7月22日 木曜日。夏休み初日
高校生活最後の夏休みがはじまった。
倫也はサブヒロインのシナリオを書きあげたが、メインヒロインルートを書きすすめることができないでいた。
倫也はデスクでノートPCを開き、ワードの画面を見つめたまま一文字も打ち込めずにいる。
恵はベッドの上に寝転がって、少しだけできたメインヒロインルートを読んでいた。
ずいぶんとリラックスしているようで、足をパタパタさせたり、鼻歌を歌ったり、ときどきゴロゴロとベッド上で転げまわったりしている。ずいぶんとご機嫌のようだ。夏らしい白いシャツとモスグリーンのキュロットスカートをはいている。
「ねぇ、倫也くん・・・ちょっといいかな?」
「ん?どうした、恵」
倫也が背伸びをしてから、イスを回して立ち上がる。
「あのさ、楽しい話を書いてみたらいいんじゃないかな?」
恵が起き上がってベッドの横に座りなおす。
「あと、『転』がいらないと思う。主人公が死んだり、記憶を失ったりしない。日常のなんでもないことにもいろんな事件があって、そういう些細なことをモチーフにして書いたらいいと思うんだけど」
「ふむ」
倫也がうなずく。
「例えばなんだけどね。2人でケーキを食べるとするよね。わたしがショートケーキで、倫也くんは・・・えっとモンブラン?」
「モンブランは好きだよ」
「でね、倫也くんがわたしのショートケーキの苺をぱくりと食べるわけ」
「苺だけ?」
「そう」
「そんなことしたら怒るでしょ!?」
「怒るよ。だからさ、そういうちょっとした事件みたいなネタなら、くだらないし、笑えるんじゃないかなぁ。よくわからないけど」
「ふーむ」
「あとは・・・中華丼のうずらの卵とか?」
「子供だなぁ・・・」
「そういうこという?人がこんなに懸命にアイデアを出しているのに?」
「ああ、なるほど。ははっ、ありがと」
倫也が笑う。
とても静かな時間が流れる。
恵が立ち上がって、「う~ん」と言いながら頭の上で手を大きく伸ばした。
「お茶、入れてくる。倫也くんは何飲む?」
「そうだな・・・あっ」
「何かあった?」
「一緒に下行くよ。アイス買ってきた」
「アイス?」
※※※
2人でキッチンに並んで準備を始めた。
大きめのグラスを二つ、コンビニで買ってきたロックアイス、ペットボトルのブラックコーヒー(微糖)、そして500mlのバニラアイスをカウンターに並べる。
「ふふふっ・・・恵。さぁコーヒーフロートを作ってみろ」
「なんで、そんな上目線なのかな?」
恵が倫也の方を不審そうにみる。
恵はグラスにロックアイスをいくつかいれ、ペットボトルのコーヒーを注ぎいれる。氷が心地よい音を立てて崩れる。
「ミルクあったよね」
後ろの冷蔵庫を開け、牛乳パックを取り出す。先端を細くしたまま、ゆっくりとミルクをコーヒーの上に注いでいった。綺麗にセパレートができて、黒と白の層ができあがる。
「うまいな・・・」
「まぁ・・・これぐらいわね」
そして、大きなスプーンを取り出して、バニラアイスを薄く削って、カフェオレの上に二枚盛り付けた。
「どうかな?」
「これ、プロだよねぇ!?」
見事なカフェオレフロートができあがった。スプーンでアイス削り取っているため、高級な仕上がりに見える。
恵は引き出しからストローを出して、トレーの上に置いた。
「で、次は倫也くんが作るの?」
「ああ、驚くなよ。俺はお前よりも・・・どうかな」
さっきまであった自信がなくなった。
倫也はキッチンの一番下の段の引き出しから、ディッシャーを取り出した。新品である。
「じゃん!ふふっ、これがあるんだよ」
「はぁ・・・」
恵がため息をついた。
「あるならあるって言ってよ・・・」
「そうだろ?普通の家にはないだろ?使ったことある?」
「あるよ。うちにもあるし」
「あるのぉ!?なんで?」
「なんでって、アイス盛り付けたり、ポテサラ盛り付けたり、量も量れるから便利だし・・・」
「そう・・・」
「もしかして、わたしがそれを使ってみたいと思うと思った?」
「・・・うん」
倫也がグラスにロックアイスをいれ、雑にコーヒーを注ぎ、アイスをディッシャーでよそった。そして、コーヒーの上にアイスを置く。アイスは盛り付けるときにひっくり返って、裏返しになる。
