8月7日 土曜日 夏休み17日目。
朝から恵は悩ましかった。今日は土曜日でお泊りする日だ。
着替えは倫也の家に用意したとはいえ、小分けしたコスメセットをはじめ、いつもよりは荷物がかさばる。
これからアキバに倫也とノートPCを買いに行くことを考えると荷物をあまり重たくはしたくない、きっとアキバの街をたくさん歩くに違いないからだ。
さらに悩ましいことに、衣装の問題もある。
デートイベントなら白地にピンクのサマーカーディガンを合わせて、メインヒロインを意識していればいいと思ったが、木、金と二日間着ている。さすがに今日も着るのは避けたい。
だいたいノートPCの壊れるタイミングが悪い。あまり考えていないシナリオ構成のせいだ。
そういうわけで、昨日の夜から本日の衣装を考えなければならず・・・決められずにいた。
(ピンクのワンピースにするか・・・、でもアキバだしなぁ・・・スニーカーで歩きやすい方がいいだろうし、そしたらスラックスの方がいいかなぁ)
手にチノパンのワイドパンツを取る。色は明るい茶色だ。これにロゴ入りの白いTシャツを合わせる。これに白い帽子を合わせれば、まぁ大丈夫そうだ。あとは髪型。結わないとちょっと重たい。いぜん出海がいったように少しカラーしておけば、こういう服装にも合うだろうけど・・・。仕方がないのでサイドポニーテールにする。
鏡の前でポーズをとる。うん。と、自分でうなずいた。
それからLINEで倫也の家に寄って行くことを報告する。荷物を減らしたい。
※※※
倫也の家で一緒に昼食を取り、それからアキバに向かった。
倫也の案内で最初はヨドバシで最新モデルをみる。性能は気にせずに見た目とタイピングのしやすさを確認し、それからアキバの街のPCショップを巡った。
倫也はゲーミングPCの話題で店員と盛り上がっている。
恵も高価なキーボードを試して、使い心地の良さを知り欲しくなった。ノートPCに外付けできるが・・・かさばるので悩ましい。
購入するPCが決まると、すぐには買わずにそれからアキバの街を倫也と散策する。何しろオタクショップが並んでいる。倫也が一つ一つの店の特徴を説明したり、中のアニメ作品を語ったり、フィギュアを眺めては購入に迷ったりしていた。恵はある程度まで話を聞いていたがどれも同じような作品に見える。何が違うのかだんだんわからなくなる。
「あと、どれくらい店を周るつもり?」
「まだ駅前だけじゃん?」
「もう少し違う感じの店はないの?」
「それなら・・・」
と、倫也が少し歩いて武器屋に連れていく。ファンジー世界のようで恵は驚いた。さすがアキバだ。武器屋があるとは思いもしなかった。
すぐ近くのミスドで休憩をはさみ、ガチャポンのたくさん並んでいる店にいく。確かにさっきまでのオタクの店とは毛色が違くて面白い。いくつかのガチャガチャをついつい回してしまう。このくだらない海洋深海生物をどうしたらいいのか、いざ手にしてみると悩ましい。
「ねぇ倫也くん。わかっていたことなんだけど・・・もしかして一日いても飽きない?」
「当然でしょ!?住みたいぐらい」
「だよねぇ・・・」
アキバの街について3時間を超える。途中、休憩しているとはいえ、恵は疲れてきていた。
「そうだな、裏通りの雑居ビルのテナントをいくつか見たら、PC買って帰るか」
「うん」
雑居ビルに入っているオタクショップも似たり寄ったりな気がする。ただ、新品を扱っている店と中古を扱っている店があることがだんだんと分かってきた。
倫也の家にあったゲームキャラが商品化されたものをみると、なんだか親しみを感じる。男性キャラクターも多く、見た目から性格がなんとなくわかる。
この手の作品が好きになると腐女子と呼ばれることも知っている。英梨々や出海にきけばおすすめを教えてくれそうだ。
