オーバーロードナイトスター   作:曳航彼

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天使

 

 こちらへの従属を示さない。こいつは30レベル以上? ユグドラシルと信仰のオーラの効果が全然違うから、レベルが分かりにくいな。

 そんな意味の分からない呟きをする少年の姿をとったそれに対しニグンは歩む。

 「君達と同じ服着てるけど彼は何者?」

 「はっ。我々の指揮官だった男、陽光聖典隊長ニグンでございます」

 部下である副隊長がニグンの立場を過去形で語る。いや、事実その通りなのかもしれない。部下の全てを掌握された今、隊長という立場に中身などあるものか。

 それは副隊長への質問を続けた。

 「ん、聖典? 君達は聖職者なのかい?」

 「ええ、スレイン法国における六つの聖典は全て貴方様、そして引いては神の従順なる下僕でございます」

 ふーん、じゃあさっきの想定よりレベルが高いのかも知れないのかな。

 そうそれが呟くのに続けるように、副隊長が倒れる。

 その現象に対しニグンに疑問は無い。精神支配などによる情報漏洩に対し対策がされているのは当然の事だ。これまでの何度かの質問が引き金となり、副隊長は死んだのだろう。

 だが、では自らが原因となった、自らを天使と崇める人物の死亡に、それはどのような反応を示すのか。

 「ん? え、死んだ……。なんで? 即死魔法?」

 「情報関連の魔法なんじゃねーの」

 「口封じって事? あー、ユグドラシルに無い魔法もあるのか。なら仕方ない。〈下等生物排除〉があるから、カルマ値は下がらない筈だし」

 ……何とも思わない。

 副隊長の死はそれに何の影響も及ぼさなかった。どころかそれは、副隊長の事を下等生物とまで呼んでいる。

 今ここにニグンは理解した。この存在は天使などではない。魔神か、それ以上の存在。もし天使だったとしても、やつは人間の守護を標榜するスレイン法国の敵。

 それに呼ばれ、ニグンは警戒に足を止める。

 「えー、ニグンさん?」

 「ああ、私こそがニグンだ。貴殿の名前は?」

 「名前は偲です。あ、一応ですけど、ぼくに精神支配されてたりする訳じゃないですよね?」

 偲。聞かない名だ。魔神は命名法も違うというのか。

 偲の質問にどう答えた方かいいか、ニグンは計算する。恭順を演じ、偲の傘下に入れば現在の命は守る事が出来るかもしれない。が、嘘が露見した場合の事もあるし、それにこれ程の存在をスレイン法国に知らせない訳はいかない。

 迷った末に、ニグンは小さく「いや」と答えた。

 「それは良かった。僕はこの世界に来たばかりでして、始めた会った人間が精神支配された奴ばかりじゃだめだなと思っていたんですよ。だからニグンさん、僕はあなたと友好的に渡り合いたいと思っている」

 直接ではないにしろ目の前で部下を殺しておいて何を言っている。

 「僕はまだこの世界の事がよく分かっていないんです。だから教えて欲しいと思うんだけど……いいですか?」

 「断る」

 ニグンはその提案を一蹴する。

 この存在に情報を渡す事が下策であると判断した為だ。

 目を見開き「貴殿とか言ってるから仲良くできると思ったんだけど」と呟く偲にニグンは鼻で笑う。

 誰が魔神となど仲良くする物か、と。

 ニグンはその行動に殺気をあげる偲の下僕と化した自らの部下へと、声を張り上げた。

 「お前達、冷静になれ、この存在は天使などではない、魔神だ! 法国への忠誠を忘れたか!」

 だが、部下達に反応はない。殺気をさらに強めるだけだ。

 ニグンは舌打ちする。やはり精神支配を受けている。部下の精神支配を治す為の手段をニグンは持っていたが、その手段は既に試し、失敗していた。考えられる理由は一つ。術者の差が開いている為だ。確実に目の前のそれが自らよりはるかに強大である事が実感させられ、ニグンは汗を流す。

