第6話 後輩ヒロインイベントとみせかけて恵が全部もってく
夏休み5日目。7月25日 日曜日。
日曜日なので、昼頃からみんなが集まっていた。
倫也は恵にリテイクをもらい、後輩ヒロインルートの修正をしていた。
美智留はベッドの上で音楽を作っては楽譜に書き込んでいる。出海は先輩ヒロインルートの一枚絵を倫也と相談しながら修正している。ずいぶんと形になってきた。
「あの・・・ちょっといいかな?」
恵が作業を止めて、手を上げた。
「どうした?加藤」
倫也はちょっと後輩ヒロインルート修正で悩んでいた。書いてみるものの、どうもしっくりこないものが多かった。
「微レ存って何?ビレゾンでちゃんと変換するんだけど・・・これもオタク用語なの?」
倫也のデスクで作業していた出海がイスをくるりと回転させて、恵の方を向くと、
「それ、『微粒子レベルで存在している』の略ですよ。恵先輩」
「微粒子?なんのこと?」
「それはな・・・」
倫也がしたり顔で解説する。
「例えば、どこかの飲食店でコップの水がでるよな?ちゃんと洗ってあるけれど、前に使った人の唾液が微粒子レベルでは残っているって話だ。要するにほとんど0だけど、わずかに可能性があるってことだな」
「ああなるほど・・・。後輩ヒロインがトゥルーエンドになるみたいなことね?」
「それ・・・どういうことですか!?」
出海がちょっとムッとする。
「ああ、別に出海ちゃんにいってるわけじゃないよ?だって安芸くんの持っているゲームには、『後輩ヒロインが正統なエンド』がなかったから」
「そうなんですか!?倫也先輩」
「ん・・・ああ、そうかもしれない・・・でも、確かに後輩ヒロインってサブルートが多いよな。なんでだろ?」
「そりゃあトモ、学園ラブコメなら同級生にアドバンテージがあるからじゃないの?」
「それに安芸くん、学校で後輩ができるのって、委員会活動か部活活動ぐらいだよね。部活だとマネージャが最有力だろうし・・・」
「・・・ということらしいぞ、出海ちゃん」
「・・・はぁ」
出海がため息をついた。
それにしても微レ存とか言われたくない。出海は恵の方をみる。
「まぁしょうがないですよね。確かに倫也先輩には澤村先輩みたいに素敵な彼女がいらっしゃいますしー」
「ちょっと出海ちゃん・・・何言ってんの!?」
倫也が慌てて打ち消す。
そっと恵の方をみる。いつも通りのフラットな顔だ、とりあえずは問題なさそうだ・・・
「えっ?トモ、澤村ちゃんと付き合ってるの?」
「いや、そこ掘り返さないで?付き合ってないから!」
「安芸くんが誰と付き合っててもいいけど、サークルの進捗に影響ないようにしてほしいかなっ」
末尾が少し強いイントネーション。ちょっと機嫌損ねた?
