3000文字にこだわらないなら、倫也のツッコミのところで終わらしたかった。
8月18日 水曜日 夏休み28日目。晴れ。
ランチを食べ終わって、今は午後の3時過ぎ。
倫也はデスクでノートPCに向かい、メインヒロインルートを考えていた。しかし、なかなか思うようにシナリオを書くことができず、ワードは白紙のまま。
恵は倫也のベッドでゴロゴロ転がりながらマンガを読んでいる。淡いピンクのゆるふわカットソーに白いフリルのショートパンツをはいている。ショートパンツもぴったりしたものではないので、恵の露わになった太ももとの隙間から、角度によっては下着が見えてしまいそうだった。
さっきから倫也は後ろにいる恵のことが気になってしかたがない。
スカートの時の恵は鉄壁だ。いかなる方向でも物理法則を無視して下着が見えることはない。本人も立ち振る舞いを意識して絶対に見せない。その辺は清楚というよりは潔癖だった。しかし、どういうわけだかショートパンツの時は油断している。大胆に足を組み替える仕草をする。しかもベッドに寝転がっているから、倫也の方から見ると真下から覗いているようになる。
「あのさ・・・倫也くん」
「わっ!」
倫也は慌てる。棚に置いてあるフィギュアの隙間から覗いていたのがばれた。
「それ・・・いちゃいちゃっていうか、ただの変態だよね?」
「・・・ロマンだから(ぼそっ)」
「なに?聞こえなかったんだけど」
「で、恵、なんの本を読んでいるの?」
「話を誤魔化さないで欲しいのだけどなっ」
「恵、何か勘違いしていないか?俺はお前が何を読んでいるか気になっただけだぞ?」
「ふーん。そう」
恵が上半身を起こして、棚越しに倫也を見ている。
「ふたりエッチ」
「ぐはっ!」
恵が『ふたりエッチ』を読んでいた。
「あの・・・恵・・・そのマンガどこから持ってきたの・・・?」
「倫也くんの秘密の棚からだけど・・・?」
「じゃあ、秘密にしておいてねっ!」
「あー。お気になさらずー」
「気にしているのは俺だから!」
倫也はため息をつく。イスから立ち上がって恵の座っているベッドに腰かけた。
「やっぱり、親しい関係でも見て見ぬふりも大切だと思うんだ・・・」
「だって、あんな風にこそこそされたら嫌でも気が付くよ・・・しかも読んでみたら・・・」
「もう、その話題広げるのやめましょうか・・・」
「もう・・・しょうがないなぁ・・・」
恵が持っていたマンガを横に重ねる。追及するのは物語が終わってからにしよう思った。
「で、今日はどうするの?」
「えっと、これなんだけど・・・」
倫也は立ち上がって、プリントアウトしたプロットを渡す。
「あー、またこれかー」
「ダメかな?」
「別に・・・ダメじゃないけど、わからなくなっているんだよね」
「ん?どうした?」
「ほら、もうキスしちゃったし・・・倫也くん、なんでもかんでもすぐにキスしてくるし・・・」
「そう・・・だな」
「ありがたみがないというか・・・まんねりになるというか・・・」
「そうかな!?」
「そうだよぉ」
「でも、恵がキスをしたがってないか?」
「えっー、人のせいにするの?そう・・・そういうこというんだ?」
「違う?」
「違うよ。わたしは役割を果たしているだけだもん。別に倫也くんといちゃいちゃしたいわけじゃないんだよ?サークルメンバーとして、シナリオ作りに協力しているだけだし」
恵はフラットな表情をして、たんたんとセリフを言う。あくまでもサークルメンバーが建前である。
「えっと、じゃあ、俺が他のサークルメンバーといちゃいちゃしても割り切るの?」
恵の目が漆黒になる。
