7月31日 土曜日 夏休み10日目。
恵はいつもよりも少し大きなバックに、小分けしたコスメ用品、プリントアウトしたメインヒロインルートのアイデアメモ、それから紙袋に隠した替えの下着が万が一泊まりになった時のために入っている。
もちろん、恵は泊まる気なんてこれっぽっちも、まったく、ぜんぜんないというテイなわけだけど、帰るつもりはそれ以上になかった。
なにしろ、泊まらないといけない理由はいくらでも見つかる。ゲームが完成していないのだからしょうがない。一方で帰る理由は見つからない。
※※※
倫也はメインヒロインルートをほとんど書けないまま一日を過ごした。恵は幼馴染ルートを読み進めながら、表情差分や演出を赤ペンで書き込みながら過ごした。気が付けば日は沈み外が暗くなりはじめる。
「ねぇ倫也くん・・・今日は外で夕食いいかな?」
「ああ、うん?」
「なんか、もう日も暮れているし、準備するのを忘れてて・・・これから買い物いって準備するのもしんどいなって」
「うん。じゃあ、駅前まで行く?」
「いく」
倫也は腕を上に伸ばして背伸びをし、机の中の財布をポケットにいれた。恵も立ち上がって軽く体操をする。集中してノートPCに向かっていると体が固くなっている。それからエアコンを止めて、部屋の電気を消した。
※※※
「辛ネギチャーシュー麺!倫也くんは何にする?」
「えっと・・・みそで」
「あと、味噌ラーメン大盛と餃子二枚で!」
「いや、大盛頼んでないよ!?」
「あと、コーラ2つください」
「どうした・・・」
2人は人気のあるラーメン店に少し並んでから入った。カウンターに案内され座る。中は活気があり混んでいるし、外にも並んでいるお客がいた。
「・・・ちょっと仕事を終えたキャリアウーマン風にしてみたんだけど、どうかな?」
「どうかなって言われても」
「だいたい、倫也くんは人にイメージを押し付けすぎなんだと思うよ」
「イメージ?」
「うん。だからわたしはサンドイッチやパスタみたいのものを食べて、こういうラーメン屋でチャーシュー麺を頼まない・・・みたいな」
「ああ・・・確かにそうかもしれない」
「わたしはもちろん倫也くんのメインヒロインとしての振る舞いは心がけているつもりだよ。でもさー、それって倫也くんの趣味に合わせる女の子ってことだよね」
「・・・そうなるの?」
店員が瓶コーラを2本とコップを二つカウンターに置く。
恵がコーラを倫也のグラスに注ぐ。倫也も恵のグラスに注ぐ。
「かんぱーい」
「かんぱい」
恵はぐいっとコーラを飲み干し、「ぷはっー」と息を吐く。おっさんくさい。
「テンション高いよねぇ!?」
「そうかな?でも、しょうがないよ、今回のシナリオは」
「うーん。ボツにする?」
「それは最後までやってみないとわからないかな」
「そう・・・だな」
倫也がため息をつく。
餃子が2枚並ぶ。出てくるのが早い。次から次へと焼いているようだ。
「混んでるから、食べさせてあげないよ?」
「うん。恵、ちょっと楽しそうだな」
「そう?一仕事終えたからかな?やっぱり7月中にサブヒロインシナリオが完成したのは大きいと思うなぁ。だいぶ進行が楽になるし、あとは倫也くんがメインシナリオルートを書いてくれさえすれば」
「ああ、わかってる」
恵がポケットからヘアバンドを取り出す。そして肩まで伸びた髪を後ろで結った。恵はロゴのはいった水色のTシャツと白いスカートをはいている。夏らしい装いだけど、ラーメン屋にはあまり合わないかもしれない。
恵はしょうゆと酢とラー油で餃子のタレをつくる。倫也も自分で作る。
それから、はふはふっと熱い餃子を冷ましながら口にいれて食べている。
倫也はその様子をちょっと不思議そうに眺めていた。
「似合わないと思う?わたしが餃子食べている姿」
「そんなことはないよ」
