8月2日 月曜日 夏休み12日目。
「恵先輩はどの色にします?」
出海がもってきたネイルアートセットの付け爪を見せている。
「えっと・・・やっぱりこういう淡い色がいいかな」
薄いピンクの付け爪を選ぶ。どうしたってこういう女の子らしいものを選びたくなる。なんだか最近あざといあざといと言われるが、純粋にこういう女の子らしい系統の色が好きだけである。
内心気にしている。
「じゃあ、ちょっと手を出してくださいね。手入れしますから」
出海は恵の爪をヤスリで形を整え、さらに表面を磨いていく。これだけでもずいぶんと綺麗になる。
「器用だね」
「工作とか得意ですから。ネイルアートなんかはそのまま絵画の従姉妹みたいなものですし」
出海が下地で爪をコーティングしていく。
倫也はデスクに座って、耳だけは会話に集中していた。
表面上は興味のないふりをしている。
「ほんと、波島ちゃんは上手だよねぇー」
ベッドの上であぐらをかいている美智留が言った。両手を顔の前に広げて爪を眺めている。美智留の爪は青系統の色で装飾されている。
「icy tail」の舞台衣装の話から派生している。4人全員がネイルアートを専門店で加工するとそれなりにコストがかかる。自費でもしょうがないかと迷っていた時に、出海は自分がやってみたいと提案があった。試しにネイルセットを買ってきてやってみると、思いのほか上手でみんなが満足した。
「icy tail」のマネージャーが倫也から伊織に移ると、いろんな細かいところにも気を回してくれるようになった。演出方法や売り出し方も参考になる意見をくれる。そのおかげで夏のライブも大成功を収めている。
出海も協力的で衣装や小道具を管理するようになった。このネイルアートセットもその一つというわけだ。もちろん経費で落としている。
「じゃあ、のせていきますよ」
「うん」
恵は少しドキドキしていた。自分だけで専門店に行くのは敷居が高い。やはり最初はこういうお遊びで「仕方なく」やってみるというのが大事だ。今回は出海の練習とう名目でやってもらっている。
出海はピンセットを使って綺麗に付け爪をのせていく。
「夏ですし、髪型も変えたらいかがですか?」
「髪型?」
恵の髪型は肩よりも少し長いくらいまで伸ばしている。夏の間は時間があるので髪を結ってオシャレをするのにはちょうどいい。
今日は後ろに一本の三つ編みにしている。髪型を変えると倫也の反応が気になる。直接、褒めるようなことはないが、嫌そうな顔をするので好みがわかる。
今日みたいな三つ編みにすると、さりげなく触ってきたり、軽く引っ張ったりする。子供っぽいところがある。
「高校生最後の夏ですよね?ちょっとこの時期だけパーマかけたり、染めたりする人いるじゃないですか、二学期になったらまた元に戻して」
「ああ、いるよねぇ。夏の間だけ冒険するような」
「そうです」
出海は爪をつけながら、話をしている。
「長いと手入れが大変じゃない?」
美智留が聞いた。
美智留は無精なので髪は短い。どうもオシャレをするという感覚がわからない。清潔で動きやすいのが大事だと思っている。
「美智留先輩は、それでいいんですよ。イメージと性格にぴったりじゃないですか」
「そう?ありがとー。出海ちゃん」
美智留はオシャレが嫌いなわけじゃない。ただ年頃の他の女の子みたいに夢中になれないだけだ。このネイルアートもやってみれば面白いし、興味深い。でも自分からやってみようとは思わなかっただろう。
「恵先輩は黒い髪をロングにすると、嫉妬深い性格が反映されているみたいでよくないですよ?」
「あの・・・出海ちゃん?」
「別に恵先輩が嫉妬深いといっているわけじゃないですよ?」
「・・・そう」
実際、そんな気がして髪を元のように短くした。でもまた伸ばしている。
「で、せっかく伸ばしたし、切ってしまうのはもったいないじゃないですか?そこで、少し明るくカラーして、ゆるふわパーマなんかしたら、軽くなっていいんじゃないですかね?」
デスクで倫也が首をふっている。やめてくれと思っていた。いざとなったら止めようと思っている。正統派ヒロインは黒髪ロング、これは譲れない。
恵はメインヒロインなので茶髪にパーマなんてとんでもない。
「パーマねぇ・・・」
実はちょっと興味がある。でも悪目立ちはしたくない。ステルス性能も下がる。
パーマをするには何か大きな口実がいる。
出海はネイルを取り付けている。
「もしかして、倫也先輩の許可が必要とか?」
「別に、そんなことはないけど・・・」
許可はしてくれそうにないなと思った。何しろポニーテールにしただけでも文句いってきたのだ、そのあと散々、人の髪を触っていたが。