「でもでも、付き合ってないにせよ、メールのやりとりも、ラインのやりとりも一番澤村先輩が多いですよね?」
「・・・えっ?そうだっけ・・・」
倫也がシラを切って横目で恵をみる。鉄仮面のフラットな顔。これはちょっと怒り始めているかもしれない。早めに話題をかえよう。
「そうだ。駅前にケーキ屋が新しくできたんだけど、みんな食べた?」
無難に食べ物の話題にすりかえる、興味をひいてくれたら買ってこよう。
「何、トモ。おごってくれんの?」
美智留が食いついた。まぁそうだけど、おまえじゃない。
「ああ、できましたねー。わたしはまだ食べてないです。いいなぁ」
「だよな。じゃあ出海ちゃん買いに行く?」
「1人でですか?」
「えっと・・・」
倫也がチラッと恵の方をみる。ノートPCに目を落としていて表情からは機嫌がわからない。ただちょっと考え事しているようだ。
「恵は?ケーキいる?」
「えっと。普通、ケーキいらないって答える女の子はいないと思うんだけど・・・こういう返し方は自分でも可愛げないなって思ったりして・・・」
「ん、どうした?」
「・・・そうだ。安芸くん。後輩ヒロインルート、ちょっと修正したいんだよね?」
「ああ、うん。でも作業には遅れるだろ?」
「いや、別にそれは大丈夫だけど・・・まぁいいものができるならさ。・・・ケーキ屋に出海ちゃんと一緒に行ってきたら?」
「そうだなぁ」
倫也はそのつもりだった。直接的ではないにしても、後輩ヒロインルートの会話サンプルは波島出海からヒントを得ることが多い。
「じゃ、行くか。出海ちゃん」
「はーい」
2人が立ち上がる。倫也は机の引き出しからサイフを取り出してポケットに突っ込む。
2人が部屋を出ていくと、恵がため息を大きくついた。
「どうしたの?加藤ちゃん」
「なんか・・・だんだん嫉妬深い女になっていくなぁっと・・・」
「おっ?認めた」
「・・・ごめん、今の聞かなかったことにして」
「そりゃあいいけどさ。実際、澤村ちゃんとトモは仲いいよね。10年もケンカしていたなんてある意味で仲がいい証拠じゃん」
「・・・そうだね」
恵は消え入るような声でいった。
「パソコンを立ち上げるとさ、メールが届いているってメッセージがでているからわかるんだよね。誰からかなーとか、何かなーとか、ついつい気になるんだけど、そういう自分が嫌になるっていうか」
「今日は愚痴るねぇ・・・加藤ちゃんらしくない」
美智留が明るく笑っている。恵のフラットさは倫也の前では意識しているようだが、最近は崩れているのがわかる。
その時、ノートPCのスカイプに反応があった。
・・・英梨々だ。
「ん?あら、恵じゃない。元気?」
「まぁ。いちおう。お陰様でというか、なんというか」
「どうしたのよ?」
「・・・で、何?」
「ああ、うん。倫也いる?」
「今ちょっとでかけてる」
「あっ・・・そう。なら、伝言お願いできるかしら?」
「何?」
「えっと・・・『こないだの件はOK』って伝えてくれればいいわ」
「こないだの件?」
「うんそう。それで伝わるから。じゃよろしく」
英梨々がスカイプを切った。英梨々は切った後に少し舌を出している。少しは恵も悩んだらいいと思っていた。離れた自分が悪いのだけど、やっぱり倫也と作業している恵達が羨ましかった。
「いやぁ澤村ちゃんもわざとらしいねぇ・・・『こないだの件』だってさ」
「・・・はぁ」
恵がため息をついた。
「でも、どうせ、こっちの作業の相談でしょ。というかトモはメールもラインもほとんどその話題しかないと思うよ?」
これは正解。記録に残っているのはゲーム作りの話がほとんどで、スカイプ等だと雑談もしていた。
「まぁ・・・そうだよねぇ・・・」
※※※
「ふぅ・・・暑いですねぇ」
出海はピンク色のノースリーブを着ていた。手で顔をあおぐ仕草をしている。蝉の声が騒がしい。
「・・・倫也先輩?」
「ん?」
「どうしたんです?ぼぉーとして」
「あのさ、後輩ヒロインっていうのは、やっぱり先輩に憧れを抱いているって考えていいんだよな?」
「さぁ?でも、その関係性は自然じゃないですか?やっぱり先輩後輩の関係なら、自分より優れた人に惹かれるのは当然だと思いますけど」
