8月16日 月曜日 夏休み26日目。
「ねっ?倫也くん」
「・・・そう・・・だな」
倫也はデスクに座って、メインシナリオルートを書いているフリだけはしている・・・
恵はクッションの上に正座をしている。
目の前には出海が床に正座をして下を向いている。
「あの・・・なんでわたしはここにいるんでしょうか・・・?」
「あのね、出海ちゃん・・・余計なサイドストーリーを作らないで欲しいのだけど」
「なんのことですか?」
「昨日の美智留さんの話。出海ちゃんが泣いて帰ったって」
「はい・・・だって、それぐらい傷ついてもいいぐらいひどいイベントだと思いますけど?」
「あのさぁ・・・この物語のタイトル言ってみて」
「これですか・・・『恵といちゃいちゃして過ごす夏休み』でしたっけ」
「うん。明るい楽しい短編集なんだよ?わたしはその役割を演じるために、倫也くんといちゃいちゃしているだけだから。ねっ、倫也くん?」
「・・・そうだな」
倫也はふたりの会話を聞き逃さない。さっきから何かと恵が同意を求めてくる。
「えっ・・・?倫也くん・・・演技だったの・・・」
恵が振り返って、目を大きく見開いて驚いている。
「わっわっ!違うから、えっと・・・俺がそうしたいから、そうしている」
「うん。もう、びっくりさせないでよ」
「・・・ごめん。恵」
「わたしはただ、サークル副代表として倫也くんのシナリオに協力しているだけだから」
「え~と・・・恵先輩は・・・ツンデレでも勉強しているんですか?」
「何言っているの?出海ちゃん」
「いえ・・・違うならそれでいいんですけど」
「でね、えっと、なんだっけ?」
さては恵・・・やる気ねぇな?
「あの・・・わたしなんでここにいるんですかね?」
「ああ、そうだった。だから、シナリオ上のイベントで勝手に拗ねて、『泣いている』なんて暗いフラグを立てたらだめだよ」
「フラグ?」
「だって、あわよくば倫也くんに慰めに来てもらおうとか思ってたでしょ?」
「・・・はい」
「それが余計なんじゃないかな。この物語はサイドストーリーはいらないから。ねっ?倫也くん」
「・・・そうだな」
「倫也先輩!じゃあ、わたしはいらないってことですか!」
「そんなこと言ってないよねぇ!?」
「だったら、なんでこんなにわたしの扱いひどいんですか?」
バンッ!
恵が床を叩いた。
「いい加減にしてくれないかなぁ・・・ねっ?倫也くん」
「・・・」
「出海ちゃんさー。何がそんなに不満なの?置いてけぼりイベントがあったんだよね?」
「そうですよ!」
「よかったじゃない?」
「はい!?」
「波島くんにも説明を受けてフォローされていたよねぇ?」
「・・・はい」
「大事なパクリイベントとして、楽しく終わらせるべきじゃないかなー。ねっ?倫也くん」
「そうだな・・・」
「まっ、わたしには最悪の思い出の1つだけど」
「恵ぃ・・・ごめん」
「ううん。もう気にしていないから。ロクテンバモールに置き去りにされて、霞ヶ丘先輩のとこへ駆けつけたことなんて、ぜんぜんきにしてないよ?ただ、最悪の思い出の1つってだけで」
「うわぁ・・・ねっちこいですね、恵先輩」
「・・・というキャラも演じているだけだよ?出海ちゃん。ねっ?倫也くん?」
「・・・」
「その沈黙はどういう意味かな?」
「あの時のことは・・・ほんとごめんな・・・」
「もう、そんなにしんみり謝らないでよ」
2人が見つめ合っている。
「あの、油断すると2人の世界に入っているんですけど・・・」
出海は足がしびれてきた。その点、恵は我慢強い。クッションがあるからか。
「だから、そうやって邪魔しないで欲しいのだけど、出海ちゃん?」
「勝手によそ見して、倫也先輩といちゃつき始めているのは恵先輩じゃないですか」
「だって、そういう趣旨だし・・・ねっ?倫也くん?」
「・・・そうなだな」
「完全に尻にしかれますね・・・」
出海はため息をつく。
足をこっそりと崩す。
「えっ?出海ちゃん。この説教イベントなめてるの?」
恵の目からハイライトが消える。
出海は流石に察して、正座をしっかりとする。
「でも、恵先輩。あんまり怒るとパワハラみたいになりますよ?」
「・・・」
「あー出海ちゃん!そのワードはダメだから。恵が本気で怒っちゃう・・・」
「えっ?」
恵が無言で立ち上がって、部屋から出ていった。扉は強くしめる音が響く。
「はぁ・・・」倫也はため息をついた。激おこイベントも加減が難しい。やっぱり反抗しちゃだめだと思う。
「ああ見えて、けっこう鬼の副社長とかって言われている事を気にしているんだから」
「・・・恵先輩、仕事に妥協しませんものね」
「怒られるときはしっかり怒られておかないと・・・火に油そそいじゃダメだよ」
「でも・・・倫也先輩。わたしは悪い事していませんよね?」
「そう・・・だな!」
出海が足を崩して、手でマッサージをしている。
倫也はイスから立ち上がって、出海の隣に座った。
