【短編集】 恵といちゃいちゃ過ごす夏休み   作:きりぼー

25 / 41
英梨々との一日に対して
こちらが恵との一日になります。

ちょっと長いですがお付き合いいただければ。




浴衣で花火デート

第25話 花火大会とかいうリア充のイベント

 

 

8月14日 土曜日 夏休み24日目。

 

 

「ごめん。遅れる」

 

午前11時。恵はまだ美容室にいた。花火大会当日の店内は和装の女性で賑わっていた。

予約はしていたが間に合わず、順番が前後してしまった。

 

恵は朝から慌ただしかった。

浴衣の着付けを母に手伝ってもらった。和装バックは母のものを借りようと思ったが、「えっ?」という驚く顔を返された。母のバッグは慶事用の和装バックで白地にカラフルな鶴の刺繍のものだ。物はわるくない。ただ浴衣に合わせる品でない。

姉の浴衣セットがあったはずだと、母が大慌てで押し入れから箱を引っ張り出してみたものの、ピンク色の安っぽいものだった。

 

「ダメかな?」

 

恵が手に持ってみたものの、母は無言で首を横にふる。そこだけ小学生仕様になってしまう。画竜点睛を欠くとはよくいったものだ。

母の小言を聞きながら、池袋のデパートまでいって開店と同時に和装小物を扱っているテナントに行き、無難に辛子色の巾着袋を一つ買う。選ぶ時間はない。

そこから、家に戻り急いで浴衣の着付けをして美容院に駆け付けたが、予約時間に間に合わなかった。

 

息を切らしながら、「別に恵をデパートに連れていく必要はなかったわね・・・」と、母は悟り得たが時間は巻き戻らない。順番が来て、髪型の相談をしている時に恵はかんざしを家に忘れたことに気が付いた。泣き出しそうである。

母がもう一往復をして、かんざしを店の人に渡す。

 

サークル内ではしっかりものでも、親からみればいつまでたっても子どもである。

小言は言い続けたものの、やはり娘の晴れ舞台であり無事に楽しく過ごして欲しいと願う。和装関係でバタバタすると、七五三のイベントがついこないだのように感じられた。

 

 

 

※※※

 

 

 

 池袋。改札前。

 

「恵。遅れるみたいだな」

「恵先輩らしくないですね」

 

倫也と美智留と出海がいる。

スマホのLINEの報告を聞いて倫也は予定変更を考える。

都内の人気の花火大会では夕方からでは場所取りは難しい。午前中なら、それなりに良い場所がとれる。地元の人などは前日や早朝に場所とりをする人もいる。昨今では場所取り専門業者もいてたちが悪い。

 

美智留も出海も浴衣を着ている。

美智留は白地に華やかな彩りの花模様である。背丈があるせいか、ショートカットのせいか、はたまた身のこなしのせいなのかはわからないが、姉御っぽい印象を与える。

一方で出海はしっかりと可愛くコーデされていて、ピンク系統で統一され、手には自作水ヨーヨーを持つなど小物にも余念がない。

 

「伊織は?」

「さっき、ランコ達と合流できたって連絡あったけどー」

 

一応、2部隊に分けている。どちらかが場所とりに成功すればいい。

Icy-tail組に伊織がいてまとめている。都内の会場へむかっているはずだ。

美智留が倫也達の方にいるのは、倫也と恵のバカップルに出海が1人だと心が折れてしまうからだ。人間関係は難しい。

 

「恵先輩はどれくらい遅刻するんです?」

「一時間ぐらい」

「ふぁー」

 

出海が驚いている。ずいぶん派手な遅刻だ。

 

「じゃ、あたし達は先にいっているよー。トモ」

「そうだな」

 

美智留が提案する。とりあえず浴衣は着たし、花火大会に伊織たちといけることは確定した。恵の気合の入り方がひしひしと伝わってくるから、こういう時は早めに舞台から退場するのがいい。もはや倫也と恵の間に茶々をいれるのもだるい。

 

「あの・・・わたしはどうすれば?」

「どっちでもいいぞ?」

 

倫也の言い方が冷たい。邪険にはしないがお邪魔虫扱いは露骨である。なら、最初からサブヒロインなど登場させなければいいのに・・・と出海は思った。

出海が悩んでいると、美智留が出海の首にガッと腕を巻き付け、耳元で囁いた。

 

「戦わなければ経験値が溜まらないが、かといって勝てるような相手でもなし」

 

出海はぶるぶると震えた。

 

 

 

※ ※※

 

 

 

美智留は、倫也に軽く挨拶をして改札を通っていった。

 

「とりあえず、一時間は倫也先輩を独占できるみたいですし、残ってみました」

「ふむ」

「倫也先輩を1人きりにするのも可哀想ですし」

「ははっ、スタバでもいこうか」

「はい!」

 

2人は待ち合わせ場所を離れ、スタバへと入っていく。

倫也は炭酸飲料を、出海はキャラメルマキアートを頼んだ。

空いている席を探して座る。倫也はスマホに連絡がないか気にしている。

 

「あの・・・倫也先輩?」

「ん?」

「女の子といるときは、他の女の子のことを考えるのはマナー違反ですよ」

 

ずいぶんと昔も言った気がする。

 

