攻略が楽勝過ぎた精霊   作:高町廻ル

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良い事がありそうな平和なある日

「士道…?…どうした?…キスをするつもりだったんだろう?…しないのか?したいんじゃないの?」

 

 相手の精霊のその一言に声をかけられた相手である士道はびくりと肩を震わせてしまう。

 現在の彼は好感度を高めて十分な封印条件を満たしてキス直前まで行ったというのに、その行為の直前で相手の肩を持って強引に体を引き離してしまったのだ。

 

「ち、違うんだ…そうじゃなくて……」

 

 何故という相手のそのセリフにまともな返答を返すことが出来ない士道。

 彼の唯一にして絶対の力である「キスを介して精霊の力を封印する」という特別たらしめる力でありまた体質。その力を使ってこれまで多くの精霊と呼ばれる、空間震を発生させる世界を殺す災厄を封じ込めてきた。

 だが今はその力を披露する事が出来ない。

 

虚華(きょうか)…俺は……」

 

 そこで彼は意を決し相手に対して瞳を合わせて、その決定的な一言を口にしてしまう。

 

「お前を封印出来ない」

 

 

 五河士道の朝は平均的な高校生の基準では早い。

 それもそのはずで一般的と呼ばれている家庭では親が朝食の用意をするものなのだが、今現在の五河家の両親は不在なため彼が自分と妹の朝食を用意する事になっている。

 彼自身家事を行う事はそこまで苦には感じていない、むしろ食べて喜んでもらえてありがとうと言った感じだ。

 

「おはよー…おにーちゃん」

「おはよう琴里。もうすぐ朝食が出来るから待っててくれ」

「あーい……」

 

 相手の眠気の残る返事だったが特段咎めるということは無い。

 彼の妹になる五河琴里はラタトスクと呼ばれる精霊を封印と保護を行う組織の長を務めている。精神的にも器量的にも未熟な部分は多分にあるがそれでも精一杯務め上げて見せている。

 彼女は内でも外でも多分にストレスやプレッシャーを感じているはずで、そのせいで睡眠だけではとれない疲れを感じているはずだ。少しくらいあくびをかましても許されるだろう。

 

「いただきます」

「いただきまーす」

 

 ごく一般的な朝食一式を前に二人はごく普通な食事開始の挨拶をする。

 琴里は出された焼き魚をパクリ、そして。

 

「おいしー」

「そうか、よかった」

 

 彼女はシンプルな賞賛の単語を発する。

 それを焼いた本人もその素直な感想が嬉しい、その声色と表情にはお世辞や感謝だけでなく本心も含まれている。

 

 二人が朝食を食べ終わりそして後片付けを終えると、ふとした登校までの隙間時間が生まれてブレイクタイムに入る。

 テレビの映っているニュースはここ最近まで都内ではトラブル続きだったというのに、今は呑気にも地方の美味しいもんを紹介している。

 これらは裏でラタトスクが手を回しているからであり、メディアが呑気というわけでは決してない。

 

「何というか…平和だな」

「ん~まぁそれが一番だねー」

 

 これから何か大きなことをが起きる前兆かのような、ただただ穏やかな朝が二人を迎え入れていた。

 

 

 寒さが身に染みるそんな日。

 近年は地球温暖化が叫ばれて温暖な気候にシフトしつつある。とはいえ人は環境や気候に抗う事は困難だ。

 冬でもキッチリと防寒をすればそこそこの温かさを確保できるとはいえ、寒いものは寒い。

 冬と言えば寒いし、寒いと言えば冬だ。

 少し寒さに身を震わせながらも二人の男女が会話をする。

 

「やっぱ寒いな」

「うむ、やはりマフラーは手放せないぞ」

 

 五河士道と夜刀神十香の二人は登校の道中でそんな呑気な、それこそ何の気負いを感じないお気楽な会話を繰り広げていた。

 空を見れば澄んだ青空が広がっていた。それはきっといい事がありそうな序章を感じさせるそれだった。

 

