「うだぁー…………」
ある日の午後。
チーム・レグルスのたまり場にもなっているトレーナー室で、私はやる気なさげにソファへ突っ伏していました。
「フクキタル……どうしたの?」
夏の陽気のまにまに、とろけるチーズみたいに全身を液状化させていると──いつの間にやってきたのか、スズカさんが私のことを心配そうに見下ろしていました。
私の元気がない原因──それは幾つかありますが。
「もしかして……占いが大凶だったとか?」
「いえ……。今日の占いは寝坊しちゃったので確認しそびれました。だから落ち込んでるのもありますが……」
「別の理由もあるのね……」
スズカさんの相槌に、私も頷きます。流石はスズカさん、私のチームメイト。話がとても早い。
……ですが、スズカさんは時計をちらりと見ながら心配そうにして、
「もうそろそろ、ミーティングだからトレーナーさん来ちゃうわよ?」
「むぅ!! 今はそんなことを言っている場合ではないのですっ!!」
「言っている場合だと思うけど……」
ブツクサ言っているスズカさんはスルーして、私は液体状態から一転、バネ仕掛けのように跳ね起きます。
そう……ミーティングなんかをしている場合ではないのですっ!! これは、非常に忌々しき事態なのですからっ!!
そんな思いを込め、私はテレビのリモコンを掴み取りました。
「これを見てください、スズカさん!」
「なに……? 何を見るの……?」
そして電源を入れると、先ほどまで私が見ていた映像が、最初から流れ出します。
テレビからは、シブ~い男の人の声が聞こえてきて──
『──勝負服を彩るブルーとイエローの色彩は、宿命か』
テレビの中では、多くのウマ娘を差し切って一着を掴み取っている、青と黄の勝負服に身を包んだ麗しいウマ娘の姿がッ。
そう、このお方こそ──
「……あ、これ……エアグルーヴが出てる……URAのCMね?」
ぽん、と手を叩き、スズカさんが納得します。
スズカさんの言う通り! これは我らがチーム・レグルスのリーダーにして発起人、エアグルーヴさんが出演しているURAのCMです!
ウマ娘の中でも際立った実力を持っていると見做され、皆の記憶に残っている方は、こうしてレース映像を使ったCMが作ってもらえるのです! 凄くカッコいい! 羨ましい!!
「まだまだ続きはありますよ!」
続いて私は、テレビのリモコンを操作して次なるチャプターを表示します。
そこに映っていたのは……、
「……え、私……?」
誰あろう、我らが同期の華、チーム・レグルスのエースことスズカさんなんですよぉ!!
そしてテレビの音声は、やはりシブ~い声でスズカさんのことを紹介しはじめます。
『──最速の機能美、サイレンススズカ』
今回は先ほどのCMとは少しテイストが違い、暗がりに映るスズカさんの勝負服姿をかなりどアップなカットから映し出す感じです。
これは……パドックでの映像でしょうかね? 普段の落ち着いた感じのスズカさんとは違う、臨戦態勢にも似た静けさがあって……何度見ても見惚れてしまいます! 真っすぐに見据えるその先には、レースやライバルの姿なんてない。あるのはただ一つ、誰もいない先頭で見る、静寂の景色──。
『速さは、自由か孤独か』
バン! とそこで画面が切り替わり、今度は学内レースでのスズカさんの大逃げっぷりが映し出されます。凄い速い! 後続との差は……軽く五バ身はあるでしょうか。
そこで一旦リモコンを止めると、私はスズカさんの方へ向き直ります。スズカさんの方はというと──口元をひくつかせて、軽く引いていました。
まるで、盗撮映像を見るみたいな感じで。
「え、えぇ……。な、なんで私のCMが…………?」
「なんで本人が知らないんですかぁ!! トゥインクルシリーズデビューしたての我々でも、学内レースの成績が優秀な人はこうやってCMの特集を組んでもらえるんですよぉ!! っていうかこの間来てましたよね!? URAの広報部の人が取材に! トレーナーさんが色々話してましたよね!?」
「そ、そういえば来てたような……来てなかったような……。ごめんなさいフクキタル、私そのあたりはトレーナーさんに全部お任せしちゃってて……正直、あんまり覚えてないわ……」
「もぉ~!!」
どうしてそんなにあっけらかんとしているんですかっ!! こうやって全国区で流れるCMを作ってもらえるなんて凄いことなのにっ!!
まぁスズカさんはそういう色んなものに頓着しないところが凄さの秘訣でもあって、私なんかとは全然役者が違うんですけど……。
「オーゥ? また何か面白そうなことをしてマスネー? ムービーの観賞会デスカ? それならポップコーンとコーラは必須デショー! トレーナーさんの冷蔵庫から引っ張り出してきマース!」
「……いえ。それには及びませんよタイキさん。必要なし。つまり、ウォント、ナッスィングです……」
「オゥ…………、…………ノット・リクワイアード?」
「それわいあーどです……」
明鏡止水の心境で、私はテレビのリモコンを操作します。
するとビデオは次のキャプチャーを表示して──、
『──大雨の中の無敵、タイキシャトル』
「あれ、私のCMデスカ?」
ビデオでは、降りしきる雨の中、泥に塗れながらも先頭を突き進むタイキさんの姿が。
普段の朗らかでお日様の似合う姿とは一変、悪路も何のその、ただその先のゴールを見据えて走るタイキさんの瞳の力強さ──距離適性が違うからぶつかることのない私でも、思わず息を呑んでしまうレベルです!