「ねぇ出海ちゃん?ちょっと聞いていい?」

「なんですか?」

「朝からケータイの先にいる女の子と一緒にいる気がしている時に、目の前にいる現実の子は他の女の子と言えるだろうか?」

「はい?何を言っているんです?」

 

倫也は、恵の事を考えていて、出海が他の女の子だよね?と言っている。

もはや論理が外道だ。

 

倫也はポリポリと頭をかいている。

ちなみに、倫也も浴衣をちゃんと来ている。洋服でも良かったが恵の隣にいるときに、どちらがより映えるか?を考えたら、当然の結論である。

 

「シナリオ分岐を間違えたか・・・」

 

倫也が呟いた。

現在、このまま出海が恵と遭遇すると砂粒になって消し飛ぶ。

倫也と恵が合うタイミングで邪魔になるからだ。話が脱線するとやはり『負け犬』調な不条理が待っている。

 

「ごめん。出海ちゃん」倫也が頭を下げた。不条理分岐は避けたい。ここまで一応リアル路線で頑張ってきた。

 

「どうしたんです?」出海が聞き返す。謝られることはされていない。

 

「その浴衣・・・とても似合っていると思う。出海ちゃんらしく愛らしいし、どこか小悪魔っぽさ残っていて・・・小道具もいきているし」

「はぁ・・・ありがとうございます」

 

突然褒められて照れる。とは言え、言葉少し浮いている気がする。

 

「こないだのサブヒロインルートの一枚絵もよかったよ」

「ええ、なかなかの会心作で・・・」

「あと、今、手掛けている絵の構図もアイデアもいいし・・・」

「そこは相談したいことが・・・」

「ごめん」

 

倫也が立ち上がった。一時間でも二時間でも出海と話をすることはできる。ただ、今は楽しく過ごせる気がしない。恵が遅刻したのは予定外だった。

 

「どうしたんです?立ちあがって」

「俺・・・恵を迎えにいってくるよ」

「でも、どうせ池袋に来るのでは・・・」

 

倫也は少し照れたようにハニカミ、

 

「1秒でも早く、恵に会いたいんだ」

 

と、言って店から出ていった。コーラは一口も飲まれていなかった。

 

残された出海は呆然とする。何、この扱いのひどさは・・・

その時、出海のケータイが鳴った。伊織からである。

 

「テレレレッテッテッテー」

「何かレベルがあがった!?」

「出海。突然、取り残されるのは加藤さんも経験したイベントだ」

「・・・そういえばそうですね」

「そうやってヒロインレベルを上げていくんだ」

「はぁ・・・」

「じゃ、こっちに合流するように」

「はーい・・・にしても、倫也先輩、雑すぎじゃないですかね?」

「どうかな、倫也君は元々かなり雑で、褒めているだけでも成長していると思うよ」

「・・・確かに」

 

出海はため息をつきながら通話を切る。

テーブルには手つかずのコーラ。これは捨てるべきか悩ましい。別にもっていって飲んでもいいがキャラメルマキアートのあとにコーラを飲む気がしない。やはり捨てよう。

倫也先輩がもっていってくれればよかったのにと思う。

 

「・・・ああ、ここに意識が何もなかったのか・・・」

 

出海はやっと気が付いた。

 

自分がまだサブヒロインにすらなれていないという事実に。

 

 

 

※※※

 

 

 

 倫也は恵の最寄り駅に着いた。ホームのベンチに1人で座る。

学校帰りに恵が来るのを待つときに使っている場所だ。恵を待つならここが一番慣れている。

駅にで待っていることと、慌てなくていいことをLINEで伝えた。慣れない草履で歩くのに、急いでしまって転んだら大変だからだ。

 

 ひどく暑い。蝉が夏を謳歌している。太陽が真上に上がり、何もかも溶かそうとしているかのように景色が少し揺らいでいた。

 

 喉が渇く。自販機でペットボトルの水を買う。さっきのコーラを持ってくればよかったとやっと気が付いた。開けて一口飲む。

日陰とはいえ、本当に暑い。スマホをいじって遊んで時間をつぶす気がおきない。

 

ただ恵を待つ。

 

倫也は膝の上で腕を組み、下を向いて自分の影を眺めていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

「倫也くん、おまたせ」

 

少し弾むような澄んだ声が倫也の耳に心地よく届いた。

 

倫也の視界に薄紅色の鼻緒の草履が入った。目線を上げると紺色の生地に手染めの白い朝顔が咲いている。その立ち姿は涼やかだった。

 

「ごめん。待った?・・・よね」

 

倫也は座ったまま立っている浴衣姿の恵を見つめている。

蝉がしきりに鳴いて騒がしい。電車の来るアナウンスが告げられたが倫也の耳に入らない。

 

「あのさ、何か言って欲しいのだけど」

 

臙脂色の帯がどこか大人びた落ち着いた印象で、右の手の平でパタパタと顔を仰いでいる。目線は倫也を見つめていないで、どこか遠くの方を見ていた。顔が紅潮していて緊張しているのが伝わる。

左でぶら下げた買ったばかりの辛子色の巾着袋が揺れていなければ、目の前の恵はどこか錦絵のような佇まいだ。

 

「ともやくーん」

 

恵が倫也の方に目線を落とす。倫也の顔も真っ赤だった。まるでのぼせてしまっているように見える。口がぽかーんと間抜けに開いている。

 

「あっ・・・あっ・・・」

 