「あっ」
「ぷっ・・・くすくす」
恵が手で口を隠して笑った。
「じゃ、わたしの勝ちってことで・・・」
「そうだな」
倫也ががっかりする。
「そういうわけで恵。おまえに俺の作ったコーヒーフロートをやろう」
「いらない」
「愛がこもってるよ?」
「失敗したからだよね?」
「・・・」
「そんなんで喜ぶのは流石に無理かな」
倫也が無言で、グラスを二つとストローとスプーンを二本乗せたトレーを持って階段を上がっていく。
恵は出した材料を元の場所にしまってから、階段をトントンと軽やかに駆け上がっていった。
※※※
倫也の部屋のテーブルに座る。恵はストローでカフェオレフロートくるくるとかき混ぜてから一口飲む。
「こういう話はね、ちょっと退屈かもしれないけど・・・」
恵が自信なさげに言った。
「本来の意味の801か」
「ヤオイって?」
「今だとBLと同じ意味で使われることもあるみたいけど、『ヤマなし、オチなし、意味なし』ってことだよ。日常をダラダラと描くような作品」
「へぇ・・・で、BLは?」
「ボーイズラブ」
「ああ・・・」
恵がそっぽ向いて顔が赤くなる。英梨々が描いているような作品かなと思った。いや、英梨々の作品には女の子がいたような・・・まっいっか。
「確かにね、コーヒーフロート作っただけで1つの短編って言われても、シナリオとしては面白みに欠けるのかなぁ」
恵がスプーンで溶けかかったアイスをすくって口に運んで食べている。舌を出して唇についたクリームを舐めとった。倫也はその様子を少し照れながら見ていた。
「どうだろう・・・」
「はぁ・・・」
恵がまた、ため息をついた。
「一番の問題点はね。倫也くん、わかる?」
「わからん」
「あたし達がデートできないってことだよ」
「デート・・・ロクテンバには、いったよね」
「まぁ・・・それはね。そうなんだけど」
「うん?」
「わたしの誕生日で誘うまではデートしないでメインヒロインルートを書こうとするから、結局は書けずに夏休みが終わるんだよね?」
「そうなのぉ?」
「え・・・」
「いや、俺はてっきり、文章を上手に書こうして、妄想垂れ流しにできないから書けないのだと思っていたけど・・・」
「ああ、そっかぁ・・・でも、それって照れがあるってことだよね?」
「・・・そう・・・だな」
原作では朱音の意見を聞いてから倫也が書けるようになる。
「まぁいいんだけどね・・・」
恵がちょっとつまらなそうにかき混ぜている。アイスがすっかりと溶けてしまった。
「やっぱり心残りが?」
「そうかもしれない。別に地縛霊になるつもりはこれっぽっちもないんだけど」
「はははっ」
倫也はとりあえず笑い飛ばす。
前作と別な話。けれどイデアが引き継がれていく。
「要するに、いちゃいちゃしたり、チュッチュッしたりするところを描き出せってことだよな?」
「そんなに露骨に言わないでよ・・・」
「それもつながったストーリー仕立てじゃなくて、短編で完結させながら進みたいと?」
「そうなるのかなぁ・・・」
「難しいと思う。物語はやっぱり起承転結がないと・・・」
恵は倫也が拒否したので、ムスッとした。
「それってさ、倫也くんは英梨々とはボートのったり、横浜いったりして楽しんだけれど、わたしとはしたくないってことだよね?」
「そんなこといってないよねぇ!?」
「もういいよ!」
恵が立ち上がった。そしてバックをもって部屋からでていこうとする。
その時、扉が開いた。
「いやっほー、トモ。と・・・加藤ちゃん」
元気よく入ってきたのは美智留だった。
「まぁまぁ、座りなよ、加藤ちゃん」
美智留が満面の笑みだ、そして続けていう。
「いやー、なんかラブラブしてて入りにくいなぁーって思ったら、ケンカしてくれてよかった」
「別にケンカじゃないしー」
恵がバックを置いて、さりげなく座り直す。危うくケンカして終わるところだった。
「トモの言いたいこともわかるけどね。でもさ、それでもやっぱり、この加藤ちゃんをちゃんと幸せにして、それでやっとあたし達は成仏できるんだよ」
「いや、おまえら別に死んでないだろ・・・」
恵は倫也をまっすぐ見つめている。ちょっと目が怖い。黒塗りはやめてハイライトつけて。
