第20話 美智留パート 小並感を理解する恵
8月9日 月曜日 夏休み19日目。
トイレから出てきた恵は心痛な表情で下腹部を抑えている。別に重い方ではないが、やはりこれから3日ぐらいはあまり動きたくはない。いろいろと煩わしく、倫也の家にいって気を使う気がしない。
昼前に倫也にLINEを使って連絡をする。
>今日は体調がすぐれないのでお休みします
<「ほい。無理しないでな」
>「昼食は冷蔵庫に作ってあるので レンジでチンしてください」
<「わかった。適当にやる」
>「ねぇ、今日のシナリオの『小並感』って何?」
<「ああ、小学生並の感想って意味らしいぞ」
>「ふーん・・・それがオチなんでしょ?わたしいなくて平気?」
<「心配するな。美智留と適当にやるから」
>「うん・・・」
<「また後で連絡する」
LINEだと、言葉が短く冷たい印象を受ける。スタンプでも押せばいいのだろうけど、ちょっと恥ずかしい。この必要最低限の連絡が自分らしいと思っている。いなくても平気というのはなんだか寂しい気もするが。
恵はデスクに座り、受験用の参考書を開く。まったく集中できないし、勉強が捗る気がしない。退屈そうに頬杖をつく。1ヵ月いちゃいちゃしようとすれば、こういう日があるのも当然で、いつも暢気に明るく振る舞えるわけではない。
※※※
倫也は返信を済ませると、冷蔵庫を確認した。
チキンピラフが2人前皿に盛り付けてありラップがしてあった。倫也と美智留の分だ。
「子供じゃないんだけど・・・」
倫也は笑ってしまう。お昼ぐらいは自分でなんとかできる。作りはしないけど。
2階に上がって、ベッドの上でギターを持っている美智留に声をかける。
「美智留パートだってさ」
「突然なんだよなー」
「わかってても準備しないだろ?」
「だって、シナリオなんてよくわかないんじゃん」
「で、どうする?」
「んー」
美智留がギターをジャン!と鳴らしてからベッドから降りる。
「美智留の過したいように過ごせばいいさ」
「じゃあ、焼肉」
「ああ、そっか・・・そんな約束したっけな」
「うん。伏線回収にもなるでしょ?」
「ただの食い意地じゃね?」
倫也が財布をデスクから出して中身を確認し、ズボンのポケットに押し込んだ。
「いくか」
「ランチでいくの?」
「恵がチキンピラフ作ってくれていたけれど、どうする?」
「いや、行くよ。機会を失うといつになるかわからないし」
※※※
倫也と美智留が焼肉屋に着く。高級ではないが中堅どころの焼肉屋。格安チェーン店のように形成肉などは扱っていない。
店内は綺麗で広々としている。
「いい店だなー」
「いいだろ?」
「予算が降りた?」
「そんなにすぐに正解を導き出すなよ!」
「だって、トモがポケットマネーでこんな店に連れてきてくれるわけないじゃん?」
「・・・」
「でも、加藤ちゃんもよく許可したね?」
「体調不良とはいえ、こういう休憩回はさむことになったからじゃないか?」
「何もかも加藤ちゃんが背負うこともないのに」
「・・・そういう責任感が強いところも恵なんだよ」
「まっ、いいけどさ」
店員がオーダーを聞きに来る。
「上タン、上ミノ、上カルビ、上ロース、全部2人前で」
「よく食うなぁ・・・」
「あれ、上禁止っていうんじゃないの?」
「いや、好きなのを喰えよ・・・」
「じゃあ、遠慮なく。あとライス大盛2つもください」
店員が下がっていく。ドリンクはウーロン茶だ。
「でも、シナリオを休むなんて、よほどなんじゃないの?」
「どうだろ。反省もしているんじゃないか?」
「反省?」
「昨日、美智留にさんざんお説教を受けただろう」
「ああ、そっかぁ・・・でも、大丈夫なんでしょ?」
「どうかな・・・」
「自信ないんじゃん・・・」
「やっぱりさ、設定に無理がないか?」
「ん?」
「年頃の男女が一つ屋根の下で過ごすとか」
「原作アニメがそうなんだから、そこは考えても仕方なさそうだけど」
「そうだけどな・・・」
※※※
網の上に肉が焼かれている。良質の肉の焼き加減は片面だけを軽く焼き、表面に肉汁が浮き出てきたら軽くひっくり返してあぶればOKだ。焼きすぎると旨くなくなる。
美智留がご飯に乗せて、どんどん口へと運ぶ。
「で、最近のicy-tailの活動はどうだ?」
「えっ?」
「どうした?」
「なんで、icy-tailの話題にするの?トモ・・・」
「普通だろ?飯食ってる相手が美智留なんだし、適当な話題だと思うけど」
「そ・・・そうだね・・・うまくやってるよー」
「おまえ・・・メンバーの名前言える?」
「トモ。ちょっと待った。本気でいってる?」
