ホロのまったり日常   作:maximum

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【番外編】私の色は

「──です。そのため、こちらのスライドをご覧いただくと──」

 

 

 プロジェクターから吐き出される光が文字や表を描く。ただそれだけで見るからに高そうなスーツで着飾った観客はマヌケな声を晒し、目を見開く。私─風真いろはにはまるで楔形文字に見えるこれも、この人たちにはまるでガチャのSSRキャラのように映るらしい。これは、その大層魅力的なスライドを作り、たった今舞台で全ての視線を釘付けにしている彼の例えであった。

 

 

「素人質問で申し訳ないのですが、それは──」

 

「ええ、その通りです。なので──」

 

 

 holoX(うち)の博衣こよりが未だに聞きたくないとボヤいている枕詞にも臆することなく、スラスラと答えていく。そんな彼が着ているのもまた、この場にふさわしい仕立てのスーツであり、彼の液体金属技術とこよりの技術をハイブリッドした唯一無二のものだ。その見た目に反して防御性能はずば抜けており、今発表されているものより優れたものを身につけているとは、オーディエンスは思いもしてないだろう。

 

 

(まあ、当然だよね。あんなことがあったし)

 

 

 いろはは右の横腹を左手で撫でる。それはとある日から身についた癖であった。愛おしげに指を滑らせたかと思えば、病巣を抉り出すかのように爪を立て、また撫でる。

 いろははその手に一切の注意を向けることなく、意味不明な言葉を交わす人々を視ている。用心棒として生きてきたこの体に染み付いた技術はそうそう抜け落ちない。

 

 

「──以上です。ご清聴ありがとうございました」

 

 

 乾いた手の鳴る音と共に彼が頭を下げた。天才で秀才な頭脳どもに盛大に見送られた彼は控え室へ戻り、いろはもその後を追った。多くの視線から解放されたことに安心したのか、彼は近くのパイプ椅子にどかりと座り、力が抜けてふにゃふにゃになってきた。

 

 

「お疲れ様でした、見事な発表でした」

 

 

 どう見ても疲れているとわかる彼に1番にすり寄った女は、水が入ったコップを彼に手渡した。よく冷えた中身を堪能して深呼吸する彼に、他のスタッフも群がり始めて気分が悪い。

 

 

(そんな仕事ぐらい、私だって)

 

 

 冷たい飲料を好み、公の場で全力を尽くし、終われば隠しきれないほどの疲労を溜める。こんなこと、彼と共にいればすぐわかる。すぐ対処できる。こんな奴らも、我先にと動いた女─マネージャーも、要らない。

 マネージャーさんの仕事を盗ってはいけないよ、と何度も言われた。彼からだけでなく、holoXの仲間からも。前者は困ったような笑顔を浮かべ、後者は顔を顰めていたか。

 彼が偉業を果たし、その名を轟かせていく度に、使う施設はより大きく、スタッフの数はより多く、マネージャーとの距離はより近くなっている。そりゃ、何度も正念場を共に超えたなら絆ぐらい芽生えるだろう。信頼だって。人ができている彼は色んな人を引き付けて離さない。そんなこともいろはは知っている。彼が人気になる─いや、彼に群がられる前に。

 

 

(ああいけない、今日は気持ちが抑えられない)

 

 

 彼を囲んでいる人の全てが下心ありきでは無いだろう。調べた結果、白だと分かっている人もいる。が、人というのはなかなか強欲で、どうしてもいい気分を味わいたくなるのだ。現に彼の障害となる─実際は可能性の話であり、まだ芽は出ていなかった─者達は何度か現れ、その都度対処してきた。この飽き飽きする作業を繰り返した結果、彼の周りにいる人を信じられなくなった。彼の財にあやかろうとする奴、彼のコネクションが欲しい奴、そして─彼が、欲しい奴。

 いろはの左手はいつの間にか手骨が浮かぶ程握られていた。利き手である右の手をフリーにしているのは警護として雇われたが故の最後のプライドだったが、用心棒としては失格であろう。この程度で遅れをとるからという訳ではなく、感情を─自我を出す意識の低さが原因で。

