Fate/Legend order   作:KATfish-deg

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「第六王朝ウルク」~ギルガメッシュの娘~

 

彼は俗に言う天才だった。人智を超えた知能にヘラクレスもかくやというほどの身体能力。神も己の容貌を恥じ入るような完璧な美貌に、筋肉が調和した伸びやかな肢体。

 

生まれた時から全てを与えられた。

生まれた時から全てを奪われた。

 

好奇心が人間を生かすと言うなら彼は生まれた時から死んでいる。

あるのは生きた屍だ。

 

同じ目をした者たちに会ったことがある。

しかし、彼らでさえ己の達する領域にたつことはなかった。

一目でそれがわかった。

同士であろうとも、決して同胞にはなりえなかった。

 

領域外の獣である彼に、理解者はいなかった。

 

「貴方にとって私はどのように見えているのでしょうね。」

 

そんな風に言ったのは果たして誰であったか。

誰よりも死の匂いを被る藤色の双眸をしたロシア人の破壊主義者か、

研究基質のアルビノの蒐集家か、

はたまた清くクリーンな自殺をモットーにする探偵社の鬼才か。

 

彼のすこぶる優秀な脳はそれを記憶していないはずないのにどうにも思い出せない。いや、思い出す気がないのか。

 

彼にとっての最大の不幸は彼が人間の感性を持っていたことに起因する。絶望も希望も全て感じる心が感性があればこそ。なればこそ、只人の感性は消耗する。

 

彼は愛を知らぬ獣であった。

 

獣はいつしか病に伏した。

それは今の技術で治せないものだった。

彼の頭脳を持ってすればな完治もしたかもしれない。

けれど延命も研究もしようとは思わなかった。

生に飽きたからだ。

心は擦り減り、限界だった。

だから、眠りに落ちるより早く、彼の魂は世界からこぼれ落ちていった。

 

 

彼は、死んだ。

 

「そうか、逝ったか」

 

「寂しくなりますね。私が孤独だとしたら彼は理の外にいる獣でした。死さえ彼の救いにはならないでしょう」

 

「病で急死…か。治せるものを治さなかったのか、あれは」

 

「いいえ。彼の知啓を持ってしても不可能だったでしょう。そういう病です」

 

「何?」

 

「退屈ですよ。退屈が彼を殺したんです」

 

 

「君が自殺をするなんて、思いもしなかったよ、××」

 

 

 

***********

 

 

 

 

 

「自分を憐れむな 自分を憐れめば 人生は終わりなき悪夢だよ」や、「人を救う側になれ。どちらも同じなら佳い人になれ。その方が幾分かは素敵だ」だとか「2度目はなくってよ!」でお馴染みの文豪が異能力で無双する物騒な横浜に生まれ変わったと思っていたら死んでいた。

どうやら組合と探偵社の抗争に巻き込まれた、という訳でもなく。

お馴染みのロシア人の死の鼠に殺された、という訳でもなく。

普通に精神的に衰弱して自殺した。

 

まぁそれもそうだよな、思う。

 

1番最初の記憶だと、己はただのオタクであった。

そこそこの学歴、そこそこの会社に恵まれた凡人中の凡人であった。それがトラ転したかと思うと迷子犬(ストレイトドックス)が主役の異能力バトル世界に産まれたのである。

何番煎じなのかと思うような転生だと思うかもしれないが、現実はそうはいかない。当時私は襲いかかってくるトラックによる死に混乱、生まれ変わった途端死の恐怖により発狂した。

 

ヨコハマ。

ポートマフィア。

文豪。

異能力。

武装探偵社。

 

自分はこの世界の未来を知っている。

そして、私は文豪と同じ名を持っている。

 

絶望と、悲しみと、狂気が混ざりあって、私は情緒不安定になった。

 

もっと、生きていたかった。

生まれたくなかった。

親を親と認めたくなかった。

 

車を見れば泣き喚き、何も無くとも泣き喚く。

かといったら無表情で空中を見て、ぼうっとし、自分たちに一切懐かないような赤ん坊に親が育児ノイローゼになるのに時間はかからなかった。流れるニュースや親のする会話を完璧に理解しているような自分を気味悪がっていたのかもしれない。加えて性別が女から男に変わっていたことにも己の歪さに拍車をかけた。玩具の車や戦隊モノアニメに見向きもせず初めて話した時の一人称が私であったときの母の顔と言ったら!