 そして、これからの展開を思考する。ニグンは敵対する意思を示してしまった。後戻りは出来ない。

 「えーと、僕は死んだ人の言った通り天使で、神じゃないんだけど……正確に言うなら……あー、僕の種族は略さないと言いにくいんで、熾天使(セラフィム)と呼んでくれても結構ですよ。で、えー、再交渉させてもらえないでしょうか?」

 「断る、監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

 自らの生まれながらの異能(タレント)によって強化された、守りに特化した天使を召喚し、偲にけしかける。

 視認する自軍の防衛能力を上昇させる特殊技術を考えればそれは愚策だったが、その程度の能力上昇など目の前の存在には意味がないと見ての行動だった。狙いは自らの懐にあるアイテムを利用する為の時間稼ぎ。

 そう、魔封じの水晶による、最高位天使の召喚だ。

 「困ったな、攻撃されると防ぐしかないじゃないか」と困ったように言って、一度の蹴りだけで消失させられる権天使を横目に、ニグンはクリスタルに封印されていた第七階位魔法により、最高位天使を召喚した。

 「いでよ、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 召喚した天使の威光にニグンは安堵しかけたが、その安堵に自ら自身の思考が冷水をかける。

 というのは──

 「ひゃははは! こんなので勝てるとでも思ってんのか? いいね、最高!」

 「止めろよ、ウル。多分この世界じゃ主天使は強い方なんだろ。……まあ、さっき熾天使って言ったのが聞こえなかったのか、とは思うけど」

 そう。

 ニグンは熾天使という言葉を知らなかった。だが、副隊長が言った通りに、最高位天使というものが魔神にまで勝利したとも語られる主天使(ドミニオン)ではなく、熾天使(セラフィム)なるものだという事は……。

 ──目の前の存在は魔神より上、神と呼ばれるべき存在だ。

 ニグンがそのような相手に勝利する可能性はない。

 いや、まだ分からないじゃないか──。

 「〈善なる極撃(ホーリースマイト)〉を──」

 だが、相手には一度だけでも攻撃を受けてくれるような慈悲はなかった。

 「『神々の小剣』」

 布鎧の腰部分に差している、価値が一切計り知れない数多の剣の中から一本、白い、渦を巻いたような形状の短剣を取り出し、主天使へと投げる。それが刺さる事で、聖なる光を伴った衝撃によろめく主天使は、だが先程の権天使のように一撃で消失はしない。が、それは安堵するには早かった。

 「跪け」

 偲の言葉に主天使は忠義の姿勢を見せる。

 「ん、ある程度の聖属性ダメージを与えれば他人のシモベも掌握できるのはユグドラシルのままなのか」

 「なんで主天使にその特殊技術(スキル)が効いているんだ? 30レベル程度じゃねえだろ、こいつ」

 「ああ、善系種族にボーナスがあるんだよ〈信仰のオーラ〉。〈信仰のオーラⅡ〉で天使が対象なら、55レベルでも効果があった筈だ。逆に悪魔とかならマイナスなんだけど」

 「ほーん」

 手を翳し、短剣を自らの手元に帰還させながらの偲の発言を、ニグンは聞き取る事が出来なかった。いや、それも当然だろう。自らの切り札、いや、スレイン法国の切り札すら容易くねじ伏せる存在を前にしては。

 「さて、主天使はこっちにつかせたし、次は何をするのかな、ニグンさん」

 無垢な、実験体(モルモット)を観察している好奇心に満ちた研究者のような声音に吐き気を覚える。

 これだけ力を見せつけられれば理解できた。偲は超高位の天使であり、魔神どころか神々に匹敵し、そしてスレイン法国の敵であるのだ。

 自らの前にこれほど強大な敵が居る事に絶望する。

 部下を妬ましく思った。精神支配をされさえすれば、こんな絶望もする事なく簡単に楽になれただろうから。

 ニグンは振り返り、逃亡する。走った先がどこへ行き着くのかも知らずに。逃げる事が不可能な事は知っておきながら。

 「なんだ、もう何もないのかな。じゃあ威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)と陽光聖典の人達、ニグンさんを捕まえてくれ」

 それからニグンが捕まえられるまで、一分もかからなかった。

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