倫也が店を巡っている間も、恵はなんとか時間をつぶせるようになってきていた。
※※※
帰りの電車に並んで座っている。恵は少しぐったりして倫也にもたれかかっている。
「こうやって・・・彼氏色に染まっていくんだね」
「・・・彼氏色?」
「あんまり気にしないで、鈍感主人公くん」
「はははっ、でもさ、俺らの作るゲームの客層が作った街だと考えたら、無視することもできないだろ。学べることはいっぱいあったと思うけど」
「せっかくコツコツと覚えた英単語が抜けていっただけだと思う・・・」
「ひねてるねぇ・・・楽しくなかった?」
「そんなことない・・・ちょっと・・・倫也くん」
「ん・・・?」
「少し休ませて」
恵が倫也にもたれかかったまま目を閉じた。デートの前日は上手く寝付けない。
※※※
5時を過ぎた頃に倫也の家に到着した。玄関の鍵が開いている。中には靴があり美智留がいることがわかる。
「ただいまー」「ただいまっ・・・」
2人が玄関で靴を脱ぎ、リビングに行くと冷房がきいている部屋に美智留がいた。
「よっ。トモ。加藤ちゃん」
ソファーの上にあぐらをかいたまま振り向いて手をあげる。
「どうした?」
「いやー、まーた親父とケンカしちゃって。今日は泊まっていくから!」
「・・・おうぅ」
「そうそう、加藤ちゃん。冷蔵庫に食材買ってきたんだけど、豚の生姜焼き作れるかな?」
「ん?」
恵が荷物を置きながらソファーに座る。
倫也も荷物を脇においてから、キッチンで麦茶をグラスにいれて、1つを恵に渡し、隣に座った。
「豚のスライス買ってきたから、あとで作ってよ。加藤ちゃんの料理おいしいし」
「うん」
「美智留。俺らでかけてて疲れているから出前とかじゃダメか?」
「別にいいけど」
「いいよ、倫也くん。せっかくだし何か作るよ」
「そう?」
「で、2人はどこに行ってきたのさー?」
美智留はマイペースに会話を進める。
恵はよいしょと立ち上がって、冷蔵庫を確認する。いろいろと食材を買い込んできてくれたようだ。お米を水につけ、晩御飯の準備を始める。ふぅーと息を吐く。なんだか今日は忙しい。
倫也は一段落すると部屋に戻って、新しいPCのセットアップをする。恵が使っていたものと同じようにアプリをダウンロードし、不要なファイルは消す。ウイルス対策ソフトをインストールし、クラウドへのショートカットも作る。
制作中のゲームを保存し、スクリプトのアプリも起動して動作を確認した。
これでだいたい元通りだ。
それから下に降りると、美智留もキッチンで手伝っている。女の子2人がキッチンにいると華やかである。
「何か手伝おうか?」
倫也が声をかけたが、恵は「座っていて」という。美智留もいてキッチンが狭い。
※※※
3人で食事を始める。
美智留がよくしゃべる。父親と喧嘩したくだらない理由をぷんぷんと怒りながら説明する。その都度、ぼそぼそと恵がつっこんでいる。倫也は2人のやり取りを聞いていた。
「えっ?美智留さん泊まっていくの?」
「うん。だって帰りにくいし・・・」
「そう・・・だってさ、倫也くん」
恵が倫也を睨む。
「だってさー、加藤ちゃん。あたしだって別に2人の邪魔をしたいわけじゃないんだよ?でもさー」
美智留がどこからともなく、レポート用紙を机の上に、バンッ!と置いた。
これは『いちゃいちゃするに決まってるんだろ take2』のボツ原稿の山だ。
「あたしがいないと、2人が一線超えちゃうじゃん!」
恵の顔が赤くなり、下をむく。
倫也は努めて冷静に御飯を一口食べた。
「自制心をもって、キス未満のいちゃいちゃを表現するのは、もう好きにしてくれとあたしは思うけれど・・・自制心がきかないなら、抑止力が必要でしょ?」
「・・・だってさ、倫也くん」
「・・・そうだな・・・」
美智留は豚の生姜焼きをもぐもぐと食べている。
「おいしいよ。加藤ちゃん」