 

 

半狂乱と手負いの動物のような感覚の間を行き来し、ようやく物語の世界に転生したことを受け入れたときにはスラム街に棄てられていた。

しょうがない、と思った。その時には全て諦めていた。深い諦観と絶望が己を支配していた。

 

どこまで行っても自分はこの世界に存在すべきではない人間に違いない。

 

正気を取り戻せども幽鬼のような己はいつしかスラムの中でもとびきり危険な人間達に目をつけられてこき使われるようになった。

 

死にたい。

死にたい。

死ぬのが怖い。

生きていたくない。

 

後に出会うことになる某自殺志願者(この世界のキーパーソン)のようになっているのに気づいたのはいつだったか。首を吊ろうとしたら天井が腐り落ち、ナイフで頸動脈をかき切ろうとするとどういう訳か刃先が鈍(鈍)になっていた。

 

自殺を繰り返す己を見て、その異常性に彼らは気づいたようだった。

 

この玩具は、道具は、決して死なない。

 

そこから地獄がはじまった。

昼間は人を殺し、夜は慰み者として戯れに殴られ蹴られ犯される。

家畜のように扱われ、罵られた。

否、家畜以下のゴミクズだった。彼らにとって己は。

成人した記憶をもっていても心は凡人。いつしか心は廃れていった。

 

こき使われ働き、段々と己の価値を見失っていった。

今世での救いは自分が男だということだ。あの男たちが避妊なんてしてくれるはずがない。

眠ろうとしたら悪夢に叩き起され、殺しに心を削られる日々。

 

そんな生活を送っていたら限界が来たのか倒れ、またゴミ捨て場に捨てられた。そしてその時だった。異能力が開花したのは。

 

異能力「創世記」

 

効果は全知全能。

無から有を生み出し有を無に消滅させる。

 

そんな人の身に余るような力に精神は再びキャパオーバーを起こした。

 

そして目が覚めた時、世界が一変していた。

自分は理からはじき出されたのだ、と理解した。

 

人の行動は全て計算できることを知った。

己の感情の発露が完璧に異能力にコントロールされていることが分かった。

人の生死に干渉できるようになった。

 

なんでもできるようになった。

 

私は全てを知っている。

最も人から遠い化け物になったのだ。

 

前世、創世記を記したものは後世に伝わっておらず、まさに親に愛されなかった捨て子(名無し)に相応しいそれだった。

 

全てを手に入れ10数年生きたが世界は変わらなかった。

全ては退屈と窮屈でできていた。

死ぬ予定の人間を救ったことがある。

死なない人間を殺したことがある。

それでも世界は奇妙なほど主人公を中心に廻っていて、そういう風に作られているのだ、と納得してしまった。彼らは造られた存在で、己は異物。いつかこの世界は唐突に終わってしまうのだろうか。

 

だから、白紙の文学書に己の存在の抹消を願った。

なんでも願いを叶えることが出来るそれを手に入れた時、真っ先に思い浮かんだのはそれだった。

耐えきれなかったのだ、絶望を繰り返す日々に。

創造主(書き手)のいる世界に。

 

遺書に

 

「退屈は人を殺す」

 

それだけ書いて。

 

そして再び生まれ変わった。

 

 

 

************

 

 

