かのんたちのステージが終わり、ミナトたちもガウォークの機体を会場近くの空き地に置いて休憩をとっていた。
この後は、15分ほど時間を置いて再びエアショーを行う。今度はステージのバックで飛ぶのではなく、エアショーのみを行うことになる。先程はかのんたちのステージを立てるため、あまり目立つ機動は行わなかったが、今回はそれを行う。この休憩時間は、そのために意識を変えるための時間でもあるのだ。
だが、それも次の瞬間に消え失せ、ミナトたちの意識は戦いへと向くことになる。
「……デフォールド!」
遥か空の上、宇宙空間にフォールドゲートが開き、無数のAFが現れる。新統合軍もそれを察知し、すぐに周りにあったモニターにも非常事態を知らせる赤い表示に切り替えた。先ほどまでと比べ、一気に緊張感が漂い始める。
「ファントム5より各機へ! 滑走路へ着陸後、実戦仕様への切り替え。完了次第、戦闘に合流する!」
『了解!』
この星で出会った、あのカレルという男の言葉通り、本当にAFの襲撃が起こった。念のため、機体の調整は戦闘用のものにしておいて良かったと、心の底から思う。が、それ以上にカレルへの警戒と、わざわざミナトへと作戦を伝えたことへの疑問があった。
◇
「か、刀……!?」
格納庫に降り立ったミナトはそこに置いてあった武装を見て狼狽した。
日本刀。それは、その名の通りの刀だ。近接戦闘で古来より扱われてきた武器。なんと、その日本刀のバルキリーサイズのものが置かれていたのだ。
「も、申し訳ありません! 現在、これしかなくて……!」
「なんでさ!?」
「ガンポットなどの武装は他の機体が装備しており、残っているのはこれしか無いのです!」
「……レイルが言ってた
「本当に申し訳ありません!」
可変戦闘機の利点は、三段変形を活用し、臨機応変に戦況に対応できるところにある。戦闘機としての、ドッグファイトやミサイルの運用。ファイターとガウォークを組み合わせたトリッキーな軌道。バトロイドでの精密な作業を可能とする汎用性にある。
それに近接武器を装備するということは、そのほとんどを潰すことになる。刀を装備していれば、必然的に攻撃するためには超至近距離に接近しなければならない。ドッグファイトになれば攻撃する方法はミサイルしかないのだが、そのミサイルは少ししか装備できない。もう一つの利点であるトリッキーな軌道はできるが、ガンポットが無いためそれを活かした戦闘はできない。必然的に、バトロイド状態での戦闘を強制されるのだ。
「……もうそれしかないんだろ。装備を頼む」
「はっ!」
◇
「セェイ!」
左腕の武装マウントラッチに取り付けた鞘から、刀を引き抜く。VF-171をすれ違いざまに切り裂き、次の獲物へと飛ぶ。
「もう一丁!」
後ろからガンポッドをこちらへ向けていたVF-171に、腕を後ろに向け刀で切り裂くことで対処する。一切敵のことを視認せずに行った動作だが、これはVF-26に搭載されている高性能センサー類のおかげだ。
刀を鞘に戻して、ファイターに変形する。ガンポッドを装備している時と違い、いちいち手動で戻さないといけないのが面倒だ。
「ケルビム型には依然動きは無し。暴れてるのはトロウンズ型か!」
指揮官機仕様のケルビム型が、小型でとにかく数が多いトロウンズ型に指令を出しているのだろう。他のAFと比べ、かなり組織的な動きをしている。指揮官がいるだけでこうも変わるのか、と驚く。
ここにエクスシア型やヴィルトゥテス型がいれば、そいつらもこの組織的な攻撃に参加していた筈だ。
『ミナト! 後ろだ!』
「ッ!? 速い!」
ミナトのすぐそばを、見慣れないバルキリーが一機通り過ぎる。
「チィィィッ!!」
機体内部に搭載してあるマイクロミサイルを放ち、それと共に敵の姿を追う。異様に速い機体だ。高性能を突き詰めたVF-26と同じか、それ以上。ドッグファイトに特化したF型だからいくらかやりやすいが、他のタイプでは機体の特徴が微妙に異なるためあの機体には追いつけないだろう。
