徒花達に囁きを。   作:アークフィア

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少女は求める、火を払う布を

 少女達の園、というものは。

 

 世間より隔絶され、独自の文化圏を持った一つの世界であるとも言える。

 彼女達は彼女達のルールに従い、彼女達の願うように生きている。……そこにあるのは、少女達なりの礼儀と、親交(信仰)だ。

 

 そういうものが日夜交わされるその場所では、時折不思議な噂が流れている。……可愛らしいものから、おぞましいものまで、様々なものが。

 それは少女達の無垢の証であり、同時に彼女達の罪の証でもある。

 

 そんな、少女の細やかな情念が渦巻く場所。

 校内の一画、日に照らされた植物園の中で。

 一人の少女が、傍らに従者を控えさせたまま、優雅に午後の茶会を楽しんでいたのだった。

 

 

「──(みなと)さま、お味の方はいかがですか?」

「貴女の腕には、些かの疑いも持ち合わせてはいません。──それ以上の賛辞が必要?」

「いえ、私には勿体ない言葉でございます」

 

 

 カップに口を付けた自身の主に、味の感想を尋ねる従者(メイド)

 対する主人である少女は、信頼と信愛を込めて微笑みを返す。

 ……その反応に確かな満足を覚えながら、従者は一歩後ろに下がる。それは、主人に自分から声を掛けるという、分不相応な態度をした己を戒めるためであり、

 

 

「あ、あの!貴女が、【植物園の主】様ですか?」

「──ええ、そういう風にも呼ばれていますわね」

 

 

 ──主人に対しての客人の来訪に、いち早く気付いたからでもあった。

 

 メイドたるもの、客人への対応は迅速丁寧に。

 最適な淹れ方をした紅茶を、そっと来訪者である少女の前に差し出して、従者はまた己の定位置に戻る。

 そして、主について回る噂について、思いを巡らせるのだ。

 

 

 ───曰く。【植物園の主】とは、殺戮者なのだ──という噂を。

 

 

 

 

†  †  †

 

 

 

「──【植物園の主】?」

「そ、一部のグループで流行ってる噂なんだけどね?」

 

 

 その日、彼女が友人である京子からその話を聞いたのは、全くの偶然によるものであった。

 

 

「校舎の端の方に、木々に覆われたガラス張りの建物があるじゃない?」

「ああ、あの外から見ると、おどろおどろしくてお化け屋敷かなにかに見えるっていう噂の……」

「そうそう、あれあれ」

 

 

 彼女の言葉に記憶を探れば、この女学院の中の一画──取り壊しを待つ旧校舎の隣に、鬱蒼とした木々に覆われた、ガラス張りの建物があったということが思い出される。

 ……生憎と少女の行動範囲からは外れた位置の建物であるため、そういえばそんなものがあったような……程度の記憶でしかなかったが。

 まあ、その程度の記憶にしか残らないくらい、あまり馴染みのないものだというのは確かだった。

 

 

「それで?その建物がなんだって?」

「その建物の中には、そこを支配している主人が居て、その人のことを【植物園の主】って呼ぶんだけどさ。──してくれるらしいんだよね」

「……なにをしてくれるって?」

 

 

 ()()()()()()()()部分を、上機嫌に語る京子に聞き返す。

 彼女は「仕方ないわね」と笑って、他の誰かに聞こえないように、顔を彼女の耳元に近付けて、囁くように答えを告げる。

 

 

「壊したいものを、壊してくれるらしいんだよね。……なんでも、()()()壊したいものなら、ね」

 

 

 顔を少女の耳元から離した京子は、とても上機嫌そうにニコニコと笑っている。

 それを見た彼女は、胡散臭いことを聞いた、と言うように顔を顰めている。

 ……二人が会話するたびに頻発する、日常風景の一つでもあった。

 

 

「……あー、いつものやつね、うん」

「ちょっと、いつものってなによ?有名なのよーこの話」

「……さっき一部で流行ってる、って言ってなかったっけ?」

「んー?そんなこと言ったかなアタシ?」

 

 

 ──白々しい。

 少女が嘆息して見せても、京子の様子は変わらない。……()()()あれこれで懲りたと思っていたのだが。

 少女はもう一度だけ嘆息すると、自身の机の横に掛けられた鞄を取って立ち上がる。

 

 

「あ、ちょっと!まだいろいろ噂はあってね?」

「はいはい、そーいうのは間に合ってまーす。……噂もいいけど、勉強もやりなよ京子?」

「ぐふっ!?」

 

