「取り合えず遊びに行…こう……」
「どうした?」
「いやね…」
「変に気を遣うな」
恋菜はこれを言ったら癇に障ってしまうのではと思ったが、目下最大の問題であるため口にする事にした。
「…その服は不味いかなー…って…」
霊装を指摘された虚華は何のことやらというリアクションを取る。
基本的にまとっているのはこの一張羅であり、また空間震の被害地にいることの多い彼女には自分がどれだけ浮世離れしているのかその自覚は無い。
「その服はあまりにも目立ちすぎるんだよ、何か別の服に着替えないと…」
「目立つのか、例えばどんな服ならいいんだ?」
「そうだ、今から家に取りに行くから待っててくれる?」
そこで恋菜は自分の家にある服を着てもらおうと考えたのだ。
だが相手からすればいつまでこの静粛現界を維持できるのか分からない以上は、一秒でもこの逢瀬を無駄にはしたくなかった。
そこで虚華はふと相手の服を見てある事を思いついた。
「要はいま恋菜の着ている服なら問題は無いんだな?」
「まぁそうだけど、それを今からとって…えっ…」
返事をすると同時に相手を見ると、ドレスに白衣というあまりにもミスマッチな服飾から一転して自分と同じ制服をまとっていたのだ。
「えっ…どうやって…」
「霊装を操作すればこの程度は簡単だ」
「えっ凄い」
服代要らずの便利スキルに感嘆しか出来ない恋菜だった。
街中に繰り出す二人。
虚華の興味はただの一般人に向けられた。当然軽めの警戒付きではあったのだが。
「人ってこんなにいたのか…まさか全員がASTというわけはないよな……」
「みんな一般人だよ…もしかしたら休みの日の人もいるかもだけど、そんな偶然は無いと思いたいね」
二人が遊びに行くとしても恋菜の生活圏はいつも同じ場所やルーティーンを繰り返す彼女にはそこまで手札があるはずもない。
だが普通の一般人であれば呆れられるかもしれないのだが、一般的な常識や世界を知らない精霊からすればどこに連れて行ったとしても興味津々でいてくれるのだ。
「なんだこれはっ!」
虚華は初めて見る光景に驚きと興味を爆発させていた。初めて見るであろう空間震によって崩壊していない街並みや建物だけでも好奇心が抑えられない。
今彼女たちが来ていたのは本屋に電気屋などあらゆる施設が詰め込まれた複合商業施設、いわゆるデパートだった。
今は本屋の前にある実写化の決定している小説作品のPVを流しているモニターに釘付けになっている。相手が知りたいであろう物がたまたま知っていたため説明をする。
「ああ、これは一昔前に流行った小説でねー、医療関係の内容なんだけど治療そのものに焦点を当てるんじゃなくて医療費や治療費に焦点を当ててる作品で、医者側と患者側がいかにお金をぶんどるか値切るかが見物でねー」
「し、小説…?…医療…値切る…?」
ついうっかりオタク特有の自分のホームグラウンドにやってきたまだ真っ白な相手を何が何でもその沼に引きずり込んで出させはしないという、怒涛の早口ラッシュを敢行してしまったのだ。
これまでどちらかと言えばどもったり、もごもごしたりする事の多かった恋菜が突如ハイテンションで話し始めたものだからつい虚華は引いてしまったのだ。
それを察して素早く恋菜は謝罪を入れる。
「ご、ごめん…いきなり話過ぎた…」
「いやいいんだ、それより色々と教えてくれないかな」
彼女は相手から謝罪にも別に何ともないといった返しをする。そもそも世界からすれば害悪でしかない己の存在に対して、こうも恐れることなくがっついて話してくれるだけで自分の心のどこかが救われているようなそんな気がしたのだ。
これまで彼女に何かしらの言葉や感情をぶつける人間は一様に身に覚えのない怒りや怨念ばかりだった。
だが今の彼女は間違いなく喜の感情を表に出していた、それは人というものを詳しく知ってるわけでは無い彼女でもどれだけ尊いものであるのか理解できていた。
「これはモニターとかテレビって言うものなんだ」
「なるほど、だが中にいる人は窮屈ではないのかな…」
虚華はもういっそベタとしか言いようのないテレビ評を繰り広げる。
「えっとそう言うのはフィルムとかデータによって記録されたもので、ようは映した物や人の記録をその画面で再生しているんだよ」
「それはまた…凄いんだろうな……」
「う~ん…」
恋菜の中にある単語で捻りだす事の出来る説明をしていたが、相手のリアクションの通りに凄い事は漠然と伝わってはいても具体的に実感は出来ないようだった。
そこで彼女は丁度いい自分の持ち物に気が付いた。
「あ、そうだ。これ見て」
「ん?」
そう言って見せたのは自分のスマートフォンの画面だった。彼女はカメラモードにして内カメを表示する。
「おお…なんだこれはっ」
「これはカメラっていう一枚の絵を記録する装置なんだよ。ほらこんな風に」
そう言って写真を一枚撮影してみせる。そしてフォルダを見せると二人がスマホをのぞき込むというツーショットの構図がしっかりと記録されていた。
