「神無月隊長お疲れ様です」
「ええまったく、自分の利権や地位ばかり口にする現場を知らない老人の相手は疲れましたよ。今すぐにでも中学生に踏んで癒してもらいたいものです」
「前者は兎も角、後者は全く共感出来ませんが」
「そうですか?ならば大人になる一歩手前の未成熟な少女の魅力について語りましょう」
「すみません、共感出来ないではなく共感したくないです」
神無月は心を許せる眼鏡をかけた部下の一人といつも通りのやり取りを行う。
周りの部隊員たちは気味悪がってこそいたのだがもう慣れっこといった感じだ。
彼は相手にすればするだけ調子に乗り出すタイプなので、下手にシカトしたり大げさなリアクションを取るよりも、あくまで普通にそして普段通りに接するのが一番の対処法なのだ。
だが最近部隊に入って来た新人である日下部遼子はそうもいかない。
「な、何なんですかあの人は……」
「ああ、あなたって最近入った研修生よね」
ウェーブのかかった茶髪の女性が彼女のその呟きに反応する。
すぐさま日下部は声をかけてくれた相手を見るのだが、まだ対精霊組織に転属してさほど経っていない彼女はすぐさま名前と顔が一致しない。
「えっと…その……」
「鳴村凛院」
「すみません鳴村先輩」
「いいのよ、今度から覚えてね」
名前を覚えられていなかった事にも特に怒っているというわけでもなく、新人が過ごしやすいように気を遣ってか朗らかな感じて受け答えをする。
「その…あの人は部隊長なんですよね…何というかその……」
「ああ、幼女好き大魔王検挙寸前ゴミカス野郎ね」
「そこまでは言ってませんが!?」
あまりにも散々すぎる相手の人物評に日下部は大声でツッコんでしまう。
どうやら鳴村の表情は真剣そのもので、上司に対しての陰口ではなく本気の人物評のようだ。
「正直人格や趣味趣向は破綻してるんだけど強くて優秀なのは間違いないのよね」
彼女はうんざりといった表情でそう言った。そして頭痛を堪えるように顔をしかめながら追記した。
「あの人が隊長になってから精霊戦闘での負傷者や死傷者の数は格段に減ったし、上の人達との交渉も巧みに行って上手い事予算を引き出してくれているけど変人なのがねぇ……」
理想と災禍の二面性を持つ上司に苦しめられるのは部下なのだ。
◎
幸か不幸か学校は休校にはならなかった。だがそれは当たり前の日常が続いていたというわけでは無い。
「おいあいつの家って吹っ飛んだらしいぜ」
「うわっまじかー……って事はあいつ野宿?」
「避難所にいるらしいけどな」
「あ、じゃあ見舞いでも行くか?」
「傷口に塩ぬったったんなって」
恋菜のクラスメイトの男子同士が空席を指さしながらそんな会話をする。
彼女の所属する教室内では何人かの席が空席となっていた。
亡くなってはいなかったが、家などが空間震災害に遭ったであろう生徒が何人かが休んでいたという情報は入ってこそいた。
だが自分が中途半端に同情をしたとしても何も事態の解決はしないため特に何もしたりはしなかった。
「…………」
御守恋菜は昼休みの学校内でボケッと心ここにあらずといった感じで購買で買ったパンを食べていた。
いつもであればこの後、図書室で何の本を読もうかや午後の授業は何だっけとか、夕食は何を食べようかなど今日の日程の確認等をしているところなのだが、本日の彼女はそのどれにも当てはまらない事を考えていた。
『友達というのになったのはいいがそれで何をすればいいんだ?』
『ええ…うー…そうだね……』
当たり前だが現状彼女は友達というのがいないため、友人関係の人間と何をするのがいいのかよく分かっていないのだ。衝動的に提案をしたのはいいがじゃあ次のステップに進むにはどうすればいいのか。
そこで彼女は何とか提案を捻りだす。
『……遊ぶとか…?』
『疑問形?…しかし遊ぶか……仮に顔を会わせても奴らがやってくるんだがな』
その虚華の言葉に相手が想起したのは体にぴったりとフィットしているスーツに、要所要所にまとっている機械の鎧を身に着けていた人たち。
そしてこれまで疑問に思っていた事を質問してしまう。
『奴らって、あの飛んでた人たちだよね?』
『そうだな』
『でも何で虚華はあんな人たちと戦ってるの?虚華が悪い人に思えないんだけど…だって私に……』
恋菜は少なくとも虚華が超極悪人には見えなかったのだ。
仮に手あたり次第に人を傷つけるような人であるのならば、彼女は既にあのメスの錆になっているだろう。
それを察してなのか今の彼女の口調は少しだけ緊張感の取れたものになっていた。
