――舞奈は鳴り響く警告音で目をさました。
シートに腰かけたまま周囲を見渡す。
目前に並ぶ、航空機顔負けなほど大量の計器やメーター。
見慣れたスクワールのコックピットだ。
「夢……見てたのか……? 何て夢見てたんだ、あたしって奴は」
口元を歪める。
夢の中の園香の言葉は、舞奈が知る園香が言いそうな言葉だった。
あの懐かしく寂しい夢は、レナとの対話が作り出した舞奈の妄想なのだろうか?
舞奈は園香を忘れられなかった。
そして許しを乞いたかったのだろう。
妄想の中での許しが現実の世界で意味を持つのかはわからないが。
「あたしはどのくらい眠ってた?」
『
「そっか」
ひとりごち、四肢が問題なく動くことを確認する。
派手にぶつけまくったらしく身体のあちこちが痛むが、それだけだ。
「なんとか無事みたいだ」
額をぬぐうと、手にべったりと血がついた。
「……頭以外は、な」
口元に乾いた笑みを浮かべると、夢の残滓を振り払うようにモニターを見やる。
周囲はコンクリートの大広間だ。
レナの魔術が創りあげた結界は、先ほどの攻撃で消えてしまったらしい。
「仔猫ちゃんはどこに行った……?」
舞奈は問いかけ、ふと思い出した。
爆発の寸前、スクワールはランドオッタに覆いかぶさった。
巻きこまれそうなレナを放っておけなかったから。だから次の瞬間、
「うわっ」
衝撃にうめく。
下敷きにしていたランドオッタに蹴り上げられたらしい。
『志門舞奈……どうして……?』
モニターの中でレナは訝しみ、
『ああっ! わたしの
「なあ仔猫ちゃん。落ち着いて、訳がわかるように話してくれないか?」
『爆発の寸前、敵機の【
「そうかい」
尋ねた途端、横から返されたうんちくに雑な相槌を打つ。
でもまあ、よく考えれば自分の爆弾で消し飛びたくなければ防御するのは当然だ。
そこで舞奈はレナを守ろうと飛び出した。
だからレナといっしょにレナの
口元に笑みを浮かべ、操縦桿を傾けてランドオッタから距離をとる。
だが出力が上がらない。
「ダメージは99パーセント防いだんじゃなかったのか?」
『
モノリスによって宇宙からもたらされたヴリル・ドライブ。
舞奈はそれを事実上の永久機関と聞いていた。
だが大量のエネルギーを使用した直後には、流石に出力が低下するらしい。
「だいたい、エクスカリバーは剣の名前だって聞いてたんだがな」
『発生装置の形状から、未開惑星の現地住民に剣の鞘と誤認された事例が――』
「鞘って……もう勝手にしろよ」
口をヘの字に曲げる。
誰も彼もが舞奈の無知をあげつらった挙句に嘘を吹きこんでくるような気がした。
しかも次の瞬間、
『敵機の攻撃を確認。危険』
声は警告を発する。
同時にランドオッタの双眸から
スクワールは苦もなく避ける。
「もう止めろよ。おまえの母ちゃん、こういう揉めごと嫌いだったろ?」
『知ったような口を!』
レナは
金属片を使い切ったのか、あるいは術に必要な集中ができないか。
だが狙いすら定まっていない射撃など避けるまでもない。
「そりゃ知ってるからな! ……あいつのこと」
軽口を返す口元に笑みが浮かぶ。
あの頃、舞奈は園香を愛していた。嘘偽りなく。
その気持ちを思い出すことができたから。
だが途端、広間が軋み始めた。
『付近の建築物の構造が不安定化しています。危険』
「すぐに崩れそうな場所は?」
モニターに映しだされた地図を見やって舌打ちする。
先ほどの
現に通路の天井からは瓦礫がパラパラと降りそそいでいる。
危険な状態なのは瞭然だ。
この通路が崩れると、レジスタンスたちと完全に分断されてしまう。
スロットルを引きしぼる。
出力の上がらない
『あっ待ちなさい!』
「バカ野郎! 生き埋めになる気か!?」
追ってきたレナに叫ぶ。
だがランドオッタは止まらない。
『わたしが泣くと、ママは抱きしめてくれた! すごく暖かかった! 優しかった!』