「・・・ありがと」
恵はそのあと無言で黙々と食べた。
※※※
恵が箪笥の前で迷っている。
今日は買ってきたピンクのネグリジェを着る予定だった。それで『いちゃいちゃ2』のシナリオを作成するはずだった・・・
が、美智留による抑止力がある以上はできそうもない。三つ目の部屋着を持ってバスルームに向かった。
倫也の部屋で倫也と美智留が話をしている。
「でもさー、ほんとにこのままでいいのー?」
「ああ・・・別に問題ない」
「自制心もたないんじゃないの?」
「・・・そうだな」
「で、どうすんの?あたしだって毎日2人の邪魔するためだけにいるのなんて嫌だよ?」
「・・・そうだな」
「出海ちゃんには酷な役だと思うよー」
「・・・そうだな」
「トモ、さっきからそうだなしか、言ってないぞ」
「仕方ないよね!?どうすればいいの?もう物語はじまちゃったし、18話まで作ってしまったんだよ?」
「でもさ、澤村ちゃんとの物語はもっと作ってたじゃん・・・」
「わっ!わっ!それは言わないで・・・」
「かわいそー」
「・・・」
「まっ、澤村ちゃんのことは置いといてもさ。この物語の設定に無理があると思うけどなー」
「だよな」
「だいたい高校生が毎日遊びに来ていて、時には泊まっているのに、『何もない』なんてあるかなー」
「そこが、倫理君って呼ばれる理由だからっ!」
「そうだ。いっそうのこと、トモがすっきりしてしまったらどうだろう?」
「すっきり?」
「あたしとHしちゃえばいいんだよ。そしたら加藤ちゃんに変な気を起こさなくなるんじゃないの?」
「それ、本末転倒だから!」
部屋の扉がガチャリと開いた。
禍々しい黒いオーラを纏った、風呂上りの恵が立っている。目は漆黒で2人を見下ろしていた。
「よっ、加藤ちゃん」
美智留は明るく声をかける。
「あの・・・美智留さん?今、変な提案しなかった?」
「冗談だよ冗談。ちゃんと加藤ちゃんとトモが理性を総動員させて物語を完結させれば、あたしの出る幕はないんだから」
「そう」
恵が冷たく言う。
「さて、あたしもシャワー浴びてこようっと」
美智留が立ちあがって、部屋から出ていった。
恵がバスタオルで頭を拭きながら、ベッドに座る。まだ機嫌が悪い。
「その服も似合ってるよ」
倫也が声をかける。新しいルームウェアだ。
黒の上下のルームウェアは黄色のラインが縦にはいったワイドタイプのスラックスと、半袖のシャツで白文字のロゴが入っている。近所をランニングしてもおかしくないようなスポーティーなイメージのもので動きやすそうに見える。
恵は褒められても不機嫌に倫也を見ている。
「えっと・・・PCセットアップしたから、見てくれる?」
倫也がノートPCを立ち上げる。
恵はベッドの上から見ていて、返事をしない。
倫也が一生懸命、説明する。画面上は以前のノートPCと変わらないように見えた。
「どう、何か質問ある?」
「うん」
「なに?」
「今日、いちゃいちゃするの?」
「えっ・・・」
「ごめん。他にすべき質問がわからなかったんだけど」
倫也が答えられずにいると、恵は髪を乾かしに部屋からでていった。
※※※
夜なので美智留はギターを弾けないから、鼻歌を歌っている。倫也のサブヒロインのシナリオを読みながら、わからないことを質問したり、感情について議論したりする。
ゲームミュージックの制作に関していえば、美智留はとても真面目だった。
サブヒロイン用のイメージソングの歌詞なども手掛ける。女の子の気持ちなので恵にも質問をする。恵は機嫌が悪かったが少しずつ機嫌を取り戻して、美智留との意見をかわした。
そして、11時を過ぎ、恵が大きなあくびを一つした。今日は疲れたのだ。
「そろそろ寝よー。トモ」
「そうだな」
「加藤ちゃん、一緒に寝よ」
「ええっ・・・」
※※※