その言葉を聞いて少しだけ戸惑ったような表情をして考え込んでいた。それは何故狙われているのかが分からないのではなく、相手に説明をしたら嫌われるのかもしれないと考えているそれだった。
ここでやっと思い至ったのは自分が人間からすればとてつもなく危険な存在であるという事実だ。
そしてある程度予想はできている、目の前の恋菜という少女が本当に何も知らずにこの危険な場所にやってきてしまった事を。
彼女は失いたくないとこの少ないやり取りの中で思ってしまっている。
相手がここまでする意図は分からなくても自分と話そうとしてくれるその事実そのものが、僅かではあるのだが荒れ切っている彼女の心を潤しているのだ。
『奴らはだな…』
やはり言い淀んでしまう。自身が知っている事を口にすれば恋菜は自分ともう二度と関わりたくなるだろうとそう予感している。
だがそれと同時に友達という仲の良い関係性では隠し事はしてはいけないのではと思っている。
円滑な関係性の為に都合の悪い事は一旦だんまりを決め込むのか、己の背負っている性を理解してもらおうと傷つくことを覚悟で踏み込むのか。
『ASTは私を殺すために組織されている部隊だ』
『殺すためって…虚華がそんな悪い事をしているようには私には思えない……』
『ああそう思ってくれるのはありがたい、しかしまぁ残念というか私は存在しているだけで多くの人に憎まれる存在だからな』
『…どうして……?』
それから虚華の口から語られたのは精霊という存在と空間震の関係性、ASTが顕現装置というオーバーテクノロジーを活用して自分の命を取ろうとしている事。
それらの情報はこれまで様々な組織に狙われてきたため、断片的に得て来た情報から導き出したものだ。
恋菜は相手の口から出てくるその独白を相槌をうちながらも聞いていた。
『まぁおおよその事情を理解は出来ただろう?その友達になりたいというのは嬉しいんだが、人と精霊にはあまりにも大きすぎる溝があるんだ』
虚華は自分でも思っていた以上に痛々しい事を言っているなという自覚はあった。
こうなる事は理解できていたのに、それでもなお傷つくという感情を覚えるなんて馬鹿らしいなと彼女は思っている。
『空間震を狙って発生させるとか出来ないかな?』
『は?』
相手からの突如としての提案にポカンとしてしまう。自分が想定していたのは恐怖に染まる恋菜の顔だったからだ。
『ほら海に向かって生み出したり、上空高い所とかに発生させる事が出来たら今よりもずっと被害を減らせるって思うんだけど。それに一度生み出したらインターバルがどれくらいとか、それにいろいろ調べればもっと…あ!それこそ空間震を新しいエネルギーとして活用できる目途とかが見つかったらむしろありがたがれる…んじゃないかなと思うんですが……』
最初こそ勢いよくまくし立てていたのだが、途中から相手が呆然としていたのを見て自分の勢いを見て引いているのかな思い至ってしまい尻すぼみになってしまう。
『ふふっ…』
『え、えーっと…』
相手の苦笑を見て恋菜は何をどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
『私ってば無理なことを言っちゃったかな…』
『ああ、全くの無理難題だ。それがどれだけ困難か理解出来ないはずがないだろ』
『うう…』
虚華の言葉に自分でも熱くなりすぎていた自分を自覚して、顔を俯かせて恥ずかしくなってしまう。それが簡単に出来るのであればそもそも精霊の命は狙われてなどいないのだから。
『だがお前が…いや恋菜がいなければそれをやろうという発想すら思い至らなかった…不可能に近くても抗ってみる価値はあるのかもしれないな…』
不可能に近いと口にはしたのだが、それでも何故か今は何でも、それこそ翼が生えて重力すらも振り切る事も出来るようなそんな気がしていた。
『じゃあ!』
恋菜が俯かせていた顔を上げて相手の方を見るのだが、そこには誰もいなくなっていた。
「精霊…かー…」
昨日の一日で彼女の中にある日常は大きく形を変えてしまった。予期せずして知る事となってしまった世界の裏事情。
今までは空間震災害は対岸の火事としてしか自覚していなかった一件も、既に彼女の中では無視できない大きなタスクとなっている。
だってそれは友達の一生に大きく関わってしまうのだから。
もっと話を聞きたかったのだが気を抜いた一瞬で相手の姿が消滅していたのだ。
その後、精霊の出現や機密情報の塊である顕現装置が使われた災害現場に長時間いるのは不味いと思い至って慌ててその場から逃げ出した。
(というか昨日一日の出来事全てが夢オチとかないよね?)