「もちろん。かまわないけど・・・倫也くん、また死にたいの?」
「死んだことないからね!?」
「もうさ・・・そういう分岐はいらないから」
恵は元の顔に戻る。表情の変化が上手になった。
それから口元に指を当てて、上を向いて考える。
静かにしていると外の蝉の音が聞こえてくる。窓の外は真夏でギラギラと太陽が照っている。エアコンのきいた部屋で2人はベッドの上。
不健全だなぁっと思う。
「倫也くん、ベッドの上に正座してくれる?」
「ん?こうか?」
倫也と恵が向かいあって正座をした。
恵はそっと目を閉じる。そう、こうやって向かい合って倫也の方を向きながら目を閉じるだけでキスをしてくれる。ゆっくりと心の中で数字を数える。3・・・2・・・1・・・
「あれ・・・?」
恵が目を開けると、倫也が顔を赤らめながらも何もしていない。
「えっ・・・俺、どうすればよかった?」
「・・・そんなの知らないよ・・・」
恵が目をそらせて、ちょっと拗ねる。
「えっと・・・キス・・・した方が良かった?」
「そんなことないしー。だいたい、そういうこと口にするかなぁ?」
「えっー」
恵がもう一度、目を閉じた。今度は大丈夫。こういうやりとりも楽しいなと思う。
3・・・2・・・1・・・あれ?
目を開ける。
「あの・・・倫也くん?」
倫也は膝の上に手を置いて、ぐっと我慢している。
「キス・・・しないの?」
「えっと、した方がいいの?」
「それは・・・倫也くんが決めることでしょ?」
「そうなの?」
「・・・」
恵がベッドから降りて、ハンドバッグを手に持った。
「帰るから」
倫也の部屋を出ていこうとした。
倫也は慌てて、恵の腕をつかむ。
「まってよ、恵」
「何?」
「俺・・・どうすればよかった?」
「そんなの知らないよ!でも、いちゃいちゃしたくないなら、帰る」
「恵はいちゃいちゃしたいの?」
「したくないよ・・・」
「だったらなんで・・・」
「あのさー安芸くん?」
「はい・・・安芸くんに戻ってるよ・・・」
「最後のチャンスだからね?」
「・・・はい」
恵はドアに寄りかかって、倫也の方を見て目を瞑った。
さすがに、倫也はすぐにキスをする。恵はそのまま倫也に腕を回して強く抱きしめた。
息が苦しい。鼓動が強く鳴っている。
「ね・・・倫也くんがキスをしたいだけでしょ・・・?」
恵が少し離れてから言った。照れながら倫也の方を見る。きっと倫也も照れているに違いない。
・・・が、倫也が目をキラキラと輝かせている。
「えっと・・・どうしたの?」
「恵っ!ついに・・・ついに・・・お前・・・成し遂げたな!」
「なにを・・・」
「めんどくさい女 属性!」
恵の目からハイライトが完全に消えた。
午後3時過ぎ。外は明るく。蝉が一生懸命に夏を演出している。庭先に咲いたひまわりが風に揺れていた。
※※※
夕食。
倫也の目の前には皿の上に、ししゃもが一本と、ラップに包まれて電子レンジでチンした冷凍ご飯が置いてある。
恵はカルボナーラを一人前作り、ミニサラダと一緒にいただきますも言わずに黙々と食べている。
「あの・・・恵っ・・・さん」
「話かけないで」
「・・・ごめん」
「・・・」
「あつぅ!」倫也がラップから御飯を出そうとしたとき湯気の熱さに驚いた。何とか皿の上に出す。ししゃもも焼いたものでなく、レンジでチンしたもので腹の卵が破裂して無惨な姿だ。
本気で怒っているので、ピーマンすらでてこない。
箸もおいてないので、倫也はたってキッチンまで箸をとりにいく。ついでに麦茶をいれる。
「あのさ・・・」
「話かけないでっていったよね?」
「・・・」
恵はフォークでくるくるとパスタを丸め、口に放りこんで食べている。