初めに知覚したのは涙だった。

どうやら自分が泣いているわけではなく、母親らしき人がないているらしい。耳をくすぐる天上の音のような美しい声にすこぶる優秀なはずの頭が一瞬止まる。

ボヤけた視界が彼女ーー母親を捉えた。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

そんな言葉が聞こえた。

ゆっくりと撫でられる。目線があった。

キラキラと輝く虹の双眸が慈愛の表情でこちらを見る。

その目に何か暖かいようなもの感じた。あまりにそれが眩しくて、目を逸らせば次は父親らしき人物が見えた。

 

「ギル、この子の名前は」

 

「そうだな。お前はこれからイマルと名乗れ」

 

「イマル…ね。いい名前だ」

 

金髪に紅眼の美丈夫に見覚えがあるような気がした。朧気になってしまった一度目の生。それに引っかかる。そうだ、彼は

 

「君もこの子を抱いてあげてくれ。ギルガメッシュ。父親なのだから」

 

どうやら今度はタイプでムーンな世界に転生したらしい。

 

 

 

************

 

 

 

「ととさま!!かかさま!!」

 

死んだと思っていたら輪廻を転生していたことによる絶望、そして虚しさと変わらずある異能力への哀しみ。朧気になってしまった記憶の中、2度目の人生で擦り切った心を癒し、孤独にぽっかりと空いた心の穴を埋めてくれたのは両親だった。

 

人間が神と魔術を認知し、魔獣や精霊が息をする古代のメソポタミアに自分は転生した。

黄金の都市ウルク。

世界一幸福な都の王、「祖先の英雄」という意の名を冠し、3分の2が神、3分の1が人の半神半人の父ギルガメッシュ。

パンドラの匣の番人、神の器に完全な魂を持つ母ステラ。

そんな夫婦の間に生まれたのが自分だった。

 

最初、産声ひとつあげやしなかった子供をさぞや気味悪がるかと思っていたが、前世のように棄てられることは無かった。

それどころか己の教育についてああでもないこうでもないと話し合い、時には親友のエルキドゥを交えて構ってくる彼らを見て育った。

 

「愛しているよ。妾(わたし)のかわいい娘。妾達(わたしたち)の光」

 

「君はギルに似てないといいね。うんと優しく育つんだよ」

 

「不敬だぞ、戯けが。我が同胞よ。星に言祝がれた稀有な我が宝よ。

早く育て、退屈でかなわん」

 

そんな風に毎日話しかけられて、愛しているのだと言葉で、態度で、表情で表されて感情がアルゴリズムの結果だなんてことは言えなかった。大きくなったら飽きるのかと思いきやそんな様子を毛ほども見せることなく、己の異質さを受け入れてすごいと褒めてくれる。さすが我(オレ)の子だ、と認めてくれる。そんな日々に心の穴が埋められるのは時間の問題だった。

 

性別など父にとっては瑣末に過ぎないらしく、7つを過ぎた頃から父自らの手で帝王学を叩き込まれるようになった。

父母の友である兄代わりの緑の人からは身を守るための武術を。

母からは魔術や王族としての作法、処世術について教わるようになった。

 

時間に空きがあったら多忙な父達もお茶会をしてくれたし、遊んでくれた。疲れた父に母と一緒に添い寝したこともある。父の手ずから甘味を分け与えられたこともあった。いつしか、子供であることに違和感を覚えなくなったし、感情というものを取り戻していた。

3度目の人生にて初めて、家族というものを知ったのだ。

 

神々によって創られし父は千里眼を持つひとだった。未来を見通す。その能力の果てに孤独になり、全てを知ったのだという。そんな父が溺愛する母は全てを理解する魅了眼の持ち主だった。全てを理解することで全てを魅了し森羅万象を服従させる。そんな魔眼を持っていた。

 

左目に父譲りの千里眼、右目に母の魅了眼を引き継ぎ、全知全能の異能力を持つ自分にとって、父母は良き理解者で、同胞だった。

全てを知ることで奪われる絶望を2人は知っている。深淵に至った狂気を知っている。

3人とも3人が理と隔絶したところで生きているのを知っていた。

 

