8月29日 日曜日 夏休み39日目。
晩夏というには暑い日だった。倫也と恵は劇場版の場所を巡ってきた。ライブ会場、焼き肉屋、病院・・・などである。台本を見ながらそこでのセリフを確認した。
倫也と恵は夕方に家に戻ってきた。
恵はメインヒロイン風の衣装を身に着けていた。この衣装にもずいぶんと慣れた。
「結局、最後までキスを我慢できなかったね」
「そうだなー」
劇場版のキスの予行練習の名目でキスをしようと思っていた。それで物語を終わらせるつもりだった。
「まっ・・・しょうがないかな」
「40日も一緒にいたらな・・・」
「うん。最初に40日分のプロットを作っていたら違ったのかな?」
「アイデア出すだけで挫折しそうだけど・・・」
「だよねー」
行き当たりばったりで走り抜けた。
恵が買い物袋の中身をキッチンにしまっていく。
今日はハンバーグだ。
「じゃ、わたしは夕食の支度をするね」
「うん。何か手伝おうか?」
「いいよ。・・・でも、リビングにいて欲しいかな」
「わかった」
「少しは参考書を広げた方がいいよ?」
「・・・無駄な努力はしない主義だから」
「どっちでもいいけど」
倫也はグラスに入れた麦茶をもってソファーに座った。
TVをつけようと思ったがやめた。
※※※
玄関の呼び鈴が鳴った。
倫也が玄関の扉を開けると、出海と美智留が立っている。
「よっ、トモ」
「倫也先輩、お邪魔します」
「どうぞ」
夏休みも最後に近いので、サークル内で食事をすることにした。
「伊織は?」
「お兄ちゃんは受験勉強で忙しいそうです」
「あいつ・・・」
「トモもがんばりなよ。受験するんでしょ?」
「そこはもう触れないで・・・」
美智留と出海がお土産を渡す。ケーキを買ってきた。
恵がそれを受け取って冷蔵庫にしまう。
「恵先輩、何か手伝いましょうか?」
「ううん。平気。みんなで座っていて」
「はい。でも、何かあったら言ってください」
「うん」
出海が麦茶のはいったグラスを2つもってソファーに座った。
「おっ、サンキュー」
美智留が1つを受け取る。
※※※
3人がこの物語のシナリオに目を通している。
「よくもまぁ、トモと加藤ちゃんはこれだけ作ったねぇ・・・」
「美智留や出海ちゃんの協力があったからだよ。それに質は相変わらずだしな」
「物語は完成させるのが大事だっていいますし・・・倫也先輩と恵先輩はちゃんと完走したじゃないですか」
「あと一日あるけどな」
「はははっ、最後は2人で過ごすんじゃん。トモはなんだかんだ加藤ちゃんとずっと一緒にいられるんじゃないの?」
「そりゃあ・・・まぁ」
恵はキッチンで忙しそうに動いている。
みじん切りにした玉ねぎを弱火で炒めつつ、味噌汁をつくり、サラダ用の野菜もきる。
「倫也くーん。ポテトフライ食べる?」
「あー、どっちでも」
「加藤ちゃん、食べるよー」
「じゃあ、揚げようかな」
「恵先輩、揚げものだけでも手伝いましょうか?」
「・・・そうしてもらおうかな」
出海が立ち上がって、キッチンに向かう。恵に指示されて洗面所の棚からエプロンを取り出して身につけた。
「なんか、波島ちゃんも後輩っぽくなってきたよねー」
「そうだな。初期の対抗心を燃やしていた時よりもいいんじゃないか?」
「やっぱり、加藤ちゃんの教育の賜物だよ。トモ」
「だな」
倫也はグラスの麦茶を飲む。
「お二人も会話筒抜けですよー」
「ごめんごめん。波島ちゃんのことを褒めてたんだー」
「そうですかね?でも、別にわたしはあきらめてませんよ?」
「そうなの!?」
倫也がびっくりしている。
