扉を開けた偲は盛大に顔をしかめた。
かなり暗い空間だ。パッシブ
ただ、問題なのは宿屋の質……のようなものだ。
汚い。
偲が真っ先に感じたのはそれだ。その次に客の様子を見て「うわあ」と呟く。
酒場である一階には、ゴロツキ同然の人々が飲んだくれていた。それだけならまだいいが、彼らのほぼ全ての視線が自らへ向いている。ならず者達の値踏みするような目に偲は溜息をついた。
「宿だな、何泊だ」
目を向けると、声の主は露出した肌のほとんどに傷を持つ筋肉質な男だ。傭兵然とした姿格好だが、発言的に宿屋の主人らしい。
「一泊でお願いします」
その偲の発言に、宿屋の冒険者達は少し衝撃を受けたようだった。いや、それも当然か。
設定された偲とウルの外装では、明らかにウルの方が年齢が高い。それなのに偲が代表して声を上げる事は、通常とは違う関係が偲とウルにあるという事を意味するのだから。
そういった思考で行き着くのは偲が冒険者に夢想した貴族だという結論だが、そうであればゴロツキ同然の宿屋の主人に敬語では話さないだろう。
主人は少し目を見開くが、話を続ける。
「相部屋で一日五銅貨だ」
「じゃあ、それで」
「前払いだ」
手を差し出す店主へ向かおうとすると、耳元でウルの声が聞こえた。
(二人部屋じゃなくていいのか? 他のヤツが居れば密談に困ると思うんだが)
(ウルのこの
(うーん、どうだろ。日ごとの回数は限られるが、それでもいいんだな?)
ウルには元飛空艇ボスとして様々な特殊クラスがあり、それによる特殊技術として〈
そうやって密談をしていると、偲達の進行を邪魔するように足が出された。
見ると、足を出したのは下卑た笑い方をする男。
周りの人間も、偲がどんな反応をするか気になっている御様子らしい。
(こういうの、あんまり好きじゃないんだけどなあ)
偲は、その男の足をまたぐ。男は、拍子抜けしたような顔を一瞬浮かべるが、その油断がいけなかった。
宿内に、骨が折れたような音が響き渡る。いや、実際に折れたのかもしれない。
(うわ、痛そう)
音の原因は、ウルが思い切り男の足を蹴った事だ。ウルは50レベル程度でしかなく、素手で戦う
足があらぬ方向に曲がっているのを見れば、彼の骨折を確信できる。
「な、なにすんだよてめえ!」
男が驚いたような声音を上げるが、それには偲も同感だった。
「あぁ? 宿屋ん中に通行に邪魔なモンがあったから、後で来た奴の為に
「て、てめえ……」
男は苦悶に呻くが、ウルの暴力的な笑顔には反撃する気が起きないようだった。
流石に偲はこれ以上無視出来ない。これじゃただのいじめだ。
「あー、えっと、すみません。うちの仲間が」
そういってポーションを中空から取り出し、赤い液体を男の足へふりかける。
自らが治癒されていくのを感じ、男は安堵の溜息をつく。自ら喧嘩をふっかけたとはいえ、足が骨折する事は冒険者業に関わるものだったらしい。
「──な、仲間がすまない事をした!」
男と同じテーブルに座っていた者達が一斉に立ち上がり慌てて頭を下げる。彼らの視線の先はウルだ。彼の好戦的な笑みに耐えきれなかったらしい。
「おー。いいぜ、だけどこっちもポーション使ったんだ、その代金──」
「止めろ、ウル。……あー、大丈夫ですよ。こっちも仲間が粗相をしてすみませんね」
「……へめえ、ひたかんだじゃねえは」
顎を打ち抜く事で強制的にウルの口を閉ざしながら偲が言う言葉に、男達は胸を撫で下ろした。ポーションは値が張る。男達には到底払える物ではない。
偲は問題は解決したと見て、宿屋の店主へ向かう。
「お待たせしました」
「ああ、確かに。あと、分かってると思うが、宿屋内で問題起こすんじゃねえぞ」
今それを言うのか、と偲は笑みを浮かべる。
「それは向こうの人らに言ってほしいですね」
肩を竦める店主に指定された三階の部屋へ、偲は階段を上がっていった。
***
「……結構、いや、かなり強いな、あの赤髪。綺麗だし」
「あいつ、声からして多分男だと思うぞ? ……だが、子供の方は強さが分からなかったな」
「そうかあ? あんな高価そうな剣を10数本も差してるんだぜ? 疑う余地はないと思うが」
「高価な剣ってだけなら金持ちの息子もありえるだろ。ま、あのアッパーの見事さじゃそんな事考えらんないけどな」
冒険者の新人にこういったイベントはつきものだ。目的は新人の実力を試す事。その為、当然イベントの終わりには新人の評定に入る。今日宿屋に来た二人組への評価は『かなり強い』にまとまっていた。
「まあでも、赤髪が傭兵かそれ以外だとしても、子供が金持ちの息子なのは確定だろうな。ポーションを簡単に使ってたし」
「そういや、あのポーションってなんなんだ? あんな色の見た事ないぞ」
話題はポーションについてのものへと移っていく。自然、冒険者達の視線は店主へと動いた。店主が引退した元冒険者だと知る者は多い。
その視線に店主は答える。
「俺も知らないな」
「おやっさんも?」
冒険者達には意外な話だった。だが、店主の冒険者人生の中で、赤いポーションなどは見た事はない。
下を向き考え込んでいた店主は、酒場からの視線に込められた物が変わった事に気づく。
「俺に調べろって?」
「頼むよ、おやっさん。おやっさんなら薬師にコネもあるだろ?」
店主は苦笑しながら答える。
「分かったよ。気が向いたらな」
***
薄暗い部屋に入った偲はアイテムボックスにいくつか自らの重い装備を入れていた。これから外に出て、都市を散策する為だ。
「ウルも行くか?」
「ん、俺は残るわ。ティアマトに定期的に連絡しろとか言われてたろ」
じゃあお願いと偲がウルに言っていると、扉が開かれた。同じ部屋に泊まる人らしい。
偲が手を上げると、彼女も笑って「やあ」と返す。
『戦士のような女』というより、完全に『女戦士』が板についた女性だ。
ウルの方をちらりと見ると、彼女は偲へと語りかける。
「聞いたよ? 下での話。自己紹介でもしようか。私はブリタ」
「偲と言います。こっちはウル。よろしく」
「ああ、よろしく」
偲と少し雑談をした後、ブリタは自らの寝台に座り込み、皮袋から中の物を取り出した。
他人の目の前でアイテムボックスを使うのも、と考え、宝箱に装備を入れる事にした偲はブリタが取り出したそれを見て、目を見開く。
「ブリタさん、それって」
「お、偲にも分かる? さっき酒場にいなかったろ。これを買ってきてたんだよ」
「ええ。……ポーション、ですよね?」
「その通り。このポーションを手に入れるのにどれだけの食事を節約した事か──」
そこから長時間ブリタの苦労話を聞く事になった偲は、「ええ、最近初めてこの都市に来た物で、街の見物でもしに行きますね」という言葉とともに、部屋を出る。
(この世界のポーションって、紫色なのか)
と、思いながら。
そういえば主人公が戦う相手どっちがいいです?
-
クレマンティーヌ
-
カジット
-
まとめてかかってこい