オーバーロードナイトスター   作:曳航彼

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蝿?




 

 小窓から望遠室を出た偲は落下していた。当たり前だ。船室の一つとはいえ、魔法で空間を歪められた望遠室の窓は船の側面ではなく高所に繋がっている。

 だが、偲は焦らない。なぜなら──

 落下する偲を見て、勘のいい人物なら気付く事が出来るだろう。そのスピードが落下するにしても速いという事を。

 落下は、飛空艇の視認ができる高度にまで到達すると止まった。偲の肉体が空中で滞空しているのだ。

 偲は一人頷く。

 ユグドラシルでは操作性が悪く、戦闘に組み込める事自体がアドバンテージとされていた種族的な飛行能力はまるで二つの足で歩くかのごとく、かなり使い勝手が良くなっていた。戦闘に組み込めるプレイヤーの一人だった偲としてもこれは嬉しい。組み込めるとは言うものの、どちらかと言うなら地上の方が戦いやすいのは偲であっても同じだからだ。

 このように、特殊技術(スキル)はゲームの時から現実になるに至って変わっていた。もしかしたらそもそも使えない物もあるかもしれない。

 いくつか実験はしたが、今の所まだ偲の持つ全ての特殊技術が使えるとは言えなかった。というのも、偲は自分の持つ特殊技術が何なのかをうろ覚えでしか把握していないのだ。サービス終了の日にユグドラシルにログインしたのが久々の為だ。

 勿論自らの職業、幸運な戦士(ラッキーウォーリア)幸運の騎士(ナイトオブフォーチュン)星の騎士(スターナイト)反撃者(ヴェンジャンサー)の特殊技術などは覚えているが、種族的な特殊技術や装備品の効果も使用頻度が低かった分覚えておらず、実験が出来ないでいた。勿論ギルドメンバーの各自がしているように、自らの百科事典(エンサイクロペディア)に書き込んでいたはずだが、だからこそ確認すべき事があった。偲は浮遊しながら飛空艇を見つめる。

 錨を下ろしていない飛空艇は当然のごとく偲が窓から降りた時の位置から離れていっている。これは急がなければと、偲は自らが特定領域内に居なければ使用できない特殊技術の一つ、〈要求(ディマンド)〉を使用する。

 この特殊技術は〈暗示(サジェスチョン)〉を込める事が出来るという利点はあるが、ほぼ〈伝言(メッセージ)〉の魔法と同じ効果を持つ。つまり、遠方にいる人物と話が出来るという事だ。この特殊技術はクールダウンが恐ろしく早く連続的な使用をしないのであればいつでも使えると言ってもいい程で、その為にとりわけ飛空艇内にいる時は仲間との連絡に重宝していた。

 魔法的な糸が繋がったような感覚とともにウルの声が聞こえる。

 「偲、どうした?」

 「ウル、今から飛空艇に探知魔法をかけるから、今攻性防壁が発動しても気にしないでくれ」

 「ん? 攻性防壁の点検でもすんのか? てか、さっきと喋り方違くね」

 「今は色々な物品を点検してるんだ。詳しくはティアマトに聞いておいてくれ。喋り方は……まあ」

 偲は思い出す。ティアマト含む出会った飛空艇のNPCやモンスターの数々の態度を。

 重苦しかったのは当たり前の事と言えるだろう。

 偲の家に毎日来てもらっている家政婦や近所の女性を何となく思いださせる。何かをする度言う度褒め称えられるのはまさにそれだ。

 馬鹿にしているのかと怒り散らしそうになるが、彼らは本気でそれを言っているようなのだ。それに現実世界のおばさん達とは違い、彼らは褒めているのではなく信じている。偲が絶対の主人である事を。変に態度を崩せる訳がない。

 これからある程度飛空艇の中で過ごす日々が続くだろうが、その中で彼らのような忠臣とのみ話していたら確実に重圧が偲を押しつぶす。だから早急にタメ口で話せる関係を作りたかったのだ。

