なんてことだ。
手紙を届けている最中に、出奔して指名手配されている九兵衛に絡まれ、異界に落ち、手紙を落とし、落下地点で人に大怪我をさせ、更に得体の知れない穢に襲われ、気がつけば九兵衛も手紙もない。
なんてことだ。
とりあえず、怪我をさせてしまった相手を神通力で癒やしているが、当分目覚めそうにない。体を私が預かるしかない。
真夜中に山奥にいたという事は、自殺志願者だろうか? だからといって見捨てて良いわけではないが。理由は予想がついた。
この少年はとても沢山の呪霊に取り憑かれていたのだ。
清めるのはかなり手間がかかりそうだ。少なくとも瞬時には出来ない。
何せ、治療も並行しているのだから。
さて、この少年の家はどこだろうか。
一時的な記憶喪失を装うしかないだろう。人のいる所を目指し、私は歩き出した。
「!? 誰だお前!」
呪専という所に保護され、記憶がないのを確かめられて、すぐにやってきた少年は開口一番に告げた。少年の禍々しさはちょっとびっくりして仰け反ってしまうほどだ。
ただ、それだけではないのを感じる。役目を負って生まれた者だ。
というか会う人間会う人間禍々しいのはどういったことなんだろうか。
少年をじっと見つめると、少年もまたジリっと下がる。
特別製の目を持っているようだ。私は正体を隠すことを早々に諦めた。そもそも、この特別な少年を騙す気にはなれなかった。
「……この少年を、怪我させてしまった者だ。治療の為、身体をしばし預かっている」
「傑が怪我をしてる? 硝子に治療させれば……」
「硝子という者は医師なのか? だが、人間に癒せる傷ではない。一ヶ月ほど治療して、取り付いている穢れしものを全て浄化してからでないと……君の友人は、必ず返す」
「は? 取り付いている穢れしものってまさか……それは祓っちゃ駄目だろ、傑の手駒だ」
「? 穢れしものを従えていると? ……彼は、悪しき者なのか? 君も!?」
「ちげーよ!!」
少年から、この世界の常識を教えてもらう。
しかし、反転術式は勘弁して欲しい。呪いを浴びたくはない。
ただでさえ、既に穢れしものまみれな体を借りているのだから。
「で、お前の名前は?」
「八兵衛だ」
「傑を怪我させたんだから、傑の分の仕事を……いや、いい。大人しく治療に専念しろ。俺がその分任務をするから」
「それは……すまない。では、こうしよう。ピンチになったら、韋駄天・八兵衛の名を呼んでくれ。必ず駆けつけよう」
「呼ばねーよ!!」
すっかり警戒されてしまったようだ。私は監視付きか部屋の中で待機を指示されてしまった。しかし、こんな子供が命がけの戦いを強いられているのか……。
心配していると、私の名が呼ばれた。
急いで駆けつけると、神に愛されし青年と、その青年に傷つけられ倒れる五条くんがいた。
「やめたまえ! 神に愛されし君が、何故その手を汚す!?」
「は? 愛されている? 冗談は程々にしろよ」
「冗談ではない。君は確かに神に愛されている。そうだね。例えるなら、その少年は武士。役目によって力を与えられたもので、君は姫。ただ愛しいから誰より強い力を与えられている」
「姫? 気色わりぃ事を言うな! これが愛なら、いらねーんだよ!!」
血を吐くような言葉に、私はハッとした。
人の子には、神の辛抱深慮がわからぬ時がある。というか、正直人にとっては迷惑でしかないこともあることは知っていた。
飛び込んできた彼の攻撃をいなす。強いな!?
「君は、その贈り物を本当にいらないのかい?」
「当たり前だろう!! 呪力に恵まれたやつには猿の心なんて、絶対にわからない!」
「君の魂はとても美しいと思うが……こういうことはしたくないのだが……祝福が呪いに、呪いが祝福になることもあるだろう」
私は、神に愛されし青年に呪いを掛けた。っていうか祝福強いな!!? 私では一時的に祝福を解除するのがせいぜいか……!
神の祝福を取り払った途端、彼から呪力? が吹き出た。
「これ、は? 体が重い……!! 目が、耳がよく聞こえない。これが呪力?」
「君を呪ったんだ。祝福が届かぬようにと。私の力では、永続的に祝福を取り除くことは出来ないが、一日に一時間程度なら祝福を完全に解除できる。……ただ、君はとても神に愛されていて、それもまた君自身なんだ。あまり、否定しないでやってほしい」
「天与呪縛に干渉した……? お前、なにもんだ。神の使いとでも言うつもりか。いや、さっき韋駄天・八兵衛と五条の坊が言ってたな。まさか、本当に?」
警戒した瞳でこちらを見てくる。
「わ、私の名は夏油 傑だ。ごく普通の高校生だ」
「……この場は引く」
そうして神に愛されし青年は行ってしまった。
そ、そうだ! 五条くんの治療をしないと!
五条くんは自力で治療し、呪力の真髄を掴んだようだった。
「ちょっと、相手してくれよ……韋駄天サマ」
死ぬかと思った。こちらの世界の人間は怖い子ばかりだな!?