8月8日 日曜日 夏休み18日目。
朝、倫也は布団の上に体を横たえたまま、右手を上にあげて眺めている。手を閉じたり開いたりして動かす。手に残った感触の柔らかさを思い出すが、それが確かなものだったのか、夢をみていたのかはわからない。まだ微睡みの中にいて、その心地いい感触に浸っていた。
音がする。恵も美智留ももう起きていて、朝の準備をしているのか下の方で騒がしい。その内に倫也を起こしに来るだろう。そしたら倫也は何もなかったかのように振る舞って、いつものように起きるだけだ。
しばらくすると、階段を上がってくる足音がする。強い足音なのでそれが美智留だとわかる。
「トモ。起きろー」
「ああ、起きてる」
「体が起きないと起きてるって言わない」
「そう・・・だな」
倫也が立ち上がる。
「ほら、ついでに敷布団ももって、外に干すよ」
「ああ」
気のない返事をして、倫也が布団を抱える。美智留はブランケットを手にもった。
階段を降りてリビングをのぞくと恵がいる。
「おはよ」
と、優しい澄んだ声でいう。笑顔はない。いつものフラットな恵だ。
「おはよう」と倫也も返す。
それから、布団を干して、顔を洗って、歯を磨いて、着替えて、リビングのテーブルに座ると朝食がでてくる。朝食といっても朝の9時を過ぎている。ハムサンドとタマゴサンド。それからミニサラダ。アイスカフェオレ。
倫也が黙々とそれを詰め込む。
恵は黒のルームウェアはなんだか部活少女のようにも見える。キッチンでランチの下準備もしているようだ。
倫也は大きなあくびを一つする。日曜日のまったりとした朝だ。やはり夏休みでも日曜日は日曜日で少しゆったりした気分になる。
ソファーにあぐらかいて美智留はスマホをいじっている。
作業を一段落した恵は切り出した野菜を冷蔵庫にしまい、コーヒーを片手に倫也の前に座った。
「どう、よく眠れた?」
「そうだな。おかげさまで」
倫也はサンドイッチを口にいれながら答える。
「でもさ、なんだかずっと夢を見ていたような感じがする」
「夢?それって眠りが浅かったんじゃないの?」
「どうかな・・・恵、おまえ・・・俺の隣で寝ていた?」
「どうして?」
「なんか、そんな気がしたんだけど」
「気のせいじゃないの?だって、わたしは美智留さんとベッドで寝ていたわけだし」
「だよなー」
倫也がサラダをパリパリと食べ、アイスカフェオレを飲む。
「何かあったの?」
「いや・・・」
倫也が少し顔を赤くして目線をそらせる。
「えっちな夢でも見てたんじゃないの?」
「そうだけど、それとは関係ないから!」
「朝から、ハイテンションだね」
恵がくすくすと笑っている。
倫也は食事を終えて、皿をキッチンにもっていって洗った。
美智留がスマホをテーブルに置く。
「トモ、食事終わった?」
「うん?終わったけど」
「じゃあ、加藤ちゃんと2人の寸劇も終わった?」
「一応・・・」
「なかったことにしようとしてたよね?」
「なんのこと?」
美智留がソファーの上に立ちあがって、2人を指さした。
「夢?ほう?一応、あたしの手に負えないようなら、センパイと澤村ちゃんも呼ぶけど・・・とりあえず、あたしの手の内でおさめたいかな」
「・・・なんのことかなぁー」恵も反応する。
「しらばっくれるというなら、それはそれでいいけれど、素直に認めてお説教をくらうというのも懸命かもしれないよー。ね?加藤ちゃん」
恵の目が泳ぐ。倫也も冷や汗をかく。
「2人とも、そこに正座して座りなさい」
※※※
美智留はソファーの上で正座している。倫也と恵はフローリングの上に並んで正座している。
「さてと・・・トモ。この物語は何の同人だっけ?」
「えっと・・・『冴えカノ』です」
「じゃあ、加藤ちゃん。冴えカノで2人がもっとも親密にした行為はなんだったっけ?」
「ええっ・・・そんなの恥ずかしいよぉー」
「かまととぶるんじゃない!」
「美智留怒ってるのか?」
「あきれてるんだよー。はいはい、加藤ちゃん答えて答えて」
「キスかな?」
「かな?」
「キス・・・です」
「で、この物語の主旨はなんだっけ?トモ」
「うーん。キス未満でいちゃいちゃを表現することかな」
「はい、よくできましたー。で、2人は昨日の夜・・・というか今朝になるのか・・・なにをしていた?」
美智留は腕を組んでいる。正直、役どころとしてあまりあっていないなと思っている。