 「オーケー、言い含めておくよ。偲は飛空艇の中に居る訳じゃねえよな?」

 「勿論。今は飛空艇の外の空中に居る。僕への攻撃で飛空艇がダメージを負うことはないだろ」

 「アイアイサー」

 〈要求〉が切れる。

 誰かに──そうだ、ウルズにでもしておこう──〈位置同定(ディサーン・ロケーション)〉を発動する準備をしながらそれと同時に、来るであろう攻性防壁──設定されていたのは偲の記憶では第十位階魔法〈蛆蝿托卵(クリエイト・ネスト)〉と第九位階魔法〈虚偽情報(フォールスデータ)状態(ステイタス)〉だったはず──に対して、召喚されるモンスターへの対策と実験用に魔法を準備する。わざわざ準備するのはモンスターを瞬殺する為だ。実験とはいえ戦闘行為を行う意味は無い。

 これから行うのは情報保護魔法の実験だ。正直言って、この飛空艇に関してこれ程重要な物はない。百科事典にはギルドが調べた様々な職業や種族に関する情報を書いてあるが、当然ながら自分達の取得したクラスが最も詳細に書かれている。もしこれらが漏洩したら完全に弱点を晒してしまう事になるだろう。

 実際、一度そんな事が起きてギルド全員がキャラ構成を完全にやり直さなければならなくなった事がある。あの時は偲のギルドの中で最初で最後の全面戦争になった。

 そんな事を起こさない為にも、この実験は必要という事だ。

 「〈位置同定〉」

 全ての準備が終わって、情報系特殊技術を発動する。この特殊技術も〈要求〉と同じく特定領域内でしか使用できないがクールダウンが早い。

 設定された偽の情報と、そしてそれと共に、飛空艇の攻性防壁が──

 「あれ? 来ない?」

 朝日の見える静かな空中で偲は呟く。どちらかというと機能すると予想していたのだが。

 ギルドメンバーのかけた攻性防壁だからという理由ではない。ユグドラシルならそういった事が起きたのだが、この世界では自らやその味方の使った対敵用の魔法でも効果を受けてしまうのは実証済みだ。

 では──、と考えている間に種族的に特殊技術(スキル)として常備されている〈真実の目(トゥルーシーイング)〉と、それだけでは第九位階魔法の情報系魔法は破れない為に自らに使った第九位階魔法〈上位看破(グレーター・シースルー)〉を適用されている自らの感覚に、身体の異常──虫が身体の中で転げているような──を感知する。

 偲は気づいた。

 「……性格が悪いんだよ」

 勿論、それを設定したのは偲含むギルドの決定だったのだが。

 そういえば、〈蛆蝿托卵〉には魔法遅延をかけるという事だった。つまり、一旦攻性防壁がなかった物と思わせて、油断のした所に、という訳である。

 現に偲はそれに引っかかり、準備を無駄にして〈蛆蝿托卵〉の完全成就をさせてしまった。偲は目を見開く。

 苦しくなり、吐きそうになる。喉にかさかさと何かが蠢く気配を感じたからだ。そして、唇に虫の節足が触れるのが分かり、そして吐き出した。

 偲としてもこれは予想外だったため、口の中にあった感触を消さんと、何度か嗚咽をする。ユグドラシルではこれらは全て演出で、実際の効果はない筈だったが、現実世界ではそうも行かないらしい。当然、ユグドラシルでプレイヤーにショック──それも精神的な──を与えたのは間違いないが。あらゆる戦法がいやらしい事で有名なとあるギルドのホームダンジョンでは、そういったショックを与える目的でこういった魔法や特殊技術を使うNPCが居たらしい。

 そんな事を考えながら偲は目の前のモンスターを見る。まさに巨大な蝿といったような風貌をしたレベル93の虫系モンスター、蝿の王(ベルゼビュート)を。




蝿!
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