第28話 相合傘イベント
8月17日 火曜日 夏休み27日目。
未明から雨が降っていて、やむ気配はない。
恵は家で午前中に掃除と勉強をして、12時より少し前に家をでた。安いビニール傘をさして駅まで歩いていく。
恵は電車に乗ると倫也に連絡をとった。
『傘、壊れたから駅まで迎えにきてくれる?』
『OK』
すぐに返信がきた。駅で待つ時間は短縮したい。
倫也の家の最寄り駅に着いた。
恵はビニール傘を座席の横にぶら下げたまま電車を降りた。
改札を出て、邪魔にならないように柱の近くに立って倫也が来るのを待った。
今日はジーンズに黒いキャミソール、その上にレースの白いシャツを着ている。いつもよりお姉さんに見える。コンパクトで確認しながら、髪もピンでとめ、短く揃った前髪にはしなかった。
雨が降ったら相合傘イベントをしようと思っていたが、具体的な内容は考えていなかった。好きな人と雨の中を並んで歩き、1つの傘に入る。それだけで詩的だし、幸せな気分になる。
※※※
「おまたせ」
倫也が黒い傘をたたみながら駅の中へ入ってきた。手には赤い女性用の傘を持っている。
「・・・だよね」
「どうした?」
「普通、傘もってくるよね」
「だって、傘が壊れたって・・・」
「うん。倫也くんは何も間違ってないよ。生れてきたこと以外は」
「全否定!?」
倫也は苦笑いをする。
「普通さ、シナリオを書いているんだし、やっと雨が降ったわけだし、相合傘イベントだなってわかりそうなもんじゃないかなっ」
「うーん。相合傘イベントは導入が大事って言ってなかったっけ・・・?」
「・・・言ってた」
やはりヒロインが困った時に、助けてくれるから相合傘イベントは良いわけで・・・恋人同士が入るのはまたちょっと違う気がする。
恵は倫也から赤い傘を受け取った。持ち手も装飾されていて高級な傘だ。
「入っていくか?」
倫也が雨模様をみながら言った。そこまで強くないし、2人で入ってもそんなには濡れないだろう。
「どうしようかなぁ・・・」
やっぱり腑に落ちない。
なんかやっていることが、あの金髪幼馴染と同レベルな気がする。
「はいらない」
恵は歩き出すと赤い傘を開いた。
それからスタスタと先に歩いていく。
「ランチにパン屋でも寄っていかないか?」
「・・・うん」
個人経営のパン屋の店内は狭いが種類は意外と多い。店の外の傘立てに傘を置いて2人が入る。
恵がトレイとトングを持つ。
「倫也くん、どれにする?」
「メロンパンとコーンマヨ。あと、みんなが食べるかもしれなし袋のドーナッツも」
「冒険しないよね」
「ここ、そこまで攻めているパンはないよ」
「そうだね」
恵も無難にカレーパンと三色豆パンにする。一通り食べたが、人気のものはやっぱりいつ食べてもおいしい。おやつ用にアップルパイとダークチェリーパイも買っておく。
レジで10枚切りに食パンをカットしてもらい、それは家でサンドイッチを作るのに使う。
恵がスマホで会計をすませる。
「あっ、出すのに」
「たまにはね」
恵がパンの入った袋を倫也に渡す。倫也はそれを無言で受け取った。
※※※
傘を指して並んで歩いていると、あまり会話は弾まない。距離が遠いのと雨が傘に当たる音が邪魔になるからだ。それでも、何かしゃべろうとしたが、やはり気のりしない。
結局、無言のまま家までたどり着いた。
恵は赤い傘を閉じて、それをドアの取っ手にかけると、倫也の傘の中に入っていた。
「ん?」倫也がなんだろうと思う。
恵は倫也の方を向きながら、目を閉じる。
「あっ・・・えっ・・・ええっ・・・?」
倫也が慌てる。いやいや、キスするような流れじゃないと思って油断していた。
どうしようかと迷うと、恵が片目を開けて倫也を見ている。
白いレースのシャツの胸元は開いていて、黒いキャミソールと恵の鎖骨がみえる。
それから、一呼吸を置いて、倫也は傘をさしたまま恵の顔に近づき、その形のよい唇にそっと合わせ、すぐに離れた。
恵が目を開けて、じっと倫也を見つめている。顔はちょっと赤い。
「鍵を貸して欲しいだけなのだけど・・・」
「そんな仕草じゃなかったよねぇ!?」
恵は倫也から鍵を受け取り、くるりっと向き直ると玄関の鍵を開けて、中へとはいっていった。
「うーん・・・」
傘を傘立てに戻して、靴を脱いであがっていく。どうも納得がいかないようだ。
※※※
倫也がコーヒーを淹れている間に、恵はクリームのはいっているパイは冷蔵庫にしまい、パンは2つにカットしてからお皿に盛り付ける。
テーブルまで運び、向かいあって座る。
「いただきます」と倫也が言う。
「いただきます」と恵も言う。