 初めて二人が出会った時はここまで親密な関係背を築くに至るとは思ってもいなかった。

 士道が十香との出会いは既に九ヶ月近く前になる。去年の四月の街中で空間震のど真ん中で悲しそうな瞳をしながら鎮座しているのを見たのが出会いだった。

 その時は精霊とか、助けられる力があるとか何も知らなかったのだがそれでも彼は力になりたいと考えて、真っ直ぐに精霊の世界へと飛び込んでいったのだ。

 何よりも封印した後も彼女は士道が何度も折れそうになったり、理不尽な力に屈しそうになっても必死に支え、そして力を貸してくれたのだ。

 士道はそんな彼女の事を一番に信頼しているし、何よりも特別に、そして大切に感じているのだ。

 彼がそんな事を考えていると十香が相手の視線に気が付いて見つめ返して声をかける。

 

「……?どうしたのだ?何か私の顔についているのか?」

「えっ、あ、いやぼーっとしてただけみたいだ」

 

 彼は無意識に相手を見つめていた事に気が付いて恥ずかしさを振り払いながら口を開く。

 十香は少しだけ不安そうな表情を作りながら話す。

 

「そうなのか?うむ…だが気分が悪くなったら言うのだぞ、前のようなことがあってからでは遅いからな」

「ああ、分かってるって」

 

 十香の心配に士道は苦笑いしながらも答える。

 だがそれも無理のない話だった。一ヶ月ほど前の話だが、精霊の力を封印し続けた結果、彼の体内に過剰な霊力が溜まってしまい暴走または暴発寸前まで至ったのだ。

 あわや彼の体内に残る霊力が爆発するのかと思われた時に、ファントムというコードネームが付けられた謎の存在が士道を助けたことで取りあえず表面上は問題を解決することが出来た。

 厳密には多くの謎を残し、不安要素を先送りにして、そして後味の悪さだけを残す形で。

 

「むぅ…約束だぞ……」

 

 士道が心配させまいと明るく振舞っているのをさっして不満げな雰囲気を滲ませる。前もそうやって無理をした結果手遅れになりかけたのだ。

 十香の機嫌メーターがやや不機嫌に振っているのを感じて慌てて言葉を繋いでいく。

 

「わ、分かってるって!いや本当にここ最近は何にもないんだって、本当に平和すぎるくらいで」

 

 士道のその言葉を事実だった。

 彼の体調ももちろんだが、星宮六喰を封印して以降というもの新たな精霊は出てきていないし、DEMもあれだけ動いたというのにここ最近は動く素振りの影も見せないのだ。

 精霊の皆に気を揉んだり、それに関わるトラブルに巻き込まれる事こそあるが、それは既に彼にとっての日常となってしまっているため相対的に平穏なのだ。

 

「うむっ」

 

 彼女は相手が嘘をついていないのをその口調と表情から感じ取って、安心したと力強く頷いた。

 二人は再び特段深い内容ではない会話を続けた。それは一時間もすれば忘れてしまうような他愛のない会話だったなのかもしれない。

 でもそんな日常を過ごして欲しいと士道は思っている。相手の為にも、そしていまだに自分に素直になりきれていない自分の為にも。

 

 

「おはよう士道」

「おはよう折紙」

「それに十香」

「うむ、おはようだ」

 

 教室に入ってきた二人を出迎えたのは鳶一折紙だった。

 彼女はかつてASTと呼ばれる対精霊組織のエースとして活躍しており、今はその職務から退いている。

 それに至るまでに複雑な経緯こそあるが今の彼女は元魔術師であり、現精霊なのだ。

 

「…………」

 

 折紙は二人が一緒に入ってきたのを羨ましそうな、そして軽くであるが嫉妬といった雰囲気を見せる。

 彼女は士道に対してぞっこんなのだ。

 その事をかつては自分の寂しさを紛らわすための依存だったと言っていたが、これからは本気で士道に対しても、そして精霊とこの世界にはびこる理不尽に対しても目を逸らさないと誓っている。

 だからこそ目先の事で頭に血を昇らせるような短絡的な真似はもうしない。自分の至らなさで大切な家族や人を失うのはもう十分だった。

 士道と狂三が行った過去改変は決して許される事ではない、だがそれをさせたのは折紙が憎しみに囚われた結果だ。そして彼女が背負わなくてはいけなかった罪は無かったことになった、心を締め付ける後悔はあってももう雪ぐことは出来ない。