倫也がテーブルを横にどかし、そこに布団を敷いた。
親が不在なので、親の部屋で倫也が寝るのが自然な気がするが、そこはあまり考えてはいけない。
美智留と恵がベッドを半分こする。倫也が下の布団で横になった。「おやすみ」といって消灯する。
寝にくいと思いながらも、恵は疲れていたので目を閉じるとやがて眠ってしまった。美智留も寝付きがよく問題ない。倫也だけが少し天井を見つめながら悶々として寝付けずにいたが目を閉じるとやがて夢の中へと入っていった。
※※※
午前2時。
「ぐえっ」
という、およそメインヒロインらしからぬ声を恵が上げた。
隣にいるおそろしく寝相の悪い美智留の足がもろに恵のみぞおちに一撃を加えた。
「・・・」
恵は座った目のまま上半身を起こし、美智留の足を横にどけた。ほぼ真横になった状態で寝ていて、最初に2人が並んで寝ていたとは思えないような寝相だった。
腹をさすりながら恵はベッドに腰を掛けるように座った。足元には寝相のいい倫也がすやすやと無防備な表情で眠っている。
倫也の左側にスペースがあったので、恵はそこに横になって再び眠りについた。
※※※
午前3時過ぎ。
倫也は甘い夢を見ていた。相手の女性が誰であったかはあえて書かない。若者らしい夢を見て、そして目が覚めた。
倫也ははっきりと目が覚め、自分の股間を確認する。
(やっちまった)
溜め息をついて、上半身を起こすと、ブランケットが持ち上がらない。隣を見ると恵がブランケットに包まって寝息を立てている。
「わっ!?」
思わず声が出るのを、辛うじて小さな声で押しとどめる。
それから、起き上がってトイレに行き、洗面所でトランクスを洗って洗濯機に放り込み、新しい下着に着替えた。情けなくて溜め息がでた。
キッチンで水を飲み、このままリビングのソファーで寝るかどうか迷ったが、部屋へと戻る。
ベッドの上では恐ろしい寝相で美智留が寝ている。恵が倫也の方へ降りてきた理由も見ればわかる。美智留はどういうわけかシャツを脱ぎ、下着姿のままだ。倫也はそれを眺めるが特に変な気は起きなかった。胸の形は素晴らしいなと賢者のような感想を抱いた。
(まっ、夢をみたばかりだしな・・・)
恵が左の方で横を向いて眠っているので、倫也は空いているところに体を横にして、恵の寝相を眺める。
すやすやと小さな寝息を立てている。
目元のまつげが長い。ブランケットは腰から下にしかかぶっておらず、黒いシャツに恵の胸の形がはっきりとわかる。薄暗い部屋で倫也が恵の胸をじっとみている。
(ノーブラかよ!)
と、ついに気が付いてしまう。胸のふくらみのところに、小さなぼっちが浮かびあがっている。
倫也は自分の右手を左手で抑える。これぞ中二病。悪さをしようとする右手を理性の左手で抑える。理性をフル動員する。がんばれ倫理と自分で応援する。
(が、自然の摂理には逆らえぬ。これもまた天の理よのぉ・・・)
何やら怪しいキャラがやどって、恵の胸に触れようとする。手が震える。
気が付くと恵が片目を開けて倫也を見ている。
(あのぉ・・・これは・・・)
倫也が未遂で終わってほっとする。起きているとは思わなかった。
(いいよっ)
かすれた声で恵が言った。それから目を閉じる。もしかして夢を見ていて、まだ恵は眠っているのかもしれない。
倫也が、そっと右手を恵の右胸の上に置く。柔らかい感触が手に伝わり、少しだけ堅さの違う部分が倫也の手の平の一部に当たった。
それから掴もうとしたところで、恵の左手が倫也の右手首を握って、無言で外した。
恵の香りが部屋中に広がっているような気がする。倫也は理性を失いかけていた。
恵のおでこにキスをしようとしたところで、
「ぐごぉー」
という、わざとらしいいびきがベッドの上から聴こえた。
美智留がいる理由がわかる。そうでないとまたボツ原稿がひとつ増える。
(了)