「……まさか」
脳裏に浮かぶのは、あのカレル・クラークという男の顔。<イノセント>のパイロットと名乗っていた筈だ。
「……戦場で出会い、攻撃してくるということは──少なくとも今は敵同士と見做していいんだな」
ミサイルのおまけとして、レイルがガンポッドから銃弾をマガジン内の弾が尽きるまで放つ。反動で腕が揺れ、かなり目標からズレてはいるが、ミサイルと合わさって巨大な壁といえるほどに空を埋め尽くしているため、効果はあるはずだ。
だが敵は、迫りくるマイクロミサイルと弾丸を微妙に機体の角度を変え、ギリギリで避けた。通り過ぎたミサイルは、その先にあったまた別のミサイルとぶつかり、自滅していった。
「なっ!? ……じゃあ、これなら!」
◇
未確認の敵性バルキリー──Sv-127<タイフーンⅡ>のパイロット、カレル・クラークは、ミナトの放ったミサイルを退屈そうにしながらすべて避けた。
ミサイル同士の隙間を通り抜け、バトロイドに変形してガンポッドで破壊する。
「──遅い」
VF-26の1.5倍はある速度で空を切り裂くように飛び、海上の戦艦にガンパッドを向ける。実弾とビーム、その両方を放つことのできる特殊な構造をしている一点もののガンポッドだ。<イノセント>の本部にいる優秀な開発者たちが作ったものらしく、実験用装備として回ってきた。
トリガーからの信号伝達経路を実弾用の銃口からビーム用のものにに切り替え、戦艦に向ける。
「落ちろ」
戦艦を光が貫き、一瞬にして海に沈んだ。たったビーム一発で、と思うかもしれないが、これは当然の結果だ。オケアノスに配備されている戦艦はかつて地球で運用されていた海上でしか使用のできない戦艦と空母のみ。惑星の面積のほとんどを海が占めるこの惑星には都合がいいが、実際の戦闘に耐えられるかと言えば話は変わってくる。
『大気圏外のグァンタナモ級から、大隊規模のバルキリー部隊が出撃しました。主な機体はVF-19<エクスカリバー>とVF-22<シュトゥルムフォーゲルII>。VF-171<ナイトメアプラス>では対処が困難です。至急、そちらへ回るように』
「了解」
◇
「……追いつかないか。ごめんレイル! 未確認機種は逃した!」
『俺が代わりに追う! お前はAFを!』
レイルのVF-26が敵バルキリーを追い、飛び去る。
ミナトはそのままケルビム型に向かって突撃しようとするが、それはトロウンズ型に阻まれる。
「邪魔だ!」
刀で一閃。小型でそこまで強度のないトロウンズ型はそれだけで真っ二つに裂けた。
VF-26の前に、ケルビム型が立ち塞がる。
「うぐぁッ!?」
突如、左腕に痛みが刺した。
痛みに耐える訓練は、普段から積んでいる。骨が折れてもすぐに動けるほどには痛みに慣れている。そんなミナトでさえも、動きが止まってしまうほどの痛みだった。
「な、何だ……!?」
突き刺さるような痛みや、内側から引き裂かれるような痛み、叩きつけられたような痛み。さまざまな痛みがあるが、そのどれとも違う痛みだ。
VF-26と、それにに乗ったミナトがケルビム型に近づけば近づくほど、痛みが強くなる。
ブレスレットの紫色の宝石が、強い光を放つ。
「があっ……!?」
頭の中に、無数の情報が雪崩のように入ってくる。
──エクスシア、神津島南部のVF部隊の迎撃。トロウンズ、デストロイド部隊の全滅。ヴィルトゥテス、援護ーー
それがケルビム型から発せられているAF各機への命令だと気づくのに、10秒ほどの時間がかかった。単調な言葉だけを伝える命令の仕方で、機械らしく淡々としている。だが、なぜケルビム型の思考がミナトに伝わるのか、それがわからない。
「……こ、の、ブレスレット、か…………!!」
腕につけたブレスレットが光を放ち、そこを中心に身体に激しい痛みが走っていた。
◇
「きゃあっ!?」
