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もちろん、対処法はある。が、それはユグドラシルというゲーム内では難しい物だ。
卵時点での蝿の王の全てのステータス値はユグドラシルの中で最も低い。もちろん一分で93レベルにまでなるのだから成長速度は恐ろしく速いが、卵時点で攻撃をしかければ簡単に倒せる。だが、攻撃手段は魔法をかけられた対象に傷をつける事。味方に攻撃が出来ないユグドラシルでは自傷が対価となる魔法や
偲はまるで昔の記憶を辿るかのように蝿の王のデータを思いだす。
卵時点での対処は困難だが成虫の蝿の王もかなり面倒な敵だ。まず自分の特殊技術と魔力が尽きるまでシモベを召喚し、次に指揮官系の特殊技術でシモベを強化。蝿の王へ直接攻撃出来るまでに盾としてのシモベが減れば今度は残存しているシモベを全て食し魔力と特殊技術を回復し、始めからやり直しだ。
少なくとも一人で戦いたい相手ではない。
朝時の紫がかった空に早速溢れんばかりのシモベを召喚しだす蝿の王に、偲は虫系モンスターに有効な炎属性の魔法の中で最高位の物を繰り出す。
「〈
威力にカルマ値を参照する魔法だが、偲のカルマ値であればこの魔法の最大威力を引き出せる。
その筈が──
「倒れていない?」
シモベ位であればこの魔法で一掃出来るはず──と考え、向かってくる小さい蝿の王のような見た目の筈のシモベが通常より赤みがかっている事に気づき、偲は理解した。
蝿の王の指揮官系特殊技術〈
ただ、偲にとって重要なのは蝿の王の行動指針の違いだ。ユグドラシルでは、魔力の残っているこの段階では指揮官系の特殊技術は使わなかったはずだ。それが違うとなると、モンスターも機械的な行動でなく自分の意志があるという事になる。
「面倒だな」
そう言い、偲は対象を自らの指揮下に収める〈
偲は
蝿の王は93レベルにしては魔力が多く素早さが高く、そして魔法防御が少し高い程度の、いわば『行動が少し面倒』というだけだ。
だからこそ、自らの盾たるシモベを生み出さず指揮官としての役割を優先した──ユグドラシルのプログラムと違う判断は逆に言えばありがたかった。ユグドラシルのプログラムはある意味最適化されていたのだろう。その点で、蝿の王は誤った訳だ。
なぜなら──
偲は蝿の王を蹴る。その方向は延焼状態のシモベ達の方向。
偲の記憶にない特殊技術が乗ったのか、予想以上にノックバックした蝿の王は、延焼を受け、その身を神炎によって焦がされる。味方の攻撃が当たるという事はこういう事だ。やっと見る事が出来た神炎の神々しい直撃エフェクトに自らの作戦の成功を快く思いながらも、偲は手を止めない。
「〈
四十個用意されているフィールドエフェクトに似た効果をその中から一つ選び使用出来る第七位階魔法だ。選択したのは
蝿の王の魔力が無くなったようだ。つまり嵐に巻き込まれながらもシモベを召喚しつくしたらしい。おそらく延焼に対する肉壁の目的もあるのだろうが……。と、偲はシモベの数が減少している事にやがて気づき、驚く。
召喚したはずなのにシモベが減少しているのは恐らくシモベを代償に〈蛆蝿托卵〉と同じ行為が出来る同名の特殊技術の結果だろう。だが蝿の王がこれを使う機会は基本的にユグドラシルには無いため偲は忘れていた。その上、偲の感覚にその状態異常を自らがかかった事は感知されない。つまり、その魔法にかけられたのは偲ではなく──
「シモベか!」
味方への攻撃が可能な中でそういった発想を持てなかったのは迂闊と言えるだろう。何故なら特殊技術で召喚された蝿の王は魔法でのそれとは違い、特殊技術の使用者の命令を聞くからだ。
といっても、それは驚異ではない。シモベには大嵐のダメージが持続して与えられているため、蝿の王の卵は破壊されているはずだからだ。それを考えると〈自然淘汰〉を使用する直前に特殊技術の〈蛆蝿托卵〉を発動したのだろうから、忘れていた物を思い出せた事も相まって、偲は幸運だった。
「
それは実験の余地があるだろうが、蝿の王の魔力が無いため、後は蝿の王には指揮官系の特殊技術と魔力と特殊技術を回復する特殊技術〈共食い〉しか無い。ここがチャンスだ。
「〈
魔力だけでなく神話値を消費する事で無効化含むほぼ全ての抵抗を貫通する魔法強化を用い、恐らく延焼をかけられているだろう向かってくるシモベに対しその効果をすり抜けさせる。シモベは一匹残らず一掃された。
そして、自らへの強化魔法を存分に使った後、偲は短剣を抜くと蝿の王へ接近する。魔法防御が高い代わりに全体的に肉弾戦の心ともない蝿の王には接近戦が有効だ。
偲は蝿の王を切り払う。神炎によって残存HPが少なく、一撃だった。
***
ふう、とニグンは息を吐く。ガゼフを殺した後、ガゼフが囮になり逃がそうとした数名の生き残っていた村の住民は全て部下に殲滅させた。これで自らの任務は成功と思えば安堵と達成感の帯びた溜息も出ようものだ。
ニグンは部下に死体の回収を命じようと、息を大きく吸う。が、直後に起きた現象への不信感により、別の発言をした。
「どうしたお前達! 命令外の行動をするな!」
自らの部下達が皆一斉に村のある一点を目指し走っているのだ。陽光聖典隊長である自らの命令を無視する程の、ニグンの気付いていない異常事態? そう考えるも、部下達の顔が否定する。
彼らの顔にあるのは焦燥ではなく歓喜。そして、奇妙な事に彼らは上を向き神への祈りを示し手を組んでいるのだ。法国のため、そして引いては神の為たる我らの工作任務を指揮するニグンの命令を無視しているのにも関わらず。
理解出来ない状況に苛立ち、ニグンは部下達を追いかけた。
***
蝿の王を倒し、飛空艇の情報防御が今でも機能する事に安堵した偲は、飛空艇に戻ろうとする。飛空艇は錨を降ろさないと停止する事が出来ない代わりに動きはかなり速いのだが、偲の高い素早さなら追いつく事は出来る。このまま飛んで行こうと偲が思った時、ふと眼下の光景が目に止まる。
戦闘中に少し移動してしまったのか、いつの間にか下には村があった。それも、戦闘行為により殺されたのだと思われる戦士の死体が数多く残った村が。