8月5日 木曜日 夏休み15日目。
夜の8時を過ぎた頃、倫也と恵は家に戻ってきた。
この日、2人は午後に待ち合わせをして池袋の街を散策し、家で過ごすときの部屋着を買い、一緒に夕食を食べ、そして・・・今にいたる。
「ただいまぁ・・・って、あのね、倫也くん・・・」
「んっ?どうした恵?」
「結局、家の中じゃん!」
「くすくすっ」
「何笑ってんのかなー」
「だって・・・恵・・・おかしい所に気が付いてない」
「えっ?」
恵は買ってきた荷物をリビングのソファーの上に置き、疲れた様子で座った。
倫也は冷蔵庫の麦茶をグラスに注ぎ、1つを恵に渡す。
「おかしなところ?」
「うん」
恵が考えながらグラスに口をつけ、一口飲む。
今日はデートだったので、白いワンピースにピンクのサマーカーディガンを着ている。
物語は始まったばかりで、何かミスをした覚えはない。
「ただいまがおかしかったかなぁ」
「まぁ、それもあるかもしれないけど・・・」
倫也はおかしそうに笑っている。
「いやな感じ・・・」
「ごめんごめん。で、今は何がしたい?」
「そうだなー」
恵は指を1本立てて口に当てて、上を向いて考える。
「シャワー浴びたいかなぁ。屋内が多かったけどけっこう歩いたし、汗がべったりで・・・まずはさっぱりしたいかな」
「ふむ」
「とりあえず、シャワー浴びてきたら?」
「そうしようかな・・・部屋着貸してね・・・って、買ってきたね」
「うん」
「それで?何がおかしいの?」
「だから、とりあえずシャワー浴びてきたら?」
「・・・うん」
恵は買ってきた袋の一つを開けて、淡いブルーのレディース用ルームウェアを取り出す。
倫也は立ち上がってキッチンからハサミをもってきて、恵に渡すと、恵はハサミでタグを切り取った。
「ふあぁ・・・あっ」
恵が大きなあくびをした。ルームウェアと袋を開けずに手にもっている。こちらは新しい下着が入っている。
倫也は階段を上がっていった。
恵はサマーカーディガンを脱いで、軽くたたんで置く。それからワンピースのボタンを一つずつ外して、スカートの裾を両手持つと、まくるようにして頭から脱いだ。そのワンピースはそのまま洗濯機の中にいれる。そこで描写に気が付いてNGを出す。残念。
※※※
倫也は部屋でノートPCを立ち上げて、出海からの画像を受け取り、感想を返信する。
美智留のサンプルも届いていた。icy-tailのツイッターもチェックして『いいね』ボタンを押し、詩羽や英梨々から届いたメールにも返信を書く。
相変わらず、メインシナリオルートは捗らないが、それでも恵の協力もあって日常パートが埋まっていく。
恋人になっていくのは大変で、『転』のないまま話が進む。それは恵が望んだシナリオの構成で、それに従い少し冗長で退屈な物語が紡がれている。
※※※
そうこうしている内に恵がシャワーを浴び終わったようで、階段を上がってくる音がする。
倫也の部屋のドアが、コンッコンッ、と二度ノックされた。
「どうぞ」
と、倫也がいった。恵は家に来て最初に部屋に入る時だけはノックをする。突然開けるはやっぱり失礼だからだ。その後の出入りではノックはしない。今日は初めて部屋に入るのでノックをしたわけだけど・・・緊張しているせいもある。
ドアがガチャリと開いて、恵が顔だけをのぞかせる。髪は完全に乾かしていないから、少し重たそうに下にまっすぐ伸びている。
「はいるよ」
「うん」
恵が部屋に入ってきた。
倫也も恵も少し顔を赤らめている。新しい服はやはり緊張するものだ。
恵の最初のルームウェアは、少し淡いブルーでグレーにも近い色だ。夏らしい爽やかな色で軽い感じがする。カップ着きのワンピースで腕の袖はない。ウエストあたりからスカートになっていて、全体的にゆったりとしている。スカート部分の丈長く、恵の細いスネが少し見える程度で、可愛い脚の指がその下に並んでいる。
「どうかな?」
少し顔を傾けて、恵が聞く。
「いいんじゃね?」と倫也は照れを隠して答える。
それから、恵はくるっと廻った。スカートが少し遅れて回転する。
「うん」
納得したように口元で笑みを作る。
「じゃ、俺もシャワー浴びてくるから」
「いってらっしゃい」
恵はベッドに腰を下ろした。
倫也が部屋をでていく。
恵が時計を見ると8時半を過ぎていた。
ここから、映画を見るか、ゲームでもするか、それともトランプでもするか・・・でも、何かをするような気分には慣れない。一日歩いていて疲れている。それに昨日は緊張してあまり眠れなかった。