「どうした?」
「えっと・・・トキでしょ」
「うん」
「それから、彼氏がいるのがエチカ」
「ほう?」
「で、あと1人よ」
「ふむ。ちなみに担当している楽器もわかるか?」
網の上で肉が焦げていく。
「ほらほら、トモ、どんどん食べないと!」
「おう・・・無駄にはできんからな」
倫也も箸でどんどんご飯の上に乗せていく。
「wikiみていい?」
「いや、ランコだよ」
「ああ、そうそう。ランコ」
「まぁそんな演技はいいんだけどな」
「で、何がいいたいわけ?」
「美智留の話を書こうと思ったら、icy-tailのメンバーも絡めたいだろ?でも、あいつらっていまいちキャラが立ってないからよくわかんねぇーんだよな」
「そういうことかー」
美智留がまた肉を網に並べていく。
倫也が考え込む。
「すまん。またつまらない話をして」
「ん?いいよー」
美智留が口いっぱい広げてご飯と焼肉を食べる。
「ん~、しかし、やっぱりトモと加藤ちゃんは特別じゃないの?」
「何が?」
「関係性がさ。あたしと食事しても、ハートの1個もでてこないじゃん」
「そうだなー」
「あっ、それ、ちょっとむかつく」
「なんでだろうな?」
「なんでって、それはトモと加藤ちゃんがお互いに好きだからじゃないの?」
「どうだろ・・・」
「?」
倫也はそれから話題を変えて、美智留と楽しく食事をした。
※※※
食事を終えて美智留は自分の家へと戻っていった。
倫也は1人で自宅に帰る。玄関を開け、靴を脱ぎ、手を洗い、2階へと上がっていく。
時計を見ると時刻は午後の3時過ぎたばかりだ。1日はまだ長い。
ベッドに腰を掛けて、エアコンがきくのをじっと待つ。何もやる気が起きない。
「なるほどな・・・」
倫也はぼそりと呟いた。右手で頭を少し抑える。エアコンが強く送風している。
それからスマホを操作して、恵にLINEを贈る。スカイプにこれないか聞くと、すぐに来るという。
倫也がノートPCを立ち上げる。恵も自宅のノートPCを立ち上げているはずだ。つながるまでがもどかしい。
やがて接続され、画面に恵が映った。髪をポニーテールにしている。薄い青色のシャツを着ている。少し頬が赤い。照れくさそうに髪をいじっていた。
「・・・えっと・・・おかえり。倫也くん」
「ただいま」
少し沈黙が流れる。
「どうだった、焼肉」
「おいしかった」
「それ、小並感」
「・・・そうだな」
倫也が渇いた笑いをする。
「今のがオチっていわれてもなー」
「あのさ」
「ん?」
「恵、今なにしてんの?」
「受験勉強をサークル代表に邪魔されているところだけど」
「・・・あのな・・・」
「冗談。ちょっと休憩中」
「えっと、何してたの?」
「受験勉強」
「真面目だなっ」
「あのね、真面目も何も、わたしたちは一応、受験生だからね?」
「あーあー、聴こえない聴こえない」
倫也がわざとらしく両耳をおさえる。
恵はあきれた顔をするが笑わない。
「そうだ、ピラフ食べてないよね?」
「うん。夜に食べるよ」
「ピラフだけ?何か野菜も食べたほうがいいよ」
「じゃあ、トマトでもかじるよ」
「切りなよ。トマトぐらいさ」
「うん」
恵はちょっと笑う。ダメな倫也を見るのが好きなんだろうか。
「エアコンの音だけがするんだ」
倫也が言った。
「・・・うん。そうだね」
音といえばエアコンの静かな音、あとは外の蝉の声ぐらい。
2人の生活音がしない。倫也がキーボードを打つ音や、恵がレポート用紙をめくる音がない。すごく静かだ。
「明日はこれそう?」
「ううん。今日も含めて4日間休むよ」
「そんなにひどいの?」
「ううん。サブヒロインの数だよ」
「・・・えっと、全員やるの?」
「うん」
「それって・・・英梨々も?」
「そう。英梨々も。彼女が受けるかどうかは知らないけど」
「恵。ラブコメやるの?」
「そこまではやりたくないかなー」
「なら・・・」
「だって・・・」
恵が顔を赤らめる。だって、自制心がきかなくなってきているから。
「だって?」
「倫也くんエッチだったし。ああいうのはよくないよ」
「・・・ごめん」
「だからさ、少し距離を置いてみようと思って」
「・・・ごめん」
「ううん。男の子だもんね?」
「面目ない」
倫也が頭をかいて照れる。
「さてと、勉強に戻ろうかな」
「あのさ、恵っ!」
「ん?」
「スカイプ・・・つけたままじゃだめかな」
「どうして?」
倫也が言葉選びに迷う。
「寂しい」
恵もうなずく。恵だって同じ気持ちだ。
「でも、それ・・・小並感っていうよりは、小学生のお留守番だよね」
ノートPCの画面の先で、恵が笑っている。
(了)