上手く言葉がでない。夏らしい、それでいてどこか懐かしい恵の姿にただ見惚れてしまい、セリフが飛んでしまった。

 

電車がゆっくりと到着して、プシューという音と共に扉が開いた。数人の乗客が乗り降りしている。

 

恵は右手を倫也の方へ差し出した。倫也はその手を握って立ち上がり、恵の顔をじっと見つめる。

 

「そんなに・・・見られても・・・」

 

恵は倫也の手を離して、右手で前髪を触る。カットしたばかりの前髪はまっすぐそろえられていて、大人びた浴衣とは違い、童顔に見える。思ったよりも短くなって、幼い印象になったのが恥ずかしかった。

 

倫也は一歩だけ恵に近寄って、右手を恵の背中に回して、そっと抱き寄せる。恵はおでこをそって倫也の胸にくっつけた。高鳴る鼓動が聴こえてきそうだった。いったいどっちの心臓の音だろう?

 

電車の扉が閉まり、ゆっくりと発車する。

 

「・・・恵っ!」

 

倫也がかすれるような小さな声で、それでいて興奮を隠しきれていない。

 

恵がそっと顔をあげると、目の前に倫也がまっすぐに恵を見つめている。

 

「・・・うん」

 

恵は静かにうなずいた。もう、しょうがない。

そっと、目を閉じる。時間は3秒。長い長い3秒をそっと心の中で数える。

 

恵は珍しく薄化粧をしていた。顔はキメの細かい肌なので余計なことはしなかったが整えられた眉にラインを少し描いた。それから口元には紅をひき、それが艶やかだ。

 

「・・・んっ」

 

倫也がその恵の唇にそっと口付けをした。

恵は目を閉じたまま身を任せていた。

 

 

 

倫也がそっと口を離し、戸惑っている表情で恵をみている。その口に恵のつけていた紅が少しついてしまっている。

 

「クスクスッ」

 

恵は口元を隠して笑ってしまった。さっきまでの緊張が嘘のようだ。倫也は気が付いていない。

辛子色の巾着袋からウエットティッシュを一枚取り出し、倫也の口元に当てる。

 

「紅・・・ついてる」

 

倫也は受け取ったウエットティッシュで口元をふいた、手元で見てみると紅が少しにじんでいる。ぼんやりとそれを眺める。

どこか夢心地でふわふわとした気分だ。

 

恵がそっと倫也から一歩離れる。ほうっておくとずっと抱かれていそうだ。それでもいいけれど・・・今日は花火を見に行く。

 

倫也は名残惜しそうに恵から手を離し、それからベンチの上の荷物を手に持った。

 

「あの・・・何か感想を言って欲しいのだけど・・・?」

 

恵が上目遣いで、わざと少し怒った口調でいう。

 

倫也は何か言おうと上を見て考える。大きな濃い白い雲が空に張り付いているように浮かんでいる。

 

「言葉はあまりにも不器用で・・・六角レンチでオムレツを作るみたいに役に立たない」

 

恵は下を向いて、おかしそうに声を立てずに笑っていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

2人は池袋で乗り換えて電車に乗っている。4人用のBOX席に並んで座った。窓辺に恵、その左隣に倫也が座っている。

 

恵は足を伸ばしたり、下ろしたりして、ぶらぶらと動かしている。浴衣姿だと行儀が悪い。でも、これは上機嫌の時につい出てしまう癖だった。

 

倫也はペットボトルの水を一口飲み、ため息をつき、そして頭を抱えるようにして下を向いている。

 

「あーあ。知―らないよ。知―らない♪」

 

恵の声が半音高い。顔はにやけている。

 

「どうしよ・・・恵」

「知―らない」

「でも、まずいだろ・・・」

「そう?」

「だって、俺たちはサークル代表と副代表で」

「それで?」

「健全な高校生のラブコメを・・・」

「健全だとは思うけど・・・ラブコメかどうかは・・・」

「・・・キスはだめだよな・・・」

「それは倫也くんの自制心が足らないからで」

「恵も目をつぶっていたよね!?」

「そうだっけ?」

 

ずいぶんと電車に揺られていて、車窓の外には田園風景がときどき見える。

倫也は窓の外よりも隣にいる恵の細くて白いうなじが気になる。揺れている簪にときどきそっと触れる。

 

「エンディングどうするんだよ?」

「この話の?それとも・・・最終日の話?」

「最終日の話。キスして終わるんだろ」

「だから、知らないよ。そんなの」

 

恵は顔が赤らむ。物語の半分をキスもせずに過ごしてきた。そもそも設定に無理がある。

 

顔をパンパンと軽く叩く。そうだ、フラット。フラットが大事。

 

「で、どこに行くの?」

「熊谷の花火大会」

「ふーん・・・みんなは?」

「都内の花火大会」

「ふーん・・・どうして?」

「恵と2人で花火を見たかったから」

「・・・もう」

 

顔がすぐににやけてしまう。ダメだ。フラットフラット。

 

「うん。恵の浴衣姿。良く似合ってる」

「今更?」

「あれだよ・・・恵がようやくコスプレに目覚めてくれてうれしい」

「それ・・・最初のタイミングで言わないと」

「・・・だよな」

「確かに霞ヶ丘先輩が作ってくれた前作の主人公も和装なんだよね」

「そうなんだよ。前髪とか意識しているのかと思ったけど」

「レトロなイメージにしたけど・・・なってみてから気が付いただけで、コスプレしているつもりはないのだけど」

「そうだな・・・。でも、ほんと、可愛い」

「・・・ありがと」

 

