偲は眼下の村へ降下する。勿論、〈
村が近づいていく程、戦士達の死体の様子は明らかになっていくようだった。この世界に来てから優れた感覚を持つようになった偲は高層ビルの屋上程の高さからでもその死体の詳細が見て取れる。
その死体の装備は様々で、非常に使い込まれた物なのが装備の能力や特殊技術を使用しない偲の視界でもよく分かった。 全員が屈強な肉体を持ち、そして全員が死んでいた。特に屈強な一人の死体だけが、死んでいるかを入念に確かめられたかのような数々の刺し傷が残っていたが、特別な物はそれだけだ。他の死体は全て、悪平等な″死″が通り過ぎたかのように村の外れの草原に横たわっていた。
彼らが盗賊団のような悪をしでかした者かどうかかも分からない。傭兵のような見た目からしたら仕事に殉じただけかもしれない。もしかしたら自らの存在に気づかれれば偲もそうなるかもしれない。
だが、偲は恐怖も義憤も覚えず──ただ″哀れ″に思った。
だから……先程の戦いで第十位階魔法を多数使用した事による魔力の喪失を頭で感じていながらも、躊躇いもせず、魔法を使った。
第九階位魔法、〈
***
痛みが響いていた。
それが誰の物かも分からない。
誰がそれを与えたのかも分からない。
水面に浮かぶ荒波のように、消えては浮かんでいく。
それをかき分けようとする試みはもうとっくに諦めていた。
浮かび上がり、そこから離脱したいように思えた。
そう思う理由は痛みで、そう思っている者も痛みだった。
痛みは、沈んでいく。
だが、それを
自らを引き上げようとするその手を、痛みはなんて優しいのだろうと考えた。
痛みが願う事を叶えてくれるなんて、なんて慈しみを持った手なのだろう。
自分が選ばれたかのように思えて、痛みはこの手を、尊い物のように思った。この手が汚れるくらいなら、痛みが汚れよう。どうせ、痛みなのだから。
そして──再び、痛みはガゼフ・ストロノーフの形をとる。
***
「何してんだよ」
その声を聞いて、偲は隣にいるウルの存在に気がついた。
ウルは純粋な人間である為、空を飛べない。その為偲の隣に立つことができているのは、飛空艇に備えつけられた小舟に立っているからだ。
飛空艇のギルドホームダンジョンとしての収入源である″略奪″の為のアイテムだが、そういえばこの世界では略奪はどういった扱いなのだろう。そう考えながらウルの質問に偲は答える。
「何って、蘇生だけど?」
「そうじゃねえよ。ティアマトから聞いたぜ? ついでにお前を外に出した事叱られたけど。てめえ、俺達の存在は極力隠すんじゃねえのかよ、秘密の空間から離れやがって。ほら、この世界の住民が駆けてきてるじゃねえか」
見ると、武装を統一した兵士が数多くこちらへと来ている。偲へ向かってきているのは間違いない。
「まあ、仕方ない。弱き者どもを慈しみ、そして哀れみ助けを施すのは私達の──あ」
そこで、偲は自らの異変に気づいた。
口を抑え、自らの言葉を塞ごうとする。そうすれば自らが元に戻るというように。
ウルの訝しげな顔を無視し、偲は思考する。いや、思考するまでもない事の筈が、結論を出したくないが為に、思考という過程で時間を稼いでいるのだ。だが、それも数秒程度の差しか産まない。
現実世界での偲は、先程のような鼻につく偉そうな考えなどしなかった。これが偲の素ではなく、そしてこの世界に来た事による影響なら──。
まるで土が強く押されるかのような音が数多く響く。偲がそちらの方を見ると、復活していた戦士達と、こちらを向かってきていた兵士が草原に並んでいた。それも、膝を付き下を向く、まるで臣下のような姿勢で。
「なんだ……これ」
そうは言うものの、答えは即座に返ってくる。
「そりゃ、お前の特殊技術だろ。ギルドが船に襲ってきた時にお前、使ってたじゃねえか。自分の特殊能力も忘れたのか?」
返答をしたのは、飛空艇の船長──偲のギルドが攻略した飛空艇、その元ダンジョンボスという設定の──ウルだった。
それで偲はその特殊技術を思いだす。自らの物覚えの悪さに呆れそうになったが、まあ仕方ないかと思い直す。それは特定レベル以下のモンスターが自らに敵対行動を取る事が出来なくなるという、モンスターを無視する為の便利系パッシブ特殊技術でしかないのだから。
「〈信仰のオーラ〉か。戦士の皆さんは〈
〈信仰のオーラ〉は最上位の〈信仰のオーラⅤ〉なら偲が最大限特殊技術の強化をすれば100レベルの悪系種族でさえ精神系バッドステータスを与える事もできる