神津島に設置された新型フォールドアンプユニットに囲まれたステージで歌うかのんの身体に、激しい痛みが走った。かのんだけではない。クゥクゥ、すみれ、千砂都の三人も、痛みで地面に倒れ込んでいる。
──……こ、の、ブレスレット、か……!! ──
「ミ、ナト、くん……!?」
ミナトの声が聞こえてきた。頭の中に響くように何度も反響して、同時に喉の痛みが増した。
「なんなのよ、これ!」
「以前説明された、共鳴した人の思考がフォールド波を通じてわかる現象デス! ミナトさんのフォールド波と、クゥクゥたちが共鳴シテ……!」
激しい痛みで、とても歌えるような状態ではない。だが、かのんたちが歌わなければ、ミナトたちは負けてしまう。
それに、ミナトもこの痛みに耐えて戦っているはずなのだ。
「──大好きな、気持ちに……もう、……嘘はつけない──」
「かのんちゃん!?」
「アンタ、この状態で歌おうっての!?」
痛みで途切れ途切れになりながらも、できる限り歌う。
「……今はこれしか、出来ることがないから! ミナトくんのためにできることをやらないと……!」
「かのん……。クゥクゥも!」
クゥクゥも立ち上がり、かのんと共に歌い始めた。
◇
「速すぎる……!」
Sv-127を追って、レイルはオケアノスの空を飛ぶ。辛うじて追うことはできているが、決して追いつくことはできない。
「VF-26じゃ追いつかない……じゃあミサイルなら!」
VF-26よりも高速で飛んでいくミサイルなら、Sv-127に攻撃することも可能だ。そう考えて脚部に格納されているマイクロミサイルを放つ。
だが──
「なっ!? ウッソだろ!?」
100発近いマイクロミサイルを、Sv-127は全て避けた。僅かなら機体の角度を変え、ガウォークに変形してガンパッドで撃ち落とし、会えて加速をやめて停止することで通り過ぎたミサイルを破壊し、さまざまな方法でミサイルを全て撃ち落とした。
Sv-127は、ミサイルを全て撃ち落としたことを確認すると、レイルと同じようにマイクロミサイルを放った。機動が普通のミサイルと比べて、かなり変則的で予想できない。
『ファントム4! 援護します!』
「ユウヤか! 気を付けろ。アイツ、強いぞ!」
二人がかりで左右から追い詰める。先ほどまでと比べて格段に相手へとダメージを与えられているが、撃墜までは後一歩足りない。
レイルたちの攻撃が一瞬だけ止まった隙に、Sv-127がミサイルを放つ。大量の噴射煙が視界を遮り、殆どが見えなくなる。
「あたらねぇっ!!」
ガンパッドを掃射し、目の前に迫ったミサイルをギリギリで撃ち落とすのが精一杯だった。爆発の影響でVF-26は激しく揺れ、装甲に小さなダメージが蓄積していく。
『っ! ヤツは!?』
ミサイルを全て破壊し終わった頃には、すでにSv-127の姿は見えなくなっていた。
「クソッ! すまんミナト、逃しちまった……!」
◇
ブレスレットは、まだ強い光を放っている。痛みもまだ身体を襲っているままだ。だが、そんなものを気にしている暇はない。かのんたちのもとへ、ケルビム型を行かせるわけにはいかない。
ケルビム型が変形し、バトロイドへと変わる。通常のバルキリーの何倍もあるそのサイズは、マクロス級と比べれば大したものではないがそれと同じほどの威圧感を放っている。
ケルビム型の大きな、エクスシア型のものとは比べ物にならないほどの爪がついた腕をミナトに向けて伸ばす。
「グゥッ!」
刀で弾き返し、接近しようとする。だが、それはもう片方の腕に阻まれる。両腕が常にミナトを狙い、攻撃することも、逃げることもできない。
「歌のジャミングがあっても、ケルビム型はここまで動けるのか……!」
これでも、歌が始まる前よりは弱いというのだ。ジャミングによって思考回路にノイズが生じている状態でも現行で運用されている最高性能のバルキリーであるVF-26を遥かに上回るのだから、AFという兵器がいかに恐ろしいものなのかがよくわかる。
「クッソォォォッ!」
