第21話 出海パート 恵とπ
8月10日 火曜日 夏休み20日目。
恵はデスクに座って参考書を開く。わかりにくい所は解説動画をノートPCで見ていた。これで倫也がログインすればスカイプを使ってお話ができる。
恵は三角関数についての解説動画をみている。サインコサインサインコサイン・・・呪文のように繰り返される。たぶん、わかりにくいのは興味をうまく持てないせいだ。面白い解説をみて理解したことも多い。何かいいものはないかと探しているうちに、まったく別の動画を見ていて、時間を無駄に過ごすときもある。
倫也がログインしてきた。接続許可をする前に小さな鏡で髪型を整える。ブラウンのゆるいパーカーを着ている。
「おはよ」
倫也が小さな画面の中にいる。少し照れくさそうにしている。昨日もずっと接続したままだった。
「おはよう。体調はどう?」
「うん。平気」
倫也が恵を優しく気遣う。それから少し雑談をし、受験勉強の話題になった。
「倫也くんって、三角関数わかる?」
「サインコサイン?もちろんわかるけど・・・」
「えっと、受験の問題が解ける程度に理解している?」
「うーん」
「ややこしいよね・・・」
「そうだな。そこのあたりから数学って感じがするよな」
「3.14がπになった頃は、すごいなぁって数学も面白かったんだけどなぁ」
「同じπでも、アップルパイの作り方とかならいいのに?」
「受験でアップルパイねぇ・・・なんか話、それてない?」
「アップルパイもいいなぁ」
「アップルパイは冬なんだよね。作ってあげたいけど」
「難しいなぁ・・・」
「何が?」
「伏線の立て方がさ」
「それは・・・くだらないこと考えているからだよ」
「まったく・・・」
倫也の部屋に呼び鈴がなる。出海が来たようだ。
「来た?」
「そうみたい。じゃ、また後でな」
「うん。また後で」
倫也がログアウトした。暗くなった画面を恵が眺める。このまま2人で会話するだけでもいいような気もする。でも、今日は出海パートだ。こういうメリハリも大事だとわかってはいる。
恵は退屈そうにアクビを一つしてノートPCを閉じた。
※ ※※
「倫也せんぱーい!」
「ようこそ。出海ちゃん」
「ええ、文字数埋めにきましたよ」
「ああ、頼む」
「だいたい、あれですよ。3000文字制限とか勝手に縛っておいて、毎日書くとか、そういうのが無理なんですよ。身の程を知った方が」
「厳しいね!?」
「倫也先輩に、そんな扱われ方をされているサブヒロインの気持ちがわかりますか?」
「いや・・・、でも、それって、自分でサブヒロインって思いこんでいるだけかもしれないでしょ」
「はい?これだけ毎日毎日いちゃいちゃする話を作っておいて、恵先輩がメインヒロインでないとでもいうんですか?」
「恵は俺のメインヒロインであって、物語のメインヒロインは別かもしれないし・・・それに全国の出海ちゃんファンだっているわけだし・・・」
「いないでしょ(きっぱり)」
「どうだろ・・・」
「そんなことはおいておいてですよ。けっこう重大な事実に気がつきはじめましたよ」
「重大?」
「実はわたし・・・澤村先輩の代替なんです」
「うん。まぁ・・・そうだな」
「今日はせっかく自分の回なので、何かを倫也先輩としようと考えたんですよ。原作の絵が上手い設定を生かして、美術館でもいくかなーとか、取材名目で動物園とかいいなーとか、そしたらすでに、澤村先輩に取られているじゃないですか!(未投稿、ボツ原稿含む)」
「・・・しょうがないよね」
「で・・・ほとほと嫌になったわけですよ。原作での扱いもひどいし、この物語での扱いもひどいし、油断していると倫也先輩は高校二年生でわたしは受験生をしないといけないし」
「ずいぶん愚痴るね?」
「ええ、いいんです。気が付いたんですよ。オチは恵先輩がなんとかするんですよね。だったら、わたしは自由でいいんだって」
「そうでもないぞ?」
「役目があるんですか」
「いや、役目はないけれど、恵のハードルを上げるという手もあるような・・・」
「ああ・・・なるほど。ちょっと描写いれていいいですか」
「どうぞ」
出海が倫也の部屋にいる。可愛い服を着ている。
「・・・もう、つっこむ気もしません」
「出海ちゃん。よく考えて。サッカーみたいなスポーツだって短時間の出場からレギュラーを勝ち取るだろ?今日という機会をしっかりものにして、それで少しずつでも出海ちゃんのファンを増やしていかないと・・・ノーチャンスのまま・・・」
「それ、主人公がいいます?」
「美智留はともかく、詩羽先輩が英梨々のフォローになっているし、その英梨々は前回の失敗から立ち直ってないし・・・」
「澤村先輩って凹んでいるんですか?」
「短編では元気そうに振舞っているけどな」
「でも、それって主役をまっとうしなかった自分が悪いんじゃ・・・」
「どうかな・・・」
「なんだかんだ、倫也先輩って澤村先輩のことも好きになってません?」
「いや、誤解のないようにいっておくと、みんなのことが好きだからね!?」
「それ、誤解生むほうの発言だと思いますけど」
「・・・そっか。大切に思ってる・・・とか」
「それ、都合よくフルときのセリフじゃ・・・」
「友達でいようみたいな?」
「そうですそうです」