倫也は恵の方に体を向けて、手をそっと伸ばして恵の顔に触れる。

 

「・・・もう。あとで口紅落としてくるから」

「ん?どうして」

「このまま一日過ごしたら・・・ウエットティッシュがすぐになくなりそうだもん」

 

 

 

そして、恵はまた目を閉じた。

 

 

 

※※※

 

午後2時。熊谷駅に着いた。

 

「えっと、花火大会何時から?」

「7時から9時まで」

「まだ、5時間もあるよ?」

「まずは会場いって場所取りだな」

 

倫也は恵の手をつないで駅から外に出る。

 

「暑いっ!というか、熱いよ・・・」

「だな。ちなみに40度超える日もしばしば」

「・・・もう危ないレベルじゃん」

「会場で場所取りしたいけど・・・有料席でも買う?」

「シートもってきたんだよね?」

「うん」

 

倫也は浴衣姿だが、ナップザックを手に持っている。さすがに背負うのは抵抗がある。

 

「うーん。とりあえず、日傘買いたい」

「じゃあ、八木橋だな」

「やぎはし?」

「熊谷といえば、八木橋百貨店だ」

「へぇ・・・」

 

そういうわけで八木橋に向かった。

八木橋百貨店は地元密着型の愛されデパートだ。昔、大手有名デパートが熊谷に進出してきたが、そこを撤退に追い込むほど地元の支持を得ている。

地元では八木橋に勤めることがステータスだし、贈り物は八木橋の袋にいれると格式が一つあがる。

 

※※※

 

場所取りをおえて、2人は和食系のファミレスに来ている。フリードリンクを頼み、少し遅い昼食を食べている。

 

倫也はもってきたナップザックから、レポート用紙の束を恵に渡した。

 

「・・・今日も仕事するの」

「しょうがないよね?」

「なんか、その冷静な言い方もどうかと思うけど」

「今日をボツにしないためにも」

「・・・だよねぇ」

 

もちろん恵だってわかっている。キスなんて普通は最後だ。それが一番キレイに物語を終える方法だからだ。

ところが今日、キスをしてしまった。残りの日数のプロットも大幅な変更が余儀なくされることとなる。まぁプロットなんかないんだけど。

 

「『知―らないよー』って、言っている場合じゃないんだよ。恵」

「・・・で、どうするの?」

「残り2週間ちょっとだからな。まずはやりたいことを並べてみようと思うんだ」

「やりたいこと?」

「そう。夏イベントを書いてみて、できそうなことと、できないことを分けてみたらいいと思う」

「ああなるほど」

「でも、毎日でかけるのもしんどいからな。家の中でできることも考えないと」

「けっこう短編にもネタがとられているよね」

「そうだな・・・」

 

この恵と過ごす夏休み制作時間を作るため、一週間に一度短編を投稿していた。

 

「夏祭り」

「今日と少しかぶるけど鉄板だよな。浴衣をもう一着は無理だからね!?」

「・・・別にそんなこと一言も言ってないんだけど・・・」

 

恵の目からハイライトが消えた。

・・・予算とかあるから。

 

「家の中でやりたいことは?」

「そりゃあ・・・」

 

恵が前に座っている倫也をじっと見つめる。倫也も恵をじっと見ている。

それから二人とも顔を真っ赤にして、頭から湯気がでて、下を向いた。

 

「・・・高校生らしく爽やかなので頼むな」

「倫也くんは別に爽やかではないと思う」

「とにかく、高校生らしくな・・・」

「高校生らしいと思うけど?」

「えっと・・・真面目で健全な高校生らしいので」

「そんなに否定するかなぁ・・・」

「R18じゃないから」

「・・・なんか、わたしが望んでいるかのように会話を調整しないで欲しいのだけど」

「・・・流しそうめんでもするか」

「コントでもするの?」

「ホラー映画鑑賞」

「ああ、うん・・・」

 

ソファーに並んで座って映画を見た時は、自制心を保つためにニンニクを食べていたような・・・キスが解禁されたら、どこで止めるんだろう・・・

 

「暑いから、屋内施設がいいんじゃないかな。図書館デートとか、映画館とか、美術館とか・・・」

「ふむふむ。家の中でプラモ作りは?」

「・・・オタク文化?」

「そそ」

「うーん。作るんだったら陶芸とかやってみたいなぁ」

「英梨々に頼む?」

「なんで、そこで英梨々がでてくるの?」

「美術部だから。関係者で陶芸教室イベントができるかも」

「口実なんてなんでもいいよ・・・」

「そっか・・・」

「やらないから」

「ん?・・・そうだな」

 

恵が拗ねている。陶芸をはじめ美術系イベントは英梨々の管轄だ。美術館デートももちろんできない。頭に来るのは倫也が意図的に英梨々の名前を出したところだ。せっかくいいムードだと今日は思っていたけれど、英梨々の名前を聞くだけで心が騒ぐ。

 

「海外旅行」

「高校生らしくな」

「高校生でも海外行くと思うんだけど」

「それ、卒業旅行とかだよねぇ!?」

「卒業旅行かぁ・・・」

「今、受験生だろ?」

「・・・それ、倫也くんがいうの?」

「・・・」

 