やけくそで、刀をケルビム型の左腕に突き刺す。腕の半分ほどまでしか届かないが、機能を停止させるには十分だ。だが、突き刺した時に破損した内部パーツに引っかかったのか、刀が抜けなくなった。咄嗟に刀から手を離そうとするが、間に合わない。
「しまっ──」
『ミナトッ!?』
果林のVF-26が、即興で使えるようにしたVF-19用のガンポッドを向けてこちらを援護しようとしているのが遠くに見えた。今から接近しても遅い。狙撃をするというのは正しい判断なのだろうが、かなりの距離だ。狙撃用に作られていないVF-19用のガンポッドでは無理がある。
「グゥッ!!」
ケルビム型の右腕が、VF-26の右手をもぎ取った。損傷は右腕のみだが、衝撃がコックピットまで伝わり、一瞬だけ意識が飛びかける。
「させないっ!」
追撃しようとするケルビム型に、果林がガンポッドを浴びせる。だが、ほとんどは外れ、当たった弾も分厚い装甲に阻まれ、ダメージを与えられない。
「──デフォールド反応!?」
その時、オケアノス上空にデフォールド反応が出現した。モニター越しに上を見上げると、超時空ゲートが出現している。<イノセント>の母艦か、新たなAFか。いずれにせよ、フォールド断層に囲まれたオケアノスにフォールドしてくるなど、明らかに異常だ。いくら惑星のすぐそばには断層がない僅かな隙間が存在するとはいえ、そこに的確にフォールドするのは困難なのだ。失敗すれば、そのまま死が待っていると言っても過言ではない。つい最近ミナトが使った新型フォールド・ブースターなどもあるが、それはまだ生産数が少ない上に、ムーサ以外に作れるような代物ではない。
そして、ゲートから現れたのは──
「ッ!? 援軍!?」
──S.M.Sホライズン支部所属特務作業艦マクロス・クォーターだった。
◇
「さあ、久しぶりの空だ……! 派手に行くぞ!」
『了解!』
マクロス・クォーターのブリッジで、アラスターが叫んだ。かつてパイロットとして第二次<イノセント>紛争で戦った彼は、戦後に新統合軍で艦長を務め、やがてS.M.Sへ入社した。艦長という役割は、性に合っているとは思う。だが、やはり空を飛ぶことを求めてしまう。
「あそこには
大気圏を抜け、クォーターがオケアノスの空を飛び始めると同時に、甲板から無数のバルキリーが発進する。その中には、ミナトとレイルの所属するファントム小隊、果林の所属するレインボー小隊、ユウヤの所属するレヴァナント小隊の機体の姿もある。先頭にいるのが、ファントム小隊だ。各々のパーソナルカラーに塗装された三機のVF-26は、オケアノスで戦い続けていた兵士たちを鼓舞させた。
「ケルビム型にマクロス・キャノンをぶち込むぞ! 天王寺少尉、ケルビム型の現在位置をモニターへ!」
「了解」
オペレーターの一人である天王寺璃奈少尉が、凄まじい速度でキーボードを操作し、正面モニターにケルビム型が表示される。
「艦長、ケルビム型との戦闘で
「
「了解。クスィー1よりファントム2へ、至急ケルビム型と戦闘中のファントム5の回収へ迎え」
もう一人のオペレーター、近江彼方大尉が各隊、各機へのアラスターからの命令を伝える。普段はずっと眠そうにしているという彼女だが、戦闘になると人が変わったように仕事を的確にこなす。かつてパイロットだったらしく、その時から戦闘時では多大な戦果を残しているという。
「艦長! トロウンズ型に取り付かれました! 甲板上でデストロイド部隊が戦闘中です!」
「トロウンズ型の装甲は薄く、攻撃自体もそこまで脅威ではない。落ち着いて対処すれば、シャイアンⅡのみで殲滅できる!」
クォーター型は、通常のマクロス級も比べ遥かに小型だ。そのため、装甲も薄く、搭載できる機体の数も少ない。だが、小型だからこそ出来ることがある。それは、高機動だ。そのおかげで、通常のマクロス級ではできない機動──いわゆる変態機動ができるようになっている。
「さあ、始めるぞ……!」
そう言って笑うアラスターの顔は、紛れもないパイロットの顔だった。
