通い婚から同棲を始めるぐらいの時期な気がする
7月29日 木曜日 夏休み8日目。
倫也はメインヒロインルートのシナリオがなかなか作れないでいた。恵はサブヒロインルートの3つのシナリオ修正が終わり、スクリプトに組み込みつつ微調整をしている。残り1つのサブヒロインルート・・・幼馴染ヒロインシナリオだけは倫也からテキストファイルを送ってもらったものの、未だ開けずにいた。
昼食に恵はパスタを作った。トマトとバジルの入ったシンプルな塩味のパスタだったが、夏らしくさっぱりとしておいしかった。
恵はいつものように倫也に一口食べてもらうイベントをしなかった。今日はテーブルの上に置いてあるオセロ盤に視線を落とし集中している。
「まだ互角?」
「うん」
恵が考え込んでいるので、倫也はパスタをフォークでくるくると絡めながら時間をつぶす。倫也も別にオセロが強いわけではない。角をとられないようにその4隅の4枠には駒を置かないことぐらいしか知らない初心者である。序盤の形成判断などできようはずもない。
「わかんない」
恵が白い石を置く。いくつかの石を黒から白へとひっくり返していく。それから自分のフォークを持ち、パスタを絡めて口に運ぶ。
「この斜めのとこも、ひっくり返るんじゃない?」
倫也は恵が見落としたところをひっくり返す。それから恵がパスタを飲み込むまで待つ。あんまりテンポよく進めると食べる時間がなくなる。
「ああ、なるほど」
「じゃ、ここで」
倫也が黒い石を置く。外からは蝉の鳴く声がしきりに聴こえる。エアコンが静かに動いていて部屋の中は快適だ。
「うーん。あんまり横のラインもとられないほうがいいんだよね?」
「どうだろう・・・」
恵が石を置き、黒い石は白い石になる。パスタを口に運ぶ。
倫也が石を置き、白い石は黒い石になる。パスタを口に運ぶ。
繰り返していく。2人ともパスタを食べ終わった。
いよいよ、4隅の攻防戦になる。
手番は倫也だ。とりあえず、置いても角をとられないところに黒い石を置く。そして1列を黒にする。ここからが難しい。
倫也は恵の皿とフォークを自分のと重ねて、台所に運んでいく。
「あれ・・・倫也くん、これ・・・わたしの負けじゃないの?」
「そうなの?」
「だって、次にどこに置いても角をとられるよ」
「正念場だな!」
倫也は嬉しそうに言う。勝ったなと思う。しかし、気が少し重い。
このオセロの勝負を始める前に、2人で賭けることにした。
『勝った方が負けた方の言うことをなんでもきく』
もちろん、常識と良識がある。恵は倫也がどんな『くだらない要求』をしてくるか楽しみだった。自分が勝ったらその時に考えようと思っていた。
恵は集中力がある方だ。頬杖をついて、少し退屈そうに見える表情で盤面に目を落としている。今日の恵の衣装は華やかなで赤いタンクトップのインナーの上に、透き通った花柄の長袖を着ている。透き通っているので恵の脇も布越しに見える。下はジーンズだ。
倫也は恵が長考に沈みそうなので、台所で皿とフォークを洗う。それからポットでお湯を沸かす。
「ああ、そうか・・・うんうん」
恵が白い石を盤面に置く。
「置いたよー」
「あいよ。お湯沸かしてるから見ててくれる?」
「何いれるの?」
「ホットコーヒーでも淹れようかと思って」
「わかった」
恵が立ち上がる。
倫也がテーブルに座って盤面を見る。角がとれる。盤上この一手だとすぐに石を置いて、斜めにひっくり返していく。ひっくり返ったあとの盤面をみると・・・なるほどと思う。
やかんのお湯がまだ沸かない。倫也が立ち上がって恵と交代をする。
恵は立ったまま、盤面を見つめる。予定通りだった。これで角をとった黒い石の横に白い石を滑り込ませることができる。結果的に、この石は黒に挟まれているのでひっくり返ることはない。次に倫也が他の4隅置けば角をとることができるし、角をとったところの隙間を埋めるなら、恵も埋めて、やはり倫也の番になる。ふむ・・・。
「こうしてっと・・・」
恵が白い石を置く。石をひっくり返していく。
倫也は、袋から一人前のコーヒーを取り出し、注いで淹れていく。これで二人前をとるとアメリカンコーヒーのように薄くなってちょうどいい。
「恵ってさ、負けず嫌い?」
「ううん」
「そうなの?真剣だからさ・・・」
「お姉ちゃんいて、子供の頃からこういうのは勝てなかったから、でも真剣じゃないと面白くないよね?」
「そうだな」