だからこそ、父と母はこれ以上理から離れないよう著者不明の物語(創世記)たる自分に名という軛をつけた。名を最も短い呪(愛)とすることで全知全能の異能力を不完全なものにして少しでも人間として生きやすいようにしてくれたのだ。

 

イマルーーー光という意味の名。

 

自分が彼らの光なら彼らは自分の星だった。

 

 

 

 

 

「世界一の美姫」「黄金の水のようなひと」「神も裸足で逃げ出す絶世の麗人」

 

その圧倒的な美しさに美の女神(イシュタル)も嫉妬するどころか感嘆のため息をついた、美の擬人化とまでいわれたひと。

 

艶やかなその髪はさながら月光を編み込んだように柔らかく、その透けるような肌は、どんな白磁よりきめ細やかだ。長い睫毛に縁取られたその双眼には星が凍りついたように煌めいていた。柔らかな曲線を描く肢体は、滑らかで女性らしい。

仕草はどこまでも優美で、気品があるのに、ふとした時の素振りに明るさと晴れやかさを感じさせ、少年の美を感じさせた。

つまり、女性らしいのに中性的な雰囲気が同居するような不思議な印象を抱かせるひとだった。彗星のように閃烈で消えてしまう儚さを持っているくせに、永らくをいきた仙人のような安心感を抱かせた。

 

ただ魅力的と言うだけには言葉足らずなその空気。清廉で気品のあるような蜂蜜のような空気なのに、どこか冷たくて暖かい、老若男女が魅入られ、溺れるような蠱惑的な空気を纏っていた。

 

白金の闇。

 

そんな言葉が似合うようなひと。

宝石だと讃えられながらも、たとえるような宝石がない。無二の星そのもの。光を纏っているようでその実彼女は闇そのもの。

 

それがイマルの母だった。

 

また、彼女は外見だけでなく、武勇にも優れた魔術師でもあった。良き師でもあった。

母はイマルに様々なことを教えた。

それは淑女としての作法に始まり、獣道の使い方から毒の取り扱い方、魔術の行使に至るまで多岐に渡った。

知っていることとわかることは違う。

海の青さを知っていても実際に碧に触れて塩辛さや荒々しさ、涼やかさを感じないとわかるとは言わないのだ。

 

母は生き抜くための処世術を自分に叩き込んだ。己に知恵の使い方を分からせた。

 

流星を追いかけて走り、獣を狩り、木々の伊吹を感じ人々の笑顔や溌剌とした生活の中で眠る。

ただ知っていた知識が己の経験となり積み上がっていくのを感じた。

それは思いの外楽しくて、面白く感じるものだった。何事も経験とはよく言ったものだ。

 

そんな生活を成就しているなかでもイマルには酷く不安定な時がある。それは夜明けの時や雨上がりの時、決まって天地に変化が訪れるときであった。

心のなかが深淵に覗き込まれているような、値踏みされているような感覚にイマルは酷く狼狽して、その感覚から逃れようと必死になった。そんなイマルに気づいた母はこういった。

 

「何をそんなに恐れているのだ。お前を苦しめるものをこの母が倒してしまおうな」

 

その声があまりにも気遣いと哀しみ、慈愛と心配に満ちていて、心がぎゅっと掴まれてしまったようだった。この美しいひとを、尊い人を悲しませてしまった、と。だから、言わずにはいられなかった。

 

「かかさま、私(わたくし)は恐ろしいのです。身の毛がよだつ心地がするのです。ずっと何かがみている気がする。途方もない何かが、、、私はここにいてはならないと訴えかけているような気がするのです。

そして私はそれの言うことも一理あると感じてしまうのです」

 

「ほう、それはなぜだ」

 

問われて思わず唾を飲み込んだ。己の人らしい反応に少し驚き、そしてそれはひとつの恐怖に塗り変わる。

 

話さなければならないーーー彼女に全てを!