「やっぱり、いつかは主演やりたいですし・・・」
出海は恵の方をちらっとみた。別に気にする様子もなくハンバーグを成形している。
「トモも大変だな。澤村ちゃん問題も解決していないし・・・」
「しぃー」
倫也が口元に手を当てた。恵の方を見る。目のハイライトが消えているが、作業は続けている。
「そこはいいから・・・お前の方はどうなんだよ?」
「あたしのはサイドストーリーだから、特になにもないよ。ただicy-tailのメンバーで会話するシナリオは作ってはボツになっているけど」
「やっぱりキャラが難しい?」
「名前は覚えたんだけど・・・トキ、エチカ、ランコ。そこに担当楽器ぐらいはね・・・でも、キャラが薄い分、やっぱりストーリーが迷走しちゃって」
「ははっ、負け犬みたいな?」
「うん。たぶん無理なんじゃないかなー」
「気長にな」
icy-tailの原案はいくつかあるものの、伊織からOKがでない。彼に言わせるとサイドストーリーは冗長になるらしい。それらしいことを匂わせて想像に任せることも大事なのだそうだ。照れくさいだけかもしれないが。
※※※
「いただきます」と4人が手を合わせ、口をそろえて言った。この4人の時、恵は倫也の左隣に座る。
食卓にはご飯と味噌汁。ハンバーグが1人2個。付け合わせはポテトとサラダ。
「トモは幸せだなー」
「お前もすごい笑顔なんだが?」
「トモは毎日作ってもらったんでしょー」
「・・・そうだな」
「まったく、トモにはもったいないよ」
「そうですよー、恵先輩ならもっといい人見つかりますよ?」
「うん。まぁ・・・もう嫁に行ける体じゃないんで・・・」
「それどういう意味ですかー?」
「トモ・・・ちゃんと責任とりなよ」
「・・・いや、俺たち健全な高校生だからね?」
「倫也くん・・・?」
「はい。何でしょう。恵」
「責任取りたくないの?」
「是非、生涯をかけて責任を取りたいと思います」
「とかいって、次の物語で英梨々ルートに進んでるんだよねー」
「うわっ、トモサイテーだな」
「倫也先輩、本当ですか・・・?」
「次の事は次の主人公のせいにしてくれよ・・・」
「否定しないあたりが倫也くんなんだよなー」
「トモサイテーだな」
「でも、澤村先輩もカワイイですもんねー」
「出海ちゃん?」
恵が箸で出海のハンバーグを一個取り上げた。
「後生です!恵先輩。恵先輩の方が・・・えっと、胸が大きいです!」
「・・・出海ちゃん?」
「冗談です・・・ハンバーグ返してください」
「まずは謝ろうか?」
「ごめんなさい。恵先輩」
「もう・・・」
恵がハンバーグを返した。
「じゃあ、あたしはトモのもらっておこう」
「なんでだよ!」
美智留が取ろうとするのを倫也が防いだ。
「と・・・とにかくだ。物語の登場人物には役割がある。優劣とか勝ち負けの問題じゃないだ。わかるだろ?」
「あー、機嫌悪くなりそうだから、黙っててくれる?」
恵が倫也のハンバーグを取り上げた。
※※※
「ごちそうさまでした」
4人が手を合わせていった。
「俺のハンバーグ・・・」
「トモ、どうして自ら地雷を踏みにいくかなー」
「そんなつもりはなかったんだがな」
「だいたいさー、次の物語なんて関係ないんだから、今を全力で楽しまないと」
「そうだな」
倫也が食器を片付ける。美智留はゴム手袋をして洗い物をはじめる。
出海はテーブルをふいている。
その間に恵はバスルームでシャワーを浴びにいった。
「それにしても倫也先輩。また英梨々ルートやっても失敗するんじゃないですか?」
「詩羽先輩が別な物語で説明するから・・・ここではそっとしておいて」