 

 

「主殿。そろそろ……」

 

 

「ああ、もうそんな時間か。すまない皆、私は先に帰らせてもらうよ」

 

 

 いろはの頭の中で、寸分のズレもない体内時計が引き上げ時だと叫んでいた。決して我慢できなくなったからではない。冷静になったつもりのいろはは彼に近づき、この場からの撤退を示唆した。ゴテゴテとした腕時計を見た彼は周りと軽く挨拶を交わすと荷物を纏め、煌びやかな笑顔に見送られながら退室した。いろはも、数歩分離れて彼についていった。

 部屋から出て迎えの車にたどり着くまで、二人の間に会話は無い。当然だ。この場にいるのは素晴らしい成果を残した男とその雇われの用心棒だから。holoXの手の者が待機している車の後部座席に2人とも乗り込み、バタリと音を立てて扉が閉められた。

 

 

「主殿、お疲れ様でござる」

 

 

「労いありがとう。もう肩が凝って仕方が無いよ……」

 

 

 ぐっと背筋を伸ばし、首や肩を回して凝りから解放されていく彼と、左隣に座って微笑みながら労ういろは。仲間しかいない空間になって、ようやくただの友人として振る舞えるようになった。

 

 

「いろはもご苦労さま。いつも大変だろ? 意味もわからないスピーチ聞きながら集中し続けるなんてさ」

 

 

「なんのこれしき! 風真はつよつよ侍でござるからね〜」

 

 

 いつも通りのにこやかな彼の顔を見て、いろははいつもの言葉を口にする。先程あれだけ嫉妬していたのは、鬱屈していたのは、果たして誰であったか。大して強くないくせに──耐えられない、くせに。

 

 

「……いろは?」

 

 

「ッ、どうしたでござるか? 風真の顔に何か付いてる?」

 

 

 いろはは声をかけられて初めて、その眼が濡れていたことに気付いた。大丈夫、まだ零れてない。

 

 

(泣くな)

 

 

 護衛なんて、誰でもいい。彼の友人には武に長けたものが沢山いる。人間じゃない、生まれながら能力が高い者だって。そんな中、彼はわざわざいろはを選び続けている。それは彼が何よりもいろはを──

 

 

「お腹の傷がまだ痛むか? もしつらいなら博衣さんに」

 

 

「もうへーきでござる。ちゃんと塞がってるの見たでしょ?」

 

 

 心配しているから。恋慕ではなく、罪悪感。

 忌々しいテロリストの残党が彼の家を襲撃した時に負った傷は、この腹に跡を残した。どこまでも、どこまでも忌々しい存在だ。いろはの優秀な仲間たちの迅速な対応によって今は健康体そのものだが、その傷跡は消えなかった。今でもずっと恨んでいる。未熟な心の持ち主の身体は、傷ものにされて更に価値を落とした。

 

 

「なんなら、また見てみる? 前と変わらないと思うでござるが」

 

 

「あー、いや、結構だ。不都合がないならそれでいいんだ」

 

 

 彼は困ったような笑顔を浮かべていろはの申し出をやんわりと断った。以前はこのやり取りで耳が赤くなっていたが、もう慣れてしまったのだろうか。やはりこの身体では足りない。いや、身体だけじゃない。身も心も、全てが不足している。

 彼の掌にはたくさんのものがある。もうこれ以上何も掴めないくらいに、彼はたくさんの功績と縁を手にした。それでも彼はまだ欲している。自分の限界を知りたいと、彼の専門における未知の領域へ日々足を踏み入れている。あの悲劇から良縁の大切さをより噛み締め、仲間たちとの仲をより深く育んでいる。そして、新しい縁も。

 

 

「それで? 次のおデートのご予定はいつになるでござるか?」

 

 

「何その言い方……なかなか予定が合わなくてな、来月の頭にできればいいんだが」

 

 

 スマホで予定を確認している彼の姿は実に楽しそうだ。会えない間に愛は育まれるという言葉は本当らしい。彼もお相手も、色んな仕事に引っ張りだこな著名人でスーパースターなのだ。彼のネックレスがキラリと青く光り、それがいろはにはとても眩しかった。