「知ってるよ! あたしだって抱いたし、抱かれたからな!」
粒子ビームを苦も無く回避。
お返しとばかりに頭部の機銃を見舞う。
だが高速移動するランドオッタにはかすりもしない。
「あいつ、小学5年のころからブラジャーしてたんだ! 凄かったぞ! シャツに描いてあった可愛い栗鼠が、胸の谷間でへし折られてカートゥーンみたいになってた!」
想い出に目を細める舞奈を、レナはにらみつける。
『栗鼠のシャツはわたしとおそろいよ! ネズミも、ウサギも、ハムスターも!』
「いや、それ、あいつがおっぱい大きいのを気にしてて、ネズミみたいに小さくなりたいって選んだ柄なんだ。……おまえには効果があってよかったな」
『うるさい!』
いきなりトーンダウンした舞奈にレナは怒鳴る。
2機が駆け抜ける通路は今にも崩れそうに軋む。
崩れ始めたコンクリートの欠片が
だが2人は口論を止めない。
互いに、口を閉じれば今まで繋ぎとめていた何かが消えてしまうとでもいうように。
『ママはあたしの誕生日にケーキを焼いてくれた! あの男に内緒で貯めたお金でね! 生クリームをたっぷり盛って、ロウソク立てて、いっしょに吹いてくれた!』
猫の双眸が
栗鼠は避ける。
「あたしの誕生日にもな! イチゴや果物が山ほど乗って、生クリームもとろけるくらい美味くて、スポンジもふわふわだった! あいつは料理の腕も大人顔負けだった!」
舞奈は叫ぶ。
「オムライスだって食ったことあるぞ! ふわふわで、コトコト煮こんだ肉や野菜が口の中でとろける特製のスープがかかってた!」
絶叫しつつ、舞奈の口元には穏やかな笑みが浮かぶ。
地球の水準を遥かに超える宇宙の技術によって造られた
子供のように口論を続けながら。
園香がいたやわらかな日々が、彼女の記憶が脳裏に蘇る。
今はただ、園香を愛する友人と、園香のことを語り合いたかった。
舞奈の知らない園香のことを知りたかった。
『オムライス! ママの得意料理だったわ!!』
モニターの中でレナも叫ぶ。
『ママは言ってた! 大事な友達が好きだったからって、すごく嬉しそうに! それなのにおまえは……!!』
ランドオッタは一直線につっこんでくる。
両足の
『敵機、高速接近。攻撃手段ないし魔術の推測が不可能。速やかな回避を進言します』
警告に、舞奈は口元に浮かべたあいまいな笑みで答える。
操縦桿を握りしめる。
スクワールは動かない。
ランドオッタは頭からスクワールに激突する。
アラームが鳴り響く。
だが舞奈は笑みを崩さない。
鋼鉄の猫の背を、栗鼠の小ぶりな両腕がつかむ。
そんな2機の残像を、巨大なコンクリート塊が押しつぶした。
通路が連鎖的に倒壊を始めたのだ。
鋼鉄の栗鼠は、猫を抱きかかえたまま
状況に気づいたか、ランドオッタもスクワールを抱き返し、
倒壊に巻きこまれそうになった2機が、寸前にスピードを上げる。
『舞奈のくせに! 志門舞奈のくせに……!!』
通信機ごしに、レナはひとりごちるようにつぶやく。
「ああ、志門舞奈だからな」
舞奈はひとりごちるように答える。
「あいつは真神園香で、おまえは真神レナだ。……可愛い名前だな」
『レナちゃんって、ママは呼んでくれた』
そう言って彼女も微笑む。
その笑みが、可愛らしいと素直に思った。だから、
『わたしの名前を呼ぶとき、ママはいつだって、すっごく綺麗な表情で笑ってくれた』
「……ああ、知ってるさ」
舞奈も口元に笑みを浮かべる。
そのまましばらく機体を走らせたところで、瓦礫が崩れる音が止んだ。
倒壊はおさまったようだ。
舞奈は機体を止めて立ち止まる。
エンジンの負荷が限界に近かったのだ。
先方も事情は同じらしい。
2機の
『あっ、そうだわ!』
「なんだよ?」
『パスタは食べたことないでしょ?』
「そういえばないな。御馳走になる時には手間がかかるものばっかり作ってくれたし」
答えた途端、モニターの向こうでドヤ顔で笑うレナを見やり、
