オーバーロードナイトスター   作:曳航彼

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王国1

 

 「……あの夢か」

 服の袖で顔を拭う。

 二日前に、かなり激しく雨が降った。

 そのせいであの日の事を思い出してしまったのだろう。

 「光れ」

 マジックアイテムを起動した事で、暗く窓のない部屋に明かりが付く。

 いつもと同じように、兵士としての事務手続きなどをする為に用意された机の上、いくつかある本の中からある一冊を引き抜く。

 開いたそれは、紙がよれ、微妙に変色していることから持ち主に何度となく読まれた事が分かる物だ。すでに記憶されている筈が、それでも読む。

 その本はとある原本の写しとされる物だ。

 百年前に建てられ、そして滅んだ国。そこでは、新興国ながら様々な軍拡が行われていたと聞く。勿論、軍拡では兵士が効率良く強くなる事が出来る方法の研究も進められていた。

 研究の成果は国が滅んだ後、広く諸国に広まり、こうして自らの手元に収まっているのだ。

 百年前の国からのこういった影響は数知れず、特に戦士に関しては、平均的な強さがそれ以前よりも高くなっているらしい。

 そう、戦士は、人は強くなった。

 ──ただし、それも才能のある者に限った話だ。

 だからこそ、自身が焦燥の籠もった目で、この本を見る事になるのだ。

 才能の籠もった人が、羨ましい、──妬ましい。

 頭を振って暗い考えを追い払い、彼は鎧を着、訓練所へと向かった。

 

***

 

 念入りにストレッチをした後、重く作られた大剣で素振りを三百、四百、五百──。

 六百まで到達すると、腕の筋肉が悲鳴を上げ、手は痺れている。明らかな限界を感じるが、焦燥が腕を止めてくれない。

 ある時から、肉体が成長を止めた。それ以前からも戦士としての成長は剣を握り出した頃に対して牛歩以下の進みだったが、それすら、今はもうない。

 彼の強さは限界を迎えたのだ。

 それに気づいた時、どれだけ胸を掻きむしったか。自らの才能の無さなど、とっくのとうに理解していた。だが、それでも受け入れられない物はある。

 自らの主人がどれだけ慰めてくれようと決して埋められない欠けが、焦燥が、一年以上彼の心を蝕んでいた。

 だからこそ、彼は大剣を振るおうとする。だが──。

 「そこまでにしたらどうだ? クライム」

 「……ストロノーフ様」

 慌てて声のした方を振り返ってみれば、(いわお)のような顔をした男性の姿が見えた。

 「それ以上はやり過ぎだな」

 「そう、ですね。無理をしすぎました」

 クライムは戦士長の顔を見る。

 死亡し、復活を果たしたという話はクライムも聞いている。だが、それも思わせない立ち居振る舞いは、クライムの憧れる戦士そのままだ。

 戦士長が死亡する程までの出来事は大いに騒がれた。知人の居ないクライムが知る程だ、王都内では知らぬ者は居ないだろう。騒がれた理由は、戦士長死亡というそれだけではないのだが。

 「クライム、そうだな、一つ剣を交えてみないか」

 クライムは目を丸くするのを抑え切れなかった。

 二人が訓練所で会う事はそれなりにあったが、剣を合わせる事は無かった。

 それは二人の立場が許さない為である。

 現在、王国は三つの派閥に割れている。

 これらの派閥の力は互いに均衡を保っており、だからこそ現在は内戦でも起こりかねない程の危機的状況だ。

 ガゼフは平民ながら王の懐刀とされていることで、同派閥であるはずの王派閥の貴族にすら嫌われている。それが無くとも、王派閥と敵対している貴族派閥にとっては攻撃の的なのだ。

 対してクライムの主は、神殿派閥に属している「黄金」──神殿派閥に言わせれば「黄金の聖女」──ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 百年前の悪魔的事件から力を付けた比較的新興勢力たるこの派閥は、王・貴族派閥の両方へ利権を流しており、だからこそ両派閥に対しある程度圧力をかける事が出来る。均衡を保っているとは言えど、現在少しでも優位であるのは神殿派閥だ。