 

「私がーーー私がこの世界の異物だからです。私は「わたくし」が生まれる前に生きていた世界の記憶があるのです。そこで私はどこにでもいる平凡な娘で書物を読むことを好んでいたのです。そしてその中にはととさまの物語もあったのです。そしてその物語には私の記述などどこにもなかったのです。ととさまに、ギルガメッシュ王に娘がいるなど!」

 

言い切って俯いた。ぽとりぽとりと涙が落ちる。

怖くて顔を上げることが出来なかった。

捨てられてしまうのだろうか、

母は、私の話をどう思ったのだろうか。

 

母は己を見てぽつりと話を初めた。

 

「ある神の話をしよう」

 

 

「これはどの書物にも記されていない、根源に近いものたちが知ることの出来る物語だ。既に完結した唄のひとつ。」

 

物語は神々の悪戯にて泥より生まれし悪が、自身の名を冠する災厄の匣ーーパンドラを解放するところから始まる。

 

神々は寵愛していた泥人形が大罪を侵し、地上に厄災をばら蒔いたことを知る。そして地上での厄災が天上に牙を向けぬよう、壊れかけた神の器に神が見初めた魂を入れて、厄災を回収するものを造り出した。

 

選ばれた魂は生を謳歌し、限りなく悪や善から遠いところにいるものだった。神が人を創ろうとしたときの、理想の形をしていた。無邪気で無垢で穢れや欲を知らぬような真っ新な生き物。誇りを持ち、信念を持つ、力を持った完全なる者だった。

 

神々に名を取り上げられ、自由を取り上げられて新たに創り出された魂はまだ少女のものだった。

 

自身の友と家族の平穏と引き換えに、少女は広がった厄災を回収し、悪に染ったモノたちを救い続けた。どんな痛みを受けようとも足掻き続けた。孤独な旅は幾千年にも渡った。その間踏み潰した死体の数は千を超え、手に入れた知啓と武威は神知をも圧倒した。そしていつしか強大な神力を持つようになった彼女は旅を終え、人を導き、世界を救ったものとして神の一柱。パンドラの匣の番人として永劫を生きることとなる。

 

しかし、彼女の運命はまだ続いていた。

 

彼女はその後、圧倒的な神力を恐れた神々によって処刑されかける。その際、彼女の家族や一族の友が神々に殺されており、1人として天命を終えることなく去っていたことを知り、怒り狂う。

既に名を忘れ、顔を思い出せない人々の死を彼女は許さなかった。

 

彼女は神々に剣を向けた。それは永劫を生きた少女の、少女のためだけの孤独な戦争だった。

全てを殺し尽くした彼女は最後に彼女自身を殺した。パンドラの番人である彼女の死は世界に混沌をもたらした。

死の川が永劫の七夜を荒れ狂い、生者と死者の境界線を壊した。死した神々の権能がばら撒かれ、生き残った人々は火を、鉄を、金を手に入れた。

 

そうして地上に光が戻った。それは神々の世界でも魔性や精霊の世界でもない、死と生命の人の子と、新たに生まれ落ちた幼き神々の時代の始まりだった。

 

「つまり、創造主(神)はいないのだよ。

 

既に妾(わたし)が殺したのだから。」

 

「お前の生きていた世界では妾の記述はなかったのだろう?」

 

こくりと頷く。ギルガメッシュ叙事詩にこのうつくしい母のことは書かれていなかった。

 

「つまり、妾がいなかった世界なのだ。そちらの物語は。アレが妾を求めなかった世界線など千里眼でいくら探してもなかったそうだからな」

 

思わず笑った。ととさま、かかさまのことを好きすぎだろう。

 

「つまり、お前の世界からすると妾が異物なのだ。妾がアレと出会わない運命などないだろうから、そもそも妾がいなかった世界線だと思うのだ」

 

だから、と続けた。

 

「お前は異物ではない」

 

 

そう言って母は微笑んだ。清らかな水が流れるようなそれでいて底知れない深淵を秘めた笑顔で。

 

それを見てイマルはしばらく言葉を失って、そして絞り出すような声で唸った。

 

「かかさまは、異物なんかじゃない」

 

その答えにくつくつと笑うようにして、佳人は言った。

 

「当たり前だろう。これは我々の物語だ。我々が主役なのだ。異物も神も存在しえぬたった一つの唄なのだよ」

 

そう言って幼躯を華奢でしなやかな腕で抱き上げた。

 

「いいか。小さな妾よ。世界を知らぬ雛鳥よ。お前がどこの誰であろうとも妾と我が王の宝であることに相違ない。

前世?異物?笑止千万!