ある意味現実的な意見だった。余りにも友達が欲しいメーターが振り切れ過ぎたあまりにある事ない事を想像してしまったのではと思ってしまった。
身が入らなかった午後の授業を終えて大絶賛帰宅部である彼女は再び例のスーパーに行こうと思って足を進める。
だが彼女が目的地に着くことは無かった。
「ってよく考えたら分かる事じゃん……」
当たり前の事なのだが昨日の空間震によってその周辺には黄色いテープの規制線が張られて立ち入り禁止になっていた。
今から普段使いしていない店を利用するのはどうにも怖かったため、もういっそ外食かスーパーよりは高くつくがコンビニを利用するのか悩み始める。
これによって昼食の際に思った夢オチ説が視界に広がる光景によってしっかりと否定されていた。
「……そうだよね…仕方のない事ではあるんだよね…」
これまで愛用して来た店が使用不可能になっているという事実を見て、精霊の取り巻く環境というのを改めてイメージではなく事実として理解することが出来た。
昨日までは当たり前だった日常が、精霊の現界によって生まれた空間震によって一瞬にして失われてしまうという事実。そんな当たり前の日常を守るためにASTは命と胸に秘めた正義の心を掲げて戦っている。
だからこそ彼女は理不尽だろうという気持ちと、仕方のない事でもあるという二つを同時に思ってしまうのだ。
「どうにかしたいって思ったし、嘘じゃないけど…どうしようかな…結局私なんかが首を突っ込んでいいのかな……」
御守恋菜には特別な力など備わっていない、微笑み一つで多くの者を己の虜にする事など出来なければ、ありとあらゆる問題を解決出来るような奇跡の頭脳を持っているわけでもない。
結局のところ最終的には自分自身の身には振りかからない問題でしかないのだから、自分は口だけの人間でしかないのでは?と思ってしまうのだ。
すると虚華は恋菜に声をかける。
「まぁいきなり根本的な問題解決ができるはずもないだろうし、切り替えて友達らしく遊びに行こうか。余りそこら辺の知識は無くてだな、色々と教えてくれない?」
「うんそうだね、というかどこかに行こうか…って言っても私のよく行く場所って本屋とか電気屋とかばっかりなんだよね…」
「ほんや、でんきやというのはどういう場所なの?」
「そっか、楽しいか分からないけど取りあえず行ってみる?」
「うん、初めて行く場所だから楽しみだな。これがワクワクするって事か」
「じゃあ…い…こう……?」
そこで会話をしている相手が誰なのかを自覚することが出来た。
「って何で虚華がいるのっ!?」
目の前にいたのは昨日邂逅したばかりの恋菜の友人となってくれた精霊の彼女だった。
「あはは…恋菜って面白過ぎだろう…気が付くのが遅すぎるぞ」
相手はくすくすと笑いながらいたずらっ子のような楽しそうな瞳でそう言った。
しかし恋菜は途方もない違和感を覚えた。何故なら、
「く、空間震は?」
精霊が現界する際に空間震と呼ばれる一帯を破壊しつくす災害が発生するはずなのに、恋菜の把握している限りそれが起きた形跡も報告も無かったのだ。なら何故今、彼女の目の前に虚華はいるんだという疑問にぶち当たる。
虚華は説明するのに困ったという顔を作る。どうやら明確に理由が分かっているという話ではないらしい。
「うーん…感覚的な話になるんだけど…いつもは自分の意思とは無関係にこの世界に引っ張られるんだ…」
「えっ」
それを聞いて恋菜は愕然としてしまう。
精霊の意思とは無関係に起きるのであればそれこそ理不尽にもほどがあるだろう。事実であるのなら一層空間震の問題は拗れてしまうし、このままではいけないと感じた。
「いつもはって事は今回は違うの?」
恋菜は相手のセリフ内で気になった部分を質問する事にした。
「今回は初めての試みだったんだけど狙って現界したからな、その際はどうやら空間震は発生しないみたい」
「狙って…?」
「友達と遊ぶために決まっているだろう」
「えっ」
そんな事を言ってもらえるとは思っていなかったので間抜けな返答をしてしまう。自分の為にわざわざ時間を確保してくれる人自体がいなかったため戸惑ってしまったのだ。
どうやら図らずも突発的な友人との外出が決まったようだった。