倫也がザルそばをすすっている。ついつい話こむと食べるのを忘れてしまう。

 

「プールは?」

「泳げない」

「倫也くん?」

「俺、泳げないから、却下な」

「うーん。あまり関係なくない?水泳大会に出るわけじゃないんだから」

「ウォータースライダーだろ?」

「うんうん」

「それだったら、雨天中止でさ」

「うん?」

「せっかく新調した水着を家の中で着るというのは・・・」

「それって、有名なネタだよね・・・」

「そう・・・だな」

 

恵はため息をついて、却下する。家の中で水着を着て我慢できるわけがない。

 

「同じ理由で海もダメだめかな?」

「ダメってわけでもないけどな。スイカ割りとか」

「うん」

「どちらかというと、恵と海に行くなら日中にはしゃいで遊ぶというよりは夜の海岸で花火するような・・・」

「星空を眺めて?」

「恋人同士の理想だよなぁ・・・」

「いいんじゃないの?」

「プチ旅行か」

「うん。名目は・・・」

「合宿か」

「うんうん」

 

恵の瞳が輝いている。どうやら旅行に行きたいらしい。

倫也はそんな恵を見て少し微笑んだ。

 

・・・こんな風に2人はファミレスで会話しながら時間を潰して、花火大会のはじまるのを待った。

会話が転がり始めると、なかなか止まらない。脱線してあらぬ方向の話になることもある。

 

 

 

※※※

 

 

 

 倫也と恵はファミレスで適当に時間をつぶした後にデパートをぶらぶらして、恵は和装用の団扇を買った。夕方になって花火会場へ向かうと、土手の上には屋台が並んでいて、だいぶ人が集まって賑わっていた。

 

2人はまだ夏休みの過ごし方を考えていた。

 

「結局、どこかで聞いたような話だよね?テンプレっていうのかなぁ」

「そうだな・・・そういう専門雑誌もあるしな」

「だから、部屋の中で過ごす話なの?」

 

倫也は肩をすくめる。恵はうちわをゆっくりと動かしている。

 

「あっ、これやっていい?」

「もちろん」

 

恵が巾着から小銭を出して、出店の人に渡す。

水ヨーヨー釣り。小さな子供が本気で欲しがり、小学生高学年ぐらいから興味を持たなくなり、また高校生ぐらいでアイテムとして欲しがる。不思議な魅力がある。

 

※※※

 

倫也と恵が場所取りをしていたところに着いた。草履を脱いでシートの上にあがり、買ってきたタコ焼きやペットボトルを置く。下は芝生なので座っても痛くない。

 

「じゃあ、こういう花火を一緒に見るイベントはいらないのかなぁ」

「どういうイベントだと恵が一番輝けるかっていうことが大事なわけではなくて・・・」

「大事でしょ?」

「いや、恵が楽しいかどうかの方が大事だろ?」

「うーん」

 

ひゅ~ という音の後に、ドーンとなって明るく夜空が彩られ。最初の花火が上がった。

 

「あっ、始まったよ」

「だな。先のことはまた今後考えよう。今は花火と恵を見ていたいし」

「・・・もう」

 

7時はまだ空には白さがあり、完全には暗くはない。それぐらいの時間から花火大会はゆっくりとはじまる。

恵は体育座りをして、膝を抱える。右に座っている倫也にちょっとくっつく。

 

ひゅ~ ・・・ どーん!

 

周りの人が少しずつ混み始める。

 

「近いねぇ・・・!」

「だろ?打ち上げているところもあの橋の上からなら見えるよ」

「へぇ・・・」

「ここからが面白いんだよ。さっきから放送が聴こえるでしょ?」

「うん」

「ちゃんと、聞いてみると面白いんだ。メッセージ花火」

「うん」

 

恵は放送に集中する。ちょっと音割れしていて聴き取りにくい。

 

『〇〇さん。孫を見せてくれてありがとう!3万えーん』

 

ひゅ~ ドーン! 花火が一つあがる。

 

「なにこれ?」

「協賛金を出すと、メッセージを読んでくれるんだ。最初はこれが続いてゆっくりなんだよ。それでだんだん人が集まってくる」

「面白いねぇ」

「だんだん金額が増えていくと、花火の質もあがってくる」

「そこはシビアだね」

 

『△△くん。大学合格おめでとう!□□ちゃんは受験をがんばって! 3万えーん』

 

ひゅ~ 。ドーン!

 

「クスクスッ」

「□□ちゃんがただの受験生なのか、落ちて浪人しているのか・・・」

「落ちていたら名前言わないでしょ・・・」

「そっか・・・たこ焼き食っていい?」

「うん」

 

恵がパックの輪ゴムを取って、タコ焼きに串を刺して、倫也の口元に持っていく。

 

「こぼして汚さないようにしないとね」

「ああ。うん・・・はむっ」

 

恵が微笑んでいる。ずいぶんとリラックスしているようだ。

 

花火は一つずつゆっくりと上がっていく。長閑な時間が流れていく。

 

『お父さん、お母さん、金婚式おめでとう! 10万えーん』

 

「金額があがったよ」

「どうだろう」

 

夜空の複数の花火が上がって彩られたあと、さらにひゅ~と音を立てて花火があがって、今までで一番大きな花火がバーンと開いた。

 