「・・・はぁ」出海が気のない返事をした。
「あたしにはよくわからん」
美智留が洗い物をしながら少し考えたがやっぱりわからない。
『負け犬』の時に言った、毎日が楽しい物語なら、これのことだ。
でも、これではダメなのだろう・・・。
※※※
玄関先。倫也と恵が2人を見送っている。
「それではトモ、加藤ちゃん。ごちそうさま。また新学期もよろしくね」
「うん。学校ちがうけどね。美智留さんもお幸せに」
「もう既成事実化なんだな・・・」
倫也が複雑な心境になる。とはいえ、しょうがない。
「恵先輩。ごちそうさまでした。なんだか新婚の家に遊びにきた感じでしたが・・・楽しかったです」
「やめてよ出海ちゃん」恵がちょっと顔を赤らめて喜ぶ。
「出海ちゃんには悪い事したけど・・・これも出海ちゃんのためだから」
「いえいえ、お陰さまで成長できた気がします」
「だといいけど」
恵が靴を履いて立っている出海を抱きしめる。
「なんですか・・・恵先輩?百合展開なんて、聞いてないですよ・・・」
「ううん」
恵が出海から離れて、「次もがんばって」と言った。
「はい!」
「じゃ、またねー」「またですー」
2人が帰って、玄関のドアが閉まった。
恵は鍵をかけ、チェーンロックもする。
「ふぅー」
倫也と恵が同時にため息をついた。サブヒロインの慰労会が無事に終わった。
「やっぱり英梨々ルートのフラグを立てていくんだね」
「どうなんだろうな。詩羽先輩が何を考えているのか、俺にはわからん」
「確かに・・・」
2人がリビングのソファーに座る。
恵はシャワーを浴びた後は青いルームウェアに着替えている。倫也がいれたアイスカフェオレを飲みながら、明日のことを考えていた。
「恵。今日はどうするんだ?」
「うん?オチなら・・・予定通りでいいんじゃないかな」
「予定通り?」
「うん。劇場版の予行練習にするつもりだったよね」
「そうだな」
「じゃあ、それでいいと思うけど」
倫也が立ち上がった。
「ああ、別に倫也くん。座ったままでいいよ。そんな全部は大変だから」
「お前、さてはやる気ねぇな!?」
「ううん。そんなことないよ・・・えっと、『俺、恵のこと好きだ』からで」
「実はさ・・・」
「どうしたの?」
「もうセリフ覚えてない・・・」
「あーうん。冴えカノずいぶん見てないものね」
「だな」
「じゃあ、途中を省略しよ」
「それでいいんだ?」
「・・・いいよ」
倫也が恵の隣に座った。
恵が紙とペンを用意していた。
「じゃあ、始めて」
倫也は照れる。いきなりクライマックスからは難しい。
「・・・俺、恵のことが好きだっ!」
「知ってる」
「・・・恵ぃ」
「で、どこが好きなの?」
「えっと・・・」
恵がカンペを出す。そこに倫也のセリフが書いてある。
「えっと・・・えっ・・・?」
「どこが好きなの?」
「・・・エッチなところ」
倫也の顔が真っ赤になった。恵も耳が赤い。
「もう・・・そんなこと言われて喜ぶ女の子は・・・いないよ?」
「えっと、ごめっ・・・んぐっ」
恵が倫也の言葉の途中でキスをした。
それから、そっと唇を離して、少し微笑みながら上目遣いで言う。
「だから、不合格・・・だよっ」
優しい澄んだ声。けれど少し意地悪なトーン。
「不合格なのぉ!?言わされたよねぇ」
「うん」
恵が立ち上がって、倫也に手を差し出す。
倫也がその手をにぎって立ちあがった。
恵が倫也をひっぱって2階へと連れて行こうとする。
「だからっ、いっぱい練習しないとね」
倫也の部屋にはYES/YES枕がベッドの上に今日も置いてある。
(了)