パンをかじりながら、恵は考えている。
「やっぱりさ、『転』のない物語は面白くないのかな?」
「度合にもよると思うけど・・・相合傘イベントの導入についてだろ?」
「うん」
恵がコーンマヨを最初に手にとったので、倫也も同じものを手にとる。だいたい同じぐらいのペースで食べていく。
甘いパンもあるので、コーヒーはブラックだ。
「恋人同士なら一本の傘ででかけてみてもいいと思うけど」
「でも、わたし達は恋人じゃないもんねー?」
「・・・そうだな」
倫也は目をちょっとそらせる。もはや恵が何を考えているかよくわからない。
「恋人同士じゃないのに、ちゅっちゅたくさんしているのはどうなんだろうねー?」
「・・・そうだな」
「告白もされてないし」
「・・・そうだな」
「けじめをつけないまま、夏が終わるんだよね」
「・・・そうだな」
「原作がそうだし、仕方ないか」
「だよな」
「それでいいと思っているのかなー」
「どうしようもないでしょぉ!?」
「英梨々が来たら、また英梨々ともいちゃいちゃするんだよねぇ?」
「いま、英梨々関係ないよねぇ?」
「そうかな・・・」
「何か・・・機嫌悪い・・・?」
「別に・・・」
恵が三色豆パンを手に取る。これはほんのり甘くておいしい。なんだか少しヘルシーなイメージなのも良い。
倫也も同じものを手にとって食べ始める。
「後で、相合傘をして歩いてみよう」
倫也が提案する。
「どんな理由で?」
「ゲーム制作のシナリオの為」
「・・・それでいいのかなぁ」
「だって、体験してみないとわからないだろ?」
「そうだけど」
恵がコーヒーを飲む。
「ちょっと考えてみる」
それからは無言だった。
※※※
それから2人は倫也の部屋でゲーム作りをする。
倫也は相変わらずメインヒロインルートを書けずにいる。
恵は一週間ほどサボっているので作業が溜まっていた。出海から絵が届いているのでチェックしないといけないし、美智留の楽曲もいくつか仕上がっている。歌詞のチェックを聴きながらする。イヤホンをつけて音楽を聴いていると、無意識のうちに鼻歌を歌ってしまう。
倫也はデスクに座りながら作業している手をとめて、恵の鼻歌をしばらく聴いていた。とても上手だ。
2人は作業に没頭すると夕方ぐらいまで時間が過ぎてしまう。
途中でパイを食べるのも忘れていた。
「倫也くん。雨・・・まだ降っているかな?」
だいぶ小降りになっている。
倫也は窓の外を見ながら、ため息を1つつく。やっぱり雨の日は心が少し重く感じる。
「少し降っているけど・・・外にでてみる?」
恵は迷っている。倫也以上に心が重たい。最初は自分でもわからなかった。
「ううん。やめとく」
「・・・そうだな」
おそらくそれは・・・前作を思い出すからだ。物語は別でもイデアがつながっている。
「ごめんね。もっと楽しいイベントになると思ったのだけど・・・」
倫也はイスから降りて恵の後ろに座る。
それから恵の首のあたりから腕をまわしそっと抱き寄せた。
「俺も・・・ごめんな」恵の耳元で囁く。倫也の口元が少し恵の右耳にふれる。
「ちゃんとわかっているから・・・いつか・・・」
「恵っ・・・それ以上は言わなくていい!」
「いつか・・・英梨々ルート・・・作るんだよね?」
倫也は言葉を失う。どういっていいかわからない。先の物語の構想なんて知らない。
抱いていた腕を少しずつ下ろしていく。腕が・・・恵の胸のふくらみに当たった。
「あのさぁ・・・」
「どうした恵?」
「人がシリアスに浸っているときにさぁー」
「うん?」
恵が倫也の手をギューとつねる。
「いたたたたっ」
「どさくさに紛れて、触らないでくれる?」
「だって、いちゃいちゃする物語でしょう!?」
「そうだけど、時と場所を考えてよ」
「うーん」
倫也が恵から離れて、ベッドに座った。
恵が振り返って倫也を見る。天井の方を見て、照れながら指で顔をかいている。
「今で間違ってないと思ったけど」倫也はつぶやく。
恵も少し首をひねって考える。確かにそうかもしれないと思う。
「なんか調子でないなぁ・・・」
「天気のせいじゃない?」
「・・・うん。じゃあ、終わろうかな」
「うん」
「オチ・・・どうするの・・・」
「オチかぁ・・・じゃあ、有名なやつで」
「何?」
倫也が背筋を正して座る。
「整いました。『相合傘』とかけまして、『シナリオが終わった後の俺と恵』と解きます」
「その心は?」
「君が開いて僕がさす」
「・・・」
恵が首をかしげて、わからないなーという顔をしている。
わかるわけにはいかないのだ。
何しろこの物語は健全な高校生のラブコメなのだから。
(了)