オーバーロードナイトスター   作:曳航彼

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ワールドサーチャーズ

 飛空艇にある理科室の、その出口たる扉を閉め、偲は先程行った作業の結果を考察する。

 陽光聖典の副隊長だった死体の検分は終わった。どうやら副隊長の死亡は魔法によって前もって設定された物らしく、おそらくこれらの魔法を防ぐには高位階の信仰系魔法が必要だろう。

 ユグドラシルと比べかなり平均レベルが低いらしいこの世界の住民では、九位階の魔法なんて使えないだろうし、十分な情報も得られずみすみす捕虜を殺してしまうに違いない。それ程に巧妙な魔法的仕掛けがなされていたという事だ。

 興味が尽きない。ユグドラシルと違い、魔法が厳密なシステムによって縛られないこの世界では、どのような魔法技術が展開されているのだろう?

 聖典隊員にちょっとしたそれらの話は聞いている為に、なおさら好奇心が疼いた。

 第0位階魔法に、武技に、生まれながらの異能……。

  だが、そういった楽しい事の前に、偲にはやる事があった。

 溜息をつく。

 廊下を歩いた末に辿り着いた扉を偲は開ける。

 操舵室に居るのはウルと、そしてパーカーを着た女性だ。

 日本人的な幼げな顔に貼り付けられているのは、夜の海を思わせる、黒と見紛う程まで濃い群青の髪と、波から浮き立った泡を思わせる白い瞳。黄緑色のパーカーから出る右手の先は青い粘液と化している。

 そして、ティアマト副船長は笑顔をたたえていた。それが偲には恐ろしい。

 ニグンを捕らえ、戦士隊を王国に戻した後。最初にあったイベントが彼女の叱責だった。

 ティアマトに叱られた、というウルが言った言葉の意味を偲は深く考えていなかったが、その為にツケを支払う事になったということだ。それらの叱責は偲の身を案じる物──曰く、未知の世界で不用意に動くな、曰く、我々の復活が可能かどうか確かめられてすらいないのに、死んでしまったらどうするのか、など──であった為に、反論も許されない。おそらく一種の拷問だろう。

 NPCの忠誠は大体が過激だが、ティアマトは特にその傾向が強いように感じる。おそらく、設定の、『主君の為ならば諫言までする武士めいた性格』という記述から来たものだろうが……。

 「偲様。聖典はいかが致しますか?」

 「あ、ああ。えっと、後で僕が〈上位状態回復(グレーター・ステータスリカバー)〉をかけておきますから、聖典に所属する隊長以外の人員には再度情報収集をして下さい。それが終わったら、どれくらいの時間制限でシモベとして働いてくれるか調査をして、僕に報告を。一ヶ月シモベの状態が続くようであれば、効果は永続と見て船員としての運用をする手筈なので、それまでは船員になる訓練をさせておいてください」

 「かしこまりました」

 「あと、隊長だから知り得る情報はある程度得られたので、ニグンさんは逃がしていいですよ」

 了承の意味をこめ、ティアマトが臣下の礼をとる。

 偲は引きつりそうな顔を苦労して留めた。

 この世界に来てから一週間程が経過していたが、やはり彼らの従属具合は反応に困る。

 「ですが、偲様に報告をしろというのは、どういう事でしょうか? 偲様自らが実験はなさらないと?」

 ティアマトの言葉は、実験などシモベに任せずに自分でやれ、といった要求を暗に示す物ではない。

 このギルドの性格的に、実験とはギルドメンバー自らで行い、未知の発見を近くで楽しむ物だ。その為、ギルド長である偲が自ら実験をしないという事は、このギルドがどういう物か把握しているらしいNPCにとって驚くべき事なようだった。

 実際、偲もそうしたい所ではあるのだが、やむを得ない事情があった。単純に偲は実験の際、その場にはいないのだ。

 偲は少し躊躇いながらも、その事情を口にする。

 「えっと、僕はしばらくこの船には居ません。王国に行きたいので」

 空気が変わった。

 ピリピリした空気にウルがびくりと反応したように見えたのは彼のキャラクター的に気のせいだろうが、少なくとも偲は現在、かなり緊張している。続くティアマトの叱責を警戒して。

 そしてそれは来た。

 「偲様! 御身を大切にして下さいと何度も言ったつもりでございますが、繰り返させるおつもりですか! 聖典によりこの世界の情報は多数入手できましたが、それでも下界に危険がある可能性は排除出来ていません! それに、もう少し情報を得てからで良いではありませんか。どうか御心変わりを!」

 偲は口角を上げる。余りに震えたそれは苦笑いとは言いがたかったが。

 「だめですかね?」

 「だめです。いくら主君たる偲様の意に背こうとも私は偲様の命を重視させていただきます」

 鉄壁を思わせる口調には思わず背筋を正しそうになる。

 だが、勇敢にも偲は抗弁を続けた。

 「えー、ティアマトはつまり僕が攻撃を受ける事を危険視しているんですよね? じゃあ、探索にはウルをつけます。これなら問題ないでしょ?」

 オーディンにウルド、スクルド、ヴェルザンディの三姉妹や、ティアマト副船長とグライア兄妹を含めるギルド内の100レベルNPCはどれも外界での運用が困難だからこその人選だ。

 ウルは元ボスなだけあって50レベルにしてはある程度の戦闘力──具体的に言えば100レベルに近づけるだけの能力を持っているから、この世界では充分護衛として機能するだろう。

 その考えが不用心なのだと言わんばかりにティアマトは粘液の手をうねらせるが、そこでは譲歩してくれるようだった。といっても、戦闘以外の面で食い下がってはくるのだが。

 「ですが、我々は外界の貨幣は持って──」

 「聖典隊員の所持金がある。それに、黄衣(イエロークローズ)も連れてくので、彼に商人として活動してもらえば稼げると思いますよ」

 「ですが──」

 「それに」

 なお食い下がろうとするティアマトに対し偲は切り札を切る。

 それは、聖典を捕らえ船に戻った時、ちょっとした言い訳のつもりが、ティアマトが叱責を渋々ながらも止めた事でNPCに対し有効らしいと発覚した台詞だ。

 「ティアマト、我がギルド──ワールドサーチャーズの目的は未知を知る事だ。目の前に未知があるならば行かなくてはならない」

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