お前が生きていた世界とお前の今の世界は別のものだ。

これからはお前が創り出すのだ。お前の物語を」

 

抱き上げたまま、歩き出す。

さっき見た時には明るかったのに、いつの間にか日が暮れているようだった。

白い肌が赤に染る。その髪が、虹にひかる銀瞳が紅い燐光を灯すのを見て、かみさまのようだと思った。

 

否、このひとは、かかさまは私のかみさまなのだ。

 

この世でもっともうつくしいひとが立ち止まって、前を見た。それにつられ、おのずと振り返る。

 

「来たか」

 

そこにはこの世でもっとも強いひとがいた。

金糸の髪、その端正な顔には確かに愛情の灯火がみえた。

紅の瞳にみすくられたまま、気づいた時には彼の腕の中にいた。

 

「泣いたあとがあるな」

 

そう言って形のいい眉をひそめられ、頬をなぞられた。

それに母が答えた。

 

「妾達の可愛い光は世界を恐れているのだよ」

 

「それはそれは、なんとたわけたことを。いいかイマル。幼き我よ。お前の見渡すところ全てが我の領域、我のもの、ウルクである!この父がウルクで、世界だ。何を恐れるものがあるのだ?」

 

「いいえ、何も。父様は世界一強いかたですから」

 

「そうであろう!ならばその辛気臭い顔をどうにかせよ。辛気臭くてならん。雛鳥は雛鳥らしく囀っていればよい」

 

「これまたきつい言い方を…いいか、我が王は笑えと言っているのだよ。全く不器用なのだから」

 

「ステラ!」

 

いつも通りの光景に思わずクスクスと笑いが漏れる。不安感はいつしか消えていた。

 

とてもうつくしくて強い両親が己のことを愛してくれて理解してくれる。それはなんて幸福なんだろう。素晴らしいことだろう。

 

そこには世界で最も幸せな家族の姿があった。

この瞬間、彼らは確かに幸福だった。

 

 

 

それから行く月が経ち、イマルは輝かんばかりの姫君に成長した。

母親譲りの絶美に嵌め込まれた父の魔眼と母の天眼。硬質に見えるサラサラとした赤みがかった金髪は思いの外柔らかいのだと限られたものたちだけが知っている。

少女と女性の過渡期の間で止まった成長は時に彼女を蕾にも大輪の花にもみせた。

幼いながらに伏し目がちで厭世的な雰囲気は父母と兄代わりの愛によって次第に儚さと圧倒的な存在感を合わせ持つものに変わっていった。

少女の可憐さと女の匂いたつような色香。

それを併せ持つ彼女に世界中から見合いが届くようになった。彼女の耳にそれが入ることは無かったが。

 

性格も無邪気で無垢なものから少しだけ気まぐれなものに変わった。限られたものにしか内側に入れず外側にいるものたちには平等な関心を向ける。一見母そっくりに育ったが、配下に向ける態度は高慢で気位の高い猫のようだった。

また、

「外見は母そっくりだが表情が父そのものだ」

と兄代わりは言うようになった。

本質はどこまでも父に似たらしい。

 

そして、成長した彼女は「前」の記憶を忘れていった。元々この世界の記憶は朧気だったが、その記憶すら霞のようになっていった。

 

イマルはこの世界で生きることを決めたのだ。

 

そしてその矢先の事だった。

 

 

 

 

 

「我(オレ)の唯一に貴様が叶うとでも?笑止千万!