◇
『ミナト、無事か?』
「……イツキ!?」
遥か遠くから、アルのVF-26が放った弾丸がケルビム型の右腕を破壊した。それと同時にイツキのVF-26がミナトに接近し、バトロイドに変形し、そのままミナトを回収して飛び立つ。
「なんで……クォーターとみんなが……?」
『ムーサがついさっき完成したばかりの戦艦用の新型フォールド・ブースターを譲ってくれてな。急いで飛んできたんだ』
クォーターに着艦し、VF-26から降りる。機体の中からではよくわからなかったが、かなり損傷している。あのまま飛び続けていれば、墜落していたかもしれない。
「お前ら! F型を5分で直せ! 行けるな!?」
『はいっ!!』
整備兵たちがVF-26を修理してくれている。ミナトはそれを見て、修理が完了次第すぐに出撃できるように、渡された消化しやすい栄養バーとドリンクを急いで食べた。整備兵たちの努力を、無駄にするわけにはいかない。
戦闘が続いているが、街の損傷はまだ無い。新統合軍とS.M.Sが、必死に敵を抑えているのだ。
「今度こそ……守ってみせる」
オケアノスを、ベリトのようにはさせない。
そう誓って、ミナトは再びコックピットのパイロットシートに座った。
「ファントム5、出ます!」
修復されたVF-26で、クォーターから発進する。たった5分という短い時間で、ほとんど完璧に近い状態に修復されている。腕部などは、すべて新品の完成品に基部から付け替えているらしい。今度は、しっかりとガンポッドを懸架している。さらに大量のミサイルを装備し、威圧感のある見た目となっている。
「……だんだんと押されてきてる。神津島に敵が辿り着くのも時間の問題か」
主にトロウンズ型が中心となって、神津島を目指している。迎撃しようとしたVF-171に大量に取り付き、翼やエンジンを破壊している。機体を覆い隠すほどに大量に取り付かれれば、なす術もなく機体を撃破されて行ってしまう。
「こちらファントム5、援護する!」
今まさにトロウンズ型に機体を撃破されようとしていたところに、ガンポッドで狙い撃つ。それなりに近い距離だったため、弾丸はすべてトロウンズ型に命中し、大量に風穴の空いた残骸が海へと落ちていく。
『助かった! ファントム5ってことは……噂の如月ミナトか!』
「知ってもらえていて光栄ですよ! ……っと、そこ!」
背後から接近していたバトロイド形態のドミニオンズ型に、マイクロミサイルを放つ。ノールックで発射したため、ドミニオンズ型は回避機動を取れず、そのまま首のメインコンピュータ部にミサイルが吸い込まれるように命中する。
『見事な腕だな。そうだ、あとでサインが貰えないか?』
「もちろんです。でもまずは……!」
別のドミニオンズ型が、バトロイド状態の腕部──ついてるのはマニュピレーターではなく大型ブレードだが──を振り上げ、VF-26に切り掛かった。だが、ミナトはそれをガンポッドで防ぐ。手に入れたAFのデータを元に、対策としてガンポッドにシールドと同じ材質を使用し、機体のエネルギーを使用してシールドと同じくピンポイントバリアの展開を可能にしたのだ。見事にその目論見は成功し、ブレードはガンポッドに阻まれた。
「そっちのことは、お見通しってね!」
シールドから刃だけを展開したアサルトナイフを突き刺す。ケルビム型との戦闘では距離が空きすぎていて使用する機会が無かったものだ。こうした近接戦では、その真価を発揮してくれる。
『AFに突破された! ものすごい数で──うわぁぁっっ!?』
「レイス小隊は補給に戻れ! ここは俺が!」
『了解、あとは頼みます!』
トロウンズ型の群れ向けて、身体中にあるマイクロミサイルポッドを展開し、無数のマイクロミサイルを放つ。VF-26が見えなくなるほどの排気煙を残して飛び立ったミサイルは、トロウンズ型の群れを跡形もなく消滅させるほどの威力だった。
あたり一帯のAFを一掃したのを確認すると、ファイターに変形して別の群れへと向かう。