出海が麦茶を飲む。本当はどこかへ行くつもりだった。ただ準備ができなかった。たった一日でデートイベントがまとまらなかったのだ。
あまりいい感じになってもラブコメ風になって却下される。
ゆえに、こんな風に愚痴を言っている。
「じゃ、本題にはいりますか」
「詩羽先輩の方がよかったかな?」
「別に汚れ役でもいいですよ」
「そんな役ではないけれど・・・出海ちゃんにはウブでいて欲しいなと思ってる」
「ウブでいて欲しいって、もう変態的な告白ですね」
「そう?」
「自覚なしですか」
「やっぱり、テーマが良くなかったかな」
「今更ですよ」
「そうだな・・・」
倫也も麦茶を飲む。
「おっぱいの話ですよね?」
「ごふぅ・・・」
倫也が麦茶を吹き込ぼした。ストレートすぎる。
「だいたい数学の話題を不自然にだして「π」を使うとこから、どうしようもない話だと思います」
「だめかな」
「さぁ・・・で、πとアップルパイのパイをかけておいて・・・おっぱいオチですか」
「・・・うん」
「生きていて恥ずかしくないですか?」
「人生まで丸ごと否定された!?」
「否定だってしたくもなりますよ。何が悲しくて青春時代の高校生が夏休みにおっぱいの話をしないといけないのです?」
「それは違うな」
「はい?」
「いいか、出海ちゃん。例えばいい中年男がお盆休みにおっぱいの話をしているほうがおかしいだろ?幼稚園児がおっぱいの話するか?この多感な青春時代だからこそ、頭の中はおっぱいでいっぱいなんじゃないか」
「もう、発言が倫也先輩でもなんでもないですね」
「そうだな・・・けどな。おっぱいをそんなにバカにするもんじゃないぞ?」
「開き直った!?」
「いや、だってサブヒロインの身体的特徴にはカップサイズもあるだろ?」
「そうですね。あるのもあるってだけですが」
「おっぱいはアイデンティティーなんだよ!」
「でた!難しいカタカナを使うと頭良さそうに見えてバカ発言!」
「ふぅ・・・やりきったよ・・・」
「そうですかね」
「とりあえず、これで文字数は達成したと思うけれど、それにしても出海ちゃんすごいな」
「何がです?」
「だって登場から数分でここまで会話が発展したよ」
「はい?」
「けっこう大変なんだよ。会話がぜんぜん進まないとさ・・・」
「・・・それって、もしかして倫也先輩と恵さんでもおきてます?」
「・・・いや?」リテイクが多いだけだ。
「そこはスムーズなんですね・・・」リテイクは多いけどな。
出海があきれている。
「よし、じゃあ恵に報告するよ」
「わたしも見ていていいですか?」
「ん?」
「まだ昼前ですし・・・これからランチ一緒にして、なんなら午後にどこか連れて行ってください」
「いいけど・・・もう書かないよ?」
「それはご自由に」
倫也がうなずく。この後はどこかでランチを食べ、美術館でも行こうかな。サブヒロインのケアも倫也の大事な役目だ。
※※※
倫也がノートPCを立ち上げ、恵がスカイプにくるのを待った。
しばらくすると恵が画面に現れる。ちょっと疲れた顔をしていた。
「あの・・・倫也くん」
「恵!」
「さっき、スカイプ切ったばかりだよね」
「早く君に会いたくて」
「はいはい。そんなとってつけたようなセリフはいいから」
「冷たいね?」
「だってぇ・・・もうちょい夜までのんびりできるかと思ってたから」
「・・・ごめん」
「で、オチだっけ?」
「うん」
出海は2人の会話をスカイプに映らないような位置でみている。恋人同士・・・じゃないのか、えっと、サークルの代表と副代表の会話をまじかで見るのはちょっとドキドキする。
「『π』でオチを作るんだっけ?」
「うん。でも、もうさっき出海ちゃんが言ったから」
「なら、それでいいんじゃないの?」
「いや、実はな・・・けっこう大事なことなんだよ」
「ほんとに?」
「俺らの作っている紙芝居ゲーってさ、立ち絵があるだろ?」
「うん」
「そして、カーソルを動かせるよな」
「うん」
「そしたらさ・・・カーソルで立ち絵の女の子を触る機能があるんだよ」
「へぇー?」
「触るとさ・・・反応するわけ」
「ふーん?」
「わかる?」
「わかるけど、それがどうしたの?」
「それをさ、『πタッチ』っていうんだ」
「πがおっぱいとかかっているわけね」
「恵。もういっかい今のセリフいってみて?」
「πがおっぱい・・・て、倫也くん怒るよー?」
「ははっ、でな。その『πタッチ』で何か話をつくれないかなーって」
「よくわからないけど、それってさー」
「うん?」
「スカイプを初めてから、倫也くんがわたしにやってることだよね」
「何で知ってるのぉ!?」
「・・・」
倫也は焦っていた。恵はその倫也の様子をジト目で見ている。
「もう・・・しょうがないなぁ・・・シナリオのためだからね?」
「どうした?」
「倫也くん。今、やってみてくれる」
「何を」
「πタッチ」
「今!?」
「うん。あっ、でもこっちからはわからないから、1,2の3でお願い」
「・・・わかった」
倫也が深呼吸をする。
「1.2の3!」
倫也がノートPCに表示された恵の胸をのあたりを指で触る。それだけでバカらしさを超えて背徳感を抱く。顔が真っ赤になる。
「ひゃんぅ」
恵が横を向いて顔を真っ赤にしながら、おかしな声を出した。
・・・
・・・
出海は自分が何の刑にさらされているんだろうと、呆然と立ったまま思った。
(了)