オーバーロードナイトスター   作:曳航彼

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予約投稿という文明を学びました


望遠室

 望遠鏡を覗きながら、偲は大都市のその光景の壮観さに思わず感嘆の溜息をついた。

 それは現実世界では人間の手入れなしで見られない光景──植物に溢れ、生態系も豊かな大気汚染のない世界を見た事だけが理由ではない。現代とは違う、中世独自の街の作りや文明は年齢相応の偲の好奇心を刺激していた。

 ユグドラシル内でこの望遠鏡を覗いて見る事が出来るのは遠方でのリアルタイム映像を二次元的に表示させるディスプレイでしかなかったのだが、そのような方法では有り得ない程の解像度と立体感で示された遠方の景色は、この世界がゲームでなく現実である事を如実に強調しているように思える。

 そして──偲は望遠鏡を別の方角、それも先程充分に見た筈のそれに向け、呟いた。

 「やっぱり──天空城だよな、あれ」

 ユグドラシルにおいてアースガルズに位置したダンジョンが、砂漠の中で君臨していた。天空城の名の通りその城は空中に浮かんでおり、その下には城下町というべき都市が城から流れる川を挟むように作られている。周りが砂漠である事も相まって、規模の小さいアーコロジーのような印象を偲に抱かせた。

 

 「別のプレイヤーもここに来たのか」

 

 最初に見て思ったのはそんな事だ。

 ギルドホーム系ダンジョンに攻め込む時に選択肢として上がったダンジョンな事もあって、天空城の事はサービス終了時に久々にログインした偲でも覚えている。

 この飛空艇が自らとともにここまで転移してきたからには、あの天空城にもプレイヤーがいると考えてもいいはずだ。

 「なら……飛空艇の進路が決まるな」

 情報も足りない未知の中、同じ現実世界の者として強力するのが方策だろう。

 偲は額を揉みながらそう考えるが、目は望遠鏡を注視したままだ。その理由は、その天空城の城下町、その外縁──そこでの人間の出入りだ。

 その人間達は、天空城に存在する天使系や聖職者系の──偲が先程まで相談事をしていたティアマトのような──NPCやポップモンスターでは明らかに無かった。

 つまり、おそらくこの世界の住人なのだが、先程転移してきたダンジョンに彼らが出入りする理由はなんだろう。まさか──

 「戦争?」

 攻め込まれている、という発想はあまり的外れではないように思えた。そういえばこの飛空艇は転移して少ししてすぐ透明化を行った訳だし、それが無くとも偲のギルドの発見した様々な情報を(よう)するこの船はある意味情報保護魔法の塊だ。だからこそ飛空艇は気づかれず、逆に余りに目立つ天空城は攻め込まれていると考える事は出来た。

 偲は考える。この世界の住人はどれくらい戦闘能力があるのだろう、と。

 NPC、モンスター、魔法、特殊技術(スキル)道具(アイテム)魔法道具(マジックアイテム)、アイテムボックスにギルド武器の確認は終わった。ゲームから現実に変わった事による仕様変更はあるらしいので実験の余地はあるが、それは後々(のちのち)ギルドとして大々的にやっていけばいい。だが、それらのほとんどはユグドラシルと同じだった。ユグドラシルとこの世界では法則が同じで、住人もそうだと考えると──

 「まあ、ワールドアイテムはないにしろ……普通に考えるのなら住人皆100レベルとかなんだろうな」

 ユグドラシルというゲームはレベルを上げる事が容易な方で、大体のプレイヤーは100レベルに到達していた。これは戦闘を基準にビルドを考える系のプレイヤーからしたら好ましいシステムだったが、住人全てがプレイヤーと判定されるとしたらここはユグドラシルの九つのどの世界でも考えられない程難易度の高い世界ということになる。いや、とギルド内で行われ、そして中断された127レベル計画を偲は思い出す。ここが現実であるならゲーム的都合であるレベルキャップなど解禁されているのだろうし、それを考えれば天空城は即座に占拠されるだろう。それも既にされていない場合の話だが。

 といっても、城下町に行き交う人々は望遠鏡からの景色を見るに、そこまで強くない気もした。

 「まあでも、まだ行かない方が良いんだろうな」

 勿論興味は尽きないが、危険を晒す程ではないと考え、そこで偲は望遠鏡での偵察を止めにする。書机を見て偵察した地形の地図が書かれている事を確認して、立ち上がった。

 ここは望遠室だ。

 偲のギルドはそこまで戦力的な意味で強いギルドではない。ギリギリ城クラスと認められやっとNPCを配置できる程度の飛空艇をギルドホームとしている事からもそれは分かるというものだ。だがその中でもギルド内で重要視されている部屋などは一級品の設備が整えられている。

 その三つある中の一つである望遠室は、いわゆる物品としての高価さは感じられないが、深い知識を感じられる高貴さを雰囲気に宿すようだった。

 先程まで偲が目の前に座っていた望遠鏡や書机と羽根ペン、そしてその上にある地図に、望遠室のかけ持つ作戦室としての役割を示している、望遠台に隣接した円卓や作戦記録を蔵書した本棚。これら全てに魔法的な輝きがあった。

 この部屋自体にも魔法がかけられており、室内への転移を封じるものや、防御魔法、特殊な物であれば空間を制御する魔法があり、これは部屋の座標的な位置を上下させる事で望遠鏡で見る事の出来る範囲を広げるための物だ。

 それを証明するかの如く部屋の小窓より見える景色は飛空艇の存在する領域よりも遥か高高度からの物だ。

 偲は扉からでなく、その小窓から望遠室を出た。

 

***

 

 少女とそれより幼い少女──エンリとネムを前に、全身鎧(フルプレート)に身を包んだ者は剣を振りかぶった。

 一撃で命を奪うのが慈悲であるといわんばかりに、大きく振り上げられた剣が日差しを反射しギラギラと輝く。

 エンリは目を閉じた。その下唇を嚙み締めた表情は、決して望んでの姿ではない。ただ、どうしようもなくてそれを受け入れたに過ぎない。もし何らかの力があったなら、目の前の者に叩きつけ逃れただろう。

 しかし──エンリに力は無かった。

 だからこそ結末は一つ残されていない。

 剣が振り下ろされ──

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットは死亡した。




浮遊都市に偲が行かないようにするのには苦労しました

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