「例えば?」
「わたしだったら、絵の上手い人とか・・・あと運動のできる人・・・勉強のできる人・・・まぁ普通ですよね?」
「・・・そ・・・そうだな」
倫也はどれも当てはまらない。そりゃあ後輩から憧れを受けないわけだ。妙に納得した。
「どれも、倫也先輩にはあてはまりませんね」
「ばっさりきた!?」
「はははっ、でも、倫也先輩はアクティブじゃないですか?去年の夏フェスでもわたしの作品を完売してくれましたし」
「あれは出海ちゃんの作品が優れていたからだよ」
「それもあるかもしれないけど、やっぱり倫也先輩が売ってくれたからですよ」
「そう」
「そういうところはやっぱり惹かれるポイントだと思いますよ。っていくら、倫也先輩がシナリオで詰まっているからって、わたしに持ち上げさせるのはやめてください」
「・・・頼んだ覚えはないけど・・・ありがと」
「いいんです」
出海はけっこう歩くのが速い。運動が得意なせいか、姿勢もよく元気に歩く。
「もう少し褒めたほうがいいです?」
「褒めるとこあるの?」
「ないです」出海が追い打ちでばっさり。
「あげて、落とすのやめてくれる!?」
「はははっ、えっと、一生懸命なところはやっぱり尊敬しますよ。自分でサークル立ち上げてゲームを作ってしまうなんて、やっぱりすごいと思います。わたしは去年お兄ちゃんのところで作画担当しましたけど、本当にみんなてんやわんやで大変でしたし」
「それはこっちもだよ・・・」
というか、倫也のところは間に合わなかった。
「あとはそうですねぇ・・・」
出海は口の前に人指し指を立てて考える。いい子だなぁ。
「なんだかんだ、みんなに優しいですよね。彼女になる人は大変だろうなって思います」
「どういうこと?」
「ほら、女性は優しくされるのは好きですが、他の女性に優しくしているのは嫉妬の対象になりますから」
「・・・なるほど」
「だから、今頃大変だろうなぁって思います」
「えっと・・・誰が?」
「それ、聞いちゃいます?」
出海が笑っている。明るくはじけるような笑顔なので、一緒にいると倫也まで明るくなる。
「じゃあ、逆にわたしから質問いいですか?」
「どうぞ?」
「倫也先輩が後輩ヒロインルートに苦心しているのは、後輩ヒロインにしてもらいたいことがうまく妄想できないからじゃないですか?」
「妄想!?・・・えっと、後輩ヒロインに慕われたり、明るく振る舞ってもらったり、そういうのは楽しいと思うのだけど・・・」
倫也は考える。確かに出海の言う通りなのかもしれない。
「ケーキ屋。着きましたよ」
出海が立ち止まる。まだ店の前には花輪飾りがあって、小さい個人の店なので少し混んでいた。
2人は列に並ぶ。
「後輩ヒロインの問題というよりは、自分がうまく先輩として振る舞えない事が原因かもしれない。ほら、男ってかっこつけてなんぼみたいなとこあるじゃん。何か事件があって、それをかっこつけて後輩をカバーするから先輩として引き立つわけで」
「ほうほう」
「しかし、後輩ヒロインが優秀な場合は難しいよね。ちょっと抜けた主人公ならそれもありなんだろうけど・・・」
「逆パターンですか・・・。でも、それならいつもは優秀だけど、ときどきドジをするからギャップがでるのでは?」
「ふむ」
やっぱり参考になる。
※※※
出海がケーキの入ったショーケースを眺めている。倫也は自分で決める気があまりなかった。
「全部で8種類ですね。倫也先輩はどれにします?」
「適当に選んで。みんなが選んだ後に残ったのにするよ」
「・・・倫也先輩らしいというか、ちょっと背伸びしてません?俺はモンブランがいいなぁとか思ってませんか?」
「ははっ。じゃあ、モンブラン入れておいてよ」
「そうですね。あとショートケーキと・・・」
倫也はショーケースを見ながら、恵はチーズケーキかな?しかし、女子は無難にフルーツタルトか、タルトだと食べでもあるし美智留向きか?サバランも捨てがたいが・・・むむっ・・・あれ、優柔不断?とか考えていた。
「だ・・・だめだ。倫也先輩、わたし決められないです。なんか先輩方に一言言われそうな気がして・・・」
「じゃ、全部にしよ。すみませーん。全部一つずつください」