 

 こちらからの指摘に、大げさな身振りで机に倒れ込む京子。

 そんな彼女の様子に小さく苦笑して、少女は人影もまばらになった教室から出ていくのだった。

 

 

 

 

†  †  †

 

 

 

「──というわけなんですよ【植物園の主】様!」

「まあ!とても仲がいいのですね、その方と」

「え?……あー、いやその、腐れ縁っていうかなんというか……」

 

 

 くすくすと笑う少女と、突然からかわれてしどろもどろになって慌てる京子。

 ……自身の噂話に興味を示さない友人に、一泡吹かせてやるわと意気込んで突撃した植物園の中に居たのは、別学であるこの女学院でもあまり見たことがない、生粋のお嬢様とでも言うべき人物だった。

 

 植物園の中心。広く開けていて、ガラス製の天井から日が差し込み、茶会をするための白いテーブルと椅子が、セットで並べられた場所。

 今どき物語の中でも見ないようなある種べたな場所で、こちらを待っていたかのように紅茶を楽しんでいたお嬢様と、その横で控える瀟洒な従者。

 

 この状況だけでも興奮しっぱなしの京子であったが、その興奮を抑え、件の彼女と会話することに成功したわけである。……が。

 

 

「そうですね。私に相談事を持ち込む方がいる、と言うことは確かですが。あくまでも私にできることは、相手の話を聞くことだけ。……仮に壊したものがあるとすれば、それは話したことで気を張る必要のなくなった、彼女達の不安くらいのものだと思うのですけれど……?」

「な、なんと……」

 

 

 件の【植物園の主】から返ってきたのは、自分は噂のような人物ではないという否定の言葉だった。

 思わず落胆から肩を落とす京子と、そんな彼女を微笑ましげに眺めている少女。その微笑みを保ったまま、彼女が口を開く。

 

 

「でも、これもなにかの縁でしょう?私にも、貴女の噂話を聞かせて頂けないでしょうか?」

「え?……あ、はい!」

 

 

 少女に促されて、京子はあれこれと自身が聞いてきた噂話を披露していく。

 

 ミツバチたちの異常行動・渡り鳥の集団消失・少女達の中でまことしやかに語られる、大小様々な怪談話──。

 京子は拙い自身の語彙を最大限に活かし、それらの噂を面白おかしく語っていく。

 対面の少女も、そんな彼女の様子と話を楽しんでいた。

 

 そうして、あれこれと語った後。

 

 

「あとは……そうだ【烙印の兆し】っていうのがありましてですね!」

「ふむ……烙印というと、()()烙印?」

 

 

 最後に披露されたのは【植物園の主】同様、最近になって噂され始めた、とある不思議な火傷についての噂だった。

 

 曰く、ある日突然に火傷のような傷ができた者は、それに遭遇してから一週間以内に、なにかしらの不幸なことが起きる──という噂だ。

 その火傷は普通のものとは違い、痛くもないし皮膚が引っ張られるような嫌な感触もないうえ、放っておくと三日もしない内に治ってしまうのだという。

 なので、実際は火傷などではなく──。

 

 

「なにかの烙印(目印)だ、ということになるのですね?」

「そうですそうです!」

 

 

 少女の理解の早さに嬉しさを感じながら、京子はぶんぶんと頭を振って肯定の意を示す。

 ……後ろに控えているメイドからの視線が、最初に比べて随分と胡乱げなものになっていることに気付かないまま、京子はニコニコし続けていた。と、

 

 

「……お嬢様、そろそろ」

「あら、もうそんな時間なのね。ごめんなさい、今日はもうおしまいみたい」

「え?あ、ほんとだ、すっごい時間が経ってる……」

 

 

 そのメイドが、懐から出した懐中時計を見て、少女にそっと耳打ちをした。

 耳打ちされた側の少女は微笑みを僅かに苦笑に変え、京子に小さく謝罪を向けてくる。

 ……そこまでの動きを見て、京子はようやっと辺りが暗くなっていることに気付いたのだった。

 

 

「桔梗、彼女にお土産を包んであげて?」

「畏まりました。京子様、そのままお待ちを」

「うぇっ!?いやちょ、どういうことなので?!」

 

 

 彼女がガラス越しに空を眺めていると、少女が席を立って植物園の奥に向かおうとしていた。

 ……その途中でメイドに軽く頼み事をしていたのだが、その内容に驚愕する。

 その驚き方が面白かったのか、少女はまたふわりと微笑んで。

 