「……ミサイルは弾切れか」
もう何体のAFを撃破したかわからなくなってきた頃、遂にミサイルが切れた。あとは、手に持っているガンポッドを主兵装として戦うこととなる。
自分の頭を振り回して周囲を確認していると、アラームが鳴り響き、モニターに敵の位置が表示された。
「上か!」
成層圏から神津島に向かって、エクスシア型が真っ直ぐ降下している。オケアノスから少し離れた場所で待機していたため、これまで見つかっていなかったのだ。
ケルビム型がいる今回の戦闘では、AFの行動パターンが今までと異なっている。わかりやすくいうのなら、賢くなった。指揮官が存在することで、こうして戦略的な行動も取れるようになったのだろう。
「……みんな!」
かのんたちのいるステージへと向かう。ミナトの予想通りなら、エクスシア型はかのんたちを狙っているはずだ。
「当たれェ!」
アーマードパックをパージし、身軽になったVF-26がエクスシア型に突撃する。ガンポッドの掃射によって2機を撃破する。
エクスシア型の注意がミナトに向く。
「まだまだ!」
エクスシア型の口が開き、荷電粒子砲がこちらを睨む。ミナトもガンポッドを撃ち、4機ほど破壊するが、まだまだエクスシア型は残っている。みるみるエネルギーが溜まり、発射される寸前──
「ッ!?」
エクスシア型の頭部が貫かれ、爆発する。
「イツキか!」
『待たせたなミナト! さあ、4人を守るぞ!』
「ああ!」
ステージの前に2機のVF-26が立ち塞がる。青と赤の軌跡を描いて飛ぶ2機は、鬼神の如き強さでエクスシア型を殲滅していった。
「ミナトくん!」
「歌ってくれ、みんな! みんなの歌があれば!」
AFの性能低下の効果などというつまらないものではない。ただ、聞きたいと思った。彼女たちの歌が、ミナトたちが戦う原動力となる。歌があれば、さらに彼女たちを守ることができる。
「うん! 行くよ、みんな!」
「ハイ!」
「うん! 歌おう、かのんちゃん!」
「当然よ!」
クゥクゥも、すみれも、千砂都も同じだ。彼女たちにとっての戦いは、歌うこと。ミナトたちとかのんたち。それぞれが、それぞれの戦いをしていた。
◇
「……さて、我々もそろそろ行こうか」
艦長席で、アラスターはニヤリと笑いながら言った。
神津島にエクスシア型が上陸し、住民たちはシェルターに避難している。海に囲まれたこの島からは、逃げる手段は船と飛行機しかない。だが、その船も出向した途端に破壊されるだろう。まして、空を飛ぶなどは言語道断だ。したがって、シェルターにいる住民をアラスターたちは守らなければならない。
神津島だけでは無い。オケアノスに住む人々の命が、アラスターたちにかかっている。避難民のの命と、戦死者の数。その重みがのしかかってくる。
「ケルビム型を破壊すれば、AFの指揮系統は大きく乱れる。司令塔を一気に壊すぞ」
被っていた制帽を、勢いよく外す。これは、アラスターが本気を出す時の合図だ。もともと堅苦しいのが苦手な彼にとって、制服というのは非常に邪魔に感じるのだ。
「機関、全速!」
◇
「クォーター!? ……なるほど、そういうことか!」
マクロス・クォーターが、<イノセント>のバルキリーとトロウンズ型の壁を突き破って、ケルビム型へと向かっている。
側から見れば、ただの自殺行為だ。
だが、実際まったく違う。
「エクスシアはあと三機!」
そう言っているうちに、エクスシア型の首に取り付き、メインコンピュータ部にゼロ距離でガンポッドを撃ち込む。
「イツキ! ドミニオンズを頼む!」
『オッケー、任せろ!』
近くにいたAFは、みるみるうちに殲滅されていく。だが、それを他のAFたちが黙って見ているわけがない。
『ミナト! ヴィルトゥテスが狙ってるぞ! 10時方向上空!』
「ッ!?」
ヴァルトゥテス型の狙撃銃から放たれた弾丸に向かい、ガンポッドを掃射。弾丸と弾丸がぶつかり合い、内部の爆薬が燃え上がる。