「全部?」
「うん。1人2個ぐらい食べられるし、残ったら冷蔵庫でいいし」
「はぁ、まぁそうですが・・・」
箱は4つずつの二つに分け、保冷剤をいれてもらった。4千円弱の金額になった。
2人でひとつずつケーキの箱を持つ。
「太っ腹ですね・・・」
「ほら、先輩として後輩にかっこいいところを・・・」
「優柔不断なだけじゃ?」
「それ、図星だからやめてっ!?」
「くすくすっ。こういう時、お兄ちゃんなら何を買うかわかります?」
「伊織かぁ・・・同じように全部買いそうだけど」
「そうですね。同じ8個買うなら、ショートケーキを4つと、残りの4つは店のお姉さんに選んでもらうと思いますよ」
「・・・なるほど」
「で、家に帰って箱を開けてみると9個はいっているのが、お兄ちゃんクオリティーです」
「もう、それ特殊な才能だよね」
※※※
倫也の家にもうすぐ着く。出海はケラケラと明るく笑いながら話をしていた。
その時、前からくる女性の散歩していた犬が突然吠えた。
驚いた出海がバランスを崩す。・・・が、無事。
「ふぅ・・・驚いた」
女性が謝ったが、特に何もなかったのでそのまま歩いて去っていった。
「うーん。今のでケーキを落とすのが後輩ヒロインなのでは?」
「えっ?」
「ほら、そのための二つに分けているわけだし・・・」
「イベントでしたか!」
「・・・なんてな」
「もしかして、あざとく転んでパンツでも見せたほうが・・・」
それもありかと倫也が考える。いやいや、そういうキャラでもなかろう。
※※※
リビングではお茶の用意ができていた。あとはケーキを待つばかりだった。
倫也は事情を話してケーキをすべて買ってきたことを伝える。
「無駄遣いなんじゃないかな?」
恵がちくり。でも、これは倫也の想定内。
「ほら、昨年の売り上げは誰も謝礼受け取ってないから、こうして福利厚生として還元しているんだよ」
「さすがートモ。じゃあ、出海ちゃんは一個だ」
「美智留先輩。そこでさりげなく後輩いじめはやめてください」
恵が無言でケーキを4つに皿に2個ずつ取り分ける。そういうのって普通ジャンケンとかでわいわいと分けるんじゃ?と倫也見ていた。
「あっ、安芸くん。英梨々から伝言があって。『この前の件はOK』だってさ」
「ああそう、よかった」
倫也は普通に答える。別にやましいことは何もない。
「トモ。そういうときは、それがなんなのかはっきり言い訳しておかないと誤解を生むよ?」
「別に誤解されるようなことしてないからね!?」
「だから倫也先輩は倫也先輩なんですよ。鈍感主人公なのはいいですけど」
「なんか俺が悪いことしたみたいになってる!?」
「澤村先輩と秘密で話していることが恵先輩を苛立たせるってどうしてわかんないんですかね?」
恵が皿からケーキを一個とって、箱に戻した。
「出海ちゃん。別にわたしは何も苛立ってないけど、氷堂さんの意見も一理あると思ったから一個でいいね?」
「だから、どうしてすぐに後輩をいじめますか?」
「今のは波島ちゃんが悪いと思うー」
美智留が笑っていう。
「大丈夫。出海ちゃんが1個なら俺の分をひとつあげるから」
「先輩っ!」
出海が倫也の手を握る。
恵がため息をつく。
「いくらオチが見つからないからって、ケーキ一個で先輩づらと、それに感動する後輩っていうのは安易じゃないの?」
「・・・すまん」
恵が箱に戻したケーキを皿にまた戻す。
「じゃ、こんな感じで分けてみたけどどうかな?」
「えっ、ショートケーキがわたしでいいんですか?争奪戦になるかと思っていました。もう一個はアップルパイですけど」
「あたしはこれでいいよー。でもイチゴミルフィーユとかちょっと高いんじゃないの?あとオペラね」
「うん。じゃ、これで決まりっと。ね?」
「いただきまーす」
美智留はセロファンをはずしにかかる。
倫也は自分の皿を見る。フルーツタルトとチーズケーキが乗っている。恵の皿にはモンブランとサバランだ。
「えっと、倫也先輩と恵先輩の皿って逆じゃありません?」
「そうかな?安芸くんどっちがいい?」
倫也は少し考える。『どっちでもいい』と『こっちがいい』は不正解。だとすると・・・
「どちらかといえばそっちかな・・・」