「いや、ないわけじゃないぞ」
小さくつぶやく。
「簡単だってあんまり勧めるもんだから、安売りのを買って帰って自分で茹でててみたんだ。塩ふってさ。……けどあれは不味かった」
『それをママのせいにしないでよ! 謝りなさい、パスタにも!』
叫ぶレナの表情に、やわらかな笑みが浮かぶ。
園香を守れなかったから、代わりに彼女の娘を守りたい。
もう園香を抱きしめる事はできないから、レナも甘い香りがするのか確かめたい。
そんな最低の願いを心の内に覆い隠すように、舞奈も口元を笑みの形に歪める。
その時、
『舞奈! 舞奈! 生きてる!?』
通信機から悲鳴のような叫びがあふれた。
「スプラか? こっちは今、カタがついた――」
『ピアースがやられた! 釈尊が……ああぁ!!』
「スプラ!? 糞ったれ!」
舞奈は操縦桿を握る。
『ゴートマンね。脂虫を使ってゲリラたちを足止めしている間に、わたしが
「すまないレナ、ちょっと行って来る」
『ゲリラと合流するの?』
「ああ、仲間だからな」
事情を話すレナに、舞奈は何食わぬ表情で答える。
スプラは仲間だ。
たとえ彼が女の子じゃなくても、好意など持てなくても、おもらし君でも、仲間だ。
今の舞奈と数刻前の舞奈を繋ぐ記憶という名の過去の一部だ。
だから彼を見捨てて逃げることはできない。だから、
『ゴートマンは
「サンキュ、あのヤギ野郎を追っ払って、すぐ戻ってくるよ。そしたら、あいつのパスタの話、もっと聞かせてくれよ」
鋼の栗鼠は
しばし時を遡る。
スクワールがランドオッタに追われて去った後の巨大地下通路。
「まったく! キリがないね!!」
ボーマンは
次いで薄汚れた背広の胸と頭に2発、撃つ。
レジスタンスたちは迫り来る脂虫たちに押されていた。
もっとも火力で圧倒されている訳ではない。
弾幕を抜けた敵は
レジスタンスには自衛隊出身の猛者も多い。
彼らの活躍の賜物で、最初の爆発に巻きこまれた以外に犠牲者はいない。
敵の【
近づかれすぎた脂虫が1匹ずつ爆発するだけなので、対処はしやすい。
だが、敵は隙を見せれば爆発する。
そんな奴らの集団への対処はレジスタンスたちの神経を急激にすり減らす。
加えて脂虫たちの数に限りはない。さらに、
(【
男たちは同朋の残骸を乗りこえ、ゾンビのように向かってくる。
(あの2人で、なんとかできれば良いんだけどね)
見やった通路の先。
そこでは2機のカリバーンが異臭を放つ群を蹴散らしている。
4号機は【
群がる亡者をハンドミキサーの回転する刃で斬り裂き、
その側で、2号機は両腕からフック付きのワイヤーを射出する。
次いでワイヤーに【
2本のワイヤーの周囲にいた脂虫どもが氷づけになり、砕け散る。
それでも敵の数は減らない。
『キリがないよ! スクワールは、舞奈はどこなの!?』
「背後から奇襲があった! 舞奈はそっちを相手してるよ」
スプラの泣き言に、口元を悔しげに歪めて答える。
そして舞奈の凄まじい強さはボーマンも何度も目にしてきた。
生身のメンバーへの被害を考慮すれば1対1の勝負に持ちこむのは最良の策だ。
だが、彼女をひとりで行かせたことに若干の不安と、そして罪悪感を拭い去れない。
ただ圧倒的に強いというだけの理由で自分たちが戦争の矢面に立たせているのは、年端もゆかぬ少女なのだ。
(無事でいてくれ、舞奈)
『く……何!?』
重機が激突する轟音。
ボーマンは通路の先に目を凝らす。
(……それより今は自分たちの心配をした方が良いみたいだね)
ピアースの2号機が、6本腕の
予告
掴み取った何かが指の隙間をすり抜ける。
振り向けば誰もいない。
ここは希望も光も届かぬ地の底。
栗鼠と子猫が邂逅する間に、もう1匹の異形がレジスタンスを襲撃する。
次回『決別』
Pierceは貫通の意。
Spla(sh)は飛沫の意。
果たして命の輝きは、闇を貫き飛沫をあげる光明と成り得るか?