倫也がコーヒーを淹れている間、恵は椅子に座り盤面を眺めている。自分が勝ったらどうしようかなと考える。ケーキでも買ってもらおうか?それは別に勝たなくても買ってくれそうである。もう少し難しい要求がいいかな。女装でもしてもらおうか。いいかもしれない・・・
恵や勝手に想像してにやにや笑っている。
倫也は気が付かないふりをして、恵にもコーヒーを置く。食後なのでブラックのままだ。
「ふむ・・・」
盤面が混沌としている。とりあえず、隙間を埋める。恵も埋める。これでまた倫也の手番、どこを置いても恵が角をとれる。
「けっこういい勝負なのかな」
「そうだな」
2人はそれから無言のまま局面を進めていく。時々コーヒーをすする。
※※※
恵が最後の石を置く。けっこう接戦そうだ。
2人は勝負が終わってから石を並べ替えて数える。
33:31の大接戦で倫也が勝った。
「ふふん」
倫也が満足そうにドヤ顔をする。
恵は口に手を当てて表情を隠しながら、「そっかー」と呟いた。
「いい勝負だったんじゃないか」
「ちょっと悔しいかな」
恵は表情も声のトーンもフラットにして言う。
「だったら、もう少し悔しそうな顔をしろよ・・・」
と、倫也がお決まりのツッコミをいれる。
恵は仕方がないので負けを認め、倫也の要求をきくことにする。少しぐらいエッチな要求も叶えてあげようと思っていた。どこまでOKなのか自分でもわからない・・・
「で、倫也くんの願いは?」
「うむ、それなんだがな・・・」
ゴクリッ。2人とも唾を飲み込む。恵は下を向いて顔を少し赤らめる。
「洗濯してくれるか?」
恵がため息を一つついて、倫也の方をみて「だよねぇ・・・」と呟く。
倫也は夏休みに入ってから洗濯を一度もしていなかった。
恵はシャワーを借りることもあるし、洗面所を使う機会も多い。洗濯物がたまっていくのは見ていて知っていた。するべきかどうか少し迷っていた自分の性分が憎い。彼女でもないし洗濯までするのは公私混同だと思い、見て見ぬふりをしていた。
「俺も手伝うからさ!」
「どの口がそれを言うのかな?」
倫也が洗濯機のところへ行く。恵もついていく。
「もう午後なんだけど・・・」
「夏だし乾くんじゃない?一晩乾しておいてもいいし・・・」
「どうしてこんなに溜めちゃうかな・・・」
恵が洗濯機に倫也の衣類を放り込んでいく。下着や靴下は別に洗うべきだが、構わず洗濯機に半分ほどいれて回した。夏服なのでそこまでかさばらない、二回も回せば全部洗えそうだった。
「2人で洗濯機眺めていてもしょうがないし、『安芸くん』は部屋に戻って作業進めていて、わたしはついでにお風呂場も洗っておくから」
「もしかして怒っている?」
「洗濯物を押し付けられて怒らない女の子はいないと思うんだけどなっ!」
「嫌なら・・・俺するよ・・・やり方よくわからないけど・・・」
「・・・もう、いいよ。部屋、戻ってて」
倫也が部屋に戻る。恵は上に来ていたシャツを脱いで赤いタンクトップの姿になる。それからお風呂場にいって掃除を始めた。
※※※
洗濯が終わり、恵が外に洗濯物を外の物干し台にもっていく。
倫也は近くにいって、その様子を見ている。
洗濯ハンガーに靴下や下着をかけていく、シャツはハンガーに袖を通してから乾す。
パンッと小気味の良い音をたててタオルの皺をのばし洗濯ばさみで挟む。
倫也は恵が腕を伸ばすたびに脇が見えるので、そこに気をとられてしまう。たぶん掃除と洗濯に夢中になっていて、シャツを脱いだままだということに気が付いていない。赤いタンクトップも夏にはピッタリで晴れた青空との対比も良かった。ただ、ちょっと恵のイメージとは違うなと思う。溌剌としているように見える。
倫也は恵が乾すのが終わる頃に先に部屋に戻って、グラスに氷をいれてカルピスを作った。
恵が満足気に洗濯籠をもって戻ってくる。
「ふぅー」と息を吐き出し、テーブルの向かいに恵が座る。
「ありがと。恵」と倫也がねぎらう。
「負けたし、しょうがないよ」
「まっ、カルピスでも飲んで」
恵がグラスに口をつけ、冷たいカルピスを飲み、喉を潤す。
「倫也くんにとって、メインヒロインって何なのかなぁ?」
こんな主婦みたいなことをさせておいて、何がメインヒロインなのだろうと思う。
倫也は少し考えてうなずく。
「うん・・・まさに、恵そのものだよ」
恵が驚いたように顔をあげ倫也を見つめる。倫也が少し恥ずかしそう微笑んだ。
(了)