8月11日 水曜日 夏休み21日目。
午後1時過ぎ。倫也と恵はスカイプで話をしている。恵は鮮やかな青いキャミソールを着ていて、今日は華やかな印象をうける。
「お昼ごはんに何食べた?」
「そーめん茹でて食べたよ」
「野菜も食べた?」
「キューリとトマトをかじった」
「ちゃんと包丁で切ろうよ」
「ついな・・・」
「そういう時って、もしかしてキッチンの流し台で食事を済ませてない?」
「うん。どうしてわかるの?」
「えっと・・・食事の時間を大切にしない独身男性に多いらしいよ?」
「なるほど・・・気を付ける」
「うん。ちゃんと盛り付けて、ご飯をゆっくり食べて、皿を洗って片付ける。そういう心のゆとりがいい仕事につながるんだと思うのだけど」
「カップ麺と灰皿にタバコが山盛りになっているような、不健康なイメージをクリエイターに持ってるけど」
「それ、昭和じゃないの?もう令和だよ」
「そう?好きなことに没頭していると他の余計なことはしたくないものだと思うけど」
「食事は余計なことなのかな?」
「食事は大事だけど、食事のために費やす時間がもったいないんだ」
「倫也くん、そんなに集中してシナリオ書いてたっけ?」
「そこは・・・つっこまないでよ。考えている時間だって・・・」
「だからさ、食事をしっかりとって、そういう時間に考えるといいんだよ。あとお散歩」
「散歩は大事っていうよな」
「昔はホテルとか印刷所の個室に軟禁されたとか聞くけど、本当かな?」
「複数の証言もあるし、そういう時代もあったんじゃない」
「倫也くんも監禁したら、少しはメインシナリオルート書けるようになるかな?」
「監禁しないで!」
「?」
「軟禁だよ・・・あくまでも自由度が高いから・・・」
「そう・・・、で、軟禁したら書けるの?」
「さぁ?」
「まぁ・・・追い詰められたほうが仕事するっていうのは事実なんだろうね」
「うん」
「その結果として、去年は間に合わなかったけどね」
「あの・・・」
「しかも、どっかで一夜を明かしてくるし」
「恵?」
「何?」
「楽しい話にしようよ」
「そうだね。じゃあ、その楽しく過ごした那須の別荘の話でも聞こうかな」
倫也が画面の中で頭を下げて両手を合わせて謝っている。
恵は深く溜め息をつく。嫉妬深い性格だなぁっと自分でも反省する。
「別に何もなかったからねぇ!?」
「今更そんな強く否定しなくてもいいよ・・・わざとらしいし」
「・・・あっそう・・・でも、何もないよ」
「うん」
「本当だよ?」
「うん」
「めぐみぃ・・・」
「別に怒ってないよ?ただちょっと考えこんじゃっただけで」
「今日のこと?」
「そう」
今日は詩羽パート。美智留と出海は無害だけど・・・ここから不穏だ。
恵は迷いもある。サブヒロインをはさむ話はやはりいらなかったかもしれない。
でも、もう遅い。なんとか乗り切らないといけない。
「でもさ、この時期にわたしって、霞ヶ丘先輩に嫉妬しているんだよね?」
「そうみたいだな。『詩羽先輩に相談したら』とアドバイスをするだけでも嫌そうだったし」
「なんか心当たりある?」
「なんの?」
「わたしが霞ヶ丘先輩に嫉妬している理由」
「あの・・・恵?」
「いや、けっこう真面目に聞いているんだけど?」
「どういうこと?」
「この物語の舞台についてなんだけどなぁ・・・」
「えっと・・・それはicy-tailの打ち上げに参加した英梨々に聞いたからだろう?」
「何を?」
「あの・・・恵?」
「ううん。怒ってない。機嫌は悪いけど」
「・・・大事?」
「うん」
「詩羽先輩が新幹線乗り場のホームで・・・」
「倫也くんのファーストキスを奪った?」
「・・・そうだけど」
倫也がか細い声で答える。ちょっと会話の意図がわからない。
恵は上を向いて考えている。怒っているわけじゃない。それはもう知っている。
「ほら、前回の長編同人では過去を修正したからさ・・・どっちの世界観なのかなぁって・・・」
「・・・もう、発言に矛盾があるよねぇ!?」
「ごめん。でもさー」
恵は不満である。どうやら倫也のファーストキスは覆らないらしい。
スカイプに詩羽がログインした。
そして、参加許可を求めてきている。
「おっ、詩羽先輩きたな」
「ん・・・どういうこと?」
「許可すればスカイプで使って3人でしゃべられるよ」
「あれ・・・倫也くんと2人で過ごすんじゃないの?」
「詩羽先輩はマルズの仕事で大忙しだから・・・」
「それは建前だよね」
恵が口元に手を当てて考え込む。どうも邪推してしまう。
「どうかな。俺も正直、詩羽先輩の考えていることまでわからない」
「直接会わないってことはさ、倫也くんとのイベントフラグは立てない・・・立てたくないってことじゃないのかな」
「だとすると・・・この詩羽先輩は・・・」
「英梨々に協力する詩羽先輩じゃないかな」
「・・・この物語では流石に無理じゃないの?」
「だよねぇ・・・」
何しろ題名が『恵といちゃいちゃ過ごす夏休み』なのだ。さすがにこれで英梨々ルートは無理がある。多少の邪魔ぐらいはできるだろうが。
「無理しなくてもいいと思うぞ」