「こんなことが出来るのか…」
「これが写真で、さっきのテレビの映像はこれを何度も連続で撮影して流して動いている風に見せているんだよ」
虚華は相手のスマホを取って興味深そうにまじまじと見ていた。そんな光景を微笑ましい気持ちで恋菜は見ていた。
数分いじると満足したのか別の事に相手は興味を映した。気になった事は棚に所狭しと置かれている小説だった。
「それは?」
「えっとね、これは小説って言って文字を使って色々な話を作るやつでね」
「文字ってなんだ?」
「えーっとね、そうだね…言葉を記号化したもの…みたいな…?」
文字という当たり前のことを質問された事などこれまでなかったため、戸惑いながらもなんとかそれっぽい回答をする。
虚華はその説明を受けてなるほどと頷いたのち、棚に置かれた一冊の本を持って問う。
「つまりこれ、いやこの場所はその文字というのを理解しないと楽しめないというわけか」
「ッ」
そこで恋菜が気が付いたのは自分は言葉も文字も分からない相手に、現状は理解する事すら困難であろうことを無自覚に強要してしまったのではないかという事だ。
そんな嫌悪に陥っている間にも虚華は、その話題の本は立ち読み可能なのかビニールで封をされていなかったためパラパラとめくって中身を読んでいたのだが、結局のところ文字が分からない以上は何が何やらというリアクションだ。
「ごめんなさ―」
「文字というのを良かったら教えてくれないか?」
「え?」
「もし次もこうやって会うことが出来たら…文字を教えて欲しいんだ」
相手はそんな鬱々とした雰囲気を吹っ飛ばしてしまうような笑みでそう言った。
「文字を…?」
「ああ、恋菜の好きなものであるなら私も楽しんでみたいんだ」
「……………………」
その言葉に何とも言えない気持ちになってしまう。
かつての彼女は友達を作るために無理に話題を作ったり、興味の無い事であっても頑張って情報収集に明け暮れていた事があった。最初は頑張ることが出来たのだが、時間が経つごとにそれらは大きな重石であり、また枷となってしまった。
御守恋菜にとってはそれを維持する事が出来なかったのだ。ただただ学校で友達と過ごす楽しいはずの時間が義務的に行われているように感じてしまい、いつの間にか努力して築き上げてきたグループやその友達と距離を取るようになってしまいボッチに戻ってしまったのだ。
(最低だ…こんなことを考えるなんて…虚華がそんな相手じゃないって分かってるくせに……)
そこまで考えたところで彼女は心の中にはびこる暗雲にしくじたる思いを感じていた。
思ってしまった、目の前にいる相手が無理して自分に合わせようとしているのではないのかと。
だがその疑念を募らせれば募らせるほど不安で仕方なくなってしまう。だからこそ聞かなくていい事を聞いてしまう。
「虚華ってさ…その…無理とかしていない…?」
「どうしたの?そんな藪から棒に」
恋菜からのそんな問いかけに何を聞きたいのか分からないという風に聞き返す相手。
「そのさ…私ってばうまく話を合わせられないし…友達らしい事なんて全然できてないだろうし…虚華をきっと戸惑わせちゃって気を遣わせているんじゃないかって…」
「…………」
話せば話すほど自分のみみっちさというものを再確認してしまう。
その話をすればするほど相手の顔はどんどん曇り、そして苛立ちが募っていく。それを見てどんどん彼女は縮こまってしまう。
すると虚華は恋菜の両頬に自分の両の手を添えてぐいっと顔を上げさせ、目と目を強制的に合わせる。
「前にも言ったが私はそうしたいからそうするんだ。恋菜の過去に何があったのかまでは分からないが、一緒に居たいと思っている相手がこうも自分を下げていては気分は良くないんだが」
「それは……」
確かにその通りだと彼女は思った。もし仮に自分の好きな異性がいたとして、その相手がチャームポイントだと感じる部分を目の前で卑屈に否定をしていていい気分はしないだろう。
「もし友達というのがよく分からないのなら私とおそろいだ」
「おそろい?」
「ああ、だから一緒に友達というのを学んでいけばいいと思わないか?一緒に何かが出来るなんて今から楽しみだ」
「…友達を学ぶ……」
全くもって変な話だと思う。友達である相手と友達について学ぶという、傍から見ればおかしいそんな関係性。でも何故か今は嫌な気はしなかった、きっとそれくらい気楽に考えられた方が気持ちは楽なのだろう。
「私は恋菜とこの世界を見て回りたいんだ。そんなことよりも色々と連れて行ってくれないか?」
「…うん!」
この日初めて恋菜は気負いのない表情で返事をした。
◎
「良い匂いがする…これは…?」
「ハンバーガーのお店だよ」
某有名チェーン店に入った二人はレジの順番待ちをしていた。
(というか精霊って人間の食べ物を食べた途端にアレルギーを発症とかしないよね?)