 

 

「そのアクセ、いつ見ても綺麗でござるね」

 

 

「だろ? まだ着せられてる感が拭えないのが悲しいんだけどな」

 

 

「もう充分似合う男になっているでござるよ、胸を張るでござる」

 

 

 ありがとう、と彼はほんのり顔を赤らめた。こんな顔を見せるのは研究成果を褒めた時と、このネックレスを渡した女の話題の時だけになった。

 

 

(……ずるい。ずるいずるいずるい……ずる、い……)

 

 

 彼とその女の距離はいつの間にか縮んでいた。過去にライブに招待されたそうだが、その時に何かあったのだろうか。同じ屋根の下で暮らしたいろはよりも後出しの女の方が近くなっているのか。そんなの許せない。許すわけにはいかない。そう思っていたかった。

 

 

『星街さんと付き合った。いろはにはちゃんと伝えたくてな……刺さないでよ?』

 

 

(なんで、よりによって……)

 

 

 星街すいせい。その歌声で老若男女を魅了した女。どこまでも自己研鑽を積み重ね、その魅力が増していくスーパースター。風真いろはの、推し。彼の隣に立ったのは、いろはが尊さを覚え、誰よりも素敵な女だと思える存在だった。

 いろははまた右脇腹に手を這う。あの時の腹の痛みを呼び起こせば、この胸の痛みは霞んでくれるだろうか。この想いを零れ落としてしまうだろうか。

 苦痛に悶えていると、いろはは視界の端で男の瞳が閉じられかけているのを見た。

 

 

「眠い? 目的地まではまだ遠いし、疲れも溜まってるだろうからひと休みすることをお勧めするでござるよ」

 

 

「そうか、ならお言葉に甘えようかな……着いたら教えてくれ」

 

 

「うん、おやすみなさい」

 

 

 そのまま彼は窓にもたれかかるように寝てしまった。すぐにゆったりとした寝息が聞こえてきたあたり、彼の体には想像以上に疲れがしがみついていたらしい。念のため、いろはは周りに潜伏している部下に警戒レベルを上げるように連絡した。

 

 

(それにしても、こんなにぐっすり……風真は護衛として居るから仕方ないんだけどさぁ)

 

 

 あっさりと無警戒な姿を晒されると護衛と女の板挟みで複雑な気分だ。後部座席特有の人がギリギリ入れない空白、それが今のいろはと彼の距離のように思えた。信頼があって、相手に身を預けることが出来て、でも体温をわけられない、世界で1番頭を悩ませる間隔だった。こんな時取るべき誤った手段は、いつもいろはの手にあった。

 

 

(ごめんなさい)

 

 

 くしゃり、とワイシャツにシワが走る。何度目かも、誰に向けてかも分からない謝罪は、彼の腰に左腕を回したことによるものだった。そのままゆっくり腕を引いて、彼の頭を右手で支えながらそっといろはの太ももの上にのせた。人の魂の重さは21gと言われるが、人を裏切る罪科は人の頭ぐらいなのだろうか。

 

 

「ああ……あるじ殿、あるじどのぉ」

 

 

 もう決して私の色に染まらないあなたは、今何を夢見ていますか。彼に魅せられたタンザナイトは、今何を考えていますか。どこまでも罪を重ねている私は、今何を穢していますか。

 どの問いにも答えられず、いろはの右手は彼の頭から離れることはなかった。手のひらに感じる熱をこそぎ取って、絡みつかせるように、染み込ませるように愛でていた。

 

 

(あなたの隣に立ちたいとは言わない。あなたから奪いたいとは思わない)

 

 

 それでも、透き通る青に汚い浅葱色を混ぜたいと願うのは、私の愚かさなのでしょうか。

 ただいつまでも使われたいという夢幻に従うまま、いろはは彼の頭を撫で続けた。




初めてエキスポに参加しました。とても楽しかったです。
来年は誰かと一緒に行きたい。

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