そのねじ曲がった性根を叩き直してから来るといい。まぁそれで我が貴様を受け入れることは無いだろうな、疾く失せよ、雑種!」

 

父が都市神イシュタルの求婚を断り、エルキドゥと母が呪われた。

エルキドゥが死に、父は母の死を恐れ冥界へ下った。

父がいなくなったことでイシュタルは権能を振りかざし、人々から豊穣を取り上げた。

 

日に日に弱っていく母はそれでも尚美しく、気高かった。長い髪は散らばりハラハラと額にかかっている。少しだけ汗が滲んでいて凄絶な色気と桜が風に吹かれた時のような可憐な儚さが見えていた。

父の代理の政務の合間、毎日のように寝台を訪れて看病する。イマルの知識を総動員した医学的なアプローチや渾身の魔術でさえイシュタルの呪いには効かなかった。

 

「母様、私の世界。どうか、死なないでください。あなたを失いたくないのです。嘆く父から、私から、唯一を奪って欲しくないのです。

太陽神シャマシュよ!天上の方々よ、どうかこの麗しき方をお救い下さい。」

 

それは血を吐くような叫びだった。

聞くものを動かさずにはいられない声だった。

事実、呪いをかけた神ですら動かずにはいられないほどの、不安定で烈烈たる圧倒的な美の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「アンタ、まだ生きてたの」

 

いつものように母の様子を見にきていたとき、イシュタルが突然現れて至極残念そうにそう言った。イマルはそれを見て激情のまま思わず襲いかかろうと、振り上げた魔杖を細くて華奢な、美しい手がつかんだ。母の手だった。

 

「まて」

 

母は咳き込みながら身をゆっくりと起こし、女神を見据えた。

 

「つまり、貴様が妾達にかけたのは即死の呪いだったという事だな。エルキドゥがひと月持ったのはアレが神工のものだったからか。生憎だが妾に呪いは聞かぬのだ」

 

「何言ってるの?ではそのザマはなんだというの」

 

「貴様は勘違いしているようだが、この不調はパンドラの匣が再び開かれようとしているものだ。パンドラの匣が開けられるとき我が命を持ってそれを封ずる。この身体との契約のひとつだ」

 

「パンドラが開くですって!?冗談じゃないわ!世界が崩壊するじゃない!」

 

「だから、大丈夫だと言うておろう。その耳は飾りなのか?まぁ、開くきっかけはお前だ」

 

「なに?」

 

「ウルクやその周辺都市の人口減少がすさまじい。冥界との人数が逆転するほどな」

 

「だから、なんだっていうの?」

 

「貴様の脳は空なのか?冥界と現世の境界が揺らぐ、それがパンドラの匣が開かれることになる理由だ。そもそも父神をそう脅したのだろう。貴様は、そう言って呪いを妾たちにかけさせた癖に小心者よな。妾の正体を知らぬのに食ってかかってきたのか。余程の愚者なようだ」

 

それだけ言うと息が切れたのか、水差しから水を注ぎ飲む。その仕草ひとつひとつに疲労がみえて酷く不安になった。

それと同時に今聞いた真実が信じられなくて口をパクパクとする。何も出てこなくて、自分はこんなに薄情だったかと思った。

顔を青ざめさせた金星の女神はいつの間にか消えていた。

 

「いつ、お別れですか?」

 

掠れきった問だった。

永遠のように感じる間。

空気が凍る。

 

母は答えた。

 

 

「我が王が帰ってきたらすぐにでも。最後に顔が見たくてな。パンドラもそれくらいは許してくれるだろう」

 

それで、と続ける形でこちらを見る母を見返した。蛋白石(その双眼)が熱で潤んでひどく綺麗だった。

 

「アレを頼む。光の子よ。我が娘よ、お願いだ。我が王をーーギルを1人にしないでやってくれ」

 

うつくしい純愛の姿がそこにあった。

 