「うーん。じゃあ、はんぶんこしてあげようか?」
美智留は嬉しそうにミルフィーユを手でつかんで食べている。豪快だ。
出海は2人の様子を見ている。
「えっ・・・?あっ・・・うん」
倫也がとまどう。
恵が立ち上がってキッチンからペティーナイフをもってくる。
倫也はケーキのセロファンを外した。
「ねぇ、倫也くん」
恵は倫也のケーキの先端2センチぐらいをカットする。あきらかに不平等で小さい。
「ん?」
「『こないだの件』って何?」
美智留が顔を上げる。恵はフラットな表情のままで声のトーンも変わらない。
(やっぱ、気になってたんですね・・・)
出海は余計な事は言わない。少し学習した。ケーキが没収される前にセロファンをとり両方を少しずつ食べておく。
「ああ、前回でボツになった背景をこっちで使いまわししていいか確認したんだけど・・・」
「まぁ・・・そうだよねぇ・・・」
恵がフォークで小さくカットしたチーズケーキをさす。
「あーん」
恵が言った。
倫也が首をかしげる。
「あーんしてみて?」
倫也が口を開ける。
「あーん」
恵がチーズケーキを倫也の口にいれた。
倫也が無言でケーキをもぐもぐと食べる。耳が真っ赤だ。
恵の耳も少し赤くなっている。
「うわぁ・・・なんで恵先輩、とつぜんデレているんですか?」
「別にデレてるつもりはないんだけどなぁ・・・ただ、こないだあがった後輩ヒロインのイベントにあったから、どんな感じかなって?」
恵は自分のフォークでモンブランを一口だけ食べた。
そして、倫也の皿と自分の皿を交換した。さすがによくわかっている。
「それ・・・わたしのイベントってことなんじゃ・・・」
「えっ、そうなの安芸くん?」
「さっ・・・さぁ・・・?」
倫也の目がおよぐ。触らぬ神になんとかだ。
「あとは、倫也くんがわたしにそのサバランを一口くれればいいんだよね?」
恵が促す。
「そうだっけ・・・(そんなイベント書いた?)」
倫也がフォークでサバランの蓋の部分をクリームごと救う。少し大きいか。
「ちょっとまってください!」
出海が立ち上がる。
少し迷ったが、フォークでショートケーキのトップのいちごをさす。
美智留は、二つ目のケーキに取り掛かる。なんだこのコント?って思いながらも幸せだった。
「と・・・ともや先輩。口あけてください」
「いや・・・いちごは自分で食べなよ?」
「うっ」
「それに出海ちゃん、食べかけを渡すのは失礼だと思うよ?使いかけのフォークで間接キスになるしぃ・・・わたしは別にいいけどぉ」
「うぅ・・・」
小さな動作も伏線として回収してくる。それが恵クオリティー。
倫也がほっとしてため息を一つつく。手にはサバランをもったままだ。
「あーん」
恵が口をあける。
「えっ・・・するの?」
倫也は確認する。
「する。絶対する・・・あーん」
恵が口を開けている。なんだこの甘えっぷりは。このイベントに対する執念は。
「ほらよ」
倫也がフォークにのったサバランを口にいれた。
恵は口を閉じる、フォークが恵の唇にはっきりとあたる。倫也がそれをゆっくりと引き抜いた。
恵は倫也の方をみたまま、もぐもぐと口を動かす。本人はフラットな表情のつもりらしい、口元がにやけている。頬は紅くそまり、耳はもう真っ赤だ。
それから、こらえきれなくなって、顔を下にして口を抑えて笑っている。だめだ、やっぱ可愛い。
「・・・もう、加藤恵キャラとは別ものじゃないですか・・・」
出海がぼやいた。自分のヒロインへの道が遠いことだけはわかった。
「トモ。何みせつけてんのさー。あんたらまだ付き合ってないんでしょう?こんな熱いのみせられるなら、あたしはそのサバランをー」
美智留が身を乗り出して、倫也の皿のサバランを上からフォークで刺してまるごともっていった。
「美智留っ!」
「ごちそうさま!トモ」
美智留は大きく口を開けて一口で食べた。
「・・・ケーキ3個も喰うなよ・・・」
「あたし、バイキングなら20個ぐらいいけるよ?」
倫也はため息をつく。
それから恵の方をみる。まだ笑っている。
恵は笑いすぎてちょっと出た涙を指でふくと、倫也の方を見上げた
「えへへ・・・」とつぶやいた。
幸せそうでなにより。
(了)