 ガゼフとクライムが共に訓練をすれば確実にクライムが負けるだろうが、それを覗き見されていた場合起きるのは、王族に仕えている平民として大いに疎まれている、クライムへの攻撃だ。

 それに対し神殿派閥が黙っているはずはなく、何らかの方法で反撃を行うのは間違いない。権力抗争は加速していくだろう。そうなれば互いの主人にも累が及ぶ。

 それを恐れ、二人が訓練する事は今まで無かった。

 「一度死んだものでな。ちと手強い相手でリハビリをしたい」

 クライムは噂が本当であった事に驚愕する。

 「復活……ですか」

 「ああ。いと尊きお方のおかげだ。彼が居なければ俺は……死んでいただろう、というのもおかしいか。実際、死んでいたんだからな」

 ブラックすぎるジョークにクライムは苦笑いをし、死亡までした任務での事を問いかけるのは気が引けるのだが、それでも好奇心により口を開いた。

 「その御方の名前は? 私も神殿派閥に属する者。聖書に書かれた神などであれば名前で分かるかも知れません」

 「名前は……、ああ、聞いていなかったな。だが、俺ごときではかのお方のお名前を知る事さえ不敬だったのやもしれん」

 「ストロノーフ様、ごとき、などとおっしゃらないで下さい。貴方は王国の懐刀なのです」

 あの噂は本当だったのかと、クライムは微妙な表情を我知らず作ってしまう。

 ガゼフの復活に関して騒がれた理由はもう一つある。それは、ガゼフが神的な存在を見たと証言している事──話では、ガゼフを復活させたのがその存在らしい──そして、ガゼフがその存在を信仰するような素振りを見せている事だ。

 当然、神殿派閥は揺れた。ガゼフの事を既に預言者のごとく扱っている者もいれば、悪魔に魅入られた可能性もあるのではと疑い──それだけ、百年前の悪魔の残滓は今も王国に色濃く残っている──慎重に事を運ぶ者も居るというのは、クライムの主による言だ。

 結局、現在まで大きな動きはないが、もしかするとこれから王国最強たるガゼフ・ストロノーフが神殿派閥に参入するとも限らない。そうなれば神殿派閥の力が強くなり、王国を席巻する可能性もあった。

 その場合は、自らの主が国を統治する事になるだろうから、クライムに損はない。だが、自らの尊敬する人物の変貌は何かこう、心に来るものがあった。

 「では、やろうか」

 「はい、お願いします!」

 会話による緩んだ空気は消え、訓練所には戦士の気配とでも言うべき物が充満し始めた。

 ガゼフとクライムは剣を抜き、構え、互いを睨めつける。

 ガゼフは動かない。先手を譲られたようだ。

 相手へと走り、クライムは早速、武技を発動する。

 〈即応体勢(そくおうたいせい)〉。

 即応反射を元にしたクライムのオリジナル武技だ。クライムの技量では即応反射は使えない為、簡易版だけでもと見様見真似でこれを編み出した。

 即応反射のように無理な体勢を正常なそれへと戻す効果はないが、通常の姿勢から完璧な──剣を振る為の姿勢へと身体を整える事は出来る。

 そこから放たれるのは、クライムの異常に発達した大上段の振り下ろし───

 ───剣と剣のかち合う音が響いた。

 ガゼフが、クライムにとって自慢の振り下ろしを防いだのだ。

 自らの才能の無さに、相手の才能への羨みに、歯噛みしそうになる。ガゼフ・ストロノーフにしてみれば、自らの攻撃を受け止めるなど簡単だったに違いない。

 だが、それは想像出来た事。

 「〈三連(さんれん)〉」

 クライムの剣が引き戻される。その動きは、先程の振り下ろしに力が全て込められていた事実を考慮すると少し異常だ。

 ふつう、全力の攻撃が受け止められた際、勢いに引っ張られ、引き戻すのに隙を作る。

 それに対し、その引き戻しはあまりにも(なめ)らかすぎた。その理由は、やはり武技だ。

 即応反射の動きを腕だけに限定してクライムでも行使出来るようにし、剣を引き戻す。〈即応反射〉による引き戻しと〈連撃〉によるスムーズな動きの切り替えを掛け合わせた通常ありえない全力での三連撃。勿論、腕に負担はかかってしまうが、王国の戦士長相手にそんな事は考えていられないだろう。