「寝てたよねー?倫也くん」
「・・・恵、しらを切るのはたぶん無理だ」
「なんのことかなー」
「加藤ちゃん?あたしも、起きていたんだけど?」
「・・・」
「トモ?さて、何があったかいってごらん」
「えっと・・・横に恵が寝ていました」
「寝ていて?で?」
「胸を触りました・・・」
恵が顔を真っ赤にして下を向いている。
「それ・・・変な夢でもみてたんじゃないかなぁ・・・」
あくまでも恵はシラをきる。
「そう?加藤ちゃん、素直な方がいいと思うよー?」
「ほっといてくれないかな」
「ほっていたら、ヤっちゃうからあたしがいるんでしょーが!」
「・・・」
「ほら、トモに何をさせたか言ってごらん?」
「・・・胸を・・・」
「胸を・・・?」
「ごめんなさい」
「ふむ」
美智留は一度溜め息をつく。
「いい?節度と自制心をもって、イチャイチャする物語だから、あたしも波島ちゃんも協力しているし、センパイも見て見ぬふりをしているんでしょ。それをこういう風に一線を越えようとしたら、もうダメでしょ?」
「別に、一線超えてないよね?倫也くん」
「・・・そうだな」
「それ、あたしが咳をして止めたからでしょうーが!」
「・・・」
美智留が足を下におろす。手を膝に当てて2人に近寄る。
「いい?ボディータッチはダメ。わかった?」
「はい」
倫也が素直にうなずく。
「加藤ちゃんは?」
「わかんない」
「えっ?」
「そんなの、ぜんぜんわかんない」
頬は紅く染まっている。
「だって、美智留さんだって、いつも倫也くんに胸を押し付けてるもん」
「・・・それは、従姉妹のあたしだからでしょうーが?」
「でも、その度にわたしは傷つく」
「あたしのは、子供の頃からの愛情表現だから」
「そんなの関係ない。わたし以上に倫也くんとベタベタしているのは事実でしょ」
「そうだけど・・・」
「わたしはそれを、大型犬が懐いているんだなぁーと思ってみていたけど、やっぱりずるいって思う」
「今、さりげなくひどいこといったよねぇ!?」
「倫也くんは黙ってて」
「・・・はい」
倫也は足がしびれたのでさりげなく立ち上がって、キッチンに逃げる。
恵は正座したままだ。が、ソファー上にいる美智留の立場が上のようには見えない。
「いい?美智留さん。確かに昨日はやりすぎたかもしれない。キス以上の行為なのかもしれない。でも、2人の間では夢ということで決着がついている。甘い夢だよ。幻想。わかってもらえないかな?」
「それ、正当化していない?」
「何を?」
「倫也に恵の胸を触らせたことを」
恵が顔を赤らめて怯む。ちょっと分が悪い。
「それに、『転』のない物語のはずなのに、こうして美智留さんと喧嘩のようになってる。底抜けの明るい話にならなくなってる」
「だから、それは2人がいちゃいちゃしすぎだからでしょうーが?」
「そんなことない。ちゃんと節度をもっているもん。昨日だって、美智留さんが止めなくてもあれ以上は発展しない」
「そんなのわからないじゃん」
「邪魔するの?」
恵が睨む。目にはハイライトが消えている。
「ストープ。はいはい、そこまでー」
倫也が仲裁に入る。ちょっとエスカレートしすぎている。
「トモ。このままで大丈夫なの?」
「ああ、問題ない!」
「ずいぶん自信ありそうだけど・・・30日まで我慢して劇場版につなげられる?」
「当然だ」
「・・・トモにしてはずいぶん自信ありげだなー」
「ああ。お前は加藤恵を何もわかっちゃいない。いいか、こいつがさせないって言ったら、絶対にさせないんだぞ?俺が倫理君?はぁー?何っていってんの。頭カチコチなのは恵でしょ。俺はR18なんか知るかっ!」
倫也が肩で息をする。
「落ち着け・・・トモ」
「だいたいな。お前も止めるの速すぎるんだよ。もうちょい様子を見ろよ。そしたら俺の右手のゴールデンフィンガーが恵の乳首を・・・ごふぅ!」
恵が倫也に強烈なボディーブローを決めて沈める。南無。
「と、いうわけだから、大丈夫だよ。美智留さん」
恵がにっこり微笑む。
「そ・・・そう・・・?なら・・・もういいけど」
「わかってもらえて、よかった」
恵が感情のかけらもないトーンで言った。
「ねぇ加藤ちゃん。それ・・なんていうプレイスタイルなの?」
恵が指を口元に当て、天井をみながら考える。
「えっと・・・一ヵ月おあずけプレイ?」
「く~ん」と寂しそうに倫也が呟く。
(了)