「この兵士達は30レベル以下、か」
「らしいな」
偲は100レベルどころか予想より低い事に安堵する。いや、ここは聞いておくべきだろう。
「君たちはこの世界ではどれくらいの強さなのかな?」
「はっ! ドラゴンのようなモンスターや生まれもった能力を持つ亜人種等の例外はございますが、周辺国家の人間種では高位の戦闘力を有していると自負しております。ですが勿論、天使の中でも最高位に属していらっしゃいます貴方様には叶うべくもございません!」
命令にも従う。どうやら25レベル以下であるようだ。といっても、偲はそれを気に留める余裕は無かった。
というのも。
「なんで僕の種族がバレてんだよ」
「さあ?」
〈信仰のオーラ〉は、あるレベルより下のモンスターの自らへの敵対を不可能にするが、ボーダーラインのレベルよりもさらに5レベル以上低いのであれば別のプレイヤーのシモベでない時には何の抵抗もなく自らのシモベとする事が出来る。逆にボーダーラインのレベルより高くとも、5レベル以内の差であるのならバッドステータスを与えられる。
もしかしたらシモベには主の記憶が一部あるのかも知れない、召喚したモンスターにわざわざ事情を全て説明するのも馬鹿らしい事だろうから。これも実験だろう。
偲は戦士達の方へ目を向ける。
「じゃあ……君たちは?」
「はっ。私どもも周辺諸国の人間では強者であると思われます。先程情けない姿を晒してしまったのは我らの得意な近接戦を防がれながらの戦いであったからである為、私どもの力の無さを示す物ではないと愚行します」
うーん、と偲は悩む。
戦士達の場合は、自らの復活させた相手へバフを与え、自らの精神的バフの影響を高める、死亡したプレイヤーへの戦線復帰用特殊技術〈救世主〉がある。この場合、精神的バフと判定される〈信仰のオーラ〉に対するブーストがかかっている為、レベル考察がしづらい。だがどちらにせよ、彼ら程度が強者であるのは間違いないようだ。
「ありがとう、じゃあ……うん、どうしようかな」
「その前に偲、あの男はどうするんだ?」
「ん? ああ」
***
ニグンは目の前の光景を信じる事が出来なかった。
ニグンの見上げる空に居座るのは二人の男。
一人は空飛ぶ小舟に乗り、鮮血に似たその髪の色とその緑に輝く眼球が荒々しい気配を漂わせている赤髪の男だ。そしてもう一人──
赤髪の装備と純粋な能力は両方とも英雄級とさえ目される筈のニグンよりも優れているように思えたが、その男……少年と比べれば全く及ばないように思えた。
『それ』は、珍しい南方系の、濡れたような黒髪の少年のようにニグンには見えた。意味のとれない文字が所々に書かれたその身に纏う布鎧の白銀の生地は、見たところ、ニグンが見た全ての物より……いや、今までに見た全ての物の価値を足し合わせてさえ届かない程までに価値が高い。
実力も得体が知れないという言葉がよく似合う。戦闘能力の強さというのは往々にして強き者によって感知される物だが、少年の姿にはそれが無いのだ。それだけならまだ良い筈だが、相反して少年の姿が行う一挙一動作は熟練の戦士のようなそれ。
そして何より奇妙なのは自らの部下と、恐らくそれに蘇生させられたのだと思われるガゼフ・ストロノーフのその部下が、それを天使として崇めているという事だ。
もしそれが事実だとしたら、ニグンがそれを崇める事もなく天使だと思えさえしないのは何故だろう。
それは──、と考えてニグンは顔を青くする。自らの信仰が足りなかったのではないかと思ってしまった為だ。
自らの信仰が不十分であり、部下の方が敬虔な神の下僕である。それを否定する根拠がどこにあるだろうか。
ニグンは首を振ってその考えを振り払う。そんな筈がない。これまで六大神の為に様々な亜人を殲滅した。そのような事があるはずがない。
だとすると、まさか少年の姿をとったそれは神と同格の存在ではないだろうか。それらの存在が彼らに精神支配をかけているのならばニグンだけが正常であるのも理解できる。
神と同格の存在として大陸では三つの例が上げられる。六百年前に現れた六大神、五百年前の八欲王、そして百年前の。
「あの男はどうするんだ?」
「ん? ああ」
気づかれていたようだ。
ニグンは緊張に懐のそれを強く握りしめながら、だが情報を手に入れる為その存在の元へ歩き出した。
ちなみに現地人の強さは原作より強く設定してあります