「どうですか?倫也先輩?」
倫也は話を振られて困った。止めるなら今だ。
「恵はメインヒロインだからなぁ・・・設定替えたら困るでしょ?」
「誰がですか?」
「出海ちゃんは絵を描く時にモデルのイメージが変わっても困らない?」
「別に困りませんけど・・・恵先輩のデッサンならたくさんしましたし・・・」
「あっそう・・・」
「シナリオ書くのに困るんですか?」
「いや・・・」
そもそも髪型変えても変えなくても、シナリオがかけていない。
※※※
「恵先輩。次はデコしていきますよ」
出海が小分けされているプラスチックケースをあける。中にはこまごまとしたものが色々はいっている。
「あんまりゴテゴテしたくないかな」
「そうですね。両手の薬指だけとかにします?」
「うん」
「やっぱり、こういう花柄がいいですかねぇ?」
「そうだねぇ」
「桜の季節じゃないですよね。この花びらなんて可愛いんですけど」
「うんうん」
ピンセットでつまむような小さいものを2人で眺めている。
2人で話ながら、乗せていくものを横にとりわける。
「あと、少しラメできらきらにしますよ」
「ぜんぶ?」
「爪の下のほうに少しずつやると統一性がでますけど、薬指だけでもいいですよ」
「とりあえず薬指だけでお願いできる?」
「はい」
出海がピンセットで手際よくデコレートしていく。
「器用だねー」
「子供の頃からGペン使っているから、指が少し器用なんですかね。よくわかりませんけど」
「Gペン?」
「恵先輩、Gペン知らないんですか!?」
「聞いたことぐらいはあるけれど・・・マンガ描く道具だよね?」
「そうです。あれって、筆圧で線の強弱をつけるのでけっこう難しいんです。プロのマンガ家はGペン使いこなさないとダメみたいな」
「へぇー」
そうこうしているうちにネイルが完成した。
「少しじっとしていてください。すぐに乾いて安定しますから」
「うん」
「で、髪型はどうします?」
「うーん」
恵と出海が倫也の方を見る。倫也は知らん顔をしている。
「あと、服装もですよね。今日みたいに緑のシャツだと地味ですね」
「今日は地味目にしてみたんだよ。髪も三つ編みにして」
恵のシャツは緑のシャツは同系色のチェック柄になっている。白いボタンで特徴が特にない。これで黒メガネでもかれば、倫也のいう地味な子は地味という個性を持っているということになる。
「服もウィッグもうちにありますし、少しコスプレします?」
「コスプレ!?」
聞き耳を立てていた倫也の耳も赤くなる。ちょっとみてみたい。
「いきなりパーマかけるよりも、カツラかぶって雰囲気みた方がいいと思いますし」
「どうしよ」
恵は1人で決められない。
「あとはアプリでヘアスタイル変えてみますか?」
出海がスマホで恵の写真を撮る。そして髪型を変えていく。
美智留もベッドから降りて、恵をはさむように3人で座った。
それから、やいやい、わいわい言いながら3人で盛り上がっている。
倫也は画像が見られないので、ちょっとつまらない。イスから立ち上がって、部屋をでていった。
「怒りましたかね?」
「そんなことでは怒らないとは思うけど・・・」
「トモはああみえて、けっこう頑固だからなー」
「彼氏ができると髪型一つでも大変ですねー」
「いや、ただのメインヒロインなんだけどね」
「じゃあ、恵先輩にとって倫也先輩はなんなんですか?」
「サークル代表?」
「へぇ・・・」
「で、加藤ちゃんはトモの意見に従うの?」
「それは・・・」
しばらくして、倫也が戻ってきた。トレイの上に4つのコーラが乗っている。
「休憩」
倫也もテーブルに座った。
「で、倫也先輩、結論でました?」
「なんの?」
「恵先輩がパーマをかけることですよ」
「もちろん却下だ」
「それって、どんな立場から却下できるんです?」
「サークル代表としてでしょ。作っているゲームのモデルが突然イメージ変わったらまずいよね。」
「じゃあ、恵先輩の気持ちはどうなるんです?」
「だって、恵はサークル副代表で、メインヒロインだよ?それが髪型かえたらまずいことぐらいわかるよね?」
「どうですか、恵先輩?」
恵はコーラを飲んでいる。自分の手元を見る。綺麗なネイルアートだ。見ているだけで楽しい気分になる。確かにここでイメチェンするのもいいかもしれない。それが普通の高校生の女の子なら・・・
でも、メインヒロインのイメージから離れていくってことは・・・倫也くんに嫌われていくってことなんだろうか?ちょっとよくわからない。
「サークル代表がメインヒロインをどう思おうが知らない。でも、倫也くんがわたしをどう思っているかは気になるかな?」