「悪い、助かった!」
『ああ。でも今はヴィルトゥテスを潰すのが──接近する反応が二つ……アルとレイルか!?』
2機のVF-26が颯爽と現れ、離れた位置にいたAFを撃破していく。アルと乗るRVF-26が的確にメインコンピュータ部を撃ち抜き、それをレイルの乗るVF-26Cが守る。AFの研究や、作戦行動の中で普段から共に行動することの多い二人だからこその、息の合った戦いだ。
『主役は遅れてやってくるってね!』
『こっちは任せてください。2人は歌姫たちのことを守ってあげてください!』
「頼む!」
『隊長は島の裏側の敵を潰してる! こっちは俺たちで片付けるぞ!』
「「「了解!」」」
クォーターが動き出したことで、間違いなく戦局が変わり始めている。それを感じたミナトたちの心は、僅かに軽くなっていた。
◇
「艦種ピンポイントバリア、主力70から80に増大!」
「各部フレーム、強攻型へのスタンバイ、よろし!」
アラスターは、3人のオペレーターの声を一つも逃さないように聞きながら、各飛行隊へオープン回線を開いた。
「全軍に告ぐ、直ちに本艦の進攻ルートから退避せよ! これより最大の獲物を仕留めにいく! 全艦、トランスフォーメーション!」
「全艦、トランスフォーメーション!」
「全艦、トランスフォーメーション!」
それは、戦いの決着がつくことを知らせる叫びだった。
◇
普段から戦艦の形態とはいえクォーターに見慣れているミナトたちにとっても壮絶な光景だった。
400メートルを超えるクォーターを構成する5隻の艦が分離し、再び組み上がっていく。
"マクロス・強攻型"。
それは、地球に墜落したASS-1を改造して完成したSDF-1<マクロス>から受け継がれた形態だ。
戦艦を人型に変形させることで、脚を使い360度あらゆる方向に噴射を行い、腕部に変形した砲座を使って旋回砲塔以上の火製範囲を得る。
それが、かつて半世紀前に地球人が巨人族との戦争時に編み出した戦い方だ。
オケアノスの青い海の上にそびえ立った、鋼鉄の城。
「……マクロス」
その巨大な姿に、思わず息を呑んだ。
クォーターの巨大な鋼鉄の身体は、まさに希望の象徴だった。
◇
「曜! 行くぞ!」
「了解! 全速前進、ヨーソロー!!」
操舵士の渡辺曜中尉が、大胆に舵を取る。まるで嵐の中の船のように激しくブリッジが揺れる。
オペレーターたちが必死にハーネスにしがみいて耐えている中、アラスターだけは艦長席から立ち上がり、その場にどっしりと立ち、指令を出していた。
「主砲、発射準備!」
「了解! 主砲、発射準備!」
クォーターの両腕にピンポイントバリアが集中し、進路上にいたトロウンズ型を 跳ね飛ばしていく。両足からの噴射炎が尾を引き、凄まじい速度でケルビム型に肉薄する。
「主砲、てぇぇ──っっ!」
右手に持った主砲をケルビム型に突きつけ、放つ。ケルビム型はとっさに翼をたたみ、ピンポイントバリアを集中させて防ぐ。本体に主砲が命中するのは防いだが、4枚の翼が主砲によって根本から破壊される。
「左舷艦首にピンポイントバリアを集中!」
「今だ! マクロス・アタック!」
逃げようとするケルビム型の身体に、ピンポイントバリアで構成された巨大なバリア・ブレードと化した巨大な左手をねじ込んでいく。
「デストロイド隊、
左腕の甲板から、移動を考えずに可能な限り火器を搭載したデストロイド隊が出現し、一斉砲火。
「緊急離脱!」
腕を引き抜き、脚部の逆噴射で一気に離脱する。ケルビム型の反応炉が爆発し、ケルビム型が内部から吹き飛んだのは、それと同時だった。
◇
──ケルビム型の撃破を確認。マクロス・ホライズン船団を危険度レベルⅤと判定──
オケアノスから遠く離れた惑星。蒼い海と緑の大地、そして蒼穹に覆われた美しい星。そこで、
──S.M.Sホライズン船団支部のデータを確認。個体名<如月ミナト>を確認。データを収集。
そして彼は再び眠る。敵を壊し尽くす、その時まで。