そしてビデオの中の学内レースでは、タイキさんがちょうどゴールし──、
『可能性は、人を熱くする』
そこまで流して、私はビデオを一時停止させます。
さぁ、ここまでやれば私の言いたいこともいい加減分かるでしょう!
「やー、なんだか照れちゃいマスネー」
気付けば、タイキさんはどこから取り出してきたのか、ポップコーンとコーラを両手に抱えてソファに座っていました。
………………。
……ツッコむまい、ツッコむまい……。
「こうして自分がCMになっているところを見ると、走りたくなっちゃいマス!」
「そうね、私も走りたくなってきたわ……」
「…………ちっっっがぁぁぁぁ────────う!!!!!!!!」
二人のおとぼけに対し、私はとうとう大声で叫びました。
違うでしょう! そうじゃないでしょう! この流れでいったら、もう一つ挟むべきところがあるでしょう!
っていうかスズカさんは年中走りたくなってるでしょうがっ!!
「……あ、そういえばフクキタルのCMはないんデスカ? それも見て……、」
「な゛い゛ん゛で゛す゛っ!!!!」
自然と、私の声は涙声になっていました。
あ、タイキさんがちょっと引いてる。でもね、私にだって譲れないものがあるんですよ。
「エアグルーヴさんがCMになってるのはいいんです。だってエアグルーヴさんは本当に素晴らしいウマ娘さんで、私にとっても憧れのお方なのですから! スズカさんやタイキさんのCMがあるのも、いいんです! だってお二人とも本当にスゴイ方で、私なんかがチームメイトになっていいのかってくらい優秀な人なんですから! でもっ!!!!」
ばばん! とテーブルに手を突き、私は勢いよく立ち上がります。
その拍子に膝がガン!とテーブルにぶつかって私は床の上をごろろろろっと転がるハメになりました。
……き、気を取り直して。
「同期の中でたった一人だけCMになってないのは……なんかちょっと、悲しいでしょう!?」
「フクキタル、ドーベルやパールだってCMには……、」
「今そっちの同期の方の話をしちゃうとややこしくなっちゃうじゃないですかっ。チーム・レグルス限定でお願いします!!」
私は立ち上がってソファに座り直し、神妙な面持ちになって言います。
「つまり、私もカッコいいCMが欲しいです!」
「それは私達に言われても困るわね……」
ぎゃーっ!! 急に正論をぶちかまされましたーっ!!
「そんなことは分かってるんですよ……! というか、私みたいな鳴かず飛ばずのウマ娘じゃCMの需要もないってことくらい……! でも! 私だってほら……『笑撃の末脚──マチカネフクキタル』とか、『中山の直線に、福が来た──』とか、そういうの欲しいじゃないですか!」
まぁ、こういうのって実績ありきの話ですから、私みたいなのにCMのお話が来ないのは仕方ないんですけどね……。
今は! あくまで今は! 水をあけられているだけで……。今はトレーナーさんがついただけでなくこうして強豪チームの一員として加わることもでき、運気は絶好調! いずれは私にもそうした話が舞い込んできてくれるはず……。
「ウェル……フクキタルの気持ち、私分かりマース! 仲間の、それも同期の中で独りぼっち……そんなのいけないと、私も思いマス!!」
タイキさんはそう言って、グッと私にサムズアップしてくれます。
タイキさん……! タイキさんはいつもそうやって、私の心を明るく照らしてくれます。その輝き、まさに日光東照宮! 余りの眩しさに私も見猿になってしまいそうです。いや、ウマ娘ですけど。
「……そう、ね。フクキタルの言いたいこと、分かったわ。私も……気持ちは同じよ」
そしてスズカさんも、神妙な面持ちで頷いてくれます。
スズカさん……! 天然なところの強いスズカさんですけど、別に彼女は周りに興味がないわけではまったくないんです。そのやさしさ、まさに金閣寺! 侘び寂びを感じさせます……。あれ、侘び寂びって、金閣寺が建った時代にありましたっけ?
ともかく! 弱音を吐いてしまいましたが……二人に慰められ、私の気持ちは持ち直しました。
確かに同期の二人からは一歩遅れてしまっていますが、まだまだ私だってデビューしたばかり! ここからあらゆる運気を身に纏い、スーパーラッキーフクキタルとしてお茶の間を席巻できるよう頑張り──、
「CM、撮りましょう! 私達で……!」
「イエス! レッツ・フォトグラフィングデース!」
……え、えぇ…………!?!?!?