「でも、ちょっと嫌そうにするよね?」
「それは誤解でしょ。ただ、ちょっと不安になるというか」
「恵らしくないなって?」
「メインヒロインらしくないって方が正しいかも」
「だから、それがイメージの押し付けなんじゃないかなっ」
語尾が高い。別に怒っているわけでもなさそうだけど、店の活気にあてられているのかしれない。
「へい、ラーメンお待ち。どっちが味噌?」
倫也が自分の方を示す。店員が倫也に味噌を恵に辛ネギチャーシュー麺を置く。
「すみません。ニンニクください」
この店はニンニクが無料だ。すぐに3かけらとニンニクをしぼる道具がでてくる。
「がっつりいくねぇ!?」
「うん。こういうのはね倫也くん。踏ん切りも大事なんじゃないかな」
「そうかもしれない・・・いただきます」
「いただきます」
恵はチャーシューと辛ネギを沈めていく。それからスープを一口だけレンゲをつかって飲み、チャーシューを一枚口にいれた。
倫也はのっている野菜を箸でつまんで食べる。それから野菜を沈める。
2人は黙々とラーメンと格闘でするように食べ始める。
「よし、この辺で・・・」
恵がニンニクを絞り器にいれて、ラーメンの中にいれる。それから有無をいわさず倫也のところにもニンニクを入れた。
倫也はため息をつく。別に味が変わるのが嫌なわけでもないし、ニンニクが嫌いなわけでもない。でも、この話の構成は、いったいなんだ?と、ちょっと不満だった。
恵は黙々と食べている。最後の1カケラのニンニクも半分ずつ入れた。時々髪の毛を気にしながら、ラーメンを黙々と食べている横顔は、確かにちょっとミスマッチに思う。美しい横顔なのに、ガツガツと食べている。
やがて2人は食べ終わる。そして会計を済ませて店をでた。
※※※
2人は並んで帰る。
「何時?」
恵が聞く。
「8時半ぐらい」
「ああ、やっぱりけっこう遅いね」
「ずいぶん集中してゲーム制作してたよね」
「そうだねぇー。なんか頭の中で立ち絵のコントが始まるんだよね。表情とか、演出とか・・・それでついつい最後までね」
「ははっ、もうすっかりプロじゃん」
「シナリオもそういう風にできているから、やっぱり倫也くんもそんな風に考えながら書いているのかなぁ・・・とか」
「多少は考えるけど、やっぱり作って組み上げてみないとわからないな。もちろん、恵ならこんな感じに作るかな?とか考えたりはするけど」
「うんうん。そういう場面だなってわかる時もあるよ」
2人がゲーム制作談義をしながら歩いている。幸せそうでなにより。
少し間をおいて、恵が今日のイベント内容にふれる。
「なんの映画みようかなぁー」
「希望するジャンルは?」
「実写」
「そこはアニメじゃないの!?」
「えっーだってぇ・・・、アニメだと倫也くん黙って見せてくれないじゃん」
「つい解説をだな・・・」
「たまにはのんびりと映画をみたいんだよ・・・」
「ジャンルは?」
「恋愛」
「へぇ・・・」
「おすすめある?」
「実写映画の恋愛ものなんて・・・見たことないんですけど!?」
「だよねぇ・・・」
「た・・・タイタニック?」
「古っ」
「セカチューもそうだっけ?」
「古っ」
「・・・ローマの休日」
「もうそれ・・・古典だよ・・・」
「じゃあ、恵は?」
「『youの腎臓が食べたい・・・とかかな?」
「それアニメだよねぇ!?」
「実写だよ?」
「えっー」
倫也が歩きながらスマホで調べる。
「ほんとだ。アニメも実写もある」
「ね?」
「じゃあ、見るか、「youの腎臓」」
「うん」
「アニメでなっ」
「実写でしょう?」
「でも、恵は実写で見たことあるんだろ?」
「・・・ないよ」
「今、嘘ついたよねぇ?」
「そんなことないよー」
恵が笑っている。