 

「面白いお話を、たくさん聞かせて頂きましたから。──礼には礼を返してこそ、と言うでしょう?」

「えいやその、私が好き勝手話してただけでですねっ?!え『最後までお付き合いできずにすみません』!?いやその、ちょっまっ、ああぁー………」

 

 

 引き止める京子の声に小さく手を振って、彼女の姿は木々の向こうに見えなくなってしまった。

 ……残されたのは、後ろを向いて何事かをしているメイドと、気不味そうに椅子に座って、所在なさげにしている京子だけ。

 やがて作業が終わったメイドが、京子の方へと振り返る。……その手には、小さな包み。

 

 

「えっと、その……」

「お嬢様の話し相手となって下さいました京子様に、従者代表として感謝の意を述べさせて頂きます」

「へ?あ、ありがとう、ございます……?」

 

 

 なにを言っていいのやら迷っていた京子に先んじて、謝辞を述べるメイド。

 思わず感謝の言葉を返した京子に、メイドもまたふふ、と笑みを零して。

 

 

「こちら、先の茶会で京子様が好んで手を伸ばしていらっしゃいました、茶菓子になります。……幾分生モノゆえ足が早いのが難点ですが、どうぞお持ち帰りご賞味下さいませ」

「わ、あ、ありがとうございます!」

 

 

 渡された包みの中身は、先程少女と話しているときに茶請けとして出されていたクッキーの中でも、京子が好んで口にしていた物だけを集めたものだった。

 流石メイドさん、よく見てるなーなんて思いつつ、京子はその包みをありがたく頂戴する。……噂の人物から提供された茶菓子なのだから、きっと友人の少女も驚くぞー、なんて打算も含みつつ。

 

 

「では、お気をつけて。……見送り以外できぬ我が身の不自由をお許し下さい」

「あ、あはははは。お土産貰ってるんで、気にされなくても大丈夫ですよ!」

「……そう言って頂けますと、こちらも肩の荷が降ります。……また、お嬢様の話し相手になって頂けますと幸いです」

「……はい、私なんかで良ければ喜んで!」

 

 

 京子はメイドに手を振りながら、先の少女とは反対の方へと歩いていった。

 その背をしばし見送っていたメイドは、ふ、と小さくため息を付く。

 ──位置的に、見えぬのは本人ばかりと言うことか。

 

 

「痛みがないのであれば、視界に入れなければ気付くはずもない……ということですか。全く、因果なものですね」

 

 

 こちらに手を振っていた彼女が、背を向けた一瞬。メイドの目に写った、小さな兆し(烙印)

 長い髪に遮られて普段は見えない、首の後ろ側の左の方。……火傷のような、小さな皮膚の乱れ。

 

 

「……………」

 

 

 無表情と化したメイドは、静かに茶会の後片付けを行うのだった。

 

 

 

 

†  †  †

 

 

 

「ふーん?これがその噂の【植物園の主】様から貰ったもの、ねぇ?」

「信じてない……ってわけじゃないんでしょうけど、なーんか微妙な態度だね?」

 

 

 開いた包みから一枚クッキーを取って、矯めつ眇めつ眺めてみて、口の中に放って咀嚼して。……問題ないなと頷いて。

 

 

「ん、普通のクッキーだね。特段違いとかはなさそうだ」

「はぁー!?アナタどんだけ馬鹿舌なのよ、どう考えてもそこらの安物のクッキーより美味しいじゃないの!」

「……そうかな?」

「そうよっ!……ったく、待っててくれたかと思えばお土産には文句言うし、なんなんだか全く……」

 

 

 暗くなり始めた空を見ながら、慌てて学院から飛び出した京子の背に声を掛けたのは、いつの間にやら校門の後ろにいた、友人の少女であった。

 ……京子の行動を見越していた彼女は、慌てて帰る彼女と帰り道を共にするために、そこでずっと京子を待ち続けていたらしい。

 それゆえ、京子は感激と共に植物園での話をしたのだが……返ってきたのは随分と淡白な反応だった。

 

 

「まぁ、私は寮暮らしじゃない京子の見送りっていうか、ボディーガード的なやつなんで。正直京子がどこでなにをしてたかとか、あんまり興味ないんだよね」

「ぐ、ぐぬぬぬ、言うにこと欠いてそれはないでしょアナタ……!」

 

 

 ──女子だけが通う学院。いわゆる別学というやつだが、それゆえに面倒事も多い。

 そのため、原則として所属する生徒達には、寮での生活を推奨している。……が、無論それを嫌う生徒だっている。

 

 京子は、そのうちの一人。

 少女は()()()()()()、そういった寮外の生徒を安全に送り届けることを、学院側から依頼されている生徒の一人だった。

 なので、特にこの行動(待っていたこと)に意味はない──そういうことを彼女は言っているのだった。

 

 

「はいはい。いいから、さっさと駅まで行くよー」

「あ、ちょ、待ちなさい話は終わって……待てってのこらぁーっ!?」

 

 

 さくさくと先導する少女と、がみがみと噛み付く京子。

 暗くなり始めた町並みの中で、かしましく歩く少女達。

 そうして騒ぐ中で──ふと、少女がどこか遠くを見詰めていた。

 

 

「……?どうかした?まさかなにか居たとか……!?」

「んー、居たというかあったというか。すぐ戻ってくるから、そこの交番で待ってて」

「え、ちょっ、どこ行くのよーっ!?」

 

 

 京子の制止の声も聞こえないかのように、ふらりと歩き出す少女。仕方なしに、彼女は近くの交番に向かう。

 

 

「すみませーん」

「はいはーい……って京子ちゃんじゃないの。あれ、今帰り?」

「そうなんですよー、いつものやつでーす」

「ああ、なるほど……。でも、あの子を困らせてるのは京子ちゃんもだ、ってのはわかってる?」

「……反省してますよーだ」

 

 

 交番の中で彼女を迎えたのは、若い婦人警官だった。

 顔見知りでもある彼女に軽く説明をすれば、彼女は一度呆れたように視線を上に逸らしたのち、真面目な顔になって京子に反省を促した。

 ……何故かと言えば、このやりとり自体がわりと定番のものだからだ。少なくとも、この時間に彼女が帰るときは毎回、同じ様な問答が起きている。

 

 なので、()()()()()()()()()()()()()()()()、二人ともわかっているのだ。

 

 

「……私に甘いんだか厳しいんだか、よくわかんなくなるんですよね」

「んー、甘々の甘だと私は思うけど──んー、苦々の苦って感じもなくはないかな?ま、甘んじて受けなさいな。今のご時世、どこ行っても危ないのは確かなんだからね」

「はーい……」

 

 

 ()()()()()()()()()ごときで、なにか起きるハズもないわけだが。

 こうしてみんなに気を掛けて貰えていることを思うと、息苦しいとも言い辛い。……そんな内心は置いて、感謝してることも確かなので、京子はそっと視線を逸らす。

 

 そんな彼女の様子に、素直じゃないわね……なんてため息を吐いて、婦人警官は窓から外を眺める。

 

 ──五分くらいかしら?

 ()()()()()()()()予想を掲げて、彼女は京子としばしの世間話を楽しむ。

 

 そして、居なくなった少女は───、

 

 

 

†  †  †

 

 

 

 突然だが。

 

 この世界には、尋常ならざる力を持つ者達がいる。

 ──只人には想像もつかないような、奇跡の力を使いこなす者達が。

 そしてその中には──自身の奇跡(異端)を、自分の愉悦のために使う者がいる。

 

 

「そう。貴方みたいに、ね?」

「────っ」

 

 

 【植物園の主】たる少女が、暗い路地裏で対峙したのは。

 血走った眼でこちらを睨む、一人の少女。

 ……憎悪と、それの奥に隠された愉悦に染まった瞳で、こちらを見詰め続けている。

 その姿に苦笑を返して、少女は相手を静かに見据えている。

 

 

「なんで、いや、そもそも何故私だって──」

「拙い能力行使・噂の広がっている範囲・その他諸々──推理するまでもなく、内部犯の犯行だというのは分かることと思いますが?」

 

 

 京子は、【烙印の兆し】は若い噂であると述べていた。

 ──噂という形で広がっているのも、一部のグループの中だけのことだ、とも。

 

 そもそもの話、兆しなどというものがあること自体が拙さの証明である。優れた異能使いであれば、己の痕跡などというものは簡単に消せて当たり前だからだ。

 なら、痕跡が残っていたのは──相手が弱いからか、はたまたわざと残したか。……そのどちらかでしかないだろう。

 

 あとは、噂の広まっていたグループを特定し、実際に兆しを見た者達を探せばよい。

 ──そこから犯人に繋がる道なんてものは、幾らでも見付け出すことができる。

 

 

「そんな──だって、私は──」

「私の従者はとても優秀ですから。痕跡を残した以上、貴方はこうなることが決まっていた……ということですわね?」

 

 

 怯えて震える少女は、頭を振って後ろへと下がっていく。

 そんな彼女の元に近付いて、少女は彼女の頭を掴んで引き倒し、その背を踏みつける。

 ───逃げられないように、潰さないように、ほどよい力加減で。

 

 

「正直な話。彼女を標的に混ぜた時点で、貴女の末路は決まったようなものですが。……申し開きがあるのならば聞きましょう。なにか、言いたいことは?」

「あっ、がっ、わ、私は、悪くないっ!!あの子は、嗅ぎ回るからっ!」

 

 

 少女の必死の叫びに、彼女はふむと一つ頷く。

 

 従者が調べたところによれば、件のグループは一人の()()()少女と、それを中心とした幾人かの少女達のグループで、その()()()少女である、現状踏みつけられている少女は、ある時期から寮の自室に引きこもって外に出なくなり───。

 

 

「……ふむ。確かに貴女は、悪くないのかも知れませんね」

「そっ、そう!巻き込んだのは謝るからっ!だからっ」

 

 

「でも、関係ありませんわね」

 

 

「────えっ」

 

 

 心の奥から凍り付くような、冷えきった断定の言葉を受けて、少女の表情が固まってしまう。

 

 ……何故?私は、悪くないって?

 そんな少女の困惑に微笑み(嘲笑)を返しながら、少女は語る。

 

 

「最初は復讐でも、愉悦が混じったのならば正当性は零。──もっとも、彼女を偶然でも巻き込んでしまった時点で、どう転ぼうと結果は同じ、なのですけどね?」

「……あ、ああああ、」

 

 

 取りつく島もない、事実上の死刑宣告に少女は震え、嗚咽を上げる。……さてどうしたものか。そんな風に視線を少し外して、

 

 

「ああああ死ねぇええぇっ!!!!」

 

 

 足蹴にされていた少女が、その華奢な身体からは考えられないような力で上の少女を弾き飛ばし、その右手に焔を纏って掴み掛かる。

 ──遠くに飛ばすことができるほど強い力ではないが、直接燃やせば関係ないだろう、というその考えは、

 

 

「はい、ざんねん♪……なんて、ちょっとはしたないかしら?」

「は?」

 

 

 彼女の手が触れたことで掻き()された右手の焔を見ることで、文字通り打ち砕かれる。

 

 ……幾ら自分が目覚めたての弱い能力者と言えど、能力を掻き消されるだなんて事象には放心せざるをえず、それゆえに目前の彼女の行動に対する反応が遅れて。

 

 

「────は、針?」

「そう、針。縫い物とかに使うような、普通の針ですわね?」

 

 

 自身の眼球の直前に、彼女が右手に持つ針が突き付けられる。

 

 どこから出したのだろうとか、何故この状況で針なのかとか、思わず考えてしまうことも多いが。

 それよりなにより、こうして目前に突き付けられた針が、()()()恐ろしいことの方が気になって仕方がない。

 

 ───こんなものが、普通の針であるものか。

 首元に刃を押し当てられているような(殺される)

 執行官がスイッチに指を掛けているような(殺される)

 心臓に槍を今すぐにでも刺し込まれそうな(殺される)

 

 ──今すぐにでも叫び出したくなるような恐怖を、絶えずこちらに浴びせかけてくるものが。

 ただの針だなどと、どうして信じられようものか。

 

 身体が震える、誤魔化しのためのそれではなく、本当に、心の奥から震えが沸き上がってくる。

 ──死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない──、

 

 

「それでは、ご機嫌よう」

「あ、」

 

 

 ──そうして、少女の意識は途切れた。

 

 

 

†  †  †

 

 

 

「おーい、お待たせー」

「あ、やーっと帰ってきた。遅いってば、どこ行ってたのよ?」

「いやね、飲み物が欲しいなと思って。はい、これ」

 

 

 交番の中で待っていた京子は、外から聞こえてくる友人の声に振り向いて、そのまま外に出た。

 入り口の前に立っていた少女は、自分を責めるような言葉を受け流しつつ、彼女に一つのペットボトルを渡す。

 ……手渡されたのは個々の紅茶という、安い清涼飲料水だった。

 

 

「……ホント、これ好きよねアナタ」

「安いものには安いなりのありがたみがあるものだ、ってね」

「はいはい。……ったく、お節介なんだから」

 

 

 京子が小さく礼を言ったのを聞き流しながら、交番から離れる。途中で首だけ振り返って、建物内にいる婦警に別れの挨拶をすることも忘れない。

 