「おおっ」恵が思わず手をで拍手する。周りからも拍手がちらほら聴こえる。

「おめでとー」って叫んでいる若者もいた。もう酔っているようだ。

 

『妻へ、無駄使いする俺の家計をいつも支えてくれてありがとう!感謝を込めて 3万えーん』

 

小さな花火がいくつかあがった。

 

「ネタ?」

「こういうネタも実際あがるよ。謝罪系は面白いのが多いな」

 

周りを見ると、寝転んでみている人もいるし、家からもってきた総菜と缶ビールを並べている人もいる。

 

恵はタコ焼きを1つ食べ、また倫也の口に1つ運ぶ。暑さは和らいできている。風が適度に吹いて花火の煙が流れていく。花火日和だ。

 

 

 

※※※

 

 

 

 だんだんと金額が増えていくと、メッセージも重くなってくる。鉄板はプロポーズだろう。

 

『花火の好きな××ちゃんへ、婚約指輪よりも花火を贈って欲しいといったから、約束通り贈ります!30万え~ん! おめでとございま~す』

 

会場にどよめきと、拍手がおこる。

それから複数の花火があがり、大きな花火が数発あがって、夜空を埋め尽くす。

 

「すごいなぁ・・・」

「いいよなぁ」

 

あちこちでおめでとうの声もあがっている。きっとどこかでそのカップルもみていることだろう。

 

『××より、@@くんへ。花火ありがとー!幸せにしてください!20万え~ん!』

 

ひゅ~と3つの花火があがっていく。高く・・・高く。どーんと3つの花火がが一際大きく広がり、そのあとに小さいのが複数あがっていく。キラキラとしたものが消えた後に、ハート型の花火がいくつか広がり、さらに大きな大きな花火が夜空1つ、恵の視界いっぱいに広がった。ど~~ん!!という音も少し低音で後から響く。

 

「うわぁ、でかいなぁ・・・」

「はははっ」

「周りから笑い声も聞こえる」

「ん?何かあったの?」

「セットだよね。今の花火」

「・・・ああそっか。プロポーズの返事?」

「そそ。カップルで50万だから・・・周りも協賛してそうだな」

「婚約指輪よりも思い出になりそうだけど・・・」

「やっぱりもったいない?」

「・・・うん」

 

価値はひとそれぞれ。

子供の頃から花火でプロポーズされるのが夢って人もいるようだ。

 

「かき氷・・・喰う?」

「そだね」

 

メッセージ花火が一段落すると、次はコンテスト花火になる。

 

倫也と恵は立ち会がって屋台にいく。ケバブやチャプテなど海外の屋台も多い。トルコアイスが人気のようで並んでいた。

 

 

 

※※※

 

 

 

あたりはすっかり暗い。この暗さが田舎ならではだ。あと土の匂いというか、堆肥の匂いが風で流れてくることもある。

 

倫也と恵は、かき氷をもって戻ってくる。

 

恵が正座をしてから少し足を崩す。浴衣姿でどう座ってもしっくりこない。

ちょっと倫也にもたれかかってみる。

 

「次はコンテスト花火で、いろいろイメージの説明がある」

 

恵はシャリシャリとかき氷にストローをさして一口すくって口に運ぶ。イチゴ味で妙に甘く氷の粒が大きい。それから一口すくって倫也の口元に運ぶ。2人で1つ。

 

コンテスト花火ぐらいから、だんだんと演出も派手になってくる。低い位置から花火が埋まっていって、だんだんと高いものが上がる。色や形にこだわったものがあり、どこかでみかけたアニメ作品のものもある。

 

恵はさっきほど感想を言わなくなり、じっと夜空を眺めている。あまりにも近いので時々熱い燃えカスが降ってくる。

 

次から次へと花火が上がっていく。

 

倫也は花火の光で恵の横顔を見る。優しい目元は少し潤んでいるように見える。黒い瞳に花火のいろんな色が映り込んでいるのがわかる。

たまに恵は横目で倫也の方をみると、倫也と目があってしまう。倫也は恵の方に顔を向けて見つめている時があり、恵は少し恥ずかしい。そんな時は目をそらすが、倫也が指で髪を触ってちょっかいを出してくる。

 

 

 

※※※

 

 

 

コンテスト花火の後は協賛が企業になってきて、宣伝と地元への還元も兼ねて派手な花火がどんどん上がっていく。

東京の大きな花火大会と違うところは、打ち上げ場所が1か所なので、派手に上がった後、間が少しあることか。暗い夜空に花火の煙がたなびいているのを眺めていると、その奥に星空が広がっていることもわかる。

 

 8時半を過ぎた頃には、花火大会はだいぶ盛り上がってきている。酒を飲んで酔いつぶれている人も増えるころだ。迷子案内が放送されるときもあって、どこかゆったりしている。

 

「あのさ・・・倫也くん」

「どうした?」

「この物語の題名ってなんだっけ?」

「えっと、『恵といちゃいちゃして過ごす夏休み』だよな」

「今日、いちゃいちゃしたっけ?」

「キスを何度かしたような・・・」

「・・・あーそう」

「何・・・何?」

 

花火があがっていないと恵の表情ははっきり見えない。でも、ちょっと拗ねているような。

 

「何かしてみたいことあった?」

「ちょっと耳貸してくれる」

倫也が恵の顔に耳を近づけた。

 