「無理?」
「何もサブヒロインを順番に担当させなくてもさ」
「どうすればいいの?」
「このまま・・・無視したら・・・?」
「ええっ・・・」
「劇場版だって夏休みの最後まで連絡をとってないようだったし、問題はないと思うが」
「そうだけど・・・ちょっと、休憩。このまま放置させるね」
「うん」
恵は一度、席を立った。それから花を摘みに行き、アイスティーを淹れてデスクに戻ってくる。画面には倫也が映ってない、背景のフィギュアが並んでいるのが見える。アイスティーを口にしながら考える。詩羽の意図がみやぶれない。何かあるはずなのだが。
倫也もトイレを済ませてから、アイスコーヒーをグラスにいれる。ミルクも砂糖も入れない。それを飲みながら階段を上がっていく。やはりサブヒロインが登場すると話がややこしくなる。底抜けに明るい話とはいかないようだ。イスに座ると、画面には恵が戻ってきていてアイスティーを飲みながら物思いにふけっていた。
「ねぇ倫也くん。霞ヶ丘先輩のこと・・・無視するね」
「わかった。それでいいと思う」
「なんか了見の狭いメインヒロインでごめんね」
「そんなことない。嫌ならしないほうがいい」
「うん。なんか、やっぱり苦手だなぁ。ラブコメ」
「もちろんさ、笑って楽しい恵が一番だとは思う。でも怒ったり、悩んだりする恵も魅力があると思うんだ」
「恵が?メインヒロインが?でしょ」
「・・・そうだな。そういういろんな感情をみせるメインヒロインにみんなが共感したり、応援したりするんだと思う」
「そうだといいけど・・・」
恵がカーソルで拒否する。詩羽の参加要請が消えた。悪い事をした気分になる。
「そうそう、話が違うけどさ・・・夏祭りのイベントはやりたいなって思っているけど、恵はどう思う?」
「夏祭り?」
「縁日に参加したり、花火を見に行ったり」
「誰が?」
「えっと、恵が」
「1人で?」
「・・・俺と」
「!」
恵が目を見開いて驚いた顔をしている。
「どういう風の吹き回し?だって部屋からでないでシナリオ作るっていってなかった」
「いろいろ考えたんだよ。もちろん、家の中で過ごすシナリオも好きだ。でもさ、どうしても親密な雰囲気になってしまうだろ?」
「それって悪いことなの?」
「そうじゃないけど・・・ボディータッチはさ・・・」
「・・・まぁ、そうだよねぇ・・・」
おっぱいを触ったりしてはいけない。当たり前だが健全な高校生のサークルというのが建前である。
「だからさ、少し外に出てみようと思ったのだけど・・・」
「うん。シナリオのためなら仕方ないかな」
恵が少し笑顔を作った。
「今度の週末なんだけど空いてる?」
「えっと、土曜日?」
「うん」
「土曜日はゲーム作りのために倫也くんの家に行く予定なんだけど」
「なら、そのゲーム作りのシナリオのために、取材でもいいかな?」
「・・・しょうがないなぁ・・・」
「あとさ」
「まだあるの?」
「浴衣・・・着る?」
「浴衣・・・用意してない」
「だったらさ、金曜日に買いに行ける?」
「前日?」
「うん」
「浴衣って、仕立てがあるんじゃないかな」
「そうなの?既製品でできているのもありそうだけど」
「そうだね」
「見にいってから考えたら?」
「わかった」
「じゃ、そんな予定で!」
恵がうなずく。気分が上向きになる。
「ありがとね」
「ん?」
「なんか、暗くなりそうだったから・・・シナリオ」
「何もかも恵が背負うことはないんだって」
「うん。じゃあ、いったん切るね」
「うん。またな」
「またね」
恵がスカイプを切り、ノートPCをそっと閉じた。それから、心ゆくまでにやにやとして、足をイスの下でパタパタさせた。
あとは明日の英梨々回を乗り切ればOKだ。
※※※
倫也は深く息を吐き出した。
画面を眺めていると、スカイプに詩羽からまた誘いがあった。これは考えていなかった。
「あら、倫理君。参加するのね」
「こんにちは。詩羽先輩。別に拒否する理由なんてないですよ?」
「あなた、あいかわらず加藤さんには過保護なのね」
「そんなつもりは・・・ないです」
「一つだけ、アドバイスをしようと思って」
「はい」
「明日の澤村さんは・・・本気だから・・・気を付けて」
「別に、詩羽先輩も英梨々も敵じゃないですってば」
「そうね。確かにそうなのだけど・・・でもね、もう・・・澤村さんはサブヒロインとしては使えないのよ」
「・・・」
「こんな風にサブヒロインの回なんて作らない方が良かったんじゃないかしら?」
「けど、やっぱり恵がメインヒロインなら・・・避けらないんじゃないですか?」
「宿命なのかしらね。『転』が」
「恵となら、上手く乗り越えられますから」
「そうでしょうね。ごめんなさいね。せっかく楽しそうに終わっていたのに」
「いえ」
「私もあまり邪見にされると・・・ちょっと拗ねてみたくなったのよ」
「すみません」
「いいのよ。私の出番はこれで最後だから」
「はい」
「お幸せに」
画面の中で長く美しい髪が揺れた。少し寂しそうに霞ヶ丘詩羽は微笑んだ。
(了)
というわけで、明日は英梨々回