放課後。
忌々しい生徒会長との約束の時間だ。まぁ、勝手に決められた約束なので当然行く気はないが。行ったところでどうせ怒られるだけだしな。とっとと逃げるに限る。
授業の合間にいくつも逃げる手段を考えたが、結局普段通りに帰るのが一番だという結論に至った。下手に動けばかえって目立ってしまう。目立つ行動をすれば生徒の多いこの学校だとすぐに噂になり、噂を聞き付けた生徒会長が俺を捕まえに来るだろう。
いつも通りのんびり帰り支度をする。あの生徒会長のことだ。俺が変な動きをしなければ生徒会室で俺のことを待ち続けるだろう。焦る必要はない。
「失礼しまーす。村上友紀君ってここにいますか?」
黒髪ツインテールの女の子が教室に入ってきた。リボンの色からして同じ2年生だな。
俺を探しているようだが、まさか生徒会の使いか? でも生徒会であんな子見たことないぞ。わざわざ生徒会と無関係の人間を差し向けて俺を騙すなんて手の込んだこと、あの生徒会長がするか? いや、あいつなら絶対自分自身で俺を捕まえに来るはずだ。彼女は多分別件で俺を探しに来たのだろう。それなら彼女から逃げる必要はないな。
「村上友紀は俺だけど」
そう答えると、彼女は微笑みを浮かべながら近寄ってくる。
「そっかそっか~。君が村上友紀君か~」
「何か用か?」
「ふふっ」
何か良いことでもあったのか彼女はずっと微笑みを浮かべている。心なしかいたずらを思いついた子供のようにも見える。
なんか嫌な予感がするな。早くこの場を立ち去ったほうがいいか。
だが、俺が逃げるより早く彼女は俺の手を掴んだ。
「えっと……この手は……?」
「ふふっ、村上君確保~」
「は?」
は?
「それじゃあ行こっか」
「どこにだよ」
「せ・い・と・か・い・し・つ♪」
満面の笑みで彼女は答える。可愛い。けど見惚れてる場合じゃないんだよなぁ……。
「なぁ、手離してほしいんだけど」
「ダメ。離したら逃げちゃうでしょ」
「ちっ、バレてるか」
結局誰かもわからない彼女に生徒会室まで連行されている。手は放してくれないし、かといって乱暴に振り払うわけにもいかないし。おまけに周りから注目を浴びてるし、特に男子からは恨みが籠った目で見られるし。
こんな可愛い子と手をつなげて羨ましいだろ、という意を込めてニヤリと笑うと殺意の籠った目で睨まれる。君たちにとっては羨ましいことなのかもしれないけどね、俺にとっては処刑台に連行される死刑囚の気分なんだよ。何も嬉しくないんだよ。君たちに俺の気持ちがわかるかい?わからないよなぁ。
「今更だけどお前は誰なんだ? 生徒会の人間じゃないだろ」
「私? 私は高咲侑、普通科の2年! お察しの通り生徒会には入ってないよ」
「だろうな。で、生徒会とは無関係の高咲が俺を捕まえに来る理由は?」
「頼まれたからかな。菜々ちゃんとは友達だから。私が選ばれた理由は……う~ん、よくわかんない。とにかく生徒会室に連れてきてほしいって言われて」
「さいですか」
わざわざ生徒会以外の人間に頼んだ理由は俺の警戒心を解くためか。高咲と生徒会長がどんな関係かは知らないが、人選としては間違っていないと思う。人畜無害そうな高咲に騙された。そこまで考えて高咲を選んだのかはわからないが。
だが、高咲が俺を捕まえに来たのは授業終了からそこそこ時間が経ってからだった。俺がすぐに逃げていた場合高咲が来ても教室に俺はいなかったはずだ。それにもかかわらず高咲がのんびり捕まえに来たということは、つまり俺のいつも通り作戦がすべて読まれていたということになる。
俺の考えがすべて見透かされてるみたいでなんか腹立つ。
「で、村上君はなんで生徒会に呼ばれてるの?」
「今朝生徒会長に怒られて、そのことでお説教するから来いって生徒会長が」
「お説教? 村上君何かしたの?」
「ただゲームしながら登校してただけなんだけどなぁ」
「もしかしてずっとスマホの画面を見ながら歩いてたの?」
「そうだけどなにか?」
「『なにか?』じゃないよ。危ないよ」
「そうか? 人が来ても足音で気付くし、車とか自転車ならなおさら気付いて避けられるだろ。今まで何回も気付いて避けてるし」
「今までは大丈夫でもこれからも大丈夫って保証はないじゃん。それに、もし車に気付かずに事故になったらどうするの? もしかしたら手が動かなくなって二度とゲームできない体になるかも」
「う~ん……それは困るなぁ」
俺の生きがいだし。ゲームがない生活なんて想像もできない。ゲームがない生活を送るくらいならいっそ死んだほうがマシだ。
「でしょ? だからもう歩きスマホはやめなよ」
「……そうだな。ゲームができなくなるのは困るし、仕方ない。やめるか、歩きスマホ」
生徒会長に言われたときは何も思わなかったが、高咲に言われるとやめるかとすっと思えるのは何故だろうか。生徒会長ほど高圧的じゃないからか? それともゲームができなくなると脅されたから? 多分後者だな。
「よかったよかった。これで安心だね」
「ああ。というわけで、もう帰ってもいい?」
「ダ~メ」
そんな~。
そんなこんなでとうとう生徒会室まで辿り着いてしまった。この扉の先には閻魔大王が待ち受けている。俺を裁く準備は万全に整えているはずだ。俺が落ちる先は灼熱地獄か、それとも他の地獄か。やべぇ、灼熱地獄以外なんも思い出せないわ。
「アハハ、村上君怖がりすぎ。私から村上君は改心したから軽めにしてあげてって言ってあげるから。菜々ちゃんも鬼じゃないし、きっと軽めにしてくれるよ」
「そうだな。鬼じゃなくて閻魔大王だもんな」
「……それ、絶対本人に言っちゃだめだよ……」
『コンコン』
「どうぞ」
「失礼します」
ちょい待ちちょい待ち、まだ俺覚悟決めてないんですけど!