ふとそんな事を考える。もし食べ物を口にしたとたんに泡を吹いて倒れでもしたら目も当てられない。
本人にもそうだが、お店側にも食中毒疑惑やらで途轍もない迷惑が掛かってしまうという事に気が付いた。
「虚華って嫌いな物とか食べられないものってあるの?」
「嫌いな物…というか何かを食べたこと自体が…あるような…ないような…」
「ええー…それ大丈夫なの…」
恋菜は精霊というのはもう自分の常識という物差しで図ってはいけないなと再確認した。
そんなやり取りをしている内に二人の順番が回ってくる。取りあえず恋菜は女子高生に十分なくらいのオーダーをする。
「ハンバーガーにチーズバーガー、それにポテトM二つにコーラとグレープジュースで」
「何だその呪文は……」
恋菜の注文姿に虚華はあんぐりとした感じになってしまう。
右も左もよく分からない彼女からすればこの場所は異国にポツンと置き去りにされたようなもので、そんな中で堂々と立ち振る舞っているように見える相手はとても頼もしく見えた事だろう。
オーダーをしたメニューが出てくると、そのトレーを持って店内の席に座る。
「むー…」
決して彼女は恋菜の事を疑っているわけではないのだが、これまで口にするどころか見た事すらない物体を見てたじろいでしまう。
それを見た恋菜はハンバーガーの入ってる包みを開いて素早く齧り付いた。
「おいしーよ?」
「おおー…」
それを見て恐る恐るではあるのだが同じように包みを開いて口に入れる。
彼女の口の中に広がるのはソースの甘さと肉の脂とジューシーな口どけ。初めて食べるその味は彼女を感動の渦に放り込むには十分だった。
「う、美味いぞっ!」
一度味を知って未知の存在への恐怖を払拭し今のた彼女はがっついて食べる。
「あー…」
「ん?」
恋菜は虚華が周りの視線など知った事かと言わんばかりにがっつくものだから、口もとがソースや油で見るも無惨な状況になっている。
「女の子はね、そんな風にガツガツ頬張ったり口周りをテカテカにしちゃダメなんだよ」
「んん…」
そう言ってやれやれと言った感じで、トレーに置かれていた紙の布巾で虚華の口元を拭う。
虚華は口もとを綺麗にしてもらった後、気になった質問をする。
「何でダメなんだ?」
「へ?あー…うーん…マナーとか世間体、後は…見栄とか…かなぁ…」
「よく分からないが口もとは気を付けた方がいいというわけか」
「そうそう」
相手はそんな事を聞かれても困ったなと言った感じで、しどろもどろになりながらも何とか回答を捻り出す。
人というのは当たり前と化している常識には意外と疑問の目を向けないものだ。常識という培ってきたものは意外と疑惑の目を向けない。
目の前の精霊は世界というのを初めてじっくりと見る機会を得たせいかあらゆることに興味津々なのだ。
「めんどくさいんだな人間というのは…」
「面倒といえばそうだけど、これが当たり前だから今更な感じだけど…まぁ…ルールって何かしらの不都合や不利益があるからこそ作られるわけだから……」
恋菜が十五年の歳月をかけて身に着けて来た知識だが、少なくとも外見年齢だけみれば同じであろう相手には全く通用しなかった。
相手が身に着けているのは自分の命を狙ってくる存在と、精霊の取り巻く過酷な環境だけだ。