実写でもアニメでも、それはどうでもいいことだった。ジャンルだって別に気にしない。今から帰ってシャワーを浴びて、それから映画を見終わった頃には11時を過ぎて12時ぐらいになる。その時間になったら帰るよりは泊まったほうがよくなる。それだけのことだ。
※※※
恵が先にシャワーを浴びた。もってきた白い下着に替える。身に着けていた水色の服ややはり同系色の下着もネットにいれてから洗濯機に放り込む。あとで倫也がシャワーを終えたあとに一緒に洗ってしまう。
シャワーから浴びた恵は倫也から借りた部屋着を着る。白いTシャツと白のスラックス。どちらも柔らかい生地のものでパジャマとしても十分機能する。そろそろ自分用のパジャマを用意しようかと思っている。口実が難しい。
リビングに戻ると、照明が弱くつけてあり、TVには映画のタイトルが出たところで止めてある。ネットとつないで倫也が用意していた。
恵は頭に巻いているタオルを抑えながら、倫也にシャワーを浴び終わったことを伝える。倫也はうなずいて浴室に向かう。
倫也が浴室に入ったのを確認すると、恵は洗濯を始めた。それからドライヤーで頭を軽く乾かす。
※※※
「アニメ版なんだね」
「当然だな」
「そうかなぁ」
「演出にどんなインスピレーションを受けるか勉強しないとな」
「そういう問題なの?」
「さて、見るぞ」
倫也が再生を押す。
2人はTVの大画面を前にして、ソファーに並んで座っている。
恵は倫也の左に座っている。腕が少し触れるぐらいそばに寄り添っている。
倫也はそばのいる恵の石鹸の香りに鼻がくすぐられる・・・
「ふむ・・・匂うな・・・・」
「ん?」
「恵、ニンニク臭い・・・」
「ちょっと、倫也くん・・・あんまり側でしゃべらないでくれる」
「どうした?」
「倫也くんも、ニンニク臭いから」
2人が見つめ合っている。映画始まっている。2人ともあまり見る気がない。
「恵、ニンニクくさっ!」
「ええ、倫也くんには言われたくないよ!」
2人は見つめ合っている。それからお互いに顔を背けて、下を向いている。
「ふふふっ、倫也くん・・・これ、無理。ボツだよボツ」
「恵に任せる」
「はぁ・・・」
恵がため息を出す。もちろんニンニクくさい。
「やっぱ、あれだけニンニク喰うと歯を磨くくらいじゃダメだな」
「そうだねぇ・・・」
「恵、このわけのわからない状況を解説してくれ」
「やだよぉ・・・」
しょうがない。解説しよう。
ソファーに並んで暗い部屋で映画なんて見たら、隣いる好きな人と始めちゃうよね(何を?)。だから、ただのサークル仲間が建前の倫也と恵は自制心を働かせるために、ニンニクを大量に食べた。
・・・それだけのシナリオだ。
せっかくここまで作ったので続きがどうなるか、覗いてみよう。
「わたし・・・他の作家さんの元でちゃんとメインヒロインやりたい・・・」
「今回の連載はけっこうメインヒロインやっているように思えるけど?」
「そうかなぁ・・・」
「さ、続きするぞ」
「するの?」
「もちろんだ。ニンニクなんかに負けるな」
「そういう問題?」
倫也と恵は覚悟をして映画を見始めた。
「タイトルからすると、腎臓病のヒロイン?」
「うん」
「ヒロイン死んで、お涙ちょうだい系?」
「うん」
「置手紙とか読んじゃう?」
「読んじゃう。よくわかるね?」
「ほんと!?」
「うん」
「うわぁ・・・」
調べたらほんとだった。正直驚いた。
「まっ・・・映画の内容関係ないし」
「なぁ、恵・・・」
「何・・・倫也くん」
倫也が恵の肩に手をわなわなと震わせながらのせて抱き寄せる。
恵も身を任せて、倫也にもたれかかった。
恵が倫也の顔をじぃーと見つめる。顔が赤くなる。倫也も目を泳がせて緊張をする。
「倫也くん・・・」
「ん?」
恵がボツにしようと考えながら、瞳を潤ませながら最後のあざとい演技をする。
「くちゃい・・・」
・・・この後、滅茶苦茶フリスク食べた。
(了!)