「高咲さん。……と、村上さん」
「よう……。5年振りだな……」
「私は巨人ではありませんし、壁を壊した記憶もありませんが……。まぁ、そうですね。あえて言うなら8時間振りですね。逃げずに来ていただけたようで」
逃げなかったんじゃねぇ。逃げられなかったんだよ。
「……逃げなかった、というよりは逃げられなかった、の方が正しい気もしますが」
生徒会長は俺たちの手元を見ながら言う。高咲はいつまで手を握ってるんですかね。
「ああ、おかげさまでな。卑怯な手を使いやがって」
「村上さんなら高咲さんを無下にしないと思ったので。私の読み通りでしたね」
そう言った彼女はニヤリと笑う。
「あの、菜々ちゃん。村上君は私の説得で改心したから。だから怒るなら軽めにしてあげてほしい」
「なるほど、改心した、と。それは本当ですか?」
「ああ、本当だ。高咲に誓って嘘じゃない」
「えっ? 私?」
「そこは神に誓うのが普通では……? ……さてはあなたかなり余裕がありますね?」
いや、むしろ逆です。余裕がないからボケ続けるんです。
「……まぁ、高咲さんが言うからには本当なのでしょう」
高咲のおかげで信じてもらえた。ありがとう高咲。お前が人徳のある人間でよかったよ。あとそろそろ手離して。
「それにしても、高咲さんの説得で改心ですか。私のプラン通りですね」
「プラン通りだと?」
「何の事情も知らない高咲さんなら自然に説得できるだろうと思いまして。それに、高咲さんならここに来るまでに村上さんのから事情を聴いて説得するだろうとも思ったので高咲さんをあなたの元へ向かわせました。これがプランAです」
全部高咲任せのガバガバなプランじゃねぇか。
「ちなみにプランBは?」
「私の本気のお説教です」
一番怖いプランじゃん。
「プランCは?」
「このままだと事故で二度とゲームができない体になりますよ、と軽く脅すつもりでした。あなたにはこれが一番効果的かもしれないと思いまして」
高咲が使ったプランか。ちなみにめっちゃ効きました。
「ですが、いくら村上さん自身のためとはいえ脅すというのは気が引けたのでこのプランはあまり使いたくありませんでした。使わずに済んでよかったです」
俺の隣に素でプランCを実行したお方がいますが?
「高咲さんの優しい説得でよかったですね」
何を見て優しい説得って言ったんですか?
「で、改心したってことで帰っていいか?」
「いえ、まだダメです。改心したのは非常に良いことですが、今までの分の罰を村上さんに与えなければなりません」
「罰? お前の靴でも舐めればいいか? それともお前の椅子になればいいか?」
「私をなんだと思ってるんですか!! ……ゴホン。高咲さん、あなたはスクールアイドル同好会所属でしたね?」
「そうだよ」
「人員は足りていますか?」
えっ? まさか俺にスクールアイドル同好会の手伝いをしろと?
「人員なら足りてr……あ」
あ、ってなんだよ。今絶対足りてるって言おうとしたよな。
断れ! 断ってくれ! お前も俺なんかが同好会に入るの嫌だろ! 頼む高咲! 300円あげるから!
「人員は足りてないなぁ~。PVの撮影に練習メニューの作成でしょ? あとはライブ会場の設営もあるし、他にも仕事がた~くさん! 私1人じゃ全然足りないんだよ~」
高咲ーッ!
「決まりですね。村上友紀さん、あなたにはスクールアイドル同好会の手伝いを命じます」
お団子ヘアーのあの子と再会するかもしれないししないかもしれない。