このまま部屋でアニメ作品でもみながら倫也の解説でも聞くのが一番気楽な気がしていた。
そしたら、時間が過ぎて・・・終電がなくなり・・・
「ああ、そういうことか」
恵はやっと気が付いた。
今日は木曜日で平日だ。夏休みなので毎日が休みだけど、一応のけじめはつけている。そうしないと夏休みの間中、倫也の家に泊まることになってしまう。そうなると同棲状態だ。だから恵は毎日ちゃんと帰っている。
本来なら池袋でデートして、どちらかの最寄り駅でお別れのはずだ。そこでさよならをして一日が無事に終わる。何もわざわざ帰るのに、こんな夜に倫也の家に来る理由がない。
当然のように倫也の家まで持って帰ってきてしまったが、荷物だけ倫也が持って帰れば済む話だ。
「うーん」
恵は倫也のベッドに仰向けに寝転がった。
もうすっかり見慣れた天井を見る。
(うん、帰ろう)
恵は理性をフル動員させて、けじめをつけて帰ることにした。
そしてベッドから起き上がり、自分のかっこうを見る。ワンピースタイプのルームウェアで別に外にでてもそこまではおかしくはない。近所のコンビンなら全然いけてしまえるものだ。
でも、電車に乗って家に帰るには抵抗がある。そもそも着替えた状態で家に戻るってどうなんだろう?と考えてしまう。
なので、家に帰るためには着ていた白いワンピースをまた着ないといけない。
(そうすると、あの汗を吸った服をもう一度着ることになるか・・・)
恵は足をパタパタさせた。
結論がでた。いい言い訳があることに気が付いたのだ。
(もう、洗濯機に入れてしまったし、仕方ないよね)
恵は口元をニヤニヤさせてしまう。
そうと決まったら、家に連絡をいれて泊まることを伝えないといけない。心配はかけられない。
恵はベッドから起き上がって、リビングに置いてある荷物を取りに行った。そこにケータイもある。それから、袋から服を出してタグを取った。
「ずいぶんご機嫌だな」
倫也が部屋にはいってきていた。男の子なのでシャワーが早い。ほんとに体を洗っているのか心配になるレベルだ。恵はちょっと驚く。
「ねぇ、倫也くん・・・ちゃんと洗ってる?」
「もちろん」
「早いなぁ・・・」
「むしろ、女の子がどうしてあんなに時間かかるのか、それの方が不思議だよ」
「女の子?」
「・・・いや、恵が」
「ふむ」
恵がタグを取った服を折りたたむ。全部で3着も買ってしまった。下着も2セット買った。
「これ、どこに置こう?」
「洋服箪笥を一段開けようか?」
「えっー、倫也くんと一緒のところ・・・」
「いやなら美智留のところがあるけど」
「美智留さんのか・・・なるほど」
美智留は以前、少しの間住んでいたのでそのまま着替えがいくつか置きっぱなしだ。しばしば泊まりに来るし、その方が本人も楽らしい。
「じゃあ、そうしようかな」
「うん」
2人は隣の部屋の美智留が使っている箪笥を開ける。ぐっちゃりと着替えが押し込まれている。恵はため息をつく。たためばだいぶスペースができそうだった。
「ちょっとこれは・・・整理する時間が必要だよ、倫也くん」
「・・・そうだな」
夏物も冬物も置いてある。
「わざわざ買わなくても、美智留さんのものを使えばよかったのでは・・・」
「・・・そうだな」
あまり考えてはいけない。
「明日、片付けるよ・・・」
「・・・そうだな」
恵はとりあえず買ってきたものを倫也の部屋に持ち帰り、部屋の隅に置いた。
買ってきた服の間に新しい下着が隠してある。
「でね、倫也くん・・・気が付いたよ」
「うん?」
「わたし・・・ここにいたらおかしいんだね?」
「はははっ。もう遅いし普通は家に帰った方が自然だと思うけど」
「じゃあ、どうして電車で教えてくれなかったの」
「あまりにも自然に恵が一緒に降りようとしたし・・・それに・・・」
「それに?」
倫也はちょっと目を泳がせる。隣に座っている恵の顔を見る。
恵の髪が乾ききっていないから、少し纏まっている。
胸元がV字カットなので、目がそっちにいってしまう。目線がばれると恥ずかしいので目をそらす。
「それにさ・・・はやく、見たかったし」
「ん?」
「恵の新しいルームウェア姿がさ。早くみたかったんだ・・・」
恵の顔も赤くなる。
それから小さくうなずく。
(うん、わたしも早く見てもらいたかったんだ)
とは、口に出して言えず、下を向いて必死に顔をフラットにしようと無駄な努力をしていた。
(了)