「あれでもさ、一生懸命なんだよ。楽しく明るい物語にしようって」
「なんで、そんな物語なんです?」
「深い事情はさておき、やっぱり一日の最後にクスッと笑える時間を提供できたらいいなって思って」
「でも、もう、ほんと冴えカノ関係ないですよね」
「そこは・・・もう・・・許して」
「それに、こんな説教イベントも暗いですよね?」
「そうなんだよな・・・」
「もしかして、倫也先輩がわたしを慰めにくるイベントを阻止したいとか・・・」
「それはないと思う」
「ばっさりですね・・・」
「基本、眼中ないはずだから」
「倫也先輩のそのセリフにも、わたしは傷ついたらだめなんですね!?」
「ああ、そうさ、明るく元気な後輩ヒロインこそ、出海ちゃんだからな!」
「夫婦で鬼だー」
「ゲーム業界なんて大手を除けばブラックさ・・・」
「あっ、でも今度、厚生年金に入ろうかと言っていませんでした?」
「・・・話、脱線しすぎたな」
「で、恵先輩なにしているです?」
「心でも落ち着けているんじゃないかな」
「へぇ・・・」
「オチも見つかってないし」
「・・・相変わらずですね」
出海は足の痛みがとれたので、クッションに座り直す。
「で、話を戻しますけど、やっぱり置いてけぼりにされて、他の女の子のところにいかれたらショックじゃないですか?」
「そこで、むくれた顔をした恵が可愛いから印象に残っているわけで」
「それは、恵先輩が可愛いから成り立っているんですよ。あと澤村先輩のいじりも秀逸ですし」
「出海ちゃんも十分かわいいからね!?そこは自覚もとうよ」
「突然口説かないでください!」
ドアの向こうでグラスの割れる音がした。
「あっ・・・」
「あーあ。恵先輩、入るタイミングをはかっていましたね」
ガラスを片付ける音が聞こえる。
倫也がドアを開ける。恵がしゃがんでガラスを拾ってお盆にのせている。
「恵ぃ・・・」
「あー、気にしないで、可愛い出海ちゃんとコント続けてて」
「そうもいかないだろ・・・」
倫也もガラスを拾っていく。
「手、怪我すると危ないから、あとは雑巾で拭いて、雑巾ごと捨ててしまおう」
「・・・うん」
「えっと・・・出海ちゃんにも嫉妬してるの?」
「ううん。わたしは・・・ラブコメがやりたくないだけだよ」
2人で黙々と片付けている。
※※※
小休止
※※※
気を取り直してもう一度。
倫也と恵が並んで正座している。出海はその前で正座している。
「えっ・・・まだ説教イベント続くんですか・・・?」
「しぃー」倫也が指を口にあてて沈黙を促す。
恵が大きく息を吐き出す。顔が少し赤い。
「いい?出海ちゃん。確かに置いてけぼりにされたのは、いい思い出ではないと思う。でもね、出海ちゃんはそれだけだよね?」
「はい」
「わたしなんてね。その相手の女性に倫也くんのファーストキスを奪われたんだよ?ねっ?倫也くん?」
「・・・うわぁあ!?恵、そこまで話つなげるの?」
「なかったことにしたいの?その倫也くんの大切な思い出」
「そりゃそうだよ!」
「ふーん。だったら霞ヶ丘先輩のことを、強制わいせつ罪で訴えればいいのに」
「・・・そこまでは・・・」
「でしょ?結局、倫也くんの中では青春時代の甘い思い出なんでしょ・・・あっ、なんか思い出したら泣けてきた」
恵が目元に手を当てて、ウソ泣きをする。
「なぁ・・・恵。ごめん・・・あれは突然だったんだよ」
「隙がありすぎるんじゃないかなっ!」
「ごめん」
恵が咳払いを1つする。
出海は何のコントをみせられているのだろう?と疑問に思っている。
「ねぇ、出海ちゃん。その時のわたしの気持ちわかる?」
「いえ・・・」
「好きな人が他の人にキスされる悔しさとか、無念とか、嫉妬とか、それなのにその人と将来仕事したがっているとか・・・あとでゲーム制作ほっぽりだして・・・」
「わぁー!恵。落ち着いて!落ち着いて!」
「そりゃあ・・・わかりませんけど・・・」
「倫也くん。ちょっと遠い」
「うん?」
恵がにじりよって距離をつめた。
「ちょっと、こっち向いて」
「どうした?」
恵の顔がまっかだ。
(まさか・・・恵先輩・・・)出海があせる。
恵は手を倫也の頭の後ろに回して近くに寄せた。
Chu!
と、キスをする。
軽く唇が触れただけの、挨拶のようなキス。
それから、恥ずかしくなって下を向いたまま黙っている。顔は真っ赤で、シューと頭から煙もでている。
出海が目を丸くして立ち上がり、「なんなんですかこれはー!!」と叫んだ。
倫也も固まっている。ここまでするとは思わなかった。
「ふふふっ」と恵がにやにや笑っている。
両手でぺちぺちと自分の顔を叩いて、「フラットフラット」と呟やいている。
いつまでたってもセリフがでてこない。満足したのか、セリフが飛んだのか。
仕方がないので、倫也が代わりにセリフをいった。
「今の出海ちゃんのような気持ちだってさ」
「・・・絶対ちがいますよね!」
・・・帰りに転職情報誌でも買っていこう。
(了)