父が帰還した翌日、母は自ら毒を煽りその身をもってパンドラの封印を確固たるものにした。

 

母を失ってから父は酷く打ちのめされたようだった。それを覆い隠すように政務に励むようになった。ウルクは再び栄え、城壁が建ち、神殿が造られた。それを手伝ううち、いつしかイマルはギルガメッシュの後継として名を馳せるようになる。

 

近頃は城下町に行っても人々に囲まれて歓迎される。それは僅かなりとも母を失った心を癒してくれるような気がした。

喪失の痛みは癒えることは無かったが受け入れることは出来た。

 

 

「イマルよ。我が同胞よ。貴様に問うことがある」

 

「なんでありましょうか、父王」

 

「人間の罪とはなんだ」

 

唐突な質問だった。だけどイマルには彼の意図が痛いほど理解出来た。父も己も最も神に近くてひとから遠い人間だ。そんな我々にも逃れられぬものはあるのか聞いているのだ。

イマルはたっぷりと黙考した後に答えた。

 

「不機嫌でありましょう。伝染するのですから」

 

それは自身達のことを遠回しに言っているのだ、とギルガメッシュは理解した。母を失い、兄を失った娘と、唯一を失い、友を失った己の感情が伝染しあっているのだと。

 

「ふはははは!!言うでは無いか!我の雛鳥はいつからそんな賢しいことを囀るようになったのだ?いや、貴様は元より皮肉気な質を持っていたな」

 

久しぶりの笑顔だった。気分が高揚していた。それすらこの娘の思い通りだと思うとその成長具合に驚きを感じた。そうか、そうだな、

 

「では王とはなんだ」

 

「王とはーー人と神を繋ぐものです」

 

望んだ答えだった。それでいて答えを求めぬ問いであった。

 

「そうか、それが答えか」

 

その日、交わした言葉が彼らの最後となった。

翌日、ギルガメッシュは眠るように息を引き取った。

 

 

絶対たる王の死に民は嘆き、悲しんだ。

シドゥリなどの側近の中には殉死する者もいた。葬儀は七日七晩続いた。

母を失い、父を失い、天涯孤独となったイマルは粛々と葬儀を行い、母の隣に父を寝かせた。儀式の間のイマルは血の気を失い、その美貌を青ざめさせてはいたがそれでも堂々と式を取り持った。

 

式の翌日、イマルは国中の配下を集めた。

そして、彼女が現れると途端に空気が騒然となる。

 

彼女の面差しは亡きウルクの王妃に、立ち振る舞いは王に似ており、かの方々を幻視するものも少なくなかったという。

見るものを惹きつけ、着いていきたいと思わせた彼等の姿を。

 

「悲嘆に耽る余裕もなし。父母は民にとって星。星の喪失に民は失意を隠さぬ。なればかの方々を知るものには弱きそれなれど私は彼らを導く光となろう」

 

「亡き方々には及ばぬ小さき光だ。それでもそれを灯火として進まねばならぬ。皆の者、ついてきてくれるだろうか」

 

それは問の形になっていない問いかけだった。

彼女は言外に王になると言っているのだ。だから、着いてこいと。そして着いてくる人間がいることを疑いもしない。

あぁ、なんて清々しい傲慢さ!それでいて預けられた信頼は確かに兵たちの心を揺さぶった。

 

応えなければ、この信頼に。

支えなければこのうつくしい女王を。

 

「女王陛下、万歳!」

 

どこからかそんな声が聞こえた。

熱に浮かされたような陶酔とした声だった。

 

「女王陛下、万歳!」

 

そしてそれはいつしか輪をかけて大きくなった。猛者共の声は大地を揺らし空に響き、やがて民たちに伝わった。

 

「女王陛下、万歳!」

 

国中から彼女を称える声が聞こえる。

それは、新しい時代の始まりだった。

 

後に釈明の王と「ウヌ・ルンガル」と呼ばれるイマルが主役の物語の始まりだった。

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