ある日の学校帰り、今日は侑ちゃんは学校に残ってやることがあるというので私一人で帰っていた。私は手伝うつもりだったけど、侑ちゃんに「一人で大丈夫だから歩夢は先に帰ってていいよ」って言われちゃった。
一人で家に帰るのはとても久しぶりだなぁ。いつもは隣にいる人が隣にいないととても寂しく感じる。日常のふとした瞬間に自分の中で侑ちゃんがとても大きな存在になっていることを実感する。
でも、明日は同好会の練習の日だ。侑ちゃんとも同好会のみんなとも一緒に練習できる。楽しみだなぁ。今日は明日に備えてしっかりと休まなきゃ。
それは突然のことだった。
誰かにいきなり腕を掴まれ、路地裏に連れ込まれてしまった。連れ込まれた先には男の人が2人いて、その内の1人がナイフで私の制服を切り裂き、私を奥のほうへ突き飛ばした。
あまりにも突然のことで私は何もすることができなかった。状況を理解すると下卑た笑いを浮かべる2人が目に入りとてつもない恐怖が私を襲った。
誰か助けて!
そう叫びたくても恐怖で声が出ない。逃げたくても足が動かない。少しでも抵抗をと思い切り裂かれてあらわになった胸元を腕で隠すも、簡単にはがされてしまう。
男達の後ろには町ゆく人達が見える。けれど、誰も私のことに気付いてくれない。みんなただ通り過ぎていくだけ。
私を助けてくれる人はいないんだ。嫌でもそう認識させられる。目から涙がこぼれた。
私はこれからどうなるのだろうか。
犯される? こんな最低な男達に?
嫌だなぁ。そういうことは好きな人とだけしたかったなぁ。
そもそも、どうして私がこんな目に合わなくちゃいけないのだろうか。何も悪いことはしてないのに。ただ普通の生活をしていただけなのに。
考えれば考えるほど不条理なこの世界への怒りが湧いてくる。
男達の手が伸びてくる。
誰の助けも来ない。逃げようにも体が動かない。もうどうすることもできない。私はすでに諦めていた。
ごめんなさい、お母さん。
ごめんね、同好会のみんな。
ごめんね、侑ちゃん……。
ふと顔を上げると1人の男の人と目が合った。彼はこちらの状況に気付いている。けれど、助けに入ろうか迷っているように見える。彼はこのまま立ち去ってしまうかもしれない。そうなったら今度こそ私は終わりだ。
一縷の望みにかけ、震える唇をわずかに動かす。
た す け て
そう声にならない言葉を発すると、彼は覚悟を決めた顔になり私の元に駆け出してくれた。
私に夢中になっている1人の急所を後ろから蹴り上げて気絶させる。それに気付いたもう1人にも急所に正面からの蹴りをお見舞いさせて気絶させる。瞬殺だった。
「遅くなってごめんなさい」
彼は自分の上着とハンカチを渡してくれた。上着で胸元を隠し、ハンカチでぐちゃぐちゃになった顔を拭く。貸してもらった上着をよく見ると虹ヶ咲学園の制服だった。
「もしもし警察ですか?」
彼は男達をベルトで拘束して警察に連絡をしているようだった。
彼が電話をしている間、私を助けてくれた彼のことをじっくりと観察する。
すこしぼさぼさな黒髪。今は後ろを向いてるから顔は見えないけど、さっき見た感じではイケメンとはまではいかないけどそれなりに整った顔立ちだった。暗い中でもはっきりとわかるくらいの真っ赤な瞳だった。
身長は多分私と同じくらい。体つきも普通でスポーツなどをやっている感じには見えない。さっきまでの様子から喧嘩慣れしているようにも見えない。
どこにでもいる普通の人。そんな人が勇気を振り絞って私を助けに来てくれた。
嬉しい。彼がすごくかっこよく見える。多分これが吊り橋効果というものなのだろう。
「大丈夫でしたか? 怪我とかしてないですか?」
電話をし終えた彼が私の方を見る。彼が赤い双眸で私をとらえる。暗い中でその瞳で見つめられると少し怖くて顔を伏せてしまう。
「はい……大丈夫……です」
「そうですか、よかったです。もう少ししたら警察が来てくれると思うので待っててください」
そう言ったきり一言も発しない彼。
少しぶっきらぼうな彼。これが素なのか、それともあえてそう演じているのか私にはわからないけれど、必要以上に干渉してこない彼の態度が今はありがたかった。
あの後、私は彼と一緒に警察に連れていかれて事情聴取を受けた。彼は私より先に解放されたようで、私が終わった時にはすでにおらず、お礼を言うことができなかった。上着も返せてないし。せめて名前だけでも聞いておけばよかったなぁ……。でも、同じ学校みたいだしきっとまた会えるよね。せつ菜ちゃんなら名前とか所属学科とかもわかるだろうし。
「歩夢っ!!」
「侑ちゃんっ!」
侑ちゃんが私を迎えに来てくれた。侑ちゃんとまたこうやって会えたことが嬉しくて思わず駆け出してしまう。
「ごめん、ごめんね! 私が歩夢を1人にしたから!」
侑ちゃんが泣きながら抱き着いてくる。少し苦しいけど、侑ちゃんが本当に私を大事に思ってくれているのが伝わってくる。
「侑ちゃん、私は大丈夫だから。あんまり自分を責めないで」
侑ちゃんの涙を指で拭う。
「歩夢……」
「心配してくれてありがとう。でも、私は大丈夫だからね。いつも通り接してくれたら嬉しいな」
「……うん、わかったよ歩夢」
「ありがとう、侑ちゃん。もう帰ろっか。私お腹がすいちゃった」
「そうだね。私も急いで来たからお腹ペコペコだよ~」
私達は手をつないで家に帰った。絶対にお互いの手を離さないようにしっかりと握って。