 誰にも防げない三連撃を作れという、クライムが尊敬する冒険者からの言葉を胸に編み出した武技。その二撃目、突きをガゼフに繰り出す。

 

***

 

 ザックはとある傭兵団の雑用係だ。いや、あの団体を傭兵団とするのには無理がある。稼ぎが無い時には野盗にまで成り下がるような集団には、傭兵団という呼称すら高尚にすぎるだろう。

 そんな集団の小間使いとしてあくせく働いているザックは、貧民街のアジトへとある仕事を持ち帰る所だった。

 仕事が上手く言ったのだ、足が自然速くなるのも仕方ない話だろう。だから──、角で誰かとぶつかりかける。

 「あっぶないなー」

 「……そりゃ、こっちのセリフだ!」

 身を(ひるがえ)し、ザックの細い身体を避けた女のぼやき声。ザックは自らの気分に水をさされた不快感に怒鳴り散らす。

 「前向いて歩きやが……あん?」

 怒りに任せ言葉を続けようとしていたザックは、女がこちらを見た際の、異様な雰囲気の変化に戸惑う。

 何より、その笑顔に警戒心が向いた。

 喧嘩を売る相手を間違えたか。そういえば、身を翻した時、女が纏うマントの下から鎧のような音がした気がする。もしかすると冒険者か。

 「今、ちょっと立て込んでてねー。叡者の額冠に適合する人を探してるの。それにはだーいぶ広い調査が必要でねー。それも、風花に見つかんないようにしながら! だから、居なくなっても困らない人捕まえて調査させてるんだよねー」

 ザックは自らの身なりを見る。自らが行っていた仕事の為にある程度整ってはいるが、明らかに暴力に身を置く者の気配が漂う容姿だ。これを見て自らが『居なくなっても困らない』と女が考えただろう事は間違いない。

 そして、そんな情報をザックに丸々教えているのはなぜか。予想に、ザックの血の気が引く。

 ──喋る口が、すぐに無くなるから、という予想に。

 女が近づいてくる。金属製の何かを抜くような音と共に。

 「や、やだ、やめてくれ」

 「ん、だーめ」

 必死の懇願も一蹴され、ザックはせめてもの可能性に賭けて、走る。

 だが、並走するような声に絶望を覚えた。

 「〈人間種魅了(チャームパーソン)〉」

 意識が混濁し、作り変えられていく感覚。

 己の意思が消えていく不快感。

 耐える事などザックには出来ず、ただ、誰かの名前を最後に叫んだ。

 

***

 

 鼻歌があった。

 聞く者が聞けば、眉を潜めたであろう鼻歌。

 知識のある人間は、揃ってその行使者を止めようとするだろう。

 邪悪な調べだ。

 鼻歌に歓喜するかのごとく負のエネルギーが集まったそこに、また一つアンデッドが姿を表す。

 「お前はそこで待機しておれ」

 去っていく死者の大魔法使い(エルダーリッチ)に、カジットは満足げな笑みを浮かべる。

 計画は順調に進んでいた。一ヶ月ほど力に集中する必要があったとはいえ、カジット程度の力でさえエルダーリッチを召喚できる程に負のエネルギーは集っている。エルダーリッチを容易く召喚する存在もカジットの知る中に居るには居るが、ズーラーノーンが盟主のさらに上に立つ偉大なる御方、アインズ・ウール・ゴウンなる存在をカジットなどと比べるのが間違いだ。

 あと一年もせずに、カジットの望む儀式は結実するだろう。

 「あの女が成功すればそれも前倒しで行えるだろうが……。まあ無理な話か」

 カジットはまた邪悪な鼻歌を垂れ流し続ける。

 

そういえば主人公が戦う相手どっちがいいです?

  • クレマンティーヌ
  • カジット
  • まとめてかかってこい
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