恵がじっと倫也をまっすぐ見つめる。
うん、言い訳はいらない。ゲームのシナリオとか、メインヒロインのイメージとか、もっというなら、加藤恵はこうあるべきとか、そんなのどうでもいい。
恵がパーマをかけることについて倫也がどう思うかが大事なのだ。
「・・・だそうですよ、倫也先輩」
「・・・」
「だってさ、トモ。ちゃんと言わないとわからないこともあるよ。嫌なら嫌でしょうがないし」
「別に嫌じゃないからね!?」
「そうなんですかー。だったらいいじゃないですか」
「よくないよ」
「なんなんですかー?」
出海にはわけがわからない。
こうなってくるとムキになってしまう。恵がパーマをかけたら絶対に可愛いに決まっている。
倫也と恵が正座して対面している。緊張が走る。
「ごめん。倫也くん」
「ああ」
「ちょっと、こんな風に重い雰囲気になるとは思わなかった」
「それはしょがない」
「そんなに髪型にこだわる?」
「髪型ってキャラクターそのものだよね!?」
「そうかな」
「だって、青髪ショートカットにした英梨々とか、誰?ってなるでしょう!?」
「なんで、そこで突然『英梨々』の名前をだすかなー」
「コホン・・・だからな、恵。与えられた容姿はそんなに簡単に変えたらダメだよ、例えばヒロインが何らかの決意で髪の毛を短くする時はある」
「ジブリによくあるやつだね」
「うん。そういう演出はしかたない。でも、普段はその個性を大事にしないと」
「あのさ、わたしが聞きたいのはそういう一般論じゃないないんだけど?」
倫也としては分が悪い。恵に対してどう思っているかを口にしたら、それはもう告白以外の何物でもない。それができるなら、こんな周りくどいサークル活動をしてゲーム作りを口実になんてしない。
・・・話をそらそう。それで乗り切ろうと考えた。
「お前の衣装。毎日変えているよな?」
「うん。悪い?」
倫也がコーラを一口飲む。
「メインヒロインに衣装は大事だ。これだって個性だ。それを・・・毎日を買ってきて経費で落とすのはどうかと思うよ!?」
「・・・」
恵は動揺もせず、顔を赤らめもせず、かといって怒りもせず。フラットのままコーラを飲む。
「ねぇ、倫也くん、それがオチ?」努めて冷静なトーンで聞き返す。
「・・・だめ?」倫也に嫌な予感が走る。金の話題で恵(妻)に勝てた記憶がない。
「別にダメじゃないけど・・・そう・・・ふーん」
恵は無表情のまま、倫也をじっと見つめている。
「えっと・・・恵?・・・楽しいバカげたオチで終わらせる・・・はずじゃ?」
「あのさ、倫也くん、わたしのこと芸人か何かだと思ってる?」
「えっ?」
「わたしだってね、一生懸命メインヒロインをやろうと努力しているつもりだよ。試行錯誤だってしている。下手くそかもしれない、納得できないかもしれない。でもさ、もう少し普通に女の子として扱ってほしいよ」
「ごめん」
「それを何?経費って?せっかくコツコツ調べながら衣装を変えているのに、そういうこというんだ?だったらいいよ、請求書返して?」
「いや・・・そんなつもりは」
「請求書。今すぐ返して、自腹でやるから」
「あのさ、恵。ごめん」
倫也が土下座する。あれ、何か悪い事したっけ?
「謝るぐらいなら、最初から言わない方がいいと思うんだけどなっ」
「・・・そうだな」
「メインヒロインの衣装だよ。必要経費だよね?」
「・・・そうなの?」
「そうなの」
恵が立ち上がって、バックから領収書の山を取り出す。
「これ、先月の衣装代だから」
「それ、同じオチだよねぇ!?」倫也がため息をついた。
恵が横を向いて顔を赤らめる。
髪型は変えない。でも、衣装代は経費で落とす。
これでギブアンドテイクだということで倫也と話をつけた。
「美智留先輩・・・なんなんです?この寸劇?」
「さぁ・・・」
「もう、わたしフロリダ」と言って出海が部屋を出ていった
「じゃ・・・あたしは・・・ゆるらふぃー・・・」といって、美智留がでてく。
※ 補注 フロリダ ・・・ 風呂で離脱
※ 補注 ゆるらふぃー ・・・ ゆりらふぃーの言い間違い ギャル語で検索したら一番上にでてきた。意味はしらん。
「・・・倫也くん」
「・・・はい」
「こんなテーマにするから、迷走するんだよ」
「・・・だな」
「そんなネットで検索した付け焼刃でできるわけないよっ」
「そこを恵のあざとさでなんとか・・・」
「できることと、できないことがあると思うんだけど」
「このシナリオの出来は?」
「ちょ・・・チョベリバ」
両手で顔を抑えて恵は俯いた。
今時のギャルのことなんてわかる由もない。
(了)