 そうであるならその後悔を忘れずに、かつての自分が建前でしかなかった自分と同じような目に会う人を救いたいという言葉をこれからは本当の事にしていくだけだ。

 

 とはいえ―

 

「…………」

「…………」

 

 十香と折紙の交わる視線は少しだけピリピリとした緊迫感があった。

 もう憎しみあう関係性ではないとはいえ、二人は士道を巡る恋のライバルだ。問題が解消されたからとはいえ今すぐハイ仲良くしますとは行かない。

 ただ険悪さは無く、今の二人の関係性は喧嘩するほど仲が良いといった具合だ。士道の精神が削られること以外は特に問題ない。

 

 

 午前の授業はつつがなく消化して、午後の授業とのつなぎである昼食休憩の時間になった。

 皆がそれぞれに昼食の用意をしている中で他クラスからの刺客が士道の教室へと現れた。

 

『たのもーっ!!』

「な、なんだ?」

 

 あまりに元気なその声に士道は若干だが驚いた声をあげてしまう。だが教室に響いた二人の声は彼にとっては聞き覚えのあるものだった。

 

「呵々、士道よ!この貴重な昼餉の刻、我に謁見できることをありがたく思うがいい!」

 

 大声を張り上げているのは八舞耶倶矢、士道が封印した精霊の一人だ。時折痛々しい言動を繰り返すが周りからはそんな一面を愛嬌として受け入れられている。

 

「釈明。耶倶矢は士道とお話がしたくて仕方ないのですがどうしても素直になれずに痛い言動を口にしてしまうだけなのです」

「ちょっとー!?夕弦ぅ!!」

 

 そんな彼女をいじっているのは胴体の一部を除いてうり二つの相貌を備えた少女である八舞夕弦だった。

 かつてどちらかは消滅してしまい一つの存在となってしまう定めを持って生まれた姉妹だったのだが、士道の封印能力によって二人はそのままで生活する事が可能となって来禅高校に入学し、こうやって士道の傍にいるのだ。

 

「えーっとどうした?もしかして昼食を忘れたとか…じゃないよな」

 

 士道は二人がやってきたあり得そうな理由を口にしたが、それを話しながらも二人の手には弁当箱と思われる小包が握られているのを見て違うなと思う。

 夕弦は声をかけられて仲睦まじい姉妹のじゃれ合いを止めて問いかけへ回答をする。

 

「回答。耶倶矢と夕弦は美味しい自信作のお弁当を作ったのですがどっちの方が美味しいのかと議論になりました。ですが裁定者が当事者では公平な判定は不可能」

「だから料理の上手いあんたに味見して欲しいってワケよ」

「うーん……」

 

 耶倶矢もそれに乗っかって理由を話し始めるが、それを聞いた相手はどうにも煮え切らないといった感じ。

 かつての二人は勝利を譲り合う形で何度も対決していた。彼はその事を思い出して霊力が暴走したらどうしようかと思ってしまっていた。

 瞬時にその事を八舞姉妹も感じ取った。

 

「あーいや違うのよ。別に本気で白黒つけたいって話じゃなくてね」

「補足。別に喧嘩というわけでは無く、お互いに自信作が出来たから食べて欲しかっただけです」

「そ、そうなのか?」

 

 もともと二人の作戦は「胃袋で掴め姉妹丼(意味深)作戦」なのだ。

 二人の魅力的な弁当によってしっかり異性としてアピールしようぜという考えだったのだ。

 ただ相手を不安または不快にさせてまでやる事では無かったため、すぐさま作戦を中断する事にした。

 

「…………自信作」

 

 そんななかちょっと意地汚いのは十香だった。どうやら美味いもんがあると聞いて反射的に食いついてしまった。

 士道や八舞姉妹は苦笑いを、折紙もちょっと呆れたといった雰囲気を醸し出していた。

 耶倶矢が一番に話を切り出した。弁当箱を髄っと掲げて言う。

 

「ふふ、わが眷属よ。己の主の施しに歓喜するがよい!」

「いいのかっ!」

 