「えっと・・・こしょこしょ・・・」

「・・・わかった。やってみる」

 

恵は一度立ち上がって、体を左右にひねってほぐす。座り続けているのも疲れる。倫也も立ち上がって軽く体をほぐす。

昼食も遅かったし、屋台で何かを買って食べる気もしない。ポテトもいらなかったぐらいだ。

 

夜空には間断なく、派手に花火が打ちあがっている。大きな花火も多くなってきて、音の響きも迫力があった。

 

 

 

恵はペタンと座って、足をまっすぐ前に伸ばした。倫也が恵を抱えるような形で後ろに座った。腰のあたりから腕を通して、前で手を組む。恵がその組んだ手に手を重ねた。

 

「・・・こ・・・こんな感じ・・・?」

「・・・うん」

 

ここまで近いと恵の香りだけでなく、整髪料の匂いもする。

ずっと触れたいと思っていたうなじがすぐそばにあるから、倫也は横から首元にキスをする。

 

「それは・・・えっちぃから・・・ボツかな」

「耳を甘噛みしなければOKだからっ」

「そうなのかなぁ・・・」

 

花火が目の前いっぱいに広がって明るい。火薬の匂いも漂ってきている。

 

倫也が恵を少し強く抱きしめる。恵の背中は完全に倫也にくっついている。

そのまましばらく、花火を眺めていた。音が気にならないぐらい緊張していた。

恵の体は思ったよりもずっと細かった。なのに柔らかい。

どうしたって、この胸のふくらみが気になってしまう。

そうだ。触ってから怒られよう!

 

 

・・・

 

 

「いてててっ」

 

恵が倫也をつねった。

 

「何?」

「ん・・・自制心」

 

そういって、恵は組んでいた倫也の手をほどいた。それから、横に座り直す。

 

「ふぅ・・・」

 

と大きく息を吐き出し、置いていた団扇をとって、パタパタと仰いで誤魔化していた。

 

 

 

※※※

 

 

 

『続きまして・・・皆様に愛されて・・・〇〇年。(中略)八木橋より感謝を込めて・・・』

 

八木橋のアナウンスが流れると会場が盛り上がる。屋台に並んでいた人もみんな夜空を見上げる。

寝転がっている人も座り直す。

子供たちは「八木橋だぁー!」と叫ぶ。とにかくすごい人気だ。

 

「八木橋って、今日行った八木橋だよね?」

「うん。もう熊谷の歴史みたいになってるんだよ」

「へぇ・・・」

「すごいぞ?」

「うん」

 

恵も正座に座り直した。正直、花火に飽きてきた頃だった。2時間たっぷりはけっこう長い。

 

ぽつりぽつりと始まる。それから栁や椰子とよばれる花火の間に菊が咲いていく。

この辺の花火の構成とか演出はタイミングが大事で職人の腕の見せ所だった。昨今ではPCで打ち上げを管理しているようだ。

だんだんと高くあがって、今日一番のでっかい花火があがると会場に拍手が起こる。

 

「おわったぁ~」

と恵が少しほっとする。

「ここからなんだ」

 

さらに、花火が次々と打ち上げられ、演出なのか、ヤケなのかわからないぐらい、さまざまな花火がいっせいに咲いている。みているこっちが少し不安になる。会場では「八木橋~」と叫んでいる声がときどき聴こえる。

 

「すごい・・・」

 

音のせいか驚きすぎて、目にちょっと涙が浮かぶ。

長年、熊谷で過ごした人はさまざまな思い出がつまっている。圧倒的な夕焼けをみて感動するように、この打ち上げ花火をみて万感の思いがこみ上げるようだ。

ずっと拍手をしているおばちゃんがいたり、この時間帯には老夫婦も家からでてきて立ってみていたりする。

惜しみなく大きな花火が連続して高く高くあがり、重ねてさらに大きな花火を作った。

最後に、しだれ柳で夜空を埋め尽くすと、みんなの拍手が沸き起こる。少したって花火大会が終わったことをアナウンスが告げていた。

 

「・・・」

 

恵は言葉を失った。思った以上にすごかった。東京湾のも隅田川のも見たが、会場が混みすぎていたり、ビルの光で明るかったり、遠かったりする。

これだけ目の前で花火を見たのは初めてだった。

 

「なっ?」

 

倫也が満足そうに言った。

恵はただうなずいていた。

 

夏の打ち上げ花火はロマンチックなイメージがあったが、違っていた、迫力がありすぎた。ちょっと放心状態になる。

 

「駅は1時間ぐらい混むから、ゆっくり帰ろう」

「・・・うん」

「はぐれないようにな」

「うん」

 

2人は立ち上がって、恵はゴミを集め、倫也はシートを折りたたみナップザックにしまった。

 

「倫也くん、忘れ物はない?」

「大丈夫。恵も忘れもの気をつけてな」

「うん」

 

会場のゴミ置き場にゴミを捨てる。

倫也が屋台でラムネを一本買い、栓を抜く。ガラス玉がコロンッと瓶に落ちた。

 

「ここからが大変なんだよなぁ・・・」

「もう、シナリオ終わらせたらいいんじゃないかな」

「家に帰るまでが遠足って習っただろ?」

「・・・遠足じゃないし」

 

倫也が恵の手を握る。ぞろぞろ行列にまじって駅へと向かう。

 