「わかった。『転』のない、明るい物語な」
倫也が承諾する。冴えないラブコメはもうできない。英梨々が今はまだ無理だからだ。
「そういうわけで作っていこ。一話完結型の作品群を」
恵が言った。倫也がうなずく。
恵は自分でもちょっと恥ずかしかった。心残りがある・・・
そう、ボートに揺られてみたいのだ。それに横浜も楽しいだろうし、観覧車も乗ってみたい。あっ、この時期だとデートはできないのか・・・
「で、あんたら何飲んでんの?」
美智留がどかっとベッド上にあぐらをかいて座った。
テーブルの上のコーヒーフロートを見つける。もう溶けてミルクコーヒーにしか見えない。
「美智留。おまえもコーヒーフロート飲む?コーラもあるからコーラフロートもできるけど」
「んじゃ、コーヒーフロート」
美智留は楽譜を開き、ギターの準備をする。
「わたし、作ってくるよ」
恵が立ちあがって、部屋からでていった。足取りは軽そうだ。
「ねぇ、トモ。今度は大丈夫?また誰かが泣くような話はよしたほうがいいよ」
「ああ・・・わかってる」
「ほんとに?例えばどんな話?」
「美智留なら・・・焼肉喰う話とかだよな」
「やきにくぅ?そりゃー、焼肉食わせてもらえるなら嬉しいけどさ・・・なんで、また焼肉」
「えっ、だって美智留といえば焼肉じゃないの?劇場版きっての名シーンだと思うけれど」
「そうか?」
「あれだけ嬉しそうに焼肉喰うヒロインもいないだろ。グルメアニメを超えていると思うぞ?」
「それ、褒めてる?」
「もちろん」
※※※
「おまたせ」
恵がコーヒーフロートを持ってきた。綺麗な丸いバニアアイスが浮かんでいる。
もちろん、ディッシャーを使ってみたかった。
「おっ、サンキュー加藤ちゃん」
美智留がベッドから降りて座る。まずはスプーンでアイスからすくって食べようとした。アイスが沈んでコーヒーが少しこぼれる。
「ありゃ」
「最初に、少しコーヒーを飲んで、それからアイスを食べるといいらしい」
「ほう・・・」
美智留がコーヒーを飲む。それから、アイスを一口食べた。幸せそうに笑っている。
「だからさー、あたしはさんざん言ったじゃん?こういうなんでもない幸せなことを書いていればいいんだって」
「・・・そうだな」
倫也が困っている。
「必要だったんだよ・・・」
恵がぼそりと呟いた。倫也に助け船を出す。
「わたし達には一度作品を完成させる必要があった。だから、キャラクターの自立性が作品を生き生きさせるのだと思う」
「加藤ちゃんがいいなら、あたしはいいよー。別に文句があるわけじゃないしー。納得するまでやってみたらいいと思う。でも、もうシーソーゲームはダメだよ?」
「うん」
そんなこと、誰よりも恵がわかっている。
「で、恵。短編は別に作って投稿していくんだよな?」
「そのつもりだけど」
「じゃあ、こっちはなんで連載なんだ?」
倫也が不思議そうに聞く。
「それはさー。わたしは倫也くんと、いろんなことをして過ごすシナリオも好きだけど、倫也くんとこの部屋でシナリオを創るのが好きだからだよ」
「とかいって、この部屋を留守にするのが怖いだけじゃないのー」
美智留がからかう。図星だ。
「ほっといてくれないかな」
恵が下を向いて怒っている。
「まっ、あたしは焼肉をトモがおごってくれるらしいから、いいけどねー」
美智留がおかしそうに笑っている。
「やきにく?」
恵が首をかしげて、倫也の方をみる。倫也がちょっと目をそらす。
「経費で落ちるよな?」
「おごるっていったんでしょ?」
「いってないよ?」
「ポケットマネーでどうぞ」
「取材費で落ちない?」
「落ちない」
「そこをなんとか」
倫也が土下座をする。
「だから・・・倫也くんの土下座は安っぽいんだってばぁ・・・」
と言いながら恵は笑ってしまった。
倫也の土下座をひさしぶりに見た気がする。
「じゃあ、はじめよっか。楽しい物語作りを、また試行錯誤しながら」
「試行錯誤するんだ!?」
「だってぇ・・・下手だもん、わたしたち」
恵が不安そうに言う。倫也も不安だった。
美智留が2人の様子をみて微笑んだ。コーヒーフロートをずずっと最後まで飲んだ。
今度こそ、底抜けに幸せな物語がいいなと思う。
(了)