 相手からの提案に目をキラキラさせる十香。

 しかし士道は大丈夫なのかと不安になったため、彼女とは別の意味で問いかける。

 

「いいのか?」

「回答。元々彼女の分も用意だけはしていました」

 

 学校内では士道の傍には十香がいつもいるため、彼女が食べたそうにしていた場合にも困らないように彼女の分も予め備えだけはしていたのだ。

 結局そこに折紙を加えた五人の昼食会が始まった。

 

 

 学校が終わり放課後を迎えて、士道と十香は夕食の買い出しの為に街をぶらついていた。

 高校生カップルがエコバッグを持って買い物をするという光景は本来であればとても目に付く風景なのだが、半年以上も同じ事を繰り返していればいつもの仲良し男女がまた来たといった感じに受け入れられている。

 

「シドー、今日の夕飯は何なのだー?」

「そうだな、今日はスーパーのお肉が安かったと思うからすき焼きとか?」

「おお~スキヤキ!肉だーっ」

「ついでにフライパンも買っておこうかな…今日の朝、魚が焼きにくかったし……」

 

 大なり小なり精霊というのは食べ物を口にするという行為にこだわりというものを持っている。胃袋から好感度を稼ぐというのは士道の持っている技量とマッチした精霊攻略方法だ。

 ただちょっと十香は食べ物に関して意地汚い面が強いと言わざるを得ないが。

 そんな会話を繰り広げていると突然。

 

―ウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……

 

『…ッ!』

 

 二人は会話を中断してハッとする。

 街中に響き渡るけたたましい警戒音。それはこの世界に生きる人達であれば何度も聞いた音であり、幼い頃から教え込まれて来たそれ。

 商店街の人達はすぐさま避難の為に歩き出したり、店の戸締りを慌てて行っている。

 

「空間震警報……」

 

 十香はまだ一年未満でしかない人間としての生活だが、それでもこれから何が起こるのかしっかりと理解はできている。

 空間震と呼ばれるこの世界では知らない人など存在しない理不尽な自然災害。辺り一帯をくり抜くようにして発生する、人がその場で紡いだ歴史を一瞬にして消滅させる神の御業のような現象。

 

「ん…」

 

 そこで士道のスマホの通話が来た事を教えてくれるアラームが鳴る。

 スマホの画面を見ると琴里の名前が表示されている。

 

「もしもし琴里か?」

『ええ、士道すぐに来て頂戴。フラクシナスで拾う座標はメールで送るわ』

「分かった」

 

 どうやら琴里は既に司令官モードでフラクシナスの内部にいるようだった。

 短い通話を切って士道は十香に向き直る。

 

「十香、今からシェルターに移動してくれ」

「……シドー…は行くのか?」

「ああ行く、それが俺のやりたい事だからな」

 

 十香としては行って欲しくないのだが、同時に精霊として生まれたが故の咎に苦しむ自分と同質の相手を救って欲しいとも思っている。何よりも士道をそのつもりでいる。

 だからこそ彼女は止めることが出来ない。なら出来る事は一つしかないだろう。

 

「ただ約束して欲しいのだ」

「約束?」

 

 相手のその言葉にしっかりと耳を傾ける。一言一句聞き逃すことの無いようにと。

 

「自分の事を一番に大切にして欲しい、精霊と関われは傷を貰うのは分かってはいるのだが…それでも傷ついて欲しくない…送り出す事への矛盾は分かっている…でもどうか……」

 

 十香の脳裏に浮かぶのは折紙に撃たれた姿、エレンの凶刃に貫かれる姿、六喰の呼び出した屑鉄に貫かれそうになる姿。

 琴里の霊力が無ければ既に死んでいたであろう。いくら常人以上の回復能力があったとしても何度も賽を振ればいつかは外れを引くはずだ。

 士道は朗らかでありながらも力強い笑みを浮かべて言った。

 

「ああ分かってるよ。自分も無事に帰ってこそだよな」

「うむっ!困ったらすぐに相談するのだぞ」

 

 十香も自分の思いが伝わって嬉しくなる。

 士道はそう言って持っていた荷物を相手に預けて街の中心へと走って行った。

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