「どこか泊まれたらよかったのにね」

「・・・高校生だしな・・・」

「ねぇ、あの橋の向こうには何があるの?」

「たんぼ」

「・・・そう」

 

ずっと座っていたので、歩くのが気持ちよかった。恵は釣った水ヨーヨーをパシャパシャと跳ねて遊んでいる。

恵は目が合うたびに微笑んでいる。機嫌はとてもいい。

長かったが倫也は連れてきてよかったと思った。

 

 

 

※※※

 

 

 

 池袋の駅に到着した時には11時を過ぎていた。満員電車に詰め込まれ、途中で人が減っていったものの座ることはできなかった。

倫也以上に恵は疲労の色が強い。朝からどたばたしたせいもある。ここにきて、ほっとしたのかどっと疲れを感じていた。

 

「倫也くん。今日は・・・泊まりにいけないから」

「わかってる」

 

さすがに朝から浴衣を着てでかけて、サークルのゲーム作りの合宿とはいえない。

 

「ふぁーぁ」

 

恵が大きなアクビを1つした。倫也もつられてアクビをする。

ローカル線に乗り換える。倫也は草履を手にもって、足袋のまま歩いている。

 

「足・・・痛い?」

「うん、もう無理だ」

「慣れないもんね」

「恵は大丈夫なんだな」

「まぁ・・・そこは・・・根性で」

「・・・痛いのな」

「・・・」

「もう靴屋も閉まっているよな」

「しょうがないよ」

 

ホームで電車を待つ。

 

「せっかくの夏休みだし、毎日、でかけたらいいかなって思ったけど・・・」

「大変だよな」

「家で過ごすのが合っているのかなぁ」

「とりあえず明日は家で過ごそう」

「うん」

 

電車が来て2人が並んで座る。もうガラガラだった。ローカル線に揺られて家へと向かう。

どちらも疲れていて口数は少ない。

 

 

 

※※※

 

 

 

恵の最寄り駅に着く。倫也も一緒に降りた。

 

「送ってく」

「いいよ。もう遅いし」

「遅いから送ってくんだろ?」

「・・・そっか」

 

恵がフラットな表情というよりは、疲れて表情をつくれていない。

 

「わたしも草履脱ごうかなぁ」

 

恵がゆっくりと歩いている。音をあまり立てない歩き方を少し練習したが付け焼刃だったようで、鼻緒のところが痛い。

 

「おんぶしようか?」

「さすがに、足袋で歩いている倫也くんにおんぶは頼めないし、そんなに長い間おんぶできるほど体力なさそうだし、倫也くんの背中に胸を当てるイベントまで消費するわけにはいかないというか・・・」

「ぶっちゃけすぎだよね!?」

 

恵がまたアクビをした。疲れて思考力も落ちている。

草履をやはり脱いで、手にもった。

 

「もう、メインヒロインもなにもないよぉ」

「気にするな、今日はがんばった」

「こんなに最後までシナリオ書かなくてもいいんじゃないの?」

「家に着くまでが・・・」

「遠足じゃないんだってば」

「・・・少しでも恵と一緒にいたいんだ」

「はいはい」

「そこは、もう少しドキッとするところでしょ!?」

「驚くのは花火大会で使いきったから」

「・・・だな」

 

家まであと少し。さすがに草履を脱いで足袋で歩くと少し早い。

 

「恥のかきついでに頼んでいいかな?」

「うん?」

「髪のピンはずしてくれる?」

「ピン?」

 

恵がそう言って、簪を外した。後ろにアップしている髪には無数の黒いピンが止めてある。

 

「家に着いたらすぐにシャワーをすぐ浴びたくて」

「はいよ」

 

倫也が歩きながらピンを探し、抜いていく。けっこう器用だ。

手で触りながらピンを探さないと暗くて目視では難しい。

 

「はははっ」

「なーに?」

「すごいくせっ毛だよ。恵」

 

ピンを抜き終わっも、整髪料もきいていて、恵の髪はまっすぐにはならない。

 

「だよねぇ・・・ひどい?」

「うん。ぼさぼさ」

 

恵は手櫛で髪を整えようとする。手で触っても跳ね返るのがわかる。

 

家が見えてきた。もう一度倫也の手をとって握る。寂しい。

 

「ありがと」

 

澄んだ声。でも疲れている声。

 

「じゃ、また明日な!待ってるから!」

 

倫也が元気な声を作っていった。そうしないと別れるのがあまりにも名残惜しい。今日は土曜日で恵が泊まる日だった。1人で眠るのはやはり寂しいものだ。

 

「うん」

 

恵が家の玄関へ向かう。そこで振り返った。

 

「最後にキスしたほうがいいかな?」

 

恵が首をかしげて聞いてきた。

倫也は思わず苦笑いをしてしまう。そんなことを聞くぐらいならそんな気分でないのだろう。無理することは何もない。

 

「別れるのが名残おしくなるから・・・また明日な」

「・・・うん」

 

恵が扉を開け、中に入る。顔だけ少しのぞかせて、手をふっている。

最後に一応、あざとい演出をいれてきたあたり、メインヒロインとしての自覚がでてきたのだろうか。うん。あざとカワイイ。

 

倫也も手をふって、それらから扉が閉まるのを確認した。

 

ほっとして、それから空を見上げた。

 

 

 

東京は街灯で明るく、星は一つも見えなかった。

 

 

 

(了)

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。