言している。であれば、クラシック級からは中距離や長距離を中心としてくるだろう。

 中、長距離の有名なレースといえば、皐月賞と日本ダービー、そして菊花賞の三レース。クラシック三冠と呼ばれる三つのレース。ニヴイスなら、十分取れる。

 そして何より。

 

 

「アルブムニヴイスは、リベンジに来まス。必ズ」

 

 

 アルブムニヴイスはクロクロと戦うことを望んでいる。彼女のトレーナーは担当ウマ娘の意志を尊重する人だ。きっと、クロクロのもとに来てくれる。

 でなければ、クロクロに声をかけなかったはずだ。クロクロと並走などしなかったはずだ。

 きっと、この首を奪りにきてくれる。

 

 

「なら、絶対に負けるわけにはいかないね」

 

 

 トレーナーが力強く応えた。クロクロの胸は、10ヶ月後の菊花賞への期待で高鳴っている。もう一度、今度はGI、長距離で。

 

 もちろん、全力を発揮させるつもりなどない。クロクロは、クロクロの勝ち方で。全力でぶつかり合うなんてしない。勝てばいい。

 それを理解しているからこそ、アルブムニヴイスはあの時クロクロに名乗り、ライバルと、超えるべき壁としたのだ。

 走りでなく、レースで勝つ。

 

 

「ハい。次モ、ワタシが勝ちまス」

 




 ただし、それはときに、である。





 お気に入り、評価、感想等々ありがとうございます。引き継ぎ拙作をお楽しみいただければ幸いです。
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