「誉め言葉のつもりだったんだよ・・・」
「・・・(あんなこと言われて喜ぶ女はいないと思う)」
「大事な属性っていうかさ・・・」
「声、聴きたくないから黙っててくれないかなぁ」
「ごめん」
恵は食べかけだったが、フォークを置いて流し台まで運ぶ。
「残すの!?」
それから、ハンドバッグをもって、玄関へ向かった。
倫也が慌てて追いかける。
恵は靴を履いて、玄関から出ていった。
倫也は恵の後ろをついていく。
「ごめん」
恵は無視してスタスタと歩いていく。
「楽しく終わる物語にするんだろ?」
「けっこうです。最終回でいいから」
「うわっ」
あまりにも早く歩いていくので、土下座するタイミングもない。
倫也は困った。『面倒くさい女』は恵の大事な属性だけど、口に出していうようなものではない。言ったらそれは致命的な悪口になる。
「週末・・・納涼祭りにいくんだろ?」
「いかない」
「金魚すくいするって、影で練習しただろ?」
そう。この物語の恵は努力家。これは『負け犬』の頃から変わらない。
とりあえず、お椀にいっぱい金魚をすくえるようになった。どれくらいが演出的に適量なのか、いまいちわからない。
「知らない」
恵が声を低くして答える。怒ったトーンが大事。
「それに、わたがしを持って記念撮影もしたいだろ?」
「子供じゃないんだから」
なんだかんだ、受け答える。
外はまだ暑い。近所の網戸からTVの音が聴こえる。
「なぁ・・・ほんとに、このまま終わらせるのかよ」
もちろん、そんな気はない。とはいえ、ただでは許せない。
許せないが許さないわけにもいかない。
「だって・・・安芸くん?」
「はい」
恵が立ち止まって振り返る。
「着ていく浴衣がないもん」
「えっと・・・先日買ったよねぇ?」
「・・・ならいい」
恵がまた前を向いて歩きだす。
「まさか・・・恵。もう一着浴衣を買うつもりじゃ・・・」
「まさかー」
買うつもりなんかない。
「えっと・・・恵っ・・・」
「ねぇ安芸くん?」
今度は歩みを止めない。
「わたしは・・・安芸くんのメインヒロインなのかなぁ?それとも、ただの『面倒くさい』女なのかな?」
「メ・・メインヒロインだよ!決まっているだろ」
「じゃあ、メインヒロインが大事なイベントで同じ衣装ってどうなのかなぁ?」
「・・・」
「夏祭りなんだよねぇ?和装なんだよね?」
「予算が・・・」
「それ・・・英梨々ルートの予算組んでいるからじゃないの?」
「ちがうからっ!」
倫也があせる。これ、うまく謝らないと大変なことに発展する。
「なぁ、こないだの浴衣はとても似合っていたし可愛かったろ?」
「夜空に花火だから、紺が映えるんだよ。でも、今度は夏祭りなんだよね?屋台で明るい所を華やかに歩きたいなって思ったのだけど」
「それで?」
「白い生地に赤い花の浴衣なんだけど?」
「・・・それは・・・恵ならなんだって似合うだろうけど・・・」
恵が立ち止まって。倫也の方をじっと見る。
倫也が迷っている。
恵がそっと目を閉じる。
・・・倫也が選べる選択肢は、『yes or はい』だけだ。
ゆるふわのカットソーが風で揺れている。太ももはエロい。
顔は可愛いし、いったい倫也に何ができるというのだろう?
そっと、キスをした。
「ね。心配しないで倫也くん」
「何を!?」
「今回は採寸して発注済だから」
「決定事項ですか・・・そうですか・・・」
「ふふふっ」と恵が笑っている。笑顔が一番可愛い。
倫也は観念して恵の手を握った。
「家まで送るよ」
「うん」
恵が倫也に腕をくっつけて、それから手を恋人つなぎにした。
(了)