 しばらく歩いて、駅の前にたどり着いた二人。

 そのまま電車の前まで付いていった少女は、一つ思い出したことを京子に尋ねた。

 

 

「そういえば、【烙印の兆し】って一部のグループにだけ出回ってたんだっけ?……どこから聞いたのさ、それ?」

「え?そりゃ普通に直接聞いてみただけ……っていうか、アナタにその話したっけ?グループ云々も、【植物園の主】の方は話した気がするけど……」

「───あー、いや。この間聞かせて貰ったよ?京子がちょっとそんな感じの噂ばかり聞いてきてるなー、って気になったっていうか」

「この間?……言ったかなアタシ?」

「言ってた言ってた。……ほら、もう電車出るみたいだし、席座りなよ」

「あ、ちょ、押さないでってば!……もう。また明日ね、(みなと)

「──はい。また明日、京子」

 

 

 電車の中から手を振る京子に、こちらも手を振り返す少女()

 電車が見えなくなるまで手を振っていた彼女は、やがて手を下ろしたあとに、疲れが急に吹き出したかのように膝を付いて、大きく息を荒げた。

 上着の胸元を掴むように抑え、自身の内側から襲い来る衝動を必死に抑える。

 その顔の横に、差し出されるペットボトルの飲み物。

 視線を上げた先に立っていたのは、【植物園の主】の従者たる少女、桔梗。

 

 

「──ああ、ありがと、ごめん、ちょっと肩貸して貰える?」

「ええ、なんなりと。……彼方のベンチで構いませんか?」

 

 

 桔梗からの提案に是と頷いて、彼女の肩を借りて立ち上がる。

 ベンチに沈むように座り込んで、ペットボトルの紅茶を浴びるように体内に摂り込んでいく。

 ……全てを飲み終えて、ようやく人心地付いた湊は、桔梗が話す言葉に耳を傾けた。

 

 

「先の(かた)に関しましては、能力消失を確認しましたので指示通りに」

「──そっか、ちゃんと()せてたか。ふ、ふふっ、やっと、やっとか。やっと使えるようになったか──」

 

 

 報告された内容に、歓喜を抑えながら湊は肩を震わせる。

 

 彼女が目覚めた異能は、異端溢れるこの世界の中ですら異端。

 ──だからこそ、彼女の目的のためには、正確に使いこなすことが求められた。

 その正確性の指標となるもの。それこそが【異能殺し】。

 相手の体・精神を傷付けず、その異能のみを殺す業。

 

 

「とはいえ、足りない。──まだ全然、足りない」

 

 

 けれど少女は満足しない、満足できない。

 ──衝動に呑まれそうになっている以上、求める境地にはまだ到達できていない。……彼女の求めるモノには、まだ指先しか掛かっていない。

 

 

「──無理をなさらないで下さいませ。それは、貴女にとって大きすぎるモノ。いつか貴女を蝕み──その先に、貴女の命を奪うものです」

「構うもんか。……だって私は、」

 

 

 ───いつか京子を、殺さなければならないのだから。

 

 

「──私は、そのためだけに、生きているんだから」

 

 

 ここではないどこかを見詰め、小さく息を吐く湊。

 それを桔梗は、なにも言い出せずに見続けている。

 

 ──二人の少女が抱えるモノを、全て知る彼女は。

 なにを言うこともできず、ただ立ち尽くしている。

 

 

「──さぁ、帰りましょう桔梗。私は、こんなところで立ち止まるわけにはいかないのですから」

「……ええ、我が主。貴女様が望むのならば、その通りに」

 

 

 瞳の色と(黒から茶色へ)髪の長さ(短めから長く)

 異能の影響により変わっていく主を見詰めながら、彼女は小さな祈りを胸に抱く。

 

 ──願わくば、二人の少女に安らかな時間を、と。

 

 

 

†  †  †

 

 

 

 ──少女の園には、罪が渦巻いている。

 

 無垢であることは、赦しの理由にはならず。

 罪を重ねるならば、先に待つものは変わらず。

 それでも、少女は進み続ける。

 

 ───それ以外の答えは、ないのだから。

 

 

 

†  †  †

 

 

 

「──今日は、どんなお話を聞かせて頂けるのかしら?」

「えっとですね、今日のはすっごいんですよ!」

 

 

 植物園の中。

 少女はまた、少女に出会う。

 ──いつか、救い(殺し)たいと願う、少女に。

 

 

 

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