それからは、あれよあれよという間に話が進んでいきました。
『いや、こういうのは自分で撮るものじゃないですから……』とか『あともう少しでエアグルーヴさんも来ちゃうし後日ってことにしてもいいんじゃないですかー?』とかいった私のささやかな抵抗は無意味に終わり、気が付けば私は勝負服を身に纏ってトレーナー室の一角に立っていました。
撮影に邪魔ということでソファーは思い切り端に寄せられ、壁にも黒い紙が貼られ、カーテンも閉め切られ、電気も消えています。
そこに、ぽつんと一人、マチカネフクキタル。
ああ……なんで私、こんなことになっちゃってるんでしょう? 何が悪かったのでしょうか? 弱音を吐いてしまったせいで運気が逃げてしまったとか? そんなぁ~……。
「さぁ、頑張りましょう。フクキタル……!」
そんな私の目の前には、ハンディカメラを持ったスズカさんに。
「ヘイ! 準備はオーケーデスカー!?」
どこから持ってきたのか、玩具のカチンコ(映画の監督が使っているヤツです)を持ったタイキさんの姿が。
これはもう……覚悟を決めるしかないようですね。
こうなれば、私も今だけは、スターウマ娘として撮影されるしかない! 『ザ・ウィナァー』とか『ザ・レジェンド!』とか言われるのですッ!!
「マチカネフクキタル、行きますッ!!」
覚悟を決め、私は(誰もやらないので)ナレーションの声真似をして、
「ザ・ウィナ、」
「すまない、生徒会の仕事で少し遅れた。………………何をしているんだ、貴様ら?」
…………。
…………きょ、今日の運勢、占いしてないけど分かります。
間違いなく、大凶ですっ!!!!
「ハァ……全く、お前達ときたら、よくもまぁこんなたわけたことを……。勝負服まで持ち出して……」
撮影の為にズラした調度品の位置を直し、ハンディカメラとかカチンコとかの小道具を元の場所にしまった私達は、エアグルーヴさんの前で反省の正座体勢に入っていました。
エアグルーヴさんが呆れるのも無理はありません。私だって同じことをスズカさんやタイキさんがやっていたら全力でツッコミを入れますからっ。しかし……あまりにも、居た堪れなさすぎます……!
「あのね、聞いてエアグルーヴ。私達、ふざけていたわけではなくて。フクキタルにはCMがなくてね、それでCMを撮ろうとして……」
「そうデース! みんなで絆のムービーを撮る計画だったんデス! とても素晴らしいプランじゃないデスカ!?」
スズカさんとタイキさんはそう言って、私のことを庇ってくれます。その心根の、なんと優しいことか! そもそもただ私が勝手にスネて慰めの言葉を待っていただけだというのに、非常に申し訳ない……!
しかしエアグルーヴさんは静かに頭を振って、こう続けます。
「だとしたら尚更だ。お前達は、フクキタルがこんなホームビデオで代用しないとURA公式コマーシャルに招聘されないとでも思っているのか?」
「!」
その言葉に、スズカさんとタイキさんが弾かれたように顔を上げます。
そして、ゆっくりと私の方を見ました。
「……そうデシタ。フクキタルは、こんなことしなくてもいずれはCMに出てお茶の間を笑いの渦に巻き込むスーパーウマ娘! こんな気遣いはノット・リクワイアードデス!」
「そうね……。ごめんなさい、フクキタル。いつの間にか、アナタにとても失礼なことをしていたわ」
「い、いえ…………」
そもそも、私も何も考えてなかったというのが正直なところなので、あんまり謝られてしまっても逆にこっちが申し訳ないというかなんというかなのですが……。
ともあれ! なんだかエアグルーヴさんにも褒めていただいたし、色んな方法で励ましてもらえたし、これは前言撤回! 今日は大吉の気分です! あくまで気分ですけど!
「ところで」
そこでエアグルーヴさんは、一旦言葉を区切って視線を横に遣ります。
……? そっちには誰もいな……、……はッ! まさか心霊現象!? 私は一瞬にして震えあがりながら、エアグルーヴさんの視線を追いかけます。
そこにあったのは……。
「……なぁーんだ。ポップコーンとコーラじゃないですか。それがどうかし、」
そこまで言いかけて、私は気付きました。
何故、エアグルーヴさんが今急にポップコーンとコーラを話に出してきたのか。
何故、部屋の電気がついているにも関わらずエアグルーヴさんの目元が影になっているように感じるのか。
「…………はぅあ」
「ちょうどトレーナー室の冷蔵庫やお菓子入れの中から何かが抜き取られていた形跡があるな……。申し開きがあるなら、聞こう」*1
…………ふっ。
ナメないでくださいよ、エアグルーヴさん。
確かに私は幸運頼りのだめだめウマ娘。根性をシラオキ様のもとに置いてきたと豪語できるレベルの根性なしですが……そんな私でも、お友達を売ることだけはしないんです!!
「申し訳は……………………ありませんッッッ!!!!!!」
「…………フン。見上げた根性じゃないか、フクキタル。……良いだろう。貴様ら三人とも生徒会室に来い! 反省文だ! 原稿用紙三枚は覚悟しておけよ!」
「オーノー……。仕方ないデスネー……」
「うにゃー!! そんな殺生なぁぁぁぁぁ…………」
そうして、私達はエアグルーヴさんに連れられて生徒